“手短に言うわね。作戦決行は今日”
彼女の言葉を思い出しながら、アインは車窓から見える風景に目を馳せた。鮮やかな町並みを茫然と見送る鮮血の双眸には曇りなき決意が込められており、後退の色など微塵も無い。
微かに力んでいた体を落ち着かせるように息を吐く。
“世界各国のVIPが集まるイベントがあるわ。既に内通者は手配済みよ。アイン、アルカの二人で襲撃を仕掛けなさい。目標は――”
その言葉を脳裏に思い出し、彼は目を細めた。
今度は全身を力ませて、もう一度息を吐く。
“――織斑一夏の暗殺”
いつも着ている白いコートの代わりに、今日は変装用の軍服で準備を済ませている。
表向きは軍関係者と言う肩書きだが、アインの雰囲気を見れば誰もが彼を見た瞬間軍人だと感じるに違いない。
ウィッグも黒髪の物にしてあり、カラーコンタクトで目の色を変えている。
ここまで徹底しておけば、万が一気づかれたとしても、特定まではされないだろう。
出来る事なら目標だけを仕留めたいところだが今のところ情報が無さ過ぎる。最悪の事態は想定しておくべきであった。
「まもなく、到着します。ご降車の用意を」
「……あぁ」
アルカの声に、アインは心中を押し殺した声で返した。
衝動に震える体が殺意の蝋燭に火を灯す。
視線の先に見える施設はIS学園と呼ばれる場所。
――今回の作戦は亡国機業にとって、初めてIS学園に実害を与える事になる。
つまり、もう引き下がれないという事だ。
「――」
車を降りて、アインとアルカは周りを見渡す。
高級そうな背広を着た男、または露出の多いドレスを着飾る女。
己が醜さを隠すための飾り物を腐るほど身に付けた者を見て、舌打ちする。
誰もが皆、俗に言う一流階級の人々だ。
アインも少なからず耳にした名前ばかりであり、いかにIS学園のトーナメントが注目されているかを示していた。
だが、そのような衆愚と話すためにここにいるのではない。
ただ、己が目的を果たすためだけにここにいる。
「私は内通者と接触し手筈を整えます。アイン様は最適の場所を確保してください」
「……分かっている」
アリーナ――そこで行われるクラス代表戦が、今回の舞台。
そして狙う標的はただ一人。
迷うまでもないと、アインは思考を切り上げた。
どちらにせよ、チャンスは一度きり。
逃せば次はさらに遠い時期になる。
「なるほど、これがIS学園ですか。やはりこの目で見るのでは大分違いますね」
席の一室でアルカは顎に手を当てて頷く。
彼女の耳には、人ならざる物の声も聞こえていた。
「さて、織斑一夏せいぜい死なぬよう足掻いてください。貴様の面は余りにも醜悪です。何故、彼女を出さなくてはならないのか理解に苦しみますが、あの方のためです。いつか迎えに来るとしましょう」
アリーナで戦闘を繰り広げている白式へアルカは指で作った鉄砲を向ける。
「ばーん」
歓声が響く中、アインは屋内通路にいた。
その先には舞台であるアリーナを僅かに一望出来る場所があり、そこが今回の作戦の重要箇所となるポイントだと判断し、確保を開始している。
監視カメラも所々にしか設置されておらず、見つからず奥へ進む事は容易だった。
既にアインのいるところは部外者立ち入り禁止の区域であり、もし見つかれば荒事は避けられない。
ここまで来れたのは、彼が鍛え上げた実力があってこそだ。
運だけで切り抜けられるほど世界は甘くない。
周囲に人影が無い事を確認し、同伴者に連絡を繋げた。
『アイン様、こちらの準備は完了です。いつでも出せます』
「了解。……アレか」
慎重に外が見える穴を覗き込み、風景に目を凝らす。
光は入り込んでおらず、屋外からは視認不可能。増してや、ここから狙撃が行われるなど誰が予想しうるだろうか。
無いと思い込んで見るのと、あるかもしれないと疑って見るのではその結果は全く異なる。思い込みの力ほど恐ろしいものは無いのだ。
アインの両手に光の粒子が集い、巨大な狙撃銃となって彼の両手に収まる。
俗に言う対物火器であるが、彼の持つソレは最早物体に対して扱える代物ではない。
ISのシールドを易々と貫く大口径の弾丸は、目標の命を撃ち消すだろう。
スコープを調整し、アリーナの大部分を視界内に収められるように設定する。
見えるISの数は二機。
赤い機体と白い機体――情報と一致する。
甲龍――第三世代、近距離格闘型のIS。操縦者は凰鈴音。
白式――第四世代、近距離格闘型のIS。操縦者は――
「……織斑……一夏……ッ」
引き金を絞りたくなる衝動を抑え、アインはスコープを微量に調整し狙いを定める。
今はまだ感情を露わにする時ではない。
そう己に言い聞かせ、アインは無理やり心を落ち着かせる。
震える指先を、絞り込むようにして封じ込める。
『カウント、ゼロで襲撃します』
「頼む」
『三』
アルカの声がアインを戦闘機械へと変貌させる。
呼吸を止めた彼の目はただ獲物を見据えるだけ。
『ニ』
トリガーに指を掛ける。
高速で移動するISだが、アインの狙撃能力とこの距離ならば命中させる事は容易い。
『一』
目を見開く。
滑らかに走る指は確かにトリガーへと掛けられた。
『零』
一機のISが乱入し、巨大なレーザーをアリーナへ撒き散らす。
銃口から大口径の弾丸が吐き出されようとした時、彼はふと視線を感じた。
その驚愕が、彼の狙撃するタイミングを狂わせる。
「……ふむふむ、ここまで来た事はすごいわね。お姉さん、誉めてあげるわ」
アインは背後へ銃を引き抜き様に構える。
狙撃のタイミングを逃したのは痛手――作戦の失敗が明瞭になってしまった。
照準を逸らさず、話しかけてきた女の姿を見る。
水色の髪に妖しげな扇子、着ているのはIS学園の制服――そこまで確認してアインは舌打ちした。
間違いない。
IS学園生徒会長であり現更識家当主、更識楯無だ。
『アイン様、どうかなされましたか?』
「……」
「……しかしそんなおっきいのを持ち込まれるなんて、ココも結構セキュリティがザラよね。そう思わない? それに貴方、ひょっとしてあのISに関係してるの?」
『少々手違いが起きた。すぐに済ませる』
『……分かりました。ではこちらの方で応援を抑えておきます』
アルカの状況理解は異様とも呼べるほど高い。
今のような場面では、その能力が純粋に有り難かった。
狙撃銃を光の粒子に変えて体内に収め、無手の手に短機関銃を発現させる。
その様子を見ても、彼女はただ面白そうに口元に笑みを浮かべるだけであり、その事実がアインを苛立たせる。
「……お姉さんばっかりに喋らせるなんて、礼儀がなってないわよ」
戦闘に時間はかけられない。
増援まで呼ばれては騒ぎが大きくなる一方である。
そこまで思考が至ったところで、彼の指先は精神と別であるかのように動く。
アインの持つ短機関銃が火を噴くその瞬間、戦いの幕は切って落とされた。
放たれた弾丸は先ほどまで彼女が立っていた場所を貫く。
回避されたと判断した瞬間、アインはもう一方の手に持っていた短機関銃、キャレコを発砲する。
屋内通路である以上、短機関銃は非常に有効だ。増してや二丁による同時発砲ならその弾幕の濃度は考えるまでも無いだろう。
銃声は外の戦闘音に掻き消されて、ほとんど響いておらずただ部屋の中を反響するだけ。言わば楯無の劣勢だ。
事実として、更識楯無は遮蔽物に隠れたままであり、アインに近づけずにいる。
彼女の考えとしては先ほどの対物狙撃銃のみで、こちらに挑んでくると思っていたのだろう。銃が遠距離にしか向いていないと思い込んでいるが故の判断ミスだった。
片方の短機関銃の弾が切れ、体内に圧縮。だがもう一方はまだまだ残弾数に余裕がある。
そのままアインは荒馬のように暴れ狂う短機関銃を一本の細い腕で制御しながら、もう片方の手に新たな銃を握り締めた。
更識楯無はこちらへ発砲を続ける人物に対し考察をする。
一つ間違えば、鉛玉にその身を貫かれ命を落しかねない状況だが彼女とて更識の名を持つ以上このような死線は何度も潜り抜けてきた。
その自身が今の彼女に幾ばくかの余裕を持たせている。
もしもそれが虚勢や傲慢ゆえに築かれた地位であったのならば、既に彼女は生き絶えているところだっただろう。
“ホント、何者かしら、あの子……”
生徒会の仕事に時間を取られ“ISを動かせる世界初の男性”の試合に出遅れたのは彼女にとって誤算であった。
近道をしようと屋内通路へ向かう時、ふと気配を感じ覗いてみれば謎の人物がいたというワケだ。
なぜここにいたのか――そこまで考え始めて、彼女は頭を振った。
今は命の奪い合いだ。考え事は落命に繋がる。
短機関銃ならば、それほど装填数は込められていないはず。
再装填を要させ、その隙を狙う他無い。
そして無論の事だが、ただで返す訳には行かない。IS学園に敵対すると言う事に関して甘く見てもらった以上、相応の借りは返さねば気がすまない。
銃声が鳴り止んだ瞬間、彼女はほんの僅かに相手の様子を窺おうとして、即座に頭を戻す。
盛大な銃声と共に、壁面や天井が銃弾によって抉られる。
広範囲に撒き散らされた破壊の爪痕、それを見て彼女は唇を噛んだ。
“散弾銃まであるなんて……中々まずいわね”
応援が来るまで膠着状態を保つのが最優先か、それとも
迷うまでも無い。
自らの学園の生徒を手に掛けようと画策したのならば、それは何らかの巨大な組織が動いている可能性がある。謎のISの襲撃のタイミング――恐らく内通者がいる事に違いない。
今こうして、目の前にその可能性に繋がる者がいるのだ。ならば、彼女の持ちうる全力を持って捕縛するのみ。
そして彼女がISを展開しようとした瞬間、屋内通路に一つの声が響く。
「
その言葉が紡がれた途端、楯無の体は突如硬直した。
指の先がほんの僅かに動かせる程度であり、足はまったくいう事を聞かない。
ISに至っては展開すら出来ない状態だ。
口もまったく動かず、まるで金縛りにあったかのように体はまったく動かない。
「……!?」
驚愕に染まる楯無の姿などまるで見えぬかのようにアインは女性へと歩み寄る。
アインもまた銃を収めると、背後の風景を僅かに振り返り睨みつけた。
最早先ほどまでの戦いなど、初めから無かったかのように。
「戻るぞ。応援が来たら面倒だ」
「分かりました」
苦悶の声を漏らす楯無を一瞥すらせず、アインとアルカはただ屋外へと向かう。
楯無が硬直状態から解放されたのは、白式と甲龍が謎のISを撃破してからだった。
「……しくじった。学園内部での外部暗殺は不可能に近い」
『そう――ところでアルカはどれほどのISを見た?』
「白式は無理だったが、甲龍は完全に覚えている。コア情報まで完全に掴んだ」
『なら構わないわ。無人機もまた彼女が作るのを待てばいいだけの話だものね』
「あぁ、これからどうする? 少なくともしばらくの任務遂行は無理だ」
『アイン、アルカと一緒に本部に戻ってきなさい。アルカには今回の成果を踏まえた上で甲龍の無人機を製作してもらうわ。アイン、貴方には武装を追加する予定よ。その上で各地のIS製造を担当している各所を襲撃しなさい』
「……了解した」