始まりは欲望の街   作:ロピア

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第7話

 

つんつん、と頬に何か当たっている感触がする。毛?なんかふさふさ。くすぐったい。

それにちょっと獣っぽい臭いがする?

 

ルーさま、あれだけ言ったのにまた俺のベッドに潜り込んできたのか?

 

すりすりと柔らかい毛が押し付けられて、暖かくて、いつもするようにのっそり布団から出した手をルーさまの頭のありそうな所にさ迷わせて、触れた温もりを優しく撫でて、懐かしいな、と泣きたくなった。

 

なつかしい?

 

ゆっくり目を開くと、まだ視界はぼんやりしているけれど、そこに見えたのが黒くないことだけはわかって。

 

「…ルーさま…?」

「………フィー」

 

少し熱くなった目頭を潰すように枕に顔を埋めて、ちょっとだけ、と自分に言い聞かせて。

 

落ち着いてから顔を上げると、薄紫というありえない色をした猫又が覗き込んでいて、違う意味で枕に沈むのは、その少し先の話だったりする。

 

 

昨日取り敢えず買い込んだポケモンフーズ(ポケモンセンター内にフレンドリーショップがあって本当によかった)をポケモンたちに用意しながら、まさか寝惚けてルーさまを思い出すなんて、と恥ずかしさと懐かしさと寂しさが襲ってきて、居たたまれなくなった。

ルーさまは俺が実家に住んでた頃、飼っていた犬だった。黒の毛並みは上質なビロードのように滑らかで美しく、ただのペットとは思えないほど綺麗についた筋肉の躍動する姿は、見惚れるくらいに綺麗だった。一番世話をしてたのは意外にマメだった父だったように思うのだが、一番懐かれていたのは俺だった、と自負している。引っ付いてくるのと撫でられるのがすごく好きみたいで、いつもぴったり寄り添ってきて…嬉しくて堪らなかったっけ。

 

閑話休題。

 

……起きても、寝る前の「夢みたいな」状況は何も変わっていなかった。夢じゃないか、寝て起きたらいつも通りじゃないのか、と思っていたのだが。……むしろ、今までの人生が夢だったんじゃないかとすら思えてきた。胡蝶の夢、だったか。今が現実で、今までの俺はただの夢なんじゃないか、なんて。

だが俺には「ゲームで育ててきた」ポケモンたちがいる。俺の今までが夢じゃないと証明できるものがある。――逆を言えば、この子たちがいなければ、何が夢で何が真実か証明できるものは何もないのだけど。

 

皆が食べ終えたのを見届けてから、黙々とベッドを整えてシーツをひっぺがし、部屋を出る。ボールから出たままのエーフィが扉が閉まりきる前にするっと出てきて、とてとてと俺の後ろをついてきていた。

「おはよう、エーフィ」

「フィー」

昨夜、体力は全く減っていないが、PPだけ減っていたので、ポケモンセンターに預けたが、他の5匹は体力満タンPP満タンだし、エーフィもPPだけだったしで、早く帰ってきた。それでもゲームみたいに、テンテンテレテン♪で、はい終わりとはいかなかったが、6匹を纏めてボールに入れたまま預けて、機械に置くのは同じだった。なんか昔科学館で見た卵の孵卵器(ちなみに英語でインキュベーターと言う)みたいだなとか思ってたり。

また話がズレた。兎に角、ポケモンの回復は普通時間がかかる。ので、出来るだけこの子たちは怪我がないように頑張ろうと思った次第であります。

偶然通りすがったジョーイさんにシーツを渡し、再び部屋に戻る。俺が朝飯を食べたらすぐに出発できるように用意しておかねば。さて、今日は何を食べようか。

 

今日はクリームパスタが安かったからそれにしたが…朝からは重かった。胃の辺りを摩りながらジョーイさんにお辞儀する。

「それでは」

「ええ、今日もがんばってくださいね。ご利用ありがとうございました」

使った部屋の鍵を返却し、ふと視界に入ったパソコンにあっとつい大きな声をあげてしまった。ぱちくりと驚いたように、別の仕事に向かおうとしていたジョーイさんがこちらを振り返るのに、すいませんと謝罪しながら尋ねる。

「あそこのパソコンって…」

「…ええ、勿論誰でも使えますよ。もしかして初めて?」

「恥ずかしながら…」

「ふふ。…トレーナーカードをパソコンの左側にある機械に挿入して…そうそう。後は『初めてのご利用の方』をタッチすればチュートリアルが流れるわ」

言われるままにカードを挿入すると、自動的に電源が入ったようでブウンという特有の音を発しながら画面に文字が表示された。デフォルメされたチラーミィが可愛い。『初めてのご利用の方』という文字をタッチするとチラーミィがパタパタと手を振って画面が変わった。

 

つかうもじはひらがな・カタカナにしますか?

それとも漢字にしますか?

 

おお、と少し感動しながら漢字を選択する。これってあれじゃないか?いっちゃん最初にゲームを始めるときの選択肢!とうとうポケモンで漢字か、って感動したんだよなー。少しわくわくしながら待っていると、またチラーミィが現れた。

 

パソコンを使うと連れているポケモンを預けたり、預けているポケモンを連れだすことができます。

ポケモンを6匹連れているときに新しく捕まえたポケモンは、自動的にこのパソコンに転送されます。このIDをパソコンに登録しますか?

 IDを登録とは?

 

ん?と首を傾げ画面を凝視する。少し間を置いて文章の下に書かれたIDを登録とは?を選択してみた。くるっとチラーミィがターンして画面が変わる。

 

パソコンの預かりボックスはIDごとに違います。トレーナーはトレーナーカードのIDを登録することで初めてパソコンの預かりボックスを利用することができるようになります。

詳しい説明はこちら

もどる

 

もどる、を選択してふむと頷く。本人にしかその人のボックスを開けないのはどういう仕組みなのかと思っていたが、簡単な話だった。挿入したカードのIDに対応したボックスしか開けない。合理的だ。ページを戻って表示された、登録しますか?にはいを選択する。しばらくお待ちください、という字と共に灰色のバーが表示されて、それもすぐに緑色で満たされ、完了しましたと表示された。

今までにも何度も見たことのある光景に、地味に感動した。こんなとこはどこでもいっしょなんだな。

 

どこのパソコンに接続して通信しますか?

 だれかのパソコン

 コウジのパソコン

 ヘルプをみる

 スイッチをきる

 

取り敢えずだれかのパソコンを選択するが、やはりボックスは空だった。初期設定の森の壁紙に、何も預けられていない様は、俺に言い知れない何かを思い起こさせるのに十分だった。

そりゃそうだ。今の俺のIDは出来たばかりなんだから。ゲームの旅をクリアするのに苦楽を共にした子達がいるはずもない。…いなくて、当然。

ぐっと一際強く目を閉じてから、息を吐いて今度はコウジのパソコン、を選択した。関係ないが、自分の名前がこう表示されてるのってなんだか気恥ずかしい。ゲームをプレイする際に、絶対に自分の名前は入れないのはこういうのが恥ずかしいからなのだが……今更だが、よく俺は本名をケンさんに言ったな。ちょっと無用心だった気もする。まあ後の祭りなわけだが。

 

空っぽなメールボックスしか表示されない自分のボックスに苦笑して、はたと気付いた。確かもう一つボックスがなかっただろうか、と。きょろ、と今更ながらに辺りを確認して、パソコンの利用待ちどころか人っ子一人いないのを確認して考える。そんなに頻繁には使わないけど、何か…。誰か…?そこまで考えて思いついた人がいた。

 

「あ、アララギ博士か」

 

博士のボックス、だったか。ポケモンの捕まえた数に何かしらの反応をしていた気がする。それならなくて当たり前だ。今、俺には博士と何の繋がりもないのだから。というかポケモン図鑑が必須じゃないか?

 

ちょっとすっきりしながらパソコンの電源を切る。忘れないように抜いたトレーナーカードを胸ポケットに入れ、パソコンを離れる俺に、パソコンの説明をした後はもう別の仕事に取り掛かっていたジョーイさんが話しかけた。

「どう?何かわからないことはあった?」

「いえ、大丈夫です」

「そう。またいつでもご利用くださいね」

「はい、ありがとうございます」

礼を言って、そのままポケモンセンターを出る。…二階があるのは確認した。だが、ゲームと同じ用途かはわからない。それはまた次の機会に確かめればいい、なんて。案外俺はこの世界を楽しんでいるのかもしれない。




長らくお休みして申し訳ありません。しかも説明ばかりで話が進んでませんね。
地の文とパソコンの画面をどう書き分けたらいいかわからなかったので、このような形にしていますが、見辛かったら遠慮なく言ってください。

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