銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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 リハビリなので初投稿です。
 個人サイトの方で公開していた小話を少し校正したものです。


リハビリ 「おままごとをしたいフランが紅魔館を壊滅させる話。」

 

「月見ーっ、おままごとしよ!」

 

 その日のフランは、とてもおままごとがしたいようだった。

 日課の散歩で紅魔館に立ち寄ると、大抵、フランがすごい勢いでやってきて一緒に遊ぼうと誘ってくる。お人形遊びやかくれんぼなど子どもらしいものから、チェスやカードゲームといった本格的なものまで様々だが、本日の彼女はとてつもなくおままごとな気分らしい。大きなお道具箱の中からままごとセットを引っ張り出し、きらきら輝く目で月見の目の前に置いた。

 

「月見がお父さん役ね!」

「ああ、いいよ」

 

 フランはとかく、やりたいと思ったことを躊躇わない。思い立ったら即行動。それは本人も自覚していて、『ザユーのメイ』なんだと日頃からえばっている。チルノたち妖精と友達になれた経験が転機となったのか、あるいは今までやりたいことも満足にでなかった反動なのか、どうあれフランは今や、紫や輝夜に並んで幻想郷を代表するお転婆少女なのだった。

 今日も元気で大変よろしい。

 

「二人でやるのか?」

「んーん!」

 

 フランは首を振り、

 

「みんな誘ってくるよ! お姉様にはー、私の妹になってもらうの。あとはお母さん役も要るよねっ!」

 

 月見は苦笑した。レミリアがフランを「お姉様」と呼ぶのは、ちょっと面白そうだった。姉の威厳にこだわるレミリアは嫌がるかもしれないが、「嫌ならやらなくていいんだよ」とでも言えば涙目で参加表明するに違いない。

 フランが準備運動をしている。

 

「よーし! それじゃあ、月見はちょっと待っててね!」

「ああ」

 

 いちにーさんしー、よーいどかん。

 と、微笑ましく見送るには少々強烈な風を巻き起こして、一発の砲弾と化したフランが元気いっぱい出撃していく。可愛らしい子どもと侮るなかれ、妖怪でも最上級の身体能力を持つ吸血鬼がちょっとやる気を出して走れば、ずどどどどどと館中に響くくらいのエネルギーを発揮する。真面目に掃除をやっていたのであろう妖精メイドたちが、次々撥ね飛ばされててんやわんやの阿鼻叫喚に陥っている。これを「みんな元気だなあ」とのんびり聞き流せる月見は、やはり幻想郷の常識で感覚が麻痺してきているのだろう。

 ――などと呑気に座っていないで、月見もついていくべきだったのかもしれない。

 このなんてことのないやりとりが、まさかあんな惨劇を招いてしまうだなんて。

 

『さーくやーっ!!』

 

 フランはまず、咲夜を誘いに行ったようだった。月見の獣の聴覚が、遠くながらフランの元気ハツラツな声を拾い、

 

『咲夜、月見のお嫁さんになって!!』

 

 どぉんがらがっしゃん。

 

『咲夜ー!?』

 

 月見は頭を抱えている。ああ、ああフラン、どうしてよりにもよってそんな誤解を招く言い方を。

 フランはすぐに戻ってきた。

 

「咲夜が気絶しちゃった! 悪いけど看ててあげて!」

 

 吸血鬼パワーで担いできた咲夜をベッドの上に乗せる。完全で瀟洒なメイドこと咲夜は、両目をぐるぐる巻きにしてすっかり気を失っていた。メイド服のあちこちがヨレヨレになっているが、なにか幸せな夢でも見ているのか、その表情はどことなく安らいでいるように見えないこともない。

 フランは息つく暇も見せない。

 

「しょうがないから、他のみんなにも声掛けてくるね!」

「あ、おい」

 

 ずどどどどど、みぎゃーぴちゅーんふぎゃーぴちゅーん。哀れな妖精メイドたちがまた撥ね飛ばされて犠牲になる。月見は宙に伸ばしかけた腕を、唸り声とともに空しく引っ込める。

 

「大丈夫かなあ……」

 

 しかしすぐに、まあいいか、と思い直した。この紅魔館が騒がしいくらい賑やかなのはいつものことだ。そして月見は、そんな元気いっぱいな紅魔館が好きなのだ。ならば今回も、少女たちが愉快痛快に騒ぐ様を見守っていよう。

 はてさてあの小さな砲弾少女は、今度は誰のところへ向かったのだろうか。

 

 

 ○

 

 フランは素早く日傘を装備し、颯爽と紅魔館の庭に飛び出した。

 

「めえーりぃーん!!」

「はいはーい? どうかしましたかー?」

 

 次のターゲットである美鈴は門を少し離れ、花壇で花の水遣りをしていた。じょうろ片手に振り返った彼女へ、フランは先ほど同様息を吸って元気よく、

 

「美鈴、月見のお嫁さんになって!!」

 

 どこからともなく飛来したナイフが、美鈴の帽子を斜め上から地面に縫いつけた。

 

「待ってください咲夜さん私まだなにも言ってないです! っていうか今どこから!?」

「ねーねー、月見のお嫁さんになってよ」

「妹様、いま私の命の危機! 命の危機ですよっ!」

 

 美鈴はびくびくとしゃがみガードをし、じょうろで頭を守りながら、

 

「い、いきなりなんの冗談ですか?」

「? 冗談じゃないよー。月見のお嫁さんになってほしいの」

「冗談じゃない!? ……え、冗談じゃないんですか!?」

「当たり前じゃん」

「当たり前っ!?」

「いやなのー?」

「いえ、いやっていうか……その、あの」

「?」

 

 美鈴はなんだか赤くなって、一生懸命右を見たり左を見たりしていた。なんでそんなにびっくりしてるんだろう、とフランは疑問に思う。ただのおままごとなのに。

 ――その「ただのおままごと」の部分がとんでもなく重要だし今すぐ口にするべきなのだが、フランはさっぱり気づいていない。それどころか更に誤解を加速させる、

 

「早くー。月見も待ってるよ?」

「ふえぁっ!? ちょちょっちょっと待ってくださいそんなのいきなりすぎて心の整理が、ああでもでも他でもない月見さんが言うならこれはきっと」

「『殺人ドール』」

「そんなわけないですよねごめんなさ――――――――――――いっ!!」

 

 空から凍てつく銀の閃光が降り注ぎ、美鈴は脱兎となって逃げ出した。じょうろを明後日へ投げ捨て、門をブチ抜いて外まで逃亡したが、銀の弾幕はやたら反則的な追尾性能を発揮し、

 

「ん゛ああ゛ぁーッ!?」

 

 塀の向こう側で美鈴の断末魔がこだまして、それっきり静かになった。

 フランは上を見る。フランの部屋の窓から落ちそうなくらい身を乗り出して、威嚇するように肩で息をしている咲夜がいる。どうやら目を覚ましたらしいが、

 

「もぉー咲夜ったら、なんで美鈴をいじめるのっ?」

「申し訳ありません妹様、こればかりは譲れなくて……ひゃっ」

 

 そのとき、咲夜が窓の縁に掛けていた左手を滑らせた。バランスを崩した咲夜の体は重力のままがくんと傾き、大きく身を乗り出していたのが災いして、あっという間に両足が床から浮きあがる。

 

「おっと」

 

 しかし、迅速な対応だった。後ろからすかさず駆けつけた月見が両腕を回し、あわやのところで咲夜の体を抱えあげた。

 ぴゃい、と咲夜がちょっと変な声を出した。

 

「ふう。なにやってるんだい、まったく」

「……、……、」

 

 おそらく咲夜の脳内では、大音量の緊急アラートとともに非常事態宣言が発令されたはずだ。

 咲夜は『ビミョーなお年頃』というやつなので、月見との急接近に情けないほど耐性がないのだ。事情がなんであれ突然後ろから抱き締められ、割とすぐ耳元で心配の言葉を囁かれるなど驚天動地の大事件である。フランから見上げる咲夜の顔面が、みるみると湯気を噴く直前のやかんみたいになっていく。

 ところで、フランはもう一度訊いてみた。

 

「咲夜ー、月見のお嫁さんになる?」

「およ」

 

 ぼふん。

 一撃だった。顔面から本当に湯気を噴いて、咲夜の全身から一切の力が抜けた。突然無抵抗になった咲夜に月見が驚き、

 

「うおっ……咲夜? おい?」

「……きゅう」

 

 せっかく目を覚ましたのに、咲夜はまたぐるぐると目を回して失神してしまっていた。思いがけず月見と密着しすぎたせいで、頭の中が限界を超えてしまったらしい。その程度で失神しちゃうなんて情けないなあ、とフランは呆れる。『ビミョーなお年頃』はこれだから大変だ。

 ――なおトドメを刺したのは他でもないフラン自身なのだが、もちろんフランはちっとも気がついていない。

 小さくため息をついた月見が、改めて咲夜を抱えあげて奥に引っ込む。きっと咲夜を寝かせに行ってくれたのだろう。咲夜はなんだかダメそうだし、美鈴も塀の向こうで殉職してしまった。なのでフランは、次は大図書館に行ってパチュリーと小悪魔を誘ってみると決める。こうなったら手当たり次第だ。

 

「フラン、頼むからひとつだけ言わせ」

「次はパチュリーのとこ行ってくるね!」

「おい!」

 

 窓から顔を出した月見に手を振って、フランは再び出撃する。思い立ったら即行動の吸血鬼型台風が、紅魔館に更なる騒動を巻き起こしにいく。

 

 

 ○

 

「パーチュリーッ!!」

 

 パチュリーは、大図書館の奥の部屋で魔法の実験をしていた。ノックもせず勢いよく突撃したフランに、七曜の魔女は眉ひとつ動かさず、実験の手をほんの一瞬も止めはしなかった。大図書館一帯に簡易的な結界を張って、誰かがやってくるとすぐわかるようにしているのだ。実験でひきこもっているときの彼女は大抵こうしている。

 アヤシイ色の試験管を机の上にいくつも並べて、魔法薬の調合をしているようだった。

 

「はいはい、どうしたの?」

 

 手に持った試験管の薬剤を、別の試験管へ慎重に注いでいる。そんなパチュリーのクールな横顔に、フランはまたしても元気よく、

 

「パチュリー、月見のお嫁さんになって!!」

 

 爆発した。比喩ではなく本当に。試験管が。

 

「うひゃあ!?」

 

 鼓膜を打つ爆音、体が浮くほどの爆風が吹き荒れ、部屋中が嫌な臭いの煙であっという間に塗り潰された。微妙に紫色っぽい、十中八九吸っちゃダメなタイプの煙だった。フランは大急ぎで部屋から転がり出て、安全な場所まで避難して頭を低くする。部屋からあふれ出た煙が天井伝いに広がり、大図書館の方までもくもくと流れていく。

 

「うわあ」

 

 なんだかすごいことになっちゃったなあ。

 かがんだ姿勢のまま部屋を覗き込んでみる。しばらく煙ばかりでなにも見えなかったが、やがて奥の方からゾンビみたいなほふく前進で、

 

「……ご、ごふ」

 

 全身煤だらけの黒ずんだパチュリーが出てきた。

 

「パチュリー、生きてるー?」

「けふ。な、なんとか……」

 

 ぷるぷる震えて新種の妖怪みたいになっている。特に怪我らしい怪我はなさそうだったので、フランはとりあえず安心し、それから頬を膨らませて、

 

「もー、なにしてるのっ? びっくりしたんだけど!」

「あ、あなたがいきなり変なこと言うからでしょう!?」

「? 変なこと?」

 

 パチュリーの顔が、煤けていてもわかる程度に赤くなっている。変なことってなんだろう、とフランは首を傾げた。フランはただ、パチュリーにやってほしいことを素直に言っただけなのだけれど。

 大図書館の方から、小悪魔が血相を変えて駆けつけてきた。

 

「パチュリー様、なにがあったんですか!? 大丈夫ですか!?」

「ああ、こぁ……」

 

 パチュリーは震える両腕でなんとか起き上がり、

 

「ごめんなさい、ちょっと失敗してしまって……」

「実験ですか? 珍しいですね、こんなすごい爆発が起こるなんて……」

「この子がいきなり変なこと言わなければ、成功してたはずなのよ」

 

 自分のせいにされたフランはむっとする。

 

「変なことなんか言ってないよ! 月見のお嫁さんになってって訊いただけじゃない!」

「充分変なことでしょうが!?」

「なんでー!? パチュリーは月見のお嫁さんになってくれないの!?」

「そういうのは咲夜に訊きなさい!?」

「訊いたよ! そしたらひっくりかえって気絶しちゃった!」

 

 咲夜ぁ、とパチュリーががっくり肩を落としている。どうやら魔法一筋の七曜の魔女は、お母さん役にあまり乗り気でないらしい。そう判断したフランは仕方なく、

 

「じゃあ、こぁは月見のお嫁さんになってくれる?」

「は、はあ!?」

 

 パチュリーが目を剥いて、

 

「ちょっと、なんでこぁにも訊くの!?」

「だって、咲夜も美鈴もパチュリーもなってくれないんだもん!」

「だから今度はこぁってこと!? おかしいでしょそんなの!」

「なんで-!?」

 

 フランはだんだん虫の居所が悪くなってきた。フランはただおままごとがしたくて、お母さん役になってくれる人を探しているだけなのに、どうして怒られなければならないのだろう。悪いことや間違ったことなんてなにもやっていないではないか。

 そんな思いを込めて、両足でげしげし地団駄を踏みながら大声で叫ぶ。

 

「もぉーっ!! 誰でもいいから月見のお嫁さんになってよ!!」

「だ、誰でもいい!? そういうのは普通、心に決めた一人がなるものでしょう!? ……こぁもなにか言いなさい!」

 

 一方で、小悪魔の反応は冷静だった。口元に指を当てて少し考えてから、ああなるほど、と思い当たった様子で頷きこう言った。

 

「えーっと、それっておままごとの話ですよね? 月見さんがお父さん役だから、お母さん役を探してるんでしょう?」

「そうだよ!」

「そうよ、いくらおままごとだからって――ゑ?」

 

 パチュリーの目が点になった。錆びついたブリキ人形みたいな動きでフランを見て、

 

「……お、おままごと? そうなの?」

「うん。なんだと思ってたの?」

「へ!? い、いや、その……えっと、それはね!?」

 

 珍しいことに、パチュリーまで湯気をあげるように狼狽え始めた。ビミョーなお年頃の咲夜はまだしも、パチュリーまでこんな風に慌てるなんてなんだかおかしい。きっと変なことを考えていたに違いない。でも、変なことって一体なんだろう。

 小悪魔はビビッと来たらしい。嗜虐心たっぷりな悪魔の笑みを開かせて、斜め下からイヤらしく主人を覗き込むと、

 

「んんー? パチュリー様、一体なにを想像してたんですかぁー? おままごとに決まってるはずですけどねぇー、まさかほんとにお嫁さ――待ってください待ってくださいロイヤルフレアは洒落になりませんって!?」

 

 オチが読めたフランはさっさと安全地帯へ避難を始める。そうしてフランが爆心地から離れるなり、大図書館にけたたましい猛ダッシュが飛び込んできて、

 

「あっここにいた! ちょっとフラン!? 妖精メイドは半分くらい消し飛んじゃってるし咲夜と美鈴は気絶してるし、あなた一体なにやって」

「日符・『ロイヤルフレア』アアアァァッ!!」

「「ん゛ああ゛あ゛ぁーッ!?」」

 

 合掌。

 まばゆい真紅の閃光が炸裂し、物陰に隠れたフランの頭上を強烈な熱波が駆け抜けていく。心の中で十を数え、あたりが静かになったのを確認してから顔を出してみると、哀れな犠牲となったレミリアと小悪魔がぷすぷすと床に転がっていた。

 二人とも、ほどよく焦げてだいぶ香ばしい感じだった。レミリアの蚊が鳴くような声、

 

「ぁぅぁぅぁ~……」

 

 登場するなり退場した変わり果てた(カリスマ皆無な)紅魔館当主を見ながら、お姉様はあいかわらずだなーとフランは思う。これで誇り高き吸血鬼を自称しているのだから、妹として恥ずかしいやら情けないやらである。

 まあそんなダメなレミリアも、フランの大好きなレミリアなのだけれど。

 

「……むきゅう」

 

 そして最後に、すべての気力を使い果たしたパチュリーが目を回して崩れ落ちる。レミリアもパチュリーも小悪魔もみんな気を失って、大図書館に完全な静寂が戻ってくる。

 ただ一人生き残ったフランは、とりあえず、ぽつりと一言。

 

「……どうしよう、これ」

 

 爆発とロイヤルフレアのせいで床も壁もあちこち煤だらけ、足元には物言わぬ三人のしかばね。どうもこうも、どうしようもない。

 フランはただ、月見のお嫁さんを探していただけなのに。

 

「もぉー、これじゃあおままごとできないじゃん」

 

 もう少しお淑やかさを身につけたらどうなのか、とフランは憤慨する。フランとてしばしば子どもだのお転婆だの言われる身だが、みんなだって人のことは言えないと思う。少なくとも今このときに限っては、自分が紅魔館で一番お淑やかなレディのはずだ。

 

「しょうがないんだからあー」

 

 三人の襟首をまとめて引っ掴み、フランはぶーぶー言いながら自分の部屋まで引きずっていく。

 もちろん、みんな気を失ってさえいなければ、文句を言いたいのはこっちだと首を揃えて叫んだだろうが。

 それができる人物は、もう紅魔館には残っていないのだった。

 

 

 ○

 

 紅魔館が壊滅した。

 軍事的には、人員の半数を失った部隊は壊滅と見なされるという。そう考えれば、当主が倒れ、門番が殉職し、メイド長が気を失い、大図書館の管理人が力尽き、その司書がいい感じにコゲて、更には妖精メイドの半数が一回休みとなった今の紅魔館は、間違いなく壊滅状態と表現できるのだと思う。

 まさか、こんなことになってしまうとは――それ以外の言葉で、果たして目の前の惨状をどうやって表現すればよいのだろう。

 

「つまんなあーい!」

「はいはい、暴れない暴れない」

 

 しかも壊滅させたのはたった一人の小さな女の子で、内部犯で、トドメに原因は「おままごとがしたかったから」である。個性豊かな妖怪が世界中から集まる幻想郷といえど、おままごとの準備で家を壊滅させるトンデモ少女は彼女をおいて他にいないだろう。

 すっかりご機嫌ナナメなフランを宥めつつ、月見はベッドに新たな犠牲者三人を追加で寝かせる。

 フランの部屋にも、姉に負けない大きな天蓋付きのベッドがある。広々とした贅沢なベッドを横に使うと、辛うじて少女五人を全員寝かせてやることができた。さすがに美鈴は足がはみ出してしまうが、床を使うよりはいいだろうと判断する。

 それにしても本当にひどいものである。咲夜は未だ目覚める様子がなく、美鈴は全身ボロボロ、パチュリーは煤だらけでレミリアと小悪魔に至ってはぷすぷす黒コゲだ。紅魔館が賑やかなのはいつものことだけれど、今日はさすがにどうしてこうなったと思わずにおれない。

 家族たちの情けない姿に、フランの荒ぶる怒りは収まるところを知らない。

 

「なんなの、みんな勝手に気絶してぇー。レディの自覚が足りないんじゃないかしら!」

 

 レミリアたちが気を失っていなかったら、即座に大ブーイングが飛びそうなことを言っている。月見はやんわりとため息、

 

「お前の言い方も言い方だったと思うよ。あれじゃあ、みんな誤解しちゃうだろう?」

「えー? 私、別に嘘なんてついてないよ! なのになんで誤解されるの?」

 

 フランの純粋すぎる眼差しが辛い。なんだか、自分がひどく汚れているような気分になってくる。

 

「……まあ、ともかく、これじゃあままごとはできないね。それとも二人だけでやるかい?」

「むー、二人だけでやってもなあ……」

 

 フランは口をへの字にして考え込む。うんうんうなされている家族たちをしばし眺め、突然閃いたように両手を打つと、

 

「じゃあ、おままごとはやめてお医者さんごっこにする!」

「うん?」

「私と月見がお医者さんね! お姉様たちはきゅーびょーにん!」

 

 ぎゅうぎゅう詰めのベッドに意気揚々飛び乗ると、レミリアの服をむんずと掴んで、

 

「じゃあ、さっそく診察するので服を脱ぎましょー!」

「おいやめろフラン。やめてくれ頼むから」

 

 当然、月見は本気で止めた。こんな形で死ぬのは御免である。このままフランと一緒にお医者さんごっこなどしようものなら、グングニルとロイヤルフレアとナイフ千本と中国四千年の歴史と悪魔の魔法がひとつ残らず月見に叩き込まれて、間違いなく肉体的にも社会的にも終焉を迎える。

 結局そのあと、すぐにレミリアが目を覚ましてくれたので事なきを得たが。

 

「フランッ、あなたはどうしてそう品位に欠けるのよ!? もっと私の妹である自覚を持ちなさいッ!」

「なにそれ、自分が品位のある女だって言ってるの!? そんな黒コゲのみっともない恰好でー!?」

「誰のせいだと思ってるのよ!」

「人のせいにするのが品位のある女なんですかーっ!」

 

 またぎゃーぎゃー元気にケンカし出した仲良し姉妹を眺めつつ。フランの遊びに身も心もついていけなくなってきている自分を感じて、なにやら無性に、積み重ねてきた年を実感してしまう月見であった。

 

 

 




 ご無沙汰しておりました。
 個人的な事情で、長らく創作およびネットから距離を置いていました。以前ほど創作に打ち込むのが難しくなっており、不定期更新になるかとは思いますが、またぽつぽつ書いていけたらなあと考えられるようになりましたので、生存報告もかねて簡単なお話を投稿しました。

 さしあたって。
 今後、個人サイトおよびなろう版は更新を休止し、ここハーメルンのみに絞るつもりです。向こうが更新されないことで困る方もいないと思います。
 また当面の間、感想やメッセージ等の返信は緊急性がない限りお休みさせていただきます。

 しばらくはリハビリということで、個人サイトのみ公開になっているいくつかのお話を引き続き投げていく予定です。

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