呀 暗黒騎士異聞(魔法少女まどか☆マギカ×呀 暗黒騎士鎧伝)   作:navaho

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2015年初の投稿です。纏めて掲載しようと考えていましたが、何時までも更新しないのは、どうかと思い掲載します。

今回は、さやかとオリキャラが出張っています。

主役達は只今、出張中の為今回も出番は…


第弐拾弐話「崩壊(前編)」

初恋

  

 

 

 その人にとって初めての恋の意。

 

 

 

 

 

 

 

 彼、上条恭介にとっての初恋は、幼少の頃まで遡る。そして、自分の中にある”才能”を見出してくれた”優しいお姉さん”が胸の内に数年たった今でも存在している。

 

今も奇跡的な回復を遂げた自らの手でヴァイオリンの弓を取り、四本の弦を指で抑え、音色を奏でている。ヴァイオリンの弦は左側から G線、D線、A線、E線の四本により構成されている。

 

 教本を用いた練習を一通り終えて、リハビリを兼ねてクラシックの入門曲として度々紹介される パッヘルベルのカノンを弾き始める。

 

カノンとは、ヴァイオリン三本と他の弦楽器 チェロ、ヴィオラ、コントラバスによる演奏で、最初のヴァイオリンから始まり、二小節ごとに二本目、三本目のヴァイオリンが続く。

 

本来は複数の奏者で行う曲であるのだが、彼は自身のヴァイオリンの後に続くようにカセットテープを回しており、今も彼の胸の内にいる”優しいお姉さん”の音色が響き渡った。

 

(蓬莱暁美お姉さん……お姉さんの音色はいつも僕を優しく包み込んでくれる)

 

 ヴァイオリンが大好きなのは、自他共に認めていることだが、彼にとってのヴァイオリンは、初恋の人と一緒になって一つの曲を演奏することにあった。

 

初めての出会いは、今も騒がしい幼馴染のさやかにヴァイオリンを聞かせていたところに偶然居合わせたことだった。

 

 今も思い出すのは、彼女のヴァイオリンの音色は天才と言われる自分以上に優雅にそれでいて、誰もが思わず穏やかになるような美しい音色だった。

 

 ”ヴァイオリンの音色はね、人の声を真似て作られたの”

 

 他の楽器とは違う、まるで人が歌うような音色はまさしく”人の声”を真似て作られた楽器と言われるだけあった。

 

美しい音色を奏でるヴァイオリンに見せられて、自分もその美しい音色を出したくて……彼は、覚束ない手でヴァイオリンを手に取った。

 

 今はどうだろう天才ヴァイオリニストと呼ばれるほどに指はしなやかに動き、同年代では自分以上に引ける奏者は居ないと言われるまでになった。

 

だが、上条恭介は決して今の自分に満足できなかった。何故なら、過去に憧れたあの美しい音色を奏でる奏者のようになりたかった。そして、いつか彼女の隣でずっと音楽を奏でて居たかった……

 

 かつて、さやかは自分に言ってくれた。

 

”あるよ!!!奇跡も魔法もあるんだよ!!!”

 

(もし、奇跡が叶うのなら、何故あの時、叶えられなかったのだろう。どうしてお姉さんは、あの時突然、居なくなってしまって……)

 

最後に見たのは、さやかの父 総一郎に連れられてみたのは、今までに見たことのないぐらいに白い顔をした”蓬莱暁美”お姉さんだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条 恭介 

 

 お姉さんが亡くなった時、神様にお願いをした。”僕の大切なお姉さんを返してください”と……

 

だけど、それを神様は聞き入れてくれなかった。大切な人のあの音色を二度と聞くことが出来ない……思い出の中でしか聞くことが出来なくなってしまった……

 

お姉さんが僕の為に練習用に録音してくれたこのカセットテープにある音色は、思い出の音色には良く似ているけれど、録音された機械自体が古くて碌な物じゃなかったばかりか、時折ノイズが入るのが嫌になる。

 

お姉さんが引くヴァイオリンがもっと聞きたい、あの音色を出したいと願い、僕は父に頼んでヴァイオリンのスクールを紹介してもらった。腕を磨くためにたくさんのコンテストにも出た。

 

”天才”と皆に評価されるたびに自分の中に”自信”が生まれ、このヴァイオリンに全てをかけようとさえ思った。だけど、僕は知っている。決して人前に出ずに、あの美しい音色が誰にも聞かされずに終わってしまったことが許せなかった。

 

小さな頃は純粋だったと、大人は振り返る。その気持ちを僕は14歳ながらおぼろげに理解している。あの頃は、亡くなったお姉さんの為に、天国に居る”蓬莱暁美”お姉さんに聞こえるぐらいの演奏が出来るヴァイオニストになろうと夢を見ていた。

 

だけど、14歳の自我が強くなってくる思春期を迎えて僕は、周りが思うほど良い人間ではなくなっているのを自覚せざるえなかった。

 

コンクールでたくさんの賞を取ったとしてもあの音色にはまだ程遠く、一緒に演奏をしたかったお姉さんの幻を見てもそこにはおらず、幻の為か新たな演奏を聴くことが出来ない現実へのみっとも無い逆恨みすら心の底で抱いていた。

 

その為か、周りの人間からは少し難しい人物として扱われていて、クラスメイト達からも少し距離を置かれていた。だけど、ヴァイオリンだけは続けた。あの音色をこの手で演奏が出来るまで……

 

そんな時に、あろうことか僕の右腕が”再起不能”の傷を負ってしまったのだ。さやかに何度も励まされ、両親からも諦めなければ何とかなると言われたが、現実は僕から初恋の人を奪うだけに飽き足らず、その人との繋がりさえも奪ったのだ。

 

初恋の人との思い出……僕にヴァイオリンを与えてくれていて、それを教えてくれた優しいお姉さんが持っていたのは”ストラリ・ヴァリ”。

 

ヴァイオリンの中でも特に有名な名器であり、大量生産されているヴァイオリンと違い、腕のある職人が丹精を込めて作り上げた。天涯孤独の身だったお姉さんが高級ともいえる名器を持っていたのは、お祖父さんの形見であったからだ。

 

”蓬莱 夏一郎 ほうらい かいちろう”。お姉さんと同じ名前であるお祖母さんの夫であり、今や遠い過去となってしまった”太平洋戦争”で亡くなったと聞かされた。

 

お姉さんのお祖父さんは、文武に長けた人だったけれど、とても穏やかな気性で音楽を、特にヴァイオリンを演奏することが大好きであって、戦争が終わったらヴァイオリン弾きとして生活をしたかったらしい。

 

結局、戦争でそれは叶わず、彼はアジア、南方へ行きそこで戦死した。お祖母さんはお祖父さんの遺骨だけでもと日本を離れアジアを旅し、そこでお祖母さんは再婚し、孫であるお姉さんが生まれたのだ。

 

古ぼけた写真には、お姉さんにそっくりな若い頃のお祖母さんとその旦那である夏一郎さんが笑顔で写っていた。うれしそうにヴァイオリンを掲げている気持ちは、直接話していなくても僕には良くわかった。

 

大好きな人に聞いてもらいたかったから、笑顔で居てほしいから……演奏が終わった後の満足そうなギャラリーの顔を見るのは僕ら”演奏者”にとって最大の報酬だからだ……

 

ヴァイオリンが二度と弾けないと頭ごなしに諦めろといわれた時は、今まで生きてきた世界から理不尽に追い出されたような気持ちだった。

 

二度とあの世界に踏み入れる事ができない?二度とあの感動を味わうことができない?僕の心は、どうしようもなく荒れてしまった。大好きな人との繋がりもそうだが、世界で一人だけ取り残されたようなあの喪失感、絶望……

 

もしかしたら、お祖父さんも僕と同じ気持ちでお祖母さんを残してしまったのだろうか?二度とヴァイオリンが弾けないことへの絶望と、大切な人との繋がりが亡くなってしまった事に………

 

だからこそ、今まで僕を励ましてくれた人が、根拠のない希望を語る身内と幼馴染が憎たらしくなってしまった。あろうことか、さやかに八つ当たりをしてしまった。さらには両親や、病院の先生にまで……

 

宝物であったヴァイオリンを捨てるようにさえ告げたが、その日の晩に奇跡は起きた。僕の手は奇跡的な回復を遂げ、今はこうして遅れを取り戻すために、はやくお姉さんに聞かせてあげたかった。

 

もしかしたら、この奇跡は”お姉さん”が起こしてくれたかもしれない。そういえばさやかはお姉さんと凄く仲が良かった。血は繋がらないけど、お転婆なさやかを甲斐甲斐しくお世話をしていた暁美お姉さんは本当の姉の姿そのものだった。

 

さやかも本当に慕っていて、両親が不在の時は親代わりになってさやかと僕の世話をしてくれた。そんなお姉さんが亡くなった時、さやかは酷く悲しんでいて、彼女の両親も本当に悲しんでいた。

 

居なくなったお姉さんの為にも僕達は、日々懸命に生きてきたと思う。せめて、お墓参りぐらいはといつも思うけど、それだけは叶えられないかもしれない。

 

なぜなら、亡くなったお姉さんの遺体と遺品が何者かに盗み出されていたのだから………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上条恭介がもう一度、練習の為にカセットテープを掛けようと手を伸ばした時、その光景を窓から赤く光る一対の目が見ていた。その目を持つ影は猫ほどの小動物の様を持つインキュベーター。

 

魔法少女たちからは”キュウベえ”と呼ばれている。所謂、マスコットであるが、姿は間の抜けたぬいぐるみに似ているが、見ようによっては無機質な能面にも見えなくもなかった。

 

キュウベえの姿は、魔法少女になるための資質がなければ見る事は出来ない。故に上条恭介はその存在を知ることは難しい。故にキュウベえは大胆にも上条恭介の隣を通り、流れている音楽の元にまで近づき……

 

「……欲しいなぁ、これ」

 

小さな子供が玩具を欲しがるような熱い視線をカセットテープに向けていた。

 

同時刻、インキュベーターが拠点としているある場所では、銀髪、赤目の少年 カヲルが蓬莱暁美の持ち物であった”ヴァイオリン”を弾いていたが、耳障りな何かを引っかくような音のみが木霊していた。

 

「やっぱり駄目だ。僕には、君のように音楽を奏でる能力はなさそうだ。どうしてだろう……同じ時間に始めたのに、何で彼はこんなにも引けて、僕は引くことができないんだろうか?」

 

もし、上条恭介がこのカヲルを見たら激怒するであろう光景だった。大切な人の形見を我が物のように扱い、さらには、その骸すらも自分のモノだと言わんばかりに下劣な行為に及んでいたのだから。

 

「この間のアレと言うか、本星の連中は音楽を無用な雑音でしか思っていない。だからこそかな、映像は良くても全部、無音なんだよね」

 

インキュベーターは感情がない生き物の為か、音楽の定義である”感情の高鳴り”についてはまったくと言って良いほど理解を示しておらず、記録するモノは全て無声無音である。

 

故に音楽を記録したとしてもお節介な他の個体がそれを不要と称して消してしまうのだ。故にカヲルは彼らには骨董品でしかない地球の記録装置を用いるしかなかった。

 

それを中々用意することが出来ず、結局は自分も音楽に夢中になってしまうので録音どころではなかった。だが、偶然にも求めていたモノを見つける事ができたのだ。

 

「欲しいなあ……暁美の音色が記録されたテープ」

 

子守唄代わりに子供という名の”ハイブリット”にも聞かせていた。

 

「酷いよね。あの人形と出来の悪い子供には良く聞かせていたのに……僕には中々、聞かせてくれないし。引いてもくれなかった」

 

恨めしそうにベッドに眠る蓬莱暁美だった”遺体”に目を向けると同時に、自分がいずれ処分しようと考えていた”人形”を利用する算段を思いつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”打算なんてなかった。僕はただ暁美とずっと一緒に居たかっただけなんだ”

 

 

 

 

 

 

 

 柾尾 優太は見滝原の隣の町である風見野にまで来ていた。とはいっても都市ではなく、風見野の中心から外れた古ぼけた神社の境内に来ていたのだ。

 

この神社では夏になると、この神社で祭ってある神様を祝って祭りが開かれ、さらにはこの周辺では一番の花火大会でもあるため、周辺の祭り好き、花火好きはこぞって此処に詰め掛ける。

 

今は夏祭りの面影などなく、辺りは静まり返っており、遠くから聞こえる高速道路から聞こえる車の走る音や草木が風で揺れる音だけが耳に良く響き、彼は変わらない思い出を懐かしむように神社の中に足を踏み入れた。

 

「……暁美。もしかしたらここに君は居るんじゃないかと思ったけど、君はこういう静かな所よりも騒がしいお祭りが凄く好きだったよね」

 

美樹一家と接している時は落ち着いた姉のように振舞っていたが、いざ、お祭りになると彼女は妹分のさやかのように騒がしくなり、誰よりもお祭りを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ねえ、優太君。今日、お祭りがあるから、一緒に学校、さぼっちゃおうか?”

 

優等生である彼女のいきなりの言葉に僕はあの時ほど、驚いた顔はしていなかった。

 

学校では先生にも皆にも真面目とされているのに、学校をサボるなんて僕には全く思いつかない事を言い出したのだ。

 

”この花火大会。色んなところから見に来るのよ。早いうちに場所を取っておかないと花火が見れないし、お祭りも楽しめないわ”

 

口を尖らせながら、黒目がちの大きな瞳が悪戯を思いついたように僕を見てくる。

 

ああ、そうだった。暁美は僕の一番の恋人であり、女性なのだ。僕をいつも楽しいことに連れ出してくれる”魔法使い”のようだった。

 

あの日の花火は、今では綺麗とも思わなかったものが凄く輝いていた。僕よりも大人びていて、手を引いてくれる彼女が子供のように打ち上げられる花火をみて騒いでいた。

 

二人で楽しんだあの花火大会は僕にとって、色あせることのない思い出の一つだ。花火が終わった後も暁美は思いも寄らないことを僕に見せてくれた。

 

”そういえば、知ってる?ここの神社って天狗を奉っているんだって、だからこういう事もやらないとね”

 

今にして思えば、彼女はとんでもなかったかもしれない。神社の宝物庫に行くやいなや、そこにある天狗の面と派手な着物を着て、僕の前でいきなり舞を始めたのだ。

 

舞を始めた時は既に深夜でお祭りも終わっていて、僕達は帰りのバスも電車もない状況だったけど、お互いに帰りたくはなかった。

 

高揚したこの気持ちをお互いにいつまでも感じて居たかった。そして、暁美が舞う舞の主人公は 天狗。

 

後で暁美に教えてもらったけれど、地方によっては能に似た舞が色々とあるらしい。この風見野の舞の主人公の天狗はかつて人々が争い、荒んだ時代に現れ人々を芸で楽しませて争いを治めたという言い伝えからきているらしい。

 

ちなみにだけど、暁美の出身の東北のある村では、悪い魔法使いが居て、あまりの悪さに大名によって退治されることになって、椿の花になって逃げようとしたけど、川の流れの逆に移動していた為そのまま弓で射られて死んだのだ。

 

それからか、その村では毎年疫病が流行り、それを鎮めるために舞と祭りが行われるようになったのだという。暁美の出身の正確には祖母らしいけど、この風見野の天狗はかなりのお節介でお人よしだったらしい。

 

派手に鈴の音を立てて、舞を踊る暁美はかつて争いを終わらせた天狗そのものであり、見ていて思わず笑みが浮かんでいた。そう、君がいたからこそ……笑えたんだ…・・・

 

どうして、君は僕の傍から居なくなったんだい?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?

 

風見野の天狗は、その後皆と一緒に楽しく暮らしたというけど、君は僕を置いて逝ってしまった。

 

君が居なくなった後、僕は必死で君を探したんだ。改めて僕は君の大切さを理解したんだよ。君は僕を光に連れ出しただけじゃなくて、護ってくれたんだって事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて君を会ったとき、君は僕を助けてくれた。助けてくれた……

 

君は”そんなこともあったかな?”と笑って応えたけれど、僕にとっては色あせない大切な思い出なんだ。

 

あの日、ただ態度と体がでかいだけのボンクラ達にいつものように虐められていた……いや、僕にはどうでもよかったかもしれない。生きることも死ぬことにも価値を見出せずに、ただそこに居るだけの僕にとっては………

 

小柄な女の子が大きな身体の男子を圧倒するなんて、何処の夢物語だろうか?いや、暁美は確かに圧倒はしたけど、徹底的に叩きのめさなかった。適当に往なして

 

”じゃあ、一緒に逃げましょう♪”

 

笑顔で僕の手を取って、そのまま人ごみの中を只管走った。ただ走ったんだ。周りの人たちは何事かと目を見張っていて、あの時の僕は少し恥ずかしかったかもしれない。

 

だけどこの感情は、今となってはどうにも感じることは出来なかった……だけど、あの頃の僕は、それを感じていたんだ。そうだ、君が居たからこそだったんだ。

 

学年が上がって、一緒のクラスになったとき僕は、君の姿を見て思わず胸が高鳴った。だけど、どう接するか分からなかった僕に真っ先に声を掛けてくれた。

 

”優太君って、何だか、放っておけないですね”

 

ああ、あの時から僕は恋をしたんだ。君にずっと僕は恋をしていたんだ。そして”希望”をみたんだ。だけど、君は僕を残していった。

 

あの後、僕がどんな目に合ったと思う?どんなに悲しんだと思う?そう、今まで好意的に見てくれた連中が手のひらを返したように僕に冷たくしたんだ。

 

特にあの美樹さやかの父 総一郎は僕が必死になって君を探している時に、邪魔だといわんばかりに暴力を振るったんだ。君の前では優しいお父さんだけど、本当は排他的で自分の認めないものには決して容赦のない男だったよ。

 

”このロクデナシが!!!!!あの子を何処にやったんだ!!!!おまえがやったんだろ!!!!”

 

あろうことか僕を犯人扱いして、冤罪まで押し付けようとしていたけれど、”暁美 シンジ”という弁護士が僕を庇ってくれた。

 

総一郎は、僕を排除したかったけれど、彼のやっていることはただの横暴と言って、僕は”暁美 シンジ”によって少年院送りにはならなかった。

 

だけど、君以外に助けられても特に何も感じなかった。総一郎に暴力と暴言を浴びせられても特に何も感じなかった。何故だろうね?君が居なかったからさ……

 

”暁美シンジ”は善意ではなく、弁護士としての義務で僕を庇ってくれた。だけど、僕は冤罪を免れても嬉しくはなかったよ。君が居ないと何の意味がないんだ。

 

だって君が居ないんだモノ。あぁ……君の代わりなんて居ないし、君のような魅力的な女性は何処にも居なかった。

 

僕の人生はある意味空虚な闇だけが広がっているのは、自分でも分かっている。皆が感じられることが感じられないし、皆のように振舞うことさえ出来ない。

 

そんな中に君は、現れた。僕の中には闇だけじゃなくて、暖かいものがあるんだって気づかせてくれたんだ。

 

それも君が居なくなってから久しく感じられない。下らない女や下品な有象無象に”刺激”を与えて、それを真似ても何も感じられなくなってしまった。

 

おかしいよ……なんで、あの僕を拒絶した総一郎の娘が君と同じなんだい?君の妹分だからと言っても、僕には君のような魅力を美樹さやかには感じられない。

 

人間じゃないくせに人間のように振舞って、僕をまるで”モノ”のように見るあの一家は、僕から君を引き離そうとしていたけれど……

 

”大丈夫だよ。アナタはロクデナシじゃないよ。私は知ってるよ、あなたが凄く可愛いってこと”

 

男の僕に可愛いと言ったのは、少しショックを感じていたかもしれない。

 

だけどね。最近それすら感じられなくなったんだ。おかしいんだ……あの魔女が僕に何かをしたんだ……

 

僕の中にあるはずのそれをたったかもしれないんだ。おかしいよ、愛しい君を亡くして、それが僕にとって何の価値もなかったなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。久しくやり取りを行っていなかったQBよりメールが来たのだ。今回は何と、音楽用のフォルダを添付しており、奇妙に思った柾尾 優太はそのフォルダを開き、データを呼び出した。

 

流れてきたメロディーを聴いた瞬間、彼は思わずスマートフォンを落としてしまった。そう、何も感じられない筈の彼が唯一、高揚させる彼女の過去の音色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕闇の中に浮かんだ彼の影が大きく歪む……

 

 

 

 

「ああ………暁美。君は、そこに居たんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

居てもたっても居られないのか、柾尾 優太は足早にその場を去った。彼の中には、久しく感じていなかった高揚感があった。それは、とある少年にとって二度目の不幸の始まりであることを誰も予期することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原 警察署 刑事課

 

「間違いないんですね。やっぱり奴が何かをしたのは、間違いないんですね」

 

美樹総一郎は、知り合いの鑑識の人間にある事件から得られた証拠の詳細を確認していた。

 

「あぁ、間違いない。こいつは奴さんのモノだ。ちなみにルートもハッキリしている」

 

鑑識の男は、総一郎よりも遥かに壮年の男性であり透明のビニール袋には、べったりと赤く染まったナイフが納まっていた。

 

「まさか、ミリタリーオタクの少女にまで手を出していて、そいつからナイフを奪って、そのまま試したのは末、恐ろしいな」

 

総一郎が追っていた青年の所業は、おぞましいの一言であり、ハッキリしている事件だけでも相当な数であり、状況証拠のみで確実な証拠が今まで挙げられなかったことにはいつも歯がゆさを感じていた。

 

「なんで、またこんな奴が今まで捕まらずに居たのかね?」

 

「………あの時、彼女が亡くなった時にハッキリしていたんだ。アイツがやったのは絶対なんだ」

 

「そ、総一郎さん。アレは、アンタの暴走だぜ。今はどうかは知らんが、あの時の奴さんは無罪で特には何もしていなかったんじゃ……」

 

正確には、風見野にいたとある男子中学生の殺害の容疑が掛かっていたが、彼のしたことの方が明るみになり、あの少年は彼女が彼の手に掛かったことに対して衝動的に殺害してしまったという結論に至っている。

 

当時の何もしていなかった彼よりも風見野に居た明良 樹という少年の所業の方が話題となり、柾尾 優太の罪は特に問われることはなかった。

 

「そんな筈はない!!!!奴は、暁美ちゃんに付き纏っていただけのロクデナシだ!!!!!奴をどうにかできなかったため、彼女は死んだんだ!!!!!」

 

興奮してデスクを勢いよく叩く彼の表情は、普段よりも赤く染まっており、刑事としての正義感を出している彼ではなく、一人の人間としての純粋な”憎悪”が滲み出ていたのだ。

 

総一郎自身も壮年で灰色が掛かった白髪であるが、長身の身体は怒りに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。奴がもう一人の娘である暁美ちゃんを奪ったに違いない。彼女が生きていた頃、街には奇妙な噂があり、夕方には多くの行方不明事件が見滝原を騒がせていたのだ。

 

ホームレスから、一般のサラリーマン、OL、教師、学生といった様々な人間が一晩の内に消えてしまう事件が連日報道され、幼い子供たちに危害がないように大人達は常に神経を尖らせていた。

 

あの頃に見た灰色の翼をもった少女を見たとき、私はこのようなことを少女がしてはいけないと訴えたのだが、彼女はそれを拒否して私達の前から去っていった。

 

もし、あの時暁美ちゃんがそのようなことになっていたとしたら、私は繰り返してはならないだろう。そうだ、あの上条恭介君に起った奇跡は、本来ならばありえない奇跡なのだ。

 

もしかしたら、強引に無理やりねじ込んだような奇跡だとしたら、長くは続かないかもしれない。そうだ、私達から大切な娘を奪ったあの気味の悪い青年同様の何かが近くに居るかもしれない。

 

そいつは、どうにもならないかもしれないが、私は長年、放置していたあの青年を今夜、檻にぶち込んでおかなければならない。

 

私は、あの気味の悪い青年を見るに耐えられなかった。奴が人間の真似事をするのが我慢できなかった。あんな”人形”のような青年に将来性などない。ただ、居るだけで何にも役には立たない人間だ。

 

あの時、若造の”暁美シンジ”が、庇いだてしなければ、ここまで被害は多くはなかっただろう。しかも”暁美シンジ”の娘”暁美 ほむら”は、行方不明になっていると聞く。

 

いい気味だ。あの時、人形を庇い、これまでに無用な犠牲者をだしたお前には相応しい罰だろう。それは、殺された犠牲者たちからの罰なのだ。

 

さらには、汚職議員の冤罪を晴らそうと躍起になっているらしいが、そんな無意味なことしかできないのは哀れに思うよ。

 

蓬莱暁美は、この見滝原で私たちが得たもう一人も娘だった。品行方正で、教養が高く、大人びていて、それでいて年相応の無邪気さを持つ彼女は私達の中で大きな意味を持っていた。

 

そんな彼女が恋人と紹介したあの人形については、私は心から残念に思った。何故、君のような少女がそのようなロクデナシに惚れたのか?

 

私達には、分からなかった。だが一刻も早く引き離したかった。君には相応しくないその人形から……

 

だけど、安心したまえ、暁美ちゃん。おそらくあの人形は君の元には、行かないだろう。まもなく法の裁きにより相応しい場所へと送られる。君の居る天国には行くことはない。

 

あの魔法少女が君ではないと思いたいが、君は見滝原で何をしようとしていたんだい?数年前の噂を追って様々なところへ行ったが、何も得ることはできなかった。

 

だが私は信じている。君が私達には言えない大きな戦いをしていて、志半ばに倒れたことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原 繁華街 路地裏

 

 時刻は既に帰宅の為の人達で込み合う時刻となっており、そんな人混みから少し離れたところで一般人が認知できない世界が広がっていた。

 

「やっぱり使い魔も放ってはおけないね!!!」

 

白いマントを靡かせ、周りに自身の魔法により発生させたサーベルを握り、さやかはそれぞれのサーベルを器用に操り、使い魔達を切りつけていく。

 

使い魔達は、かつてマミが倒した”薔薇の魔女”のそれであり、鋏を突き立ててさやかに向かって行くが、さやかはその動きに対して

 

「遅いよ!!!もっと腰を入れないとちゃんと当たらないよ!!!!」

 

”さやか腕だけでは駄目よ。自分からしっかり踏み込まないとね”

 

「へへッ♪こんなところでお姉ちゃんの教えが役に立つなんてね♪」

 

かつて姉が教えてくれたのは二刀流ではなく、一本の刀で行うチャンバラでそう教えてくれたのだ。

 

確か今でもシリーズが続いている女の子が活躍しているアニメのお気に入りのキャラクターが日本刀を使うキャラクターであり、女の子らしくはないのだけれど、その実誰よりも乙女だったキャラクターに憧れてお姉さんと一緒に遊んだのだ。

 

その時に、”どうせなら、本格的に剣道をやっても良いかも”

 

”剣道”といえば、父やその同僚の人たちがやっているような痛くて乱暴なことではと思っていたが、お姉ちゃんは私に強そうに見える打ち方、実際は護身術に通じる方法を教えてくれたのだ。

 

そのおかげで、幼馴染のまどかが虐められていたときに、彼女を護ることができた。同年代の子と一緒に遊んだ時も”さやかちゃん、かっこいい”とはまり役に成れたのも

 

「お姉ちゃん。アタシ、ちょっと大変なことになっちゃったけど、ちゃんと見守ってよね!!!!」

 

使い魔に対して、さやかはかつて父に連れられて見た姉 蓬莱暁美の姿を自分に重ねていく。

 

警察の剣道部の中に一人道着に身を包んだ姉は、誰よりも凛々しく有段者である大人の男を鮮やかな剣で一本取って行く光景に幼いさやかは誰よりも憧れを抱いた。

 

”アタシもお姉ちゃんみたいにかっこよくなりたい!!!!”

 

贅沢に言えば、普段は大人しく穏やかなのだが、いざと言う時は誰よりも凛々しくなる”強い女性”になりたかった。

 

”ばっさ、ばっさ、とかっこよくなりたい!!!”

 

当時に自分が何を言っているのか分からなかったが、姉は剣についてこう教えてくれた。

 

”さやか。剣道と剣術は違うわよ。道は自分の生き方をあり方を模索することで術は相手を殺すための、倒すためのあり方なの。そのあたりのことは、今は難しくても、決して間違えないでね”

 

(昔は、よく分かんなかったけど……今はお姉ちゃんが剣術じゃなくて剣道の方にアタシを行かせたかったみたいだけれど、アタシはこの道を踏み外さないようにするから……)

 

姉が行方不明になり、亡くなった時は彼女を生き返らせてと何度も神様に祈った。幼馴染の恭介は、姉のヴァイオリンが大好きで今もあの音色を追っている。

 

キュウベえの存在を知ったとき、幼馴染の手を治したいと願った。だが、それと同時に姉を生き返らせたいという願いが脳裏に浮かんだ。

 

姉は自分を犠牲にしてまで復活を望まないだろう。自分が他人の為に人生を投げ出したといったら、おそらくは自分を叱ってくる。お叱りは、自分の願いを全うしてからゆっくりと受けますと内心呟きながら、最後の使い魔に対し、サーベルを突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、さやかが使い魔と戦っている間に人ごみの中に柾尾 優太が足早に移動していることを察することは出来なかった。

 

ポケットの中に忍ばせていたマミのソウルジェムが揺らいでいるのを見たが、特に気にすることなく彼が求める物を得るために”上条恭介”の元へと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、とある住宅で起る事件とさらには見滝原で立て続けに大きな事件が起ることをこの時、誰も知る由は無かった。そして、ある少女が嘆くことも………

 

 

”どうして!!!こんなことになるのよ!!!!!!!”

 

 




あとがき




蓬莱暁美を想う方々。以前、感想で書かれましたが、蓬莱暁美がビッチすぎる(笑)

それぞれの想いを説明させていただくと 

上条恭介君は確かに初恋の人ですが、惚れたのはあくまで彼女のヴァイオリンの音色であって彼女自身はおまけのような感じです。

インキュベーターこと カヲルは完全に夫気取りであり、彼女をなくしたこと自分に酔っています(笑)

柾尾さんは、純粋に暁美ちゃんを想い続けています。

美樹総一郎は 家族愛に近い愛情を持っています。娘は絶対にやらんという頑固親父をイメージしていただければ……

さやかは、純粋に姉として慕っていて、今でも憧れで彼は知りませんが、姉と一緒に写った写真が今でも自室に飾られています。





次回、上条君の扱いがあんまりになるかもしれません。プロットだけならば、今まで以上にかなり胸糞が悪くなる可能性があります。






キャラ語り

蓬莱 夏一郎

蓬莱暁美より語られる祖父。かつて太平洋戦争でなくなり、今となってはどういう人物だったかは作中のキャラ達は知る由もありません。

人物像としては、名のある武家の家系を継ぐ家の出であり、出身は東北地方を設定しています。武芸の才覚は超一流であったが、本人は争いを好まず、才ある武芸にはあまり興味がなく、音楽を特にヴァイオリンを愛していました。

武芸だけではなく音楽方面の才能もあったため、そちらの方面に進みたかったが、家の方針により反対されていた。家出、駆け落ち同然で祖母 蓬莱暁美と共に見滝原に出てきたのは15、6歳の頃です。

多才な人物で 外見のモデルはISの織斑一夏です。原作の一夏も戦いの方面の才能もありますが、本人はあまり争いを好まず、友達とワイワイしているほうを好んでいそうなので、モデルにしました。

ちなみにですが余計な事をというか、許婚がいましたがそれを蹴って”蓬莱暁美”と一緒になるぐらい一途で行動力のある人でした。

時代が悪かったのか、戦争に行かなければならないと周りに強制され、自身の進みたかった道、さらには大好きなヴァイオリンを手放して、国の為に手を汚さなければならなかった真情はいかがな物だったのか?

※一種の遊びですが、もし呀とIS×GAROが同じ世界感ならば、一夏と千冬の遠い血縁関係にある人物でもあります。

※賢明な方には分かるかもしれませんが、60年前の蓬莱暁美の祖母の正体……分かりますよね。








美樹 総一郎


この小説における美樹さやかの父。今は刑事であるが、若かりし頃は豪腕でプロ入りを約束された有望な野球選手だったが、事故による腕の怪我により選手生命を断たれる。

事故後はかなり荒れていたが、刑事になり、少し歳を経てから結婚。娘のさやかを設ける。

名前からして、デスノートの主人公の父親がモデルかと思われるかもしれませんが、実を言えば外見はエヴァの冬月がモデルです(笑)

ちなみに旧姓は 冬月 総一郎という設定を考えていましたが、本編で紹介することもないので、ここで書きます。

正義感のある優秀な警察官には違いないのですが、かなり思い込みと我が強い人物であり、第一印象で人となりを決め付けてしまいますので、かなり付き合いが面倒くさい人物でもあります。

柾尾さんに対しては、最初から嫌っていて、何とかして暁美ちゃんから引き離すことだけを考えていて、理解する気などありませんでした。

※暁美ちゃんは、彼の事を理解して欲しいと度々訴えていましたが、聞く耳持たずです。

※柾尾さんだけではなく、ほむらの父も嫌っています(笑)そして、ほむらも(汗)坊主、憎ければ袈裟までとはよく言ったものです。






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