始まりは欲望の街   作:ロピア

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第2話

 

呆けていると、何もしようとしない俺に焦れたのだろう、男の人の声が少し鋭くなった、気がした。正直俺は色々なことに頭がパンクしそうになっていて、何の反応も出来なかったわけだけど。

 

「どうした!ポケモンを出さないのか!……こちらから行くぞ。ニドキング!あばれる!!」

 

ぐぐぐ、と前方に見える巨体が力を籠めるのが見える。うまいこと言ったもんだよな、ポケット「モンスター」だなんて。可愛い?かっこいい?――いいや、恐ろしい。

鋭い爪に逞しい筋肉。あのトゲには毒がある。ニドラン♂、ニドリーノときて月の石で最終形態になるニド「キング」。ああ、確かにキングだ。相応しいよ。

鳴き声にも、その姿にも、果てしないプレッシャーを感じる。きっと彼の腕がかすっただけでも俺は死ぬだろう。それは彼にとっては枯れ木をへし折るように簡単なことなんだろう。もしかしたら空気を裂いたようにでも感じるかもしれない。

 

こわいなあ。

 

何も考えられなくなった――考えるのをやめた時、何故か男の人の驚く顔と、腰からの振動に延びる自分の腕が視界に入った気がした。

 

こわい。アレは、なんだったか。

 

頭が真っ白のまま、何かに突き動かされるように手を突き出す。手から離れたボールが宙に舞い、地面にぶつかり、中のモンスターを残し手に戻ってくる。

 

 

そうだ、ポケモンだ。

 

 

 

「フィー」

 

急に視界が戻ったようだった。

真っ白だった世界は単調な黒い街並みと、その中に鮮やかな濃淡のある紫を映していた。

先程までの恐ろしさが嘘のように、薄い紫がそこにいるだけで世界がハッキリし始めた。濃い紫と薄い紫が対峙している。怪獣と猫。なんて差だ!

 

濃い紫が薄い紫に対して、その太い腕と足を大きく振りかぶって…――

 

「エーフィ、サイコキネシス」

 

頭に浮かび上がるままに出した指示は、画面の向こうでは慣れたソレで。初めて直接見たからか、発された紫の光は視界を潰し。ずぅぅんと何か重い物が倒れる音がして。

 

「フィ、フィー」

 

ゆっくり開いた目線の先には、美しい額の石を輝かせながら嬉しそうに鳴く、可愛らしい猫又がいたのだった。

 

 

 

じっと見上げてくる瞳は何かを訴えているようで、ブイズ好きとしては堪らない。が、…あの惨状(前方にぐったり横たわったニドキングの巨体、男の人が暫し呆然としてからボールに回収していた)を為したのはこの可愛らしいエーフィさんであって。

心なしか、ズズズとでも鳴りそうな威圧感がある気がする。しかもあのニドキングより強そうな。

タイプ相性とか考えたら一発ノックアウトも有り得るんだけどね、実際に目で見てしまうと、――こわい。

 

助けてくれたわけで。何故か咄嗟の指示も聞いてくれたわけで。労いはしても、拒絶しちゃいけないのはわかるけど。

 

「フィー…」

 

鳴き声が聞こえる。…まるで泣き声のように悲しそうな、寂しそうな声。そうさせているのは、自分だと。そう気付いたら、やめとけとか静止する脳みそに構わず、体が動いていた。

 

 

「ありがとう、な。エーフィ」

 

「フィー!!」

 

おずおずと差し出した手で優しく頭を撫でると、目を細めて手に頭を擦り付けるように動いて。可愛さにきゅんきゅんしながら、その毛並みの良さに感動した。さらさらでつやつやだ。てかいい?ちょっとくらい……いいよね?

 

かーわーいーいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!なにこれ!なにこれ!!めっちゃくちゃかわいいっ!!なんでこんなに嬉しそうにしてくれるの!?なんでこんな、撫でられて落ち着いてんの!かわいいっ!!てか正直ほんとに俺ブイズ好きなのっ!!ハートゴールドではつい六匹におさまらないのにブイズをフルで育てきって揃えて、皆3Vか2Vと性格一致かなんかで頑張って、ベストメンバーはエーフィとサンダースとリーフィアとブラッキーのダブルバトルで!!てかダイヤモンドにもブイズ使ってるし!ブラックでさえエーフィ使ってるし!上に挙げた全員80レベオーバーだし!!愛が溢れて止まらない!!!そんな俺に対して!この!天国は!!!ご褒美ですか!?(なんか強そうなニドキングを即殺だった?いやまあ、タイプ相性タイプ相性。きっとそうだよ)

 

じっくりとその毛並みを味わうように優しく撫でていると、渋い良い声が戸惑いがちに声をかけてきて、声のする方を見て、ハッとした。あ、やべ、俺あの人放置してたんじゃね?苦笑してるし。

 

「っすいません!!」

 

「いや、気にしなくていいよ。俺はまだまだポケモン勝負の研究が足りないようだな」

 

…返事をするべきなんだろうけど、バトルの前から感じてた既知感が、聞き覚えや見覚えが、気のせいだと信じたくて。咄嗟に口を噤んでいた。

 

「ブラックシティにいればポケモン勝負を極めることができる!ひとつのことだけを極めてみせる!」

 

ブラック…シティ……。ポケモン、ニドキング、……すぐ近くにゲートらしき緑の入り口。勢いよく振り返った先にビルの影から見える赤い屋根。

 

「……ブラックシティ?」

 

 

まだまだ現実味が沸かない俺に、届いたのは信じ難い情報だった。

否、状況だけを見れば、それらは既にわかっていたことだ。だが信じたくなかったのだ。信じられなくて当然だとは思うけれど。

 

 

Q.此処は何処だ?

A.ゲーム・ポケットモンスター ブラックの中の街の一つ、ブラックシティ

 

 

そこが、始まりの街


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