銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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第154話 「貧して鈍してハルジオン ①」

 

 雪解けが終わり次第に春の訪れを感じ始める頃、まるで忘れ物をしたようにふと寒さがぶり返すことを『寒の戻り』というけれど、同じくこの時期、季節外れに天気が荒れることを『春の嵐』という。

 強風はもちろん篠突(しのつ)く大雨まで伴う場合もあり、さながらひと季節早くやってくる台風みたいなものだ。この日は朝から雲模様が芳しくなく、午後に入っていよいよ天気が崩れ出した。窓を叩く突風、バケツを引っくり返したような大雨、遂にはゴロゴロと不穏な雷まで。誰がどう見たって外に出られた有様ではなく、お陰で月見も水月苑にこもってじっとせざるを得なくなっていた。

 

「春の嵐ってやつかねえ」

「ここまで荒れるのは珍しいですねー」

 

 突風が激しく吹きつけるたび、念入りに閉め切った雨戸がガタガタと揺れている。鬼たちの建築技術で造られたばかりの水月苑さえこうならば、もしかすると他の場所ではなんらかの被害が出るかもしれない。みんな何事もなければよいが。

 

「この天気じゃあ、帰るのはやめておいた方がいいね。外に出た途端あっという間に濡れ鼠だ」

「そうですね……致し方ないですが、今日はここでお泊りかもしれないですね! まったく困りましたっ」

 

 さて、まったく困った様子もなくうきうきしているのは藤千代である。今日は昼頃から水月苑の手伝いに来てくれていたのだが、いくら神出鬼没の彼女といえども、この大荒れの中を帰るのは無茶というものだった。

 

「うう、雷まで鳴ってて怖いです……早くよくなってくれるといいんですけど」

「いやー、これじゃあ永遠亭に戻れないわねえー。そろそろ帰ろうかと思ってたんだけどなー、あー残念だなあー」

 

 茶の間にはもう二人、池から避難してきたわかさぎ姫と、やはりまったく残念がっていない輝夜の姿もある。わかさぎ姫は行儀よく座りながら外を心配し、輝夜は畳でごろごろ寝そべって、弾力満点のお餅みたいにだらけまくっている。果たしてどちらがお姫様なのやら。

 それにしても、桜が咲ききる前の嵐で本当によかった。これがもし満開を迎えたあとだったなら、花見どころではなくなってしまって幻想郷中の怒りが爆発していただろう。花見はここの住人にとって必要不可欠な一大イベントであり、悪天候で中止されるなどあってはならないことなのだ。

 

「まあ、しょうがない。今日のところは泊まっていきなさい」

「お手伝いは任せてくださいなっ。お夕飯も作りますよ!」

「あ、私もできることはお手伝いしますので、遠慮なく仰ってくださいな!」

「うあー、私もちょっとくらいは手伝うわよー」

 

 だらけた餅がもちもちしている。あらゆる家事で天才(かいめつ)的な才能を発揮する駄姫様でも、さすがに食器運びくらいはできるだろうか。

 

「――す、すみませーん! ごめんくださーいっ!」

 

 風雨と雷鳴に囲まれ落ち着かない昼下がりを過ごし、そろそろ夕暮れも近くなってきた頃、うら若い少女の声が前触れなく玄関の戸を叩いた。聞き馴染みのない声だったし、玄関の前でちゃんと立ち止まって挨拶するのは常連ではない証拠でもある。文目も分かぬこの大雨の中を、傘も差さずに走ってきたらしく――もっとも差したところで意味もなかろうが――、肩で忙しなく息をしながら、

 

「突然すみませーん! あ、雨宿りさせてほしいんですけどー!」

「おや。千代、タオルを何枚か」

「はーい」

 

 藤千代に声掛けし、月見はすぐさま玄関へ向かった。妖怪の山の麓にあたる水月苑で、馴染みのない客となればまず人間ではあるまい。かといって天狗や河童など近所の妖怪なら、雨宿りでわざわざここに逃げ込む必要もない。はてさて一体誰がやってきたのやら、訝しみながら玄関の戸を開けてみると、

 

「あっ……よかったぁ。あの、雨宿りさせてほしいんですけどー」

 

 月見は思わず眉をあげた。玄関先にびしょ濡れの少女が立っているところは想像通りだったが、その出で立ちが一見すると外の人間にしか見えなかったからだ。

 はじめて見る少女だった。まず目に入ったのは前髪に辛うじて引っ掛けられている大きめのサングラスで、この時点ですでに幻想郷の住人らしくない。元々ロールが利いていたと思われるツインテールは雨でくたびれており、紫色のストールもぐっしょり重くなって水滴を落としている。右手には外の世界の物としか思えないおしゃれなポーチ、左手には小さなシルクハットを抱えて、金色の指輪がいくつも光り、おまけにブレスレットやネックレスまで着飾っているときた。

 まるでセレブのお嬢様である。お陰で一瞬は、まさか外来人でもやってきたのかと疑った。しかし少女の奥から感じる気配は、紛れもなく人間ならざるものだった。

 

「見ない顔だね。人間ではないようだが」

 

 雨に濡れたせいで陰りはあったが、壁を感じない社交的な笑顔だった。

 

「ええと、まあ、神の端くれみたいなものというか。幻想郷(ここ)には最近やってきたばかりでー」

「へえ……」

 

 おしゃれに疎い神奈子や諏訪子とは正反対の、なかなかシティ派な神様のようだ。守矢神社と同じで、外での信仰獲得が難しくなって引っ越ししてきたクチなのだろうか。

 さておき。

 

「入るといい。いまタオルを出すよ」

「ありがとうございますっ。いやー、実は姉さんが一度助けてもらっちゃったらしくて。その節は大変お世話になりましたぁ」

「……ん?」

 

 なんの話だろう、と月見は疑問符を浮かべる。幻想郷に戻ってきてから今まで、セレブな妹がいる神様を助けた記憶はないのだが。

 

「覚えてません? まあ、こんなみすぼらしい姉さんじゃ覚えてもらえなくて当然で――あれ?」

 

 後ろを振り向いた少女が動きを止めた。てっきり『姉さん』が一緒にいるものと思っていたらしく、

 

「ちょ、姉さんどこ行ったの!? ……まさか、またそのへんで草食べてんじゃないでしょうね!?」

「草?」

「あ、姉さんの主食なので……」

 

 そのお姉さんは、人の姿をしているのだろうか。

 

「じょおーん、私はここにいるよー」

 

 と、視界を遮る大雨と薄く立ち込めた霧の向こうから、どこかで聞き覚えのある少女の声が返ってきた。同時に、「じょおん」という呼び名が月見の記憶に引っ掛かる。

 声がした方へ目を凝らして、気づいた。

 反橋の(たもと)あたりで空に向けて万歳をし、現在進行形でびしょ濡れになっている少女がいた。

 

「なにしてんの姉さん!?」

「みずあび」

「ちょっとやめてよ人ん家よここぉ!? 姉さあああああん!!」

 

 絶叫してすっ飛んでいく妹の背を見送りながら、ああ、と月見は完全に思い出した。お年玉戦線のときだ。月見がこしらえたポチ袋を受け取って、これでごはんが食べられると泣きながら喜んでいた少女がいた。

 そういえばあのとき彼女は、「じょおん」という妹がいると言っていたっけ。

 

「あ、あはは。失礼しました、ウチの愚姉が……」

「あー、せっかく気持ちよかったのに……」

「人ん家だって言ってんでしょ!?」

 

 妹にずりずり腕を引っ張られてきたのは、やはりあのときの貧困少女だった。長い青髪と大きなリボン、そして『請求書』『督促状』『差し押さえ』などべたべた貼りつけられた特徴的すぎるパーカー姿は見間違いようがない。

 

「なるほど、おまえだったんだね」

「あ、妖狐様……覚えててくれたんですか? やっぱり優しい……」

 

 なにやらねっとりとした目で見つめられた。少女は全身からぽたぽた水を垂らしながら、

 

「あのときは本当にありがとうございました。私、依神紫苑っていいます。こっちは妹の女苑」

「……姉さんが自分から自己紹介してる、ですって……?」

「あの、いろいろあって雨に降られちゃって……妖狐様なら雨宿りさせてくれるんじゃないかと思って、また来ちゃいました。えへへ……」

 

 妹の女苑が、信じられないものを見る目つきで姉の横顔を凝視している。

 

「クソザココミュ障の姉さんに、他人とまともな会話をする能力があったなんて……」

「むぅ、失礼……」

「まあいいわ。とにかくほら、服絞ったげるからちょっと端っこ行って。こんなびしょびしょじゃあがれないでしょ……すみませーん、あんまり濡らさないようにするのでー」

 

 一見すると不思議ちゃんの姉としっかり者の妹といった体ではあるが、それにしたってまた随分とちぐはぐな姉妹だった。性格の違いはもちろん、姉がボロボロのみすぼらしい恰好をしている一方で、妹はたくさんの貴金属で贅沢に着飾っている。月見の記憶が定かであれば、確かこの姉妹は毎日のごはんもままならないほど生活に困っていたはずではなかったか。姉のパーカーを甲斐甲斐しく絞っているあたり、姉妹仲が悪いわけではないようだが。

 

「月見くーん」

 

 振り向くと、上がり(かまち)に藤千代がいた。あいかわらず気がつくとそこにいるやつである。脱衣所の竹編みカゴを両手で抱え、中には何枚かのタオルが入れられている。

 

「お二人ですか? 大きいのと小さいの、四枚ほど持ってきましたけど」

「ああ、充分だよ。ありがとう」

「未来の妻として当然ですともっ」

 

 はいはいと生返事をしながらカゴを受け取り、玄関先へ戻る。女苑が紫苑のスカートの裾を握り、ふんぬぬぬぬぬと一生懸命絞っている。

 

「はい、タオルだよ。ポーチや小物はこのカゴに入れるといい」

「あっ、ありがとうございまーす! ほら、姉さんも髪拭きなさい」

「あ、うん……」

 

 月見の手からタオルを受け取ろうとした紫苑は、しかし寸前で「!?」と大股で仰け反った。雷が落ちたような驚愕で目玉を剥き出しにして、

 

「こここっ、こんなおっきくて真っ白で新品でふわふわな高級タオル、使えないです! これで体を拭くなんて、もったいない……!」

「……普通のタオルだぞ?」

 

 紫曰く外のホームセンターで安売りされていたらしい、どこにでもある庶民的なタオルだ。温泉客に何度も貸し出しているので新品ではないし、肌触りも高級というほどふわふわなわけではない。そもそもタオルとは体を拭くものである。

 けれど紫苑はぶんぶん首を振り、

 

「あ、あの! 私はその、使いかけの雑巾とかで充分なので!」

「いやいや、客にそんなもの出すやつがあるかい」

 

 いくらなんでも雑巾はないだろう、と月見は呆れた。ここで月見が本当に薄汚れた雑巾を出したら、彼女はそれで髪や顔を拭くのだろうか。雨宿りでやってきた女の子にそんな真似をさせようものなら、後ろの藤千代から張り手が飛んできて月見の意識も彼岸に吹っ飛んでいく。

 紫苑は尻込みしすぎて変な恰好になっている。

 

「で、でもぉ……」

「姉さんはあいかわらず貧乏性ねえ」

 

 一方で女苑はといえば、特に遠慮した様子もなくタオルで髪を拭いていて、

 

「んじゃほら、私が使ったやつなら大丈夫でしょ」

「あ、うん、それなら……。うう、やっぱり妖狐様はお優しいです……」

「……」

 

 妹から半分湿ったタオルを受け取って、それでようやく紫苑も髪を拭き始めた。しかしその手つきはだいぶ遠慮がちで、「な、なんという肌触り……ふあああ……!」と謎の痙攣を起こしている。

 貧乏性といえばありふれた風に聞こえるが、いくらなんでも貧乏をこじらせすぎではあるまいか。そしてタオル一枚貸しただけでこれなら、このあと温泉に入らせて浴衣を貸して、お茶と軽い食事まで出そうとしている月見の考えはどうなってしまうのか。

 しかしだからといって、雨がやむまで玄関に突っ立たせておくわけにもいかないのであり。

 

「……あー、ところでね。ここには温泉があるから、濡れたままもなんだしゆっくりしていったらどうだい。服が乾くまで浴衣も貸すよ」

「えっ、ほんとですか!? ありがとうございます! ご迷惑でなければ是非っ」

 

 女苑の食いつきのよさは予想通りとして、問題は姉の方だ。案の定彼女はタオルを頭に被ったまま、コンセントをいきなり引っこ抜かれたような顔で動かなくなっていて、

 

「…………………………………………おんせん?」

「うん。温泉は、わかるかい?」

「え、あ、はい。あの伝説の……ですよね?」

 

 伝説とは。

 

「浸かるだけで病気が治ったり、憑き物が落ちたり、死人が甦ったりするっていう……」

「……肩こりや冷え性程度になら効くよ。温泉に入ったことは?」

「あ、あるわけないですっ。お湯で体を洗うなんて、そんな贅沢な……!」

 

 ちょっと待て。

 

「言い方を変えよう。――風呂に入ったことは?」

「えと……こっちに来てからは、いつも近くの川でみずあび」

「千代、二名様ご案内だ」

「はいはーい」

「うぴぇ!?」

 

 玄関から藤千代がひょこりと顔を出し、紫苑は飛びあがって妹の後ろに隠れた。

 

「つ、つの!! じょじょじょっ女苑どうしよう鬼だよ食べられちゃうよお!?」

「あー、私はそういうのしないので大丈夫ですよー」

「姉さんは皮と骨だけで食べる肉なんてないじゃない。……それより温泉よ温泉! 体もすっかり冷えちゃったし、ここは甘えましょ!」

「で、でもぉ……」

 

 紫苑がまたもや大袈裟に尻込みしているが、生憎と月見はもはやテコでも動かぬ決意に満ちている。なにがなんでもゆっくりしていってもらう。拒否権はない。なぜなら今までのやり取りを総合して考えると、とてつもなく恐ろしい事実に辿りついてしまうからだ。

 紫苑と最初出会ったのは年明けのお年玉戦線だから、当時この姉妹はすでに幻想郷で暮らし始めてしばらく経っていたと考えられる。加えて紫苑の、こっちに来てからは風呂ではなく、いつも近くの川で水浴びしていたという発言。

 つまりこの少女たち、肌が震え水が凍てつく真冬の間も、貧困のあまり温かいお湯を用意することすらできず――。

 やめよう。これ以上考えてはいけない。

 

「さあさあ、入った入った」

「あ、あのあの、わたし汚いですし、お金も持ってないですよっ……?」

 

 月見は聞く耳持たない。こうして水月苑の戸を叩いたからには、濡れたまま汚いままなんて許しません。

 

「お金はいいから。私の屋敷を雨宿りに選んだ運の尽きと思って、諦めてくれ」

「う、うう……」

「お邪魔しまーす!」

 

 困惑する紫苑の背をぐいぐい押して、有無を言わさず藤千代に引き継ぐ。一度敷居を跨いでしまえば観念したらしく、紫苑はおそるおそるとしながら屋敷にあがる。常にふよふよ浮いているからか、靴すら履いておらず裸足だった。

 

「ゆっくりしておいで」

「はーい! 堪能させてもらいまーす!」

「こ、こんな立派なお屋敷……妖狐様すごいよぅ、優しいよぅ……」

 

 明るい女苑と暗い紫苑の、姉妹とは思えぬほど正反対な背中をひとしきり見送って、それから月見は腕組みをした。

 詳しい素性も聞かぬままあげてしまったが、そういえばあの二人、いったいなんの神様なのだろうか。

 

 

 ○

 

 茶の間に戻ると、わかさぎ姫が趣味の小石磨きをしていて、輝夜はあいかわらず畳に寝っ転がってもちもちしていた。

 

「おかえりなさいませー」

「おかえりー。誰だったのー?」

「はじめての客だよ。雨宿りに来たみたいで、びしょ濡れだったから風呂に行ってもらった」

 

 月見が座布団に腰を下ろすと、すぐに輝夜が転がってきて膝をべしべし叩く。

 

「ひーまー。つまんなーい。あそべあそべー」

「こら、客が来てるんだからちゃんとしてくれ。それでも元お姫様かい」

「ぐぅー」

 

 尻尾でべしべし叩き返すが、輝夜は大変満更でもなさそうに余計だらけるばかりである。この少女は本当に月の高貴なお姫様だったのだろうか。実は地球外からやってきた新種の猫ではあるまいか。豊姫や依姫が今の輝夜を見たら、あまりの堕落ぶりにはらはらと涙を流すのかもしれない。

 

「輝夜さん、私と一緒に小石磨きはどうですか?」

「えー。地味」

「そ、そんなあっ。こうやって石を磨くことは、自分自身を磨くことでもあるんですよ!」

 

 とはいえ、手持ち無沙汰なのは月見も同じだ。女の子らしく長風呂になるだろうから、依神姉妹が戻ってくるのも当分先になるだろう。さてなにをして待ってるかな、と月見はテーブルに片肘をついて考え、

 

『――ふああああああああああっ!?』

 

 どたーん、

 

『姉さんしっかりして!! 姉さあああああん!!』

「……」

 

 なにをやっているのかあの姉妹は。

 助けを求める悲痛な叫びというより、予想だにしない出来事が起こったときの素っ頓狂な悲鳴だった。輝夜もわかさぎ姫もぽかんと目を丸くして、

 

「なに今の」

「なにかあったんでしょうかー……?」

「……ちょっと見てくるよ」

 

 月見はよっこらせと腰を上げる。スカーレット姉妹と古明地姉妹の姿が脳裏に浮かぶ。幻想郷の姉妹とは、どうしてあっちもこっちも騒ぎに事欠かないのだろうか。

 まあ姉妹に限った話でも、ないのだけれど。

 

 

 ○

 

「千代、どうした? 入って大丈夫かい」

「あ、大丈夫ですよー」

 

 脱衣所の戸を開けると、紫苑が床にぶっ倒れてぐるぐるおめめで気絶していた。

 まだ服を脱ぐ前だったようで、依神姉妹は玄関で見送ったときのままの恰好だった。紫苑が倒れているのは、ちょうど脱衣所から浴場へつながる扉の手前だ。女苑が姉のほっぺたをつんつん突っつき、藤千代は困りげに腕で頬杖をついている。

 

「……なにがあった」

「姉さんが、温泉を見て気絶しちゃって」

 

 は、

 

「すごく広くて綺麗だったので、姉さんの貧相な脳は衝撃に耐えられなかったんです。たぶん、赤錆びた五右衛門風呂みたいなのしか想像できてなかったんでしょうねー」

「……そうか」

 

 つまり、温泉をただ視界に入れただけで天へ旅立ったということらしい。改めて心の底から言う、この少女、貧乏をこじらせすぎである。

 

「どうしましょうねえ。このまま寝かせておくわけにも……」

「あー、このままひん剥いて突っ込んどきゃいいですよ。起きたところでお湯に浸かったらどうせまたこうなりますから、そんな気を遣ってもらわなくて平気です」

 

 ともかくびしょ濡れで放置するわけにもいかないので、藤千代が手伝いながら気絶したまま入浴させることになった。

 貧乏って大変なんだなあ、と月見は思った。

 

 

 

 月見が茶の間に戻って十分ほど経った頃、また「はにゃああああああああああ!?」と紫苑の悲鳴が聞こえて静かになった。

 あの少女は、今までどうやって生きてきたのだろうか。

 

 

 


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