気を取り直して、釣り人と別れて直ぐの所に見えるピンク色のパラソルに注意しながら、背後を駆けた。女性の後ろをこそこそ通り過ぎるのは非常に外聞が悪くなりそうだが、仕方ないと思ってほしい。
パラソルガールを抜けた先に見える赤と白のパラソルと白い……あれ、何て言うんだっけ?海辺でよくある、椅子。ゆったり座れるアレが置いてある。近くに水着姿の人はいないので、このビーチにあらかじめ備え付けられているんだろう。流石リゾート地が近いだけある。
そこを通り過ぎたら2人目のパラソルガールがいるので、これも横を駆け抜けて、しばらく海と海に挟まれた砂場の一本道を歩いた。なお、海が近いので既に装備はビーチサンダルに変更済みだ。
ゆったりしながら歩くと、自分の歩いた砂浜に、足跡と自転車のホイールの跡が残っているのが見えた。海風の塩辛い、べったり貼り付くような感触。時折聞こえる海猫(と言うよりキャモメ系だろうなぁ)の鳴き声。前を見ても後ろを見ても、綺麗な、真っ青な海と真っ白な砂の道。ほんと、いきなり外国に旅行に来たみたいだ。そう思って、…外国よりもむしろ遠いかもしれないと、気付いた。
「だって、こんなに綺麗な場所なんて」
きっと、もうどこにも残ってないんじゃないか?
「フィー」
出したままだったエーフィの相槌ともとれる鳴き声に、気付けば止めていた足を再び動かす。
ちらっと見た海には時折黒い影が入り、自分に影がかかったと思えば空には鳥ポケモンがいて。なんだか胸に迫ってくるものを感じながら、釣りを楽しむ男性の後ろを静かに通った。
そのまま少し進むと、一本道は左に折れ、右に折れる。またしばらく真っ直ぐ進むと、お爺さんがいた。お爺さんがいるのは崖に2方を囲まれたスペースで、ちょっと危ないように見える。
「こんにちは」
「おお。こんにちは。トレーナーさんか。今日はどちらまで?……と、言っても、この方向ならカゴメタウンがあるがのう」
「はい。カゴメタウンに向かっています」
そうかそうか、と鷹揚に頷く老人は、確か何かのイベントの人だった気がする。そこまで大きなものじゃなかったとは思うが。それこそ、ヒウンでピエロを探すような、そんな感じ。
「暗くなる前に、ちゃんと寝床は確保するのじゃよ?」
「はい。ありがとうございます」
兎に角、とても優しそうな人だったから、危ない目にあうイベントじゃないことを祈ろう。なかなかそんなイベントはないだろうけど。
お爺さんの手前で左に曲がると、さっきよりも海が近い一本道になった。右手には絶壁。なるべく自転車に波が掛からないようギリギリまで壁に近付け、慎重に歩く。濃い影がかかっていたから、見上げると橋が見えた。何の橋だったかさっぱり思い出せない。
やっぱり、ストーリーをさっさと終わらせて、ポケモン育成やブラックシティやライモンで遊びすぎたか。Nやらなんやらは覚えているが、細かい事件も忘れている可能性が高い。取り敢えずダークトリニティとか言う忍者っぽいのがいたのは覚えてる。あと、ゲーチスとか。七賢人はなんか冷凍コンテナに1人いたなあ、くらい。
まあ必要ない知識なら良いんだが。
釣り人の後ろを歩くと、しばらくして道が広くなった。地面が、砂浜から草原になり、ポケモンが潜んでいそうな草が生い茂っていた。ゆっくり自転車を押しながら歩いて、なんとか草を揺らさないようにしたら、やせいとも遭遇しないんじゃないかなあ、なんて………無理ですよねー!
結構距離が長かったために、普通に草陰から飛び出してくる影があった。咄嗟に俺の前に飛び出すエーフィに、ちらっと見えた姿から想定した相手への動作を伝える。
「エーフィ!逃げるぞ!!」
「フィー!」
ピリピリ感じる、威圧感とはまた違ったプレッシャー。白い体毛に覆われた黒い地肌に、キラリと光る赤い目。可愛らしい見た目とは裏腹に、鋭く輝く黒い刃。
「ファウアッ」
草むらからこちらを睨むのは、サファイアでも俺が気に入っていたわざわいポケモン――アブソルだった。
そしてこいつは悪タイプ。エスパータイプのエーフィとは言うまでもなく相性が悪く、また、アブソルの特性もまたネックだ。
相手が使う技のPPの消費を増やす、プレッシャー。こっちでPPがどういう扱いかまだ不明瞭な点はあるが、まだしばらくポケモンセンターが遠い今、厄介なのには変わりない。
早さはこちらが上なのだから、逃げるが勝ち、ということで!
ちらちら後ろを確認しながら走る。アブソルの鋭い爪をエーフィがすっと避け、お返しとばかりに懐に飛び込んで撥ね飛ばす。あれはでんこうせっかか!
相手がよろけた隙に俺の側まで戻ってきて、鳴き声を上げたと同時に、足に絡んでいた草がなくなるのを感じた。草むらを抜けたんだ!と瞬間的に気付く。そのまますぐ右手に見える階段を駆け上がり、息がきれてしゃがんだ時には、階段の半ばまで来ていた。荒い息のまま階下を見ると、アブソルが出てくる気配はない。
ぶはー、と大きく息を吐いて、階段に座り込んだ。社会人て、運動シナイヨ?体力不足を痛感したのは言うまでもない。
息を整えてからゆっくり階段を上った。勿論、頑張ってくれたエーフィを労わることは忘れない。ほんと、エーフィ様様です。
さっきとは違いゆっくり歩いたからか、階段を上りきるのに少々時間はかかったものの、特に問題は発生しなかった。ゲームでは自転車で上ることができていたが、この段数を上るのは実際には無理だ。街と町の間を行き来するのは、本当に大変そうだと改めて思う。
階段でこの調子じゃ、1方向からしか進めない段差は、むしろその1方向すら行けない気がしてきた。いやだって、段差だろ?1方向からしかってことは下から上に上がれないってことだろ?それどんだけ高い段差なんだっていう突っ込みが。実際に段差を見るのが恐ろしく感じる。
まあいあいぎりのできる木は、恐らくゲームみたいに復活することはないだろうから、色々な仕様変更というか、ごり押しが効く場面があるんじゃないか、とも思うが。
ふう、と大きく背伸びをして、傍らを見る。
「考えててもしょうがない、よな」
こくりと頷くエーフィに、よし、と歩き出す。少し行ったところで、オレンジの服を着たおそらく短パン小僧が木々の周りをぐるぐる回っているのがみえた。
「行こうか」
「フィー」
少年の後ろを、静かに追う。そして、木々の周りを回り、階段を上がった時の左手側――地図でいう上にすっと逸れる。左右を大きな木に挟まれた高台の上は、見晴らしの良さと空気の爽やかさがとても気持ちよかった。先程までの海岸沿いの景色や空気もよかったが、緑溢れる森や新鮮で軽い空気も素晴らしい。
カゴメタウンまで、あと少し。
本作品のポケモンの鳴き声はエーフィを除き、ゲームの音声を聞き、文字に表したものです。中には納得がいかない鳴き声のポケモンもいると思います。もしより良い表現があればお教えくださると嬉しいです。