始まりは欲望の街   作:ロピア

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第8話

 

「…お!やあ、コウジくん。おはよう」

「おはようございます、ケンさん」

 

ポケモンセンターを出て真っ先に向かったのは、昨日再び会う約束をしていたケンさんのところだった。朝日の下ではどうやらブラックシティの霧も和らいでいるようで、昨日よりも暖かく感じた。もしかしたら季節も関係しているのかもしれない。

 

「昨日は問題なかったかい?」

「はい、おかげさまで」

 

朗らかに挨拶する中でも、わくわくしたように腰のモンスターボールを手に取る姿を見て、こちらも気を引き締める。手に取ったボール越しに目を合わせるように、そっと中を覗くと、半透明な赤の先でこくりと頷いたように見えた。

 

「ならよかった。…さて、早速だが、いいかい?」

「あ、はい。それでは…行け!オノノクス!」

「今度こそ、スペシャリストとして勝つ!行け、ニドキング!」

 

綺麗なオリーブ色の巨体と赤い口元の斧のような牙に少しの間見惚れてたのに気付いて、慌てて指示を出した。相手のニドキングはその丸太のような足を大きく上げて、…あれはじしんか!

 

「オノノクス、じしん!」

「ニドキング、こちらもじしんだ!」

 

ニドキングがすでに準備をしていたのにも関わらず、準備も発動も、こちらの方が早かった。――更に言うなら、恐らく威力も。

視界がぶれた。ぐらりと足から力が抜けるように、大地ごと揺さぶられ、地面に付いていたはずの足がいつの間にか空中に浮いていた。遅れたように耳に届くズズズズ…ン、という重苦しい音に心底肝が冷えた。まて、まてよっ!こんな、…こんなの、…。

 

「ニドキング!」

 

視界がようやくまともに戻り、いつの間にか尻餅をつきながら呆然としていた中、聞こえたのはケンさんの慌てた声とニドキングがふらりと揺らぎ、地に伏す音。つられるように上げた視線の先には、こちらを見下ろす恐竜の伺うような様子。不思議にも辺りのビル街からの落下物は何一つ無く、地面にもヒビは見えなかった。ポケモンが普通に生息しているから、あっちよりも頑丈な造りなのかもしれない。

ぼんやり眺めていると、そっと背中に硬いものが回った。ゆるりとそちらを見ると、オリーブ色の体が見える。

 

「グギャアァ」

 

ぐっと背に回ったオノノクスの尻尾に押され、短めの腕に引っ張られ、ふらつきながらも立ち上がると、既にケンさんはニドキングをボールに戻した後だった。

 

「そのオノノクスもすごい力を持っているな。それに、とても素早い」

「あ…、の……はい。そう、ですかね」

「私も君に昨日負けてから秘策を使っていたのだが、それでも間に合わないとは」

「秘策…ですか」

 

話している内に少しずつ落ち着いてきて、オノノクスに礼を言ってからボールに戻す。ほっとしたような、焦燥に駆られるような、奇妙な感覚を持ったまま、ケンさんを見やる。ケンさんは苦笑しながら、ああ、と頷いた。

 

「私が指示する前から、ニドキングは力を溜めていただろう?片足を振り上げ、大地を揺さぶるために」

「……はい。俺はてっきりケンさんの指示を聞き逃したのかな、と思ってたんですが、その後ケンさんがじしんを指示していたからびっくりしました」

「まあそれもあながち間違いではないかな?私は、モンスターボールから出す前にニドキングに言っておいたんだ。最初の技は“じしん”だとね」

 

ボールから出す前に、予め出す技を伝えておく。なら何故わざわざ技名を言ったのか?

 

「――タイミングをとるため、ですか?」

 

ケンさんが驚いたような顔をして、すぐに感心するように笑った。

「そうだよ。技によってはタイミングがずれると何の意味もなくなるからね。相手の出すポケモンが、たとえば飛行タイプだったり、ふゆうの特性をもっていたら?むしろ逆効果だ。先に指示を出していても、思うようになることはほとんどないだろう。違う技を改めて伝えたらポケモンも混乱するだろうしね。博打みたいなものだね、これは」

「今回は、俺が出すポケモンをエーフィあたりだろうと…違っても、飛行タイプがいないから?」

「まあ、そんなところかな。でも半歩早いくらいじゃ追いつけないんだね。…私も、まだまだ修行が足りないな」

 

そんなことないですよ、と言おうとしたが、ケンさんが首を振るのを見て止まった。

 

「私は自惚れていたんだろうね。私のニドキングは耐久力も攻撃力もあって、大概のトレーナーが出してくるポケモンにも勝ってきた。…いや、負けなかったわけではないんだけどね。でも、圧倒的に負けたのは…久し振りだったんだ」

「……」

「ありがとう」

 

「え…?」

 

いつの間にか俯いていた顔を、上げてケンさんの顔を窺うと、そこにあったのは悔しさや憎さなどではなく…清々しい、嬉しそうな表情だった。

 

「さあ、トレーナーカードを」

「へ、え、…あ、はい」

 

翳したカードに10720円が加算されるのを見ながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。渋い、深みのある…俺よりも、いろいろな経験を重ねて得た、時間。色々なものが含まれたような、そんな声だった。

 

「本当は昨日言いたかったんだが、慌しかったからね。…力を持っているのは、私じゃなくポケモンだ。でも、力を持つポケモンが私を認め、力を貸してくれているうちに、それがさも自分の力のように考えてしまっていたんだろうな。正直言うと、昨日君のエーフィの圧倒的な力を見て、俺はニドキングに失望してしまったんだ。…なんて勝手な話だろうね。あれほど俺は自分の力だと信じ込み、慢心していたというのに、一度負けた途端力はニドキングのものであり、負けたのは俺のせいではない…なんて、馬鹿なことを考えたんだ」

 

静かな、でも痛みを持った声が耳に届く。

 

「あの後、君と別れてから…あまり綺麗じゃない感情を持ったまま、ニドキングの治療をしていて、…彼がこちらを見てるのに気付いたんだ。じっと、体が痛むはずなのに、ずっと」

 

ニドキングの入ったボールが、カタリと揺れる。瀕死であろうと秘伝技は使える。瀕死であろうと、ポケモンには意識があるんだ。

 

「最初は責められてるのかと思った。たぶん嫌なことも色々言ってしまったと思う。でも、ニドキングは全く目を逸らそうとしなくて。…ようやく何となくわかったのは、闘志だった。負けてしまったけど、次は頑張ろう。頑張りましょう?今度こそ…!そう言ってる気がした。するっとでてきた謝罪に首を振って、でもまた頑張ろうって言葉には、大きく頷いてくれて。その時やっと思い出したんだ。俺の力じゃない。でも、俺とこいつが頑張って、ここまでこれたってことを」

 

大きく深呼吸する姿に、ああそうだ。俺は羨ましいと思った。

 

「ありがとう。俺は、俺たちは、また頑張れる」

 

そんな関係を持つ彼らが。

 

「――また、バトルしましょうね」

 

「ああ!!」

 

眩しく見えた。




今更ですが、ゲームのベテラントレーナーのケンの一人称は「俺」です。ただ落ち着いた大人の男性、ということで主人公とは違うところを見せたかったので、普段の口調は「私」で、バトルや興奮したときに「俺」ということにしました。ややこしくて申し訳ないです。

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