始まりは欲望の街   作:ロピア

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第3話

 

「……大丈夫、かい?」

 

青褪めていただろう俺を気にかけてくれた男の人は、ベテラントレーナーのケンと名乗っていた。呆然としながら、ああ名字は博士とかが名乗るんだよな、なんて考えてコウジですと名乗る。大丈夫かとの問い掛けには、曖昧に頷くことしかできなかった。

 

「コウジくん、バトルの賞金だ。受け取ってくれ」

 

そう言いながら何やら小さいカードが差し出され、つい首を傾げる。現実逃避(何が現実かはこの際置いておく)だとはわかっていたが、「思考をしない」のは楽で。今は色んなことを思考の片隅に追いやった。

よくよく見ると、小さいカードにはケンさんの全身写真が写っている。珍しい。免許証とかって基本胸より上だよな。

 

「えっと、それ…」

 

「?トレーナーカードだが」

 

ああ!そっか!確かにトレーナーカードには全身が写っていた覚えがある。こくこく頷いて、はた、と止まった。

 

「賞金、ですか」

 

「勿論」

 

「受け渡しの方法は?」

 

「?……何を聞きたいのか知らないが、トレーナーカード同士をかざせばいい」

 

トレーナーカード。それはトレーナーなら必ず持つもの。トレーナーである証しでもあり、持っているバッジやプレイ時間、通信回数や所持金額を――ああそっか。

そりゃそうだ。旅に出た10歳の子供が、ンな大金持ち歩けるワケがない(因みに俺がやってたブラックでの所持金は、確かもう400万は超えてた気がする)。

それに金の受け渡しなんてトラブルの元だ。それらを加味すれば、実に合理的なのかもしれない。

あれだけポケモンに関しての技術が発達している世界だ。本人にしか扱えないようにしたり、払いすぎたり貰いすぎたりがないようにするのぐらい簡単だろう。

 

だがしかし。

 

俺がトレーナーカードを持っているだろうか?身一つの(何故か腰についていたベルトのボールは別として)俺が?

一応あらゆるポケットを探してみる、が……。まあ淡い期待も虚しく、見つかる筈もなく。と、ここまできて流石に訝しくなってきたのだろう。眉をしかめたケンさんが窺うように聞いてきた。

 

「もしかして失くしたのかい?」

 

「あぁ、いや、その……」

 

何て言えばいい?かなりうろ覚えだけど、ポケモンはポケモントレーナーじゃなきゃ捕まえたり持ってちゃ駄目なんだよな。で、トレーナーカードはトレーナーなら必須で絶対に持ってるもので。

そんなものを、持ってない、だって?

 

失くしたとは言えない。身分証明書のようなカードなんだ、住民票か何かを調べられたら一発で終わりだ。

だが、じゃあどうすれば良いのだろう。

 

ああもう頭が痛くなってきた。…もういいかな。きっとこれは夢なんだ。たぶん、これは目が覚める合図なんじゃないか?なら素直になってしまおう。ああ。そうしよう。

 

「俺、トレーナーカード無いんです」

 

紛失でも不携帯でも、好きにとってくれ。俺の馬鹿な夢はこれで終わりさ。まあこわかったけど、エーフィを撫でることができたし、モンスターボールだって無自覚だけど使えたんだ、夢にしては上出来じゃないか?

夢なんてのは唐突に始まって唐突に終わるもんさ。

 

「……ふむ。そのエーフィはとても育てられているようだ。そして身を委ねるほどの懐き具合。……なら問題ないか」

 

……え?

 

「この街が何と呼ばれているか知ってるかい?金があれば何でも手に入る――欲望の街、ブラックシティ、さ」

 

終わりじゃ、ないの?

 

「求めることは何でも叶う。求めるものは何でも揃う。…それは、トレーナーカードだって同じことさ」

 

「私が求めることはポケモンバトルを極めることだ。そのためにここに来た。君は私と素晴らしいポケモン勝負をしてくれた。私の願いが間接的であり、一部であるとはいえ、君に叶えられたんだ。だがお礼でもある賞金を受け取ってもらうには足りないものがある」

 

「さあ、私にお礼をさせてくれないか?」

 

まって。おわらないのか?ゆめじゃ、ないの…か?

 

 

「フィー……」

 

未だ傍らに佇んだままの薄紫の猫又が、鳴き声をあげて俺を見る。

少し離れたところに立つ男の人が、見定めるようにこちらを見る。

 

そっと動かした手は、思っていたとおりエーフィを撫でることに成功した。

目を合わせた先で、ケンさんがゆったりと頷く。

 

「おねがい、します」

 

「ああ」

 

「トレーナーカードを、」

 

「ああ。作ろう」

 

「………はい」

 

 

金で身分証明書もなんとかなるって、確か漫画で読んだことあった気がする。

そう考える頭と、

トレーナーカードも持ってないって、どんな風に思われてんのかな。プラズマ団からでさえお金をもらえたんだから、きっと犯罪者でもカードは持ってるんだろうに。

なんて考える頭があって。

 

これからどうなるのかなんてわからないけど、兎に角見た感じケンさんはブラックシティには珍しく一本気な気がするし(バトルジャンキーなのはまた別の話だ)、悪いことにはならないだろうけど。

 

なんて。この時の俺はまだ夢だと思っていた。しょうがないさ。

どんな証拠があったって、ゲームの世界に入っちまったなんて、信じられるはずがない。

でも薄々、これは簡単な話じゃないんだろうなとこのとき既に感じていたんだろう。

だってそうだろう?

 

短い短い夢だとするなら、トレーナーカードなんて作る必要はないのだから。

 

 





独自設定その①お金の受け渡しはトレーナーカードを通して行う。
作中にも書きましたとおり、子供が持つには大金過ぎるかなあ、と。普通に一通りゲームをクリアするだけでもお金は貯まりますからね。

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