……どうしてこうなった。
セシリアの両親については次の話をお待ちください。
次回はもしかしたら別の話が来る可能性があるので。
ちなみに織斑EDからの派生です。
アインはカレンと連絡を取り合っていた。
何の変哲も無い会話――それこそがこの話の切欠である。
「ところで、ラウラには会わないのか」
『……国を捨てたアタシが会っても、余計憎まれるだけさ。良い事をしようと思ってたら裏目に出るタイプなんだよ、アタシは』
「……アンタらしくも無い。本来なら、気前良く言ってくれるのにな」
『あのねぇ、今アンタが言った事と今までの事は話が別なんだって。……まずあの子がアタシを母親だと信じてくれるワケが――』
「言っていたぞ。家族に会いたいと」
カレンの間の抜けた声が電話越しに聞こえる。
数秒の沈黙の後、戸惑いを混ぜた彼女の声音が響く。
『あ、あのさ……何か……話した?』
「いや、だがアルカに一度聞いたらしい。試験管だけで本当に人間が育つのかとな。話してはいないが、勘付いているぞ」
『……』
「会ったらどうだ」
『……まさかアンタに諭されるとはねぇ。分かった、一度会ってみるとするか。明後日の昼頃に向かうから待ってな』
明後日――丁度土曜日であり、学園自体は休校である。
ならば好都合だ。
「分かった。アルカの方にも知らせておく」
『オーケー、だったらそっちで一度実戦でもしようか』
「あぁ、次は負けない」
『ハッ、一度でも勝ってからいいな馬鹿弟子』
「……カレン様が参られるのですか?」
「あぁ」
IS学園食堂の一角でアインはコーヒーを飲みながら、アルカの言葉に頷いていた。
現在、彼らの周りに集っているのはいつも顔を見かける一夏達と更識姉妹、そして珍しく織斑姉妹もそろっていた。
ちなみにこれらの戦力だけで国一つ潰せる事は言うまでも無い。
「カレン?」
一夏が聞き耳を立てる。
暮桜を持った千冬や楯無またはアルカと言った豪華な面子に鍛えられ徐々に実力をつけている彼はIS学園一年生の中でも最強に恥じないだろう。
ただしアインに勝てるかと言えば、始まった瞬間タンフォリオ・ラプターの抜き撃ちで瞬殺されるのがオチである。
だが一夏の成長速度には目を見張る物がありそれはアインですら認めていた。
やはり教えがいい人から教わるとよく伸びるのか、と一人で自己完結しながら脳裏の光景に言葉を馳せる。
「俺の師匠だよ。銃やナイフの使い方、戦場における心構え……今の俺がここまで生き残れたのはあの人の教示があってからこそだ」
「……あのナイフも投げ方もか?」
「……あぁ、カレンはドイツ出身だよ。そして――いや、これ以上は言わない。明後日になれば分かる」
「……それを教えろと言ってるのだが」
ムスッとした態度のラウラに、アインは何一つ断りも入れずもう一度コーヒーを飲んだ。
感じる熱さが妙に心地良い。
「それで、アイン君の師匠って事はかなり強いの?」
「そうだな……。遠距離なら相当強い。近距離でも十分強いが」
「……そのような御方が我が国の生まれとは、鼻が高いな」
無い胸を張って、自信有りげに自慢するラウラを一瞥する。
銀髪の髪と赤い瞳は本当に彼女とソックリだ。
ただし彼女の実力と纏う雰囲気はまったく異なっているのだが。
「……へぇ、随分といいところじゃないか。こりゃ確かにアイツの故郷に相応しいね」
空港の入国ゲートを出たカレンは、辺りを見渡す。
人で賑わうその光景は、いつしか軍の基地から見た街を彷彿させた。
今回の準備に当たって、きちんと空港からIS学園までの地図は頭に叩き込んである。
IS学園で行う予定であるアインとの訓練もアルカが用意してくれているに違いないため、カレンは最低限の荷物で日本を訪れていた。
滞在予定は五日間。
元々亡国機業でも限りなくトップに近い実力を誇るカレンからしてみれば、血眼になって確保出来たのはたった二日であるが、スコールの計らいで五日に延びたのだ。
いつもなら軽口を叩いて断っていたのだが、さすがに今回ばかりは目的が違う。
素直に彼女の好意を受け取る事にした。
何よりも――やりたい事ばかりが残っている。
「……それにアイツらが遺してるモンもきちんと伝えないといけないし。さてと、それじゃあ行くとするかな」
カレンの服装は黒のロングコートと言う何ともシンプルな物である。
寒くなる季節はどこか彼女の記憶を回想させた。
せめて雪でもあれば、かつての祖国を思い出せただろうに。
「……轡木の爺さんも元気にしてるかねぇ」
どこか興奮を抑え切れない様子で、カレンは空港からモノレールへと乗り換えた。
アインは校門に立って、カレンが来るのを待ち続けていた。
アルカ達は食堂の一角を見事に占領しており、そこで二人が再会する手筈となっている。
校門前で待ち続けている内にふと、生徒達に見られている事に気がついた。
IS学園の生徒達からすればアインは特に異質である。
表向きは人体実験に扱われISと同等の力を持った少年として公表されているが故に、この学園で彼を見る時の視線は主に二通りだ。
所謂嫉妬と尊敬である。
男の癖にどうしてIS並みの力を――男の癖にどうして織斑の名を――男の癖にどうしてあそこまで綺麗な外見なのか。
だがアインは既にその事実を平然と受け入れている。
例え有象無象の輩が何と言おうと、自身にとって大切な人たちが認めてくれればそれでいいのだ。
身に合わない大望で自滅すると言う経験は、アインも一度陥りかかったのだから。
「来たか、遅かったな」
「悪いね、どうにもこの国は人が多くてさ。祖国を思い出しちまった。……後、随分マスコミ連中に好かれているようじゃないか。どこもかしこもアンタやアルカの一面で埋まってたぞ」
「……ほっとけ」
久しぶりに見たカレンの容姿はまったく衰えていなかった。
寧ろ、その玲瓏な美貌や刃物を連想させる切れ目などにはますます磨きが掛かっている。
そんな彼女の事が気になっているのか、向けられる視線が徐々に増えている気がした。
カレンもどうやらその事を察したらしく、小さな舌打ちと共に辺りを見渡した。
「で、さっさと案内しろ。どうもジロジロ見られて気に入らない」
「あぁ、こっちだ」
一夏たちは、アインが連れてくるカレンと言う人物に様々な想像を馳せていた。
マドカやアルカから直接答えを聞き出そうとしたのだが、いずれ分かるの一点張りである。
千冬までもがカレンと言う人物の姿を見てみたいと言い出す始末と言う事が、どれほどカレンと言う人物が注目されているかを現していた。
「カレン様は五日間滞在されるご予定です。なお時間に予定さえ空けば、皆様への指導も行うとの事。くれぐれも独占しすぎないようにお願いします。……ただしラウラ様は別ですが」
「? 何故だ」
「まもなく分かります。……どうやらいらしたようです」
アルカの方向を振り向けば、アインの他にもう一人銀髪の女性の姿が見えた。
赤い瞳に銀髪の髪はラウラを彷彿させ、その佇まいからは油断なき気配が漂っている。
その眼差しは、何故かラウラに注がれていた。
「紹介する。俺の師であるカレン・ボーデヴィッヒだ」
「ボーデヴィッヒって……!」
カレンがラウラの体を抱き締めた。
その小柄な体を抱え挙げるかのようにして、彼女は強く抱き締める。
「はい。カレン様はラウラ様の母親です」
「!」
彼女の肩は震えていた。
アインですら一度も見た事が無い彼女の本音だ。
確かに――カレンは一度もラウラを抱いた事もないし、話したことも無い。
これが、彼女と生まれて初めての接触になるのだ。
彼女がそこにいるのを何度も確認するかのように、カレンはラウラの頭を撫でる。
「あぁ、ここにいるね。ちゃんと……ちゃんとここにいる」
「……母様」
「いるよ。ここにいる。お前の母親である私は、お前の目の前にいる。待たせて……ごめん」
「母様……母様っ!」
ポタリとカレンの服に小さな雫が落ちる。
それはラウラの目尻からこぼれ落ちた涙だった。
抱き締めた娘の体は酷く小さかった。
だけど、それでも構わない。
生きていてくれたのだから。
泣き続ける娘の姿を、カレンは泣き止むまで撫で続けていた。
「……さてと、時間を取らせてすまないね。いつも馬鹿弟子が世話になってる」
「馬鹿弟子?」
「コイツの事だよ。馬鹿な弟子だから、馬鹿弟子。単純だろ」
泣き止んだラウラの頭を撫でながら、カレンはどこか得意げにアインを親指で示す。
あのアインを馬鹿扱いするとは中々命知らず――ではないのだろうか。
彼女から溢れる佇まいに圧されたのか、恐る恐る箒が手を挙げてカレンへと質問を投げかけた。
「あの刀の使い方を教えたのも、カレンさんなんですか?」
「いいや、それはコイツが自分自身で作り上げた。何でも自分の頭にあるイメージを重ね合わせて、何度も何度も練習してたらしい」
「……そうか」
どこか千冬が自慢げに頷く。
ちなみに彼女のブラコンぶりは――無論自覚はしてないが――日々酷くなる一方であり、アインが泊まっている専用の部屋に監視カメラを付けようと豪語するほどである。一週間前には何故か、アインの部屋から大量の姉関連の雑誌が見つかった。そんな彼女の妹であるマドカもまた然りである。
「んじゃ訓練に付き合う前に……おい、馬鹿弟子。久々の実戦だ。腕が鈍ってないだろうね?」
「当然だ。貴方から言われた事は守っている」
「結構。それじゃあアルカ、アリーナとやらに案内してくれ。地面の感触を確認しておきたい」
歩き去るカレンの後ろ姿はラウラの持つ雰囲気とはまったく異なっている。
一言で言うのなら、姉御肌だ。
「……な、なぁアイン」
「どうした箒」
「か、カレンさんとの訓練はどんな感じだったんだ?」
「……普段は突き放してくるが、死にそうになったら休憩こそはしてくれる。死にそうになったらな」
その言葉の意味を、何故かすごく知りたくなかった。
いつもなら休日とはいえ訓練中の生徒達で賑わっているはずの場所は、貸切に近かった。
アリーナはIS同士の戦いを想定して作られたフィールドである。
IS学園の生徒全員を余裕で収容出来るほどのスペースを持つアリーナの中に二人は立っていた。
管制室にはアルカと千冬が待機しており、今から行われる実戦をサポートする体勢に入っている。生徒である一夏達は皆、観客で今からカレンが行う実戦がなんなのかと目を光らせていた。
『では只今より実戦を開始します。今回お二方にご用意したのは電子ペイント弾です。当たれば、血潮のようなエフェクトが出ますが終われば自動的に消えるのでご安心ください』
言うまでも無く、アルカお手製である。
何か色々と彼女に任せておけばいい気がしてきた。
ちなみにこの間はIS学園から人工衛生が射出される光景が目撃されている。彼女は一体どこへ向かおうとしているのだろうか。
『勝敗のルールは時間終了までにどちらが多く攻撃を当てたかと言う競争です。ですがアイン様には制限としてカレン様の攻撃を防ぐ事を目的とした以外の白兵戦は禁止とさせて頂きます』
確かにその通りだ。
いくらカレンが人外の自然治癒能力を持っているとは言え、IS装甲並みの堅さを誇るアインの拳を喰らえば一溜まりもあるまい。
――だが、当てれるかどうかまた別の話だが。
『それではお二方、準備はよろしいでしょうか』
アインとカレンの間合いは凡そ三十メートルほど。
二人の実力なら外すはずも無い。
それぞれが両手に携えている銃口が、火線を放つ瞬間を待ち望んでいる。
「構わない」
「もちろん」
『それでは、開始してください』
そうして――両者が照準を捉えた。
「……すげぇ」
一夏達はただ見惚れているばかりだった。
アインが銃を放てば、その弾丸を撃ち落とすべくカレンが銃を放つ。
どちらかが右に動けば一方も右に動き、どちらかが左に動けば一方も左に動く。
端から見れば実力は同格――に見えるだろう。
「……」
千冬は静かに二人の状況を見守っていた。
今のところ――アインが圧されている。
彼の表情に余裕が無い。
息が乱れている様子が微かに確認できる。
だが、カレンは涼しい顔で彼の相手をしていた。
結果的に言えばアインの負けであった。
カレンの動きは俊敏で、彼の動きと行動を先読みしていたのではないと思わせるほどだった。
呆れたような笑みを浮かべて、彼女は弟子へ呟く。
「まぁ、少しは本気だったよ。いつもならちょいと刺激してやればムキになって突っ込んで来たが、状況を見て距離を稼ごうとしたのは驚いた。随分成長したじゃないか、アンタ」
「……だといいが」
「さすがです、母様……!」
ラウラはそんなカレンを尊敬の眼差しで見つめており、まるで年相応の少女のようだ。
既に千冬とアルカは教職としての仕事があるため、アインとカレンの実戦が終わった後アリーナから出ている。
「……さてと、それじゃあ今から訓練に付き合いたい奴を見てやる。見学するも参加するも自由だ。だけど一度参加した以上は最後までぶっ通しでやってもらうよ。時間は今から三時間みっちりと行う。準備はいいかい?」
その言葉に、首を横に振る者は一人もいなかった。
「……」
アルカは職員室にある自分の席に着き、一息つこうとお茶を飲む。
感じる熱さが彼女の心に少しの落ち着きを与えてくれた。
隣の席である千冬もまた彼女と同じようにお茶を飲んでいる。
「アルカ、カレンの訓練とはどのようなものだ?」
「そうですね……。実戦の繰り返しが多かったでしょうか。アイン様への特別な訓練としては主に銃を意識した物が大半です」
「そうか……」
「後悔しておられるのですか? ラウラ様への指導をあの方が行えばよかったのではと」
「……少しな。ラウラがあそこまで楽しそうな表情を見るのは初めてだった」
「……ラウラ様の事はお聞きしておりました。どん底にいたラウラ様が千冬様の手によって返り咲いたと言う話ならば、千冬様も相応の事を成されたと思います」
「やはり私は――」
「――それはカレン様が決める事です」
アルカの口調は少し強く、まるで千冬の言葉を防ぐかのようだった。
そんな彼女の心遣いに、千冬の心が少しだけ安らぐ。
「……そうだな、今夜にでも話してみるとするか」
「はい、あの方も千冬様とお話できるのを楽しみにされていましたから」