集落付近は雑木林が鬱蒼と生い茂り、そこかしこに罠が仕掛けてある。知らない人間はまともに近づくことさえできない。ハズだったが。
「風遁、大カマイタチの術!」
「きゃあっ!」
敵の女、青年団であり幹部で密かにかわいいと思っていた、が、扇の一扇ぎで罠ごと林を斬り倒してしまう。雪一族の氷遁の鏡も、かなり頑丈なはずなのに、ばっさりだ。あいつを止めなければ終わる。
「土遁、土流壁」
チャクラをごっそり使い、親衛隊を後方に隠すように土の壁を立てる。
「お前らはミゾレを連れて下がれ! 相性が悪い! スリミの班を連れてこい!」
ミゾレはあの傷では戦えまい。どの道このレベルの戦闘では役に立たないかもしれないが。
「隊長が一人残ったか」
「意味はないぞ。富を独占する愚か者を逃がしはしない」
女が後方に下がり、青年団でも一番雰囲気のある男が出てくる。他の男達は遠回りして親衛隊を追いかけていく。心配だが、今はこいつをとめることが重要だ。こいつと後ろの女が最も危険な二人。
男が不意に手を上げる。周囲の砂が意志を持っているように動く。
ん? ふつうの砂と少し違うな。鉄鉱石が多いぞ。砂鉄みたいだな。俺は白眼だから見えるんだが。
まあ、同じこと。好都合だ。
俺がにやりと口端を上げるのと、相手の攻撃はほぼ同時だった。
突然俺に急速接近する砂鉄。近づきながらいくつかの塊に別れ、そのそれぞれが弾丸のような形になる。
だが、それがどうした?
俺は両手から巨大な木の根を発生させ、砂鉄を飲み込む。砂鉄は根を抉るが、チャクラを吸われて失速し、本体も栄養として根に吸収される。根はそのまま男に突っ込む。
「ちっ」
男は後方に飛びながらクナイを投げるが、それも根で受け止めるのみ。起爆札が付けられており爆発したが、先っぽが痛んだところで意味はない。
男は後方に逃げるしかできない。
明らかに、俺はこの男と相性がいい。
「木遁使いがいたとはな」
「私の風で切り裂くわ」
「頼む」
女が前に出て、扇を扇ぐ。カマイタチが発生する。真空の刃に巨大な根がばっさり切られ、なお俺に向かってくる。
「やはり厄介だな」
俺は土遁で土を盛り上げて防風をやり過ごす。いや、そのまま土の中に入る。
「死ね! 挿し木の術」
美女を殺すのはもったいないが、今は余裕がない。
やつらの周囲全般、地面から木の槍を突き出す。
ん? 躱したか。女は砂に、男は砂鉄に乗って宙に浮いている。そんな使い方もできたのか。いや、ボッチの泥人形を考えると可能だな。
と、ここまで考えたところで分身は消える。チャクラが尽きたのだ。
「すさまじいチャクラ量だな。こいつが木の葉の用意した綱手の代わりの番人だろう」
「逆にこいつを倒せば、私たちの勝ちね」
男は砂鉄の上でジャンプし、挿し木の範囲外の地面に着地する。そのまま真下の地面に手を着け、土遁をかけてくる。
男は土を砂に変え、渦巻きのように回そうとした。中にいるはずの分身をミキサーでグチャグチャにするようなイメージだったのだろう。しかし、分身の残した根に妨害されて、土は中途半端に動きを止める。
「チッ、厄介だな。木遁の弱点はなんだ?」
「残念ながらはっきりした弱点はないでしょうね。あったら初代火影は忍の神と呼ばれていない」
「クッ、面倒な」
青年団のトップと分身の死骸の戦いは長期戦に入る。
その頃、逃げていたミゾレ小隊の下に俺の別の木遁分身が到着する。
「はあ、はあ」
「ひゃっはーっ! 無駄無駄無駄あべしっ!」
男の一人を地面からの挿し木で一突き。他の連中は咄嗟の反応で避けた。具体的には7人。
「ミッ、ミゾレ!」
「早く逃げなさい!」
遅れてスリミ小隊がやってくる。うずまきスリミ(14)、アラレ(11)、積雪(12)からなる。
「霧隠れの術!」
「氷遁、霰走り!」
この小隊の特徴は、積雪が濃霧で敵の視界を奪い、アラレが氷の鏡を出鱈目に動かし、その中を感知能力に長けるスリミが戦うというものである。スリミはうずまき一族の封印術を使う。スピードはないが、封印が決まれば一撃で動きをじられる場合が多い。じっと隠れ、獲物を仕留めるタイプである。
そしてこの三人、皆が土遁で肉体を硬化させることができる。俺の消えた分身の見立てでは、女のカマイタチにも対応できた。おそらくまともに当たれば危ないが、土流壁などでガードすれば十分耐えられるはずだ。
「風遁、大突破!」
「うわっ」
としかし、風の国には風使いが多い。霧は一瞬で晴らされてしまった。
だが、予想通り彼女達にダメージはない。
「ほよ? どうすんの?」
「土の壁を作るんだ! それから霧を出せば風に飛ばされることもない!」
「あんた賢いね! 偉い!」
アラレはマイペースだから敬語を使わない。しかし天才系でありチャクラ量は初の2倍ほどある。
「大地の実を食べてから術を使え」
「うん! ほいっと」
アラレの土遁で巨大な土の壁が乱雑に並ぶ。
「霧隠れの術!」
「霰走りの術!」
なお、霰走りという術もアラレが思い付きで作った術である。彼女は天才だということ。
この間、敵は攻撃を待ってくれたわけではなく、俺とスリミが体を張って止めていた。スリミはいくつか切り傷を負うが、医療忍術と持ち前の回復能力ですぐに治癒されていく。これは俺もクシナも持っている力だ。クシナは九尾のお陰だそうだが、うずまき一族に共通する能力でもある気がする。綱手曰く、初代火影もこの能力を持っていたそうだが。
視界を奪われた砂の忍びは、氷に打たれ、紙と鎖に縛られ、また木の槍に刺されていく。
「ちっ! 外に回り込め! こいつらは後だ!」
生き残った3人の忍びは遠回りして集落を目指す。
さて、彼女達は天才だからよかった。しかし世の中には凡才もいるのである。
「遅い遅い遅い!」
「待て! そいつは本体じゃない! 罠だ!」
「えっ」
自信過剰に突っ走り、注意を怠る者。
「きゃあああ! 来ないでえええ!」
「避けろ! ちゃんと前見ろ!」
「あっ」
逆に初めての実践に恐怖し、呑まれてしまうもの。
「はやっ、見えっ」
「ナツキィいいい!」
単純に実力が足りないもの。
次々と死んでいった。
「土砂崩しの術!」
「おい! まだ早いだろ!」
「あっ」
俺も怒りと焦りで我を忘れ、効果的に罠と地形を利用することができなくなっていく。影分身の綱手が指揮を取り始める。
「土遁で全部崩せ! 早くしろ! 引け! 相手の土俵で戦うな!」
戦況は現在俺達に有利。しかし消耗戦の体をなし、死傷者は増えるばかり。
しかも、敵の援軍がもう100人近く見えた。
「なっ、にっ……」
明らかに過剰戦力。しかし、大国にとっては一部でしかない。十分ありえることだった。
一瞬、心が折れかける。しかし、奮い立たせる。来たのは中流か下流の街のやつらだろう。あれがあるのは俺のせい。だったら俺が諦めてはならない。
しかし、許せない。恩を仇で返すとはこのことだ。なぜそこまで醜くなれる? なぜ死を賭して俺達に立ち向かえる? お前達に正義などないだろうに。
「うおおおおお!」
怒りが増え続ける。感情のままに、大規模な術を連発する。
敵は死ぬが、チャクラの切れた分身が消える。指揮に乱れが出て、部下が戦場に取り残されてしまう。
「撤退だ! 撤退しろ!」
不意に、綱手が叫んだ。
「ど、どうして!? 今勝ってるのに!?」
「ここの消耗戦に意味はない! 大局を見ろ!」
「でも、逃げたところで!」
「部下をちゃんと見ろ! もうまともに戦えるものはいない!」
「えっ」
言われて初めて、部下の状態をきちんと確かめた。
重傷者が動けないのはもちろん、それを運ぶ隊員も、皆どこかしらケガをしている。顔には疲労と哀しみと絶望が浮かぶ。足取りは重く、チャクラは弱々しい。
心が折れている。
初めての実践。死の恐怖。死んでしまう仲間。傷の痛み。全身の疲労。絶え間なく押し寄せる敵。
ふつう、下忍は5分も全力で戦えばバテる。天才は一握りであり、大半は凡人なのだ。
俺は、木遁分身と大技を連発している自身にまだチャクラの余裕があるから、皆も同じだと思っていた。疲れても大地の実で十分回復できると思っていた。
しかし、これが現実なのだ。
今引かなければ、取り返しのつかないことになる。失った命に我を忘れ、救える命を無駄にしてはならない。
撤退しよう。
今まで過ごした集落。皆で作ったダム。全て奪われることになる。それでも、大切な人達の命を思えば安いものだ。
「て、撤退だ! 全員第二ダムまで下がれ! 動けるものは怪我人の回収を急げ!」
俺はとうとう撤退の合図を出した。もっとも、俺が口にする前に綱手が信号弾を打ち上げていたが。
その頃、戦場から少し離れて。ダムの堤防の上に、俺の本体と綱手の分身がいた。
「終わりだな。このダムも」
「ああ、頼む」
「ふっ、口のきき方がなってないぞ!」
綱手の分身は拳にチャクラを纏い、堤防を一突きする。すさまじい衝撃があっという間に地面まで伝わり、堤防はバコッと割れる。水が溢れだす。
俺は大地の実を5つ口に入れる。
「地獄に落ちろ! 強欲な野蛮人共!」
水遁、水龍弾。
ダムの膨大な水を操り、巨大な龍の形にして、こちらへ登ってきている連中へ飛ばす。彼等は皆無傷であり、ヘラヘラ笑っていた。若者を煽動し、犠牲にし、自分達は裏で指示だけだして、彼等の成果を横取りする。風影と山椒魚の半蔵、そしてその部下達。本隊とでも言うのだろうか。
この二人は強い。部下達はともかく、二人は死なないだろう。だが覚えておけ。お前達は俺を鬼にしてしまったことを。
撤退には集落の秘密の抜け穴を利用した。当然俺が事前に作っていたものだ。
殿は俺の木遁分身が務めた。もともと20人用意していたが、3人しか残っていなかった。
地中では、感知能力に優れ木遁も扱える俺が、無敵に近い。やつらも何度か侵入を試みたが、平均5秒で死亡または敵わないと悟って地上へ逃げた。
俺の本体はクシナの下へ行った。クシナは九尾を盾に1000人ほどの住民を逃がしていた。方向は第二ダムではなく木の葉だ。
敵は20人程度いた。いや、今九尾が二人殺した。ペースを考えると、元は100人近くいたかもしれないな。
対してこちらは、クシナ、九尾、それに国境警備隊4人。俺の木遁分身もいるが、一尾を封印した壺を持っており、チャクラ切れを起こさぬよう戦闘には消極的だった。
「すまん、遅れた」
「遅いってばね! 何やってたってば!」
「青年団との戦い。それに風影と半蔵の足止めだ。この戦いは初めから勝てるものではなかった。砂は本気で取りに来ていたんだ」
綱手の分身が答える。
「えっ。本当ってば!?」
「ああっ。とっ」
飛来するクナイを指で弾く。ん? 毒が塗ってあるな。
俺に毒は通用しないぞ。
指を木にして飛ばし、もう一度生やす。これで解毒完了だ。
「あれは! 砂のチヨじゃないか! 一人で一城を落とすと言われる! よく耐えられたな」
「いや、あいつらは今来たところだってば! 初めにいた50人くらいはほとんど残ってないってばね!」
「なるほど。タイミング的には一尾の回収に来たって感じか。青年団と共に暴れさせ、住民が全滅した頃にやってくるつもりだったのだろう。が、一尾は簡単に封じ込められ、より厄介な九尾が敵に回った。そして俺も来てしまった」
俺は封印した一尾の壺を手に取る。蓋を開け、手から根を出し、中に入れる。
「な、何してるってば!」
「チャクラをもらってるっ! んだよ!」
一尾が暴れるが、根は絡まった。これで吸い取れる。
木遁、ヤマタノオロチ。
8頭の木の龍が砂の精鋭20に襲いかかる。やつらは木遁の存在と術の規模に驚いたようだった。
近くにいた忍びはなす術なし。その他大勢はオロチを足場にしたりして器用に逃げる。カマイタチや砂でオロチに立ち向かう忍びもいたが、あえなく飲み込まれる。いや、ギリギリで糸に引っ張られて事なきを得た。
「バカもんが! 避けんしゃい! 相手と自分の力量差も理解できんかね!」
彼等を救ったのはチヨだった。商店街のおばちゃんみたいな雰囲気だな。
ヤマタノオロチにより、俺達は彼らと距離を取ることができた。さらに九尾のチャクラ砲が炸裂する。3人死んだな。
と、ここでやつらは5つのチームに別れた。正面から来るのは3人。他は遠回りしている。
後ろの一般人を狙われたらマズい。逆に、もう少し待てば、土砂崩れが使える位置にくる。問題は幼児とジジババが疲労困憊なことだ。ほとんど立ち止まってしまっている。
「国境警備隊は幼児とジジババを運べ! 戦闘は俺達に任せろ!」
「えっ。はっ、はい!」
と言ってもあいつらも疲労困憊だ。人数比で言っても200人近い幼児とジジババは運べないだろう。
しょうがない。俺がやるか。
一尾のチャクラをいただき、木遁分身の術。
一気に50体の分身を作る。やつらを後方に行かせ、遅れている連中を運ばせる。遠回りしている敵と遭遇したらそのまま戦闘にも使える。
が、さすがにクラッと来た。残り全ての大地の実、3つを食べる。あんまり回復しないな。寝不足は寝ないと治らないって感じだ。
チヨが強そうな傀儡を10体ほどだす。全員上忍のような動きをする。隣のガキもなかなかいい傀儡を扱う。もう一人のおっさんは体術が得意みたいだな。俺の苦手なタイプだ。
「綱手さん、あのおっさんをお願いします。僕とクシナで傀儡達を」
「チッ。チヨには因縁があるんだがな。毒には気を付けろよ!」
「ええ」
とは言え、まともに戦う気はない。一尾の入った壺に手をかけ、もういっちょ大技。
木遁、樹海降臨。
痺れ粉、眠り粉を撒き散らす樹海を発生させる。木々は傀儡を押し退けもするので攻防一体だ。
しかし、本当に意識がしんどい。
「ぐっ」
大量のクナイが飛んでくる。腕から木の盾を発生させ、ガードする。しかし、そのうちいくつかは爆発した。衝撃で俺は吹き飛ばされる。
「トグロ! この!」
クシナは濃密な赤いチャクラを纏い、巨大な封印の鎖を自由に動かす。チヨの傀儡が3つかかり、封印される。しかしやつは肉を切らせて骨を断つつもりだったのかもしれない。残りの傀儡が一斉にクシナに襲いかかる。が、そこで九尾が来た。膨大なチャクラで傀儡の放ったクナイを弾き、傀儡自体も破壊する。
「あまり調子に乗るなよ。貴様ら」
九尾が来たことで傀儡達が戸惑うような仕草を見せる。
そして、俺も術の発動を認識する。
土遁、土砂崩し。
これで一気に距離は稼いだ。あいつらの避難完了まで、あとどれくらい粘ればいいのだろう。何時間戦った? どれくらい木の葉方面に進んだ? 援軍はいつ来る?
と、砂のおっさんが猛烈なスピードでこっちにやってくる。綱手の影分身は敗れたのか。クソッ。
おっさんに木遁の攻撃を放つ。巧く躱され、また打撃による破壊で突破される。
やばい!
「あたしもいるってば!」
クシナが赤いチャクラを纏い、おっさんに突進する。スピードだけなら互角だろうか。チャクラは勝っているだろう。
打ち合いになる。クシナの攻撃は躱され、または巧く防御される。カウンターがクシナに決まる。クシナは血の出る鼻を押さえ、立ち上がる。
「くううっ。影分身の術!」
20体の分身が表れる。四方八方からおっさんに突進していく。
おっさんは巧く攻撃をいなし、一体一体着実に消していく。
しかし、動きの自由が限られている今がチャンスだ。
もう一度一尾のチャクラを吸収し、挿し木の術!
クシナの分身もろとも、木の槍がおっさんに迫る。
「ぎゃあああ!」
「うわあ!」
「なに!?」
おっさんは驚愕する。クシナの分身を貫いた槍が、九尾の力を吸って巨大化したからだ。
「ぐっ、風遁、砂嵐」
おっさんは風遁で竜巻のようなものを起こし、槍を飛ばしたりする。しかし勢いに乗った槍は完全には止まらない。やった! 初めておっさんにダメージが入った!
「ちょっ、何やってるってば!」
クシナは怒ったが。分身のダメージの記憶は本体に返るからな。いきなり串刺しの記憶がどっと押し寄せたら気持ち悪いだろう。
ん? まずい!
「クシナ! 余所見すんな!」
「えっ」
ガキの傀儡2体がクシナに襲いかかる。クシナは一方に気づいたがもう一方には気づかない。
「おい! 左にも!」
まずい! そう思ったとき、クシナと傀儡の間に黄色い何かが割って入った。
そいつは傀儡を弾き、クナイを構えて立つ。
「彼女はやらせない!」
ミナトだった。