とある南米の地域にて。
一人の少女が建物の中から外を覗き込んでいた。空を翔ける機械によってあちこちに撒き散らされる破壊の痕。
以前から幾度となく、その危険性を周囲の人達が叫んでいたが誰も耳を貸さなかった。――そして、案の定テロリストの手に渡ってしまい、多くの人達が亡くなった。
それは今も、徐々に距離を狭めつつある。やがてそれは少女の命を建物ごと消し飛ばすだろう。
どうしようか、と彼女が考えた時足音が聞こえた。
「失礼、近頃この地域で暴行を働くISがいると聞いたんだが……アレであってるか?」
流暢な英語に思わず振り返る。
白髪の
白いロングコートに纏わり付く砂塵を払いながら、彼が外に目を向けた。見た所、丸腰ではあるが、その雰囲気はどこか頼もしい。
「え、うん……そうだけど」
「分かった。預かっててくれ、この間仕立てたばかりなんだ。汚したら、お叱りが飛んでくる」
そういって、青年はロングコートを少女へ預けた。――途端、彼の服装に思わず目を見張る。黒のインナーに赤のベスト、そして黒のズボンだ。武器などどこにも無い。だと言うのに、彼は外へ向かおうとしていた。
首裏の数字は薄暗い建物の中でもはっきりと見える。その数字に戸惑うも、彼が外へ向かおうとしている光景に、少女は思わず叫んだ。
「ま、待って! 危ないよ!」
その声に青年が立ち止まり、振り返る。
向かう先は死であると言うのに、彼は悪戯に成功した子供のような笑みだった。
「あぁ、分かってる。ああいう手合いは慣れてるからな」
「あ、あれ?」
青年の両手には拳銃が握られていた。黒と白の色調の二挺拳銃。
――彼はいつ、それを取り出した?
「待ってろ、三分で終わらせる」
そうして青年は外へ駆け出す。
突如として鳴り響く銃声に、少女は外を覗き込んだ。
彼は両手の拳銃を弄びながら、今回の目標を見ていた。
依頼内容は暴走ISの鎮圧。最早ISの相手は日課のような物だ。
が、暴走しているのが操縦者なら容赦はいらない。こういった手合いはまた同じことを繰り返す。彼は既にそのような人間を何人も見て来た。
破壊された住居は、最早瓦礫の山となっていて、無茶苦茶に振るわれたブレードは切断と言うよりも破砕に近い。
『ひとまず投降を呼びかけてください。こちらから指示があるまで交戦行為は厳禁でお願いしますよ』
聞き慣れたオペレーターの声がヘッドセットから響く。彼女がオペレーターに着任した当初は、彼も彼女のいう事に従っていた。しかし彼も年を重ねるにつれて、今まで押し殺してきた感情が表に出て来たのか、独断で動く事が多くなってきたのである。
元々、彼の上司であった女性曰く面倒臭い少年期を過ごしてきたのだからせめて今の時期は好きなように暴れたい――と言うある意味子供らしい面が今の彼には強く出てきているらしい。そんなせいか、近頃オペレーターの顔に皺が増えてきている―この間はそれを指摘したら、一時間にも渡る説教を受けた―。
「了解。……っと」
飛来してきた鉄筋をその場で宙返りして、回避する。
見れば何やらニタニタした表情の女がこちらを見ていた。
「どうも、話の通じるタイプじゃなさそうだが」
『……一応、一言くらい掛けましょうよ』
「あー……。おい、こっちの話を聞け」
ISが凄まじい速度でブレードを振り下ろし――辺りを砂煙が充満した。
先ほどまで彼がいた場所は粉々になっていた。女が奇声と共に嘲笑する。
ふと女が違和感を感じる。
――ブレードが動かない。
「だから言ったろ。話の通じるタイプじゃないって」
『……分かりましたよ。交戦許可を下します』
青年がブレードを踏んでいた。――地面と彼の足に挟まれてブレードはびくとも動かない。
「さて、ここからは――仕事の時間だな」
瞬間、青年が軽い跳躍と共に回し蹴りの体勢を取った。女は笑う。
ISはISでしか倒せない。――彼が、その例外である事を女は知らない。
凄まじい衝撃と共にISが吹き飛び、地面を転がった。
『……そういえばカレンさんから連絡来てましたよ。今度、稽古をつけてやるとか』
「……そうか。そういえば最後に勝てたのは、大分前だったな」
再接近するISへ向けて、彼は発砲する。
瞬間、女が悲鳴を挙げた。ISの突進が止まる。
再度、発砲。今度はブレードを吹き飛ばし無力化させた。
間隔を開けて、連射しながら青年はISへと近寄った。
「じゃあな、酔っ払い」
言葉の後、彼は女の眉間へ銃弾を撃ち込んだ。
「例のISを撃破。他に気配はない。回収班を回してくれ」
『分かりました。回収地点に向かってください。帰投のヘリを向かわせます。到着は三十分を目安と考えてくださいね』
「あぁ、それとこの地域で一人の少女を保護している。彼女も連れて行っていいか?」
『スコールさんやマドカさんが不機嫌になるのでやめてください。アルカさんにも言われているんです。……私の肌の苦労も考えてください』
「そうだな、協力頼む」
『い・や・で・す! 今度こそ貴方自身で説明してください!』
「そうか、残念だ。最近、美容に効果的なデザートを作ったんだが、仕方ない。誰かに上げると――」
『……分かりました、分かりましたよ!』
「感謝するよ、いつもオペレーターで助かってる」
『本当にそういう所は、しっかりしてるんですから……。それとデザートはスコールさん達にも作っておくのを忘れないように。もう折檻を受けるのはイヤなんですから。……って、聞いてますか!? ちょっと、私も怖いんですからね! オータムさんやナターシャさんから睨まれるの――聞いてますッ!?』
騒ぐ声を無かった事にして通信機を切る。
オペレーターの声音には呆れが混じっていたが、生憎彼にとって些細な問題でしかない。
何にせよ、任務でのサポートを担当してくれる事になってから長い月日が経っているのだ。
彼は建物に戻ると先ほどの少女の姿を探す。
彼女は幸いにも先ほどの家の中にいた。
「一つ聞く。オレ達の所に来ないか?」
「えっ……」
「オレ達はあんな連中を倒すために世界中を周っている。あんなヤツらを少しでもこの世界から追い出すためにな。だけど、生憎人手が不足しててな。少しでも人材は欲しいんだ。君はどうしたい?」
「わ、私にも手伝えるんですか?」
「あぁ、訓練のために指導出来る人なら十分いる。別に強制じゃない。嫌ならここで断ってくれてもいいさ」
少女は思い返す。あの機械が生み出した暴虐の光景。
だけど、青年は何の迷いも無くその元凶を破壊した。
「……本当に私でいいんですか?」
「あぁ、志さえあるなら拒まない。それがオレ達の考えだから」
「……分かりました。ところで、貴方のお名前は?」
その言葉に、青年は少しきょとんとしてから何かを思い出したかのように笑みを浮かべる。
「オレの名前は――」
アインとアルカはかつて決意を決めたビルの屋上にいた。
空は青天で、かつて彼を覆った雨雲などどこにもない。
その中で、彼は自分の長い髪を握った。
「……アルカ、オレは亡国機業で生きる道を選んだ」
「はい、私もマドカ様も貴方様と共にあります」
「あぁ、だからオレはもう迷わない。見失ったりなんかしない」
そうしてアインは、手にしたナイフで自分の長い髪を躊躇無く切り裂いた。
髪が一気に短くなった事で、彼の首裏にあった数字が露見する。
最早隠しきれる事は無いだろう。そして何よりその長い髪は、無意識に姉の姿を投影していたはずだ。彼女が守ってくれている――そういった思いがどこかにあったはず。
「……よろしいのですか、それは千冬様に習っていたのでは……」
「いや、もういいんだ。いつまでもあの人にすがり付いているわけには行かない。これ以上、あの人に迷惑はかけられない」
「……分かりました。ではその髪はお預かりしておきます。勝手に捨てたとなってはスコール様がお怒りになられるでしょう。その断髪も無断で行ったのでしょうし」
「それはそうだが、何故……?」
「? 知らなかったのですか。どうすればアイン様のような髪質を保てるのか深く気になっておられましたが」
「……そうか」
まだ彼女達に自分の知らぬ一面があった事を知り、アインは小さく笑った。
蒼穹の彼方を彼は見つめる。
柔らかな優しい風が、彼を撫でた。
「この選択に誇りを持つよ、アルカ。もうオレは織斑じゃない。オレの名前は――アインだ」
そう決意した少年の表情に陰りなどなく、まるで夢を語る子供のような表情だった。
「スコール、任務終了だ」
「えぇ、お疲れ様アイン」
回収したISコアをスコールの机の上に乗せる。帰投してから回収班から受け取ったISコアは特に異常は無かった。これからこのISコアは別の部署に引き取られ、研究の一環――そしていずれ来る相棒を待ち受ける事になるのだろう。
彼女は美しい顔立ちに笑みを浮かべて、彼を迎えた。
「いい加減オペレーターの声に耳を傾けてあげたら? 私、ただ指摘しただけなのに折檻に間違われるのよ」
「善処するさ」
「そうして頂戴。それともうすぐ極東での任務があるわ。次の目標は、不法取引されているISコアの回収とその業者の逮捕をお願い」
「……極東か」
「えぇ、更識がバックアップしてくれる。非常に、非常に不本意だけど楯無との共同前線になるわ。まぁ貴方も五度目だから分かってると思うけど」
「……あぁ。で、出立は? 現地集合か」
「貴方に任せるわ。それと後でマドカに会ってみたら? 彼女、貴方に三日間会えないだけで泣きそうだったわよ」
「……」
ふと机の片隅においてある新聞の文字が視界に入った。
“IS学園三年生、織斑一夏君が八年ぶりに開かれる第三回モンド・グロッソに出場決定! 現役復帰した織斑千冬はコーチとして彼への指導を継続!”
「……」
「まだ、捨て切れてない?」
「……少しな。あの時、織斑に戻る道を選んでいたらオレはどうしていたのか。興味が無いと言えば嘘になる。だけど、過去に拘っていたらいつまでも前に進めない。やっと分かった」
「……変わったわね、貴方。以前はまだ青かったけど、今の貴方かなりいい男よ」
「何、まだまださ」
「あら、もう私達が認めてるのだから十分大人よ、貴方」
アインはもう一度小さく笑って部屋を出て行く。
その背中をスコールは微笑みながら見送った。
「アルカ、忙しい所を悪いが調整を頼む」
「お任せ下さい」
アルカの私室―とは言っても最早ラボに近いが―で、アインは武器の整備を頼んでいた。
今までは既に世界各地にある銃や武器を使用していたが、技術の発展とアルカ自身の趣味によって、今はアルカが作り上げた武器を使用している。
故に整備も彼女にしか出来ないのだ。
ちなみに現在、彼女が開発している武装はレーザーブレードらしい。
「……」
「? どうした、アルカ」
ふとアルカの視線がこちらに集中している事に気づいた。
普段から作業に没頭する彼女にしては珍しい。
「いえ、以前よりもよく笑うようになられましたね」
「……あぁ、ようやく人生の楽しみ方が分かって来た。好きなように生きる――中々、楽しい」
「えぇ、その表情が一番よく似合っていますよ。この世界で、誰よりも」
「じゃあ追い抜かれないように気を付けよう。……それで、いつ受け取りに?」
「そうですね……。明後日なら、オーバーホールも終了します」
「分かった。その時にもう一回来るよ」
「はい。――アイン様」
「どうした?」
「今度も、無事に帰ってきてくださいね」
「あぁ、ちゃんと帰って来るさ」
アインは通路から、真下の光景を覗き込む。吹き抜けとなったそこは、ある意味今の亡国機業の名物であるとも言える。
改装された亡国機業本部の内装は以前とはまったく別になっていた。
アルカ―と篠ノ之束―お手製による最新鋭の設備は、最早世界中を敵に回しても一ヶ月近くは持ちこたえるほどの戦力と情報網を兼ね備えている。
そこは試合会場のような場所だった。
中央には地球を模した巨大ホログラムが展開され、あちこちで行われている状況をリアルタイムで捉えている。
八角形のドーム上の形から中央に向かって段差が降ろされ、ちょうど例えるなら客席にあたる部分にはコンソールと数えるのも億劫になるほどのオペレーターで埋め尽くされており、各地で活躍しているエージェント達に指揮を与えていた。
空間投影ディスプレイの光の群れは、いつの日か高層ビルの屋上から見た街の光を彷彿させる。
通路を覗き込むアインの隣に、誰かが立つ。その雰囲気をアインは知っていた。
「何だ、帰ってきてたのかい」
「カレン……。訓練生への指導は?」
「あいつら、アンタよりも物覚えは悪いが訓練には熱心。これからどんどんデカくなる」
「アンタの教え方がいいからさ。愛弟子が保証する」
「ハッ、言うようになったね馬鹿弟子」
カレンの見た目はほとんど変わっていない。これもまた彼女の体に刻まれた呪いなのだろう。
アインもある意味では似たような物だ。そういったところも似ているのだろう。
「楽しそうだな」
「ん、まぁ楽しいと言えば楽しいかな。スコール達がいて、お前がいて、そいつらが生きてて、帰る場所がある。だったらそれ以上に楽しい事なんてないだろう?」
「ラウラの事はいいのか?」
「……気にしてないってのは嘘だ。そりゃもう一度娘と一緒に暮らせたら言うことなんて無いけど、今のこの状況だけでも十分幸せなんだよ。だからそれ以上の幸せなんて必要ない。限度を過ぎたのは害悪にしかならないって教えたろ」
「あぁ、そうだった。すっかり忘れてたよ」
カレンは肩をすくめた。
彼女が着ている黒い軍服の光沢が光る。
「さて、アタシはそろそろ行く。今から任地に赴くのさ、ドイツからシュヴァルツァ・ハーゼの訓練を頼む依頼が来てるんだ。新首相直々のご指名でね」
「……いつ頃帰って来る?」
「そうだな。……一週間後の夕食頃までには帰ってくる」
「なら、丁度良かったな」
「何だ、労って料理でも作ってくれるのかい?」
「あぁ、いいデザートを作れるようになった。今度ご馳走する」
「へぇ、そいつはまた楽しみだ」
「よう、お疲れさん。帰って来てたのか」
吹き抜けのテラスで、ベンチに座っている所またもや見知った顔に顔を掛けられた。
加え煙草に、コーヒーを持つ姿はある意味OLに見えなくも無い。IS学園の時といい、彼女はそう言ったキャラなのだろうか。
「あぁ、南米に行ってた。次は日本さ」
「へぇ、アタシは今度北米さ。サミットに参加してくるよ」
「売り込みか?」
「おう、ココは技術面での開発もしてるからな。ISだけじゃねぇさ」
彼女からコーヒーを受け取り、口に運ぶ。
独特の苦みに思わず顔を顰めた。
「何だ、相変わらず苦いのがダメなのか?」
「オレには分からんな。甘いのがいい」
「へっ、そういったところはまだまだ子供だな」
「何、これからさ」
空を見る。いつもと変わらない空。
彼女達と生きる日常も悪くない。
「なぁ、アイン。アンタは幸せか?」
「あぁ、満足だ。オータムは?」
「幸せに決まってんだろうが。バーカ」
そんな彼女の言葉に、思わず笑いが零れた。
「はぁい、アイン。久しぶりね」
「ナターシャ……」
偶然にも廊下でナターシャと鉢合わせした。
彼女もマドカと同様エヌと名乗るのをやめて、ナターシャと名前を元に戻したのだ。
確か彼女の任務はアメリカでのIS研修参加である。
亡国機業は現在スコール指揮の下、世界各地へエージェントを派遣し紛争もしくは世界の発展のために力を貸す組織へと転換した。
その時ナターシャやカレンなど、道具同然に扱っていた国はその命令を指示及び関与した人物を全て解任し、犯罪人として独房に閉じ込めている。
故に以前前述の二人やマドカなどは世界中から応援が殺到していた。
ただし――アインの正体は“人体実験に扱われていた身元不明の人物”とまでしか公表されていない。
既にその真実を知っているのは、以前から彼と旧知の中であった彼の家族とIS学園の極一部の人間だけである。
もし真実が世界に漏洩してしまえば、間違いなく世界中が彼と似たような存在を作り出そうと殺到するからだ。
「研修はどうだった?」
「反応は上々。特に皆、貴方との手合せを望んでるわよ。特にイーリなんか貴方とやりたくてたまらないみたい」
「そいつは楽しみだ。久々に体を動かせる」
「えぇ、でもその前に先約があるでしょ?」
悪戯っぽく微笑む彼女に、彼は同じように笑って返す。
以前ならば照れて顔を逸らすだけだったが、さすがに何度も同じような目に会えば返し方も分かって来る物だ。
「なら、今からやるか?」
「えぇ、そちらがいいなら」
「兄さん……」
ナターシャとの訓練を終えて、自室に戻ったアインを待ち構えていたのはマドカである。
彼女もまた世界に存在を公表され、織斑千冬の妹であり彼女を撃墜寸前まで追い詰めた人物として高く評価されていた。
あれから時間も経ち、既に少女ではなく女性として成長しつつある彼女はまるで在りし日の織斑千冬を連想させる出で立ちとなっている。
「? どうした、マドカ」
「……じゃない」
「?」
「どうした、じゃないッ! 私がいつからいつまでここで兄さんを待っていると思っていたッ!」
顔を真っ赤にさせて怒り狂う妹の姿にアインはまずどう対処すればいいかを冷静に考えていた。
そして彼女を手懐けるのには十分効果的な方法がある。
「あぁ、ごめんな。いつも待ってくれてありがとう」
彼女を両手でそっと抱き締める。
スコールやアルカ曰くこれで彼女の怒りは大抵鎮火されるらしい。
結果として、腕の中にいるマドカは先ほどまでの光景が嘘であったかのように大人しくなっていた。
「仕方ない……。許すのはコレで最後だ」
ちなみにその台詞も聞くのは五度目である。
妹の体を抱き締めてその髪を撫でながら、アインはそっと自分の部屋に置いてある写真立てに目を向けた。
マドカも出て行き、部屋の主以外は既にこの部屋にはいない。白のロングコートをハンガーに掛けて、グローブを机の上に置く。
白い指で彼は写真立てを手に取った。
その写真には七人の人物が写っている。
スコール、アイン、マドカ、アルカ、ナターシャ、カレン、オータム――それぞれがとても楽しそうな表情を浮かべて写真に収まっていた。
「……千冬姉、オレはもう貴方がいなくても大丈夫だよ。今のオレの傍にはたくさんの仲間がいるから。たくさんの家族がいるから」
亡国機業も大きく変わった。
世界中から技術や戦術の研修を受けに、多くの人物が訪れる。篠ノ之束の全面的な支援とアルカの技術もあり、これからの世界はますます発展していくことだろう。亡国機業はその先駆けとなる。世界の道しるべとなる。
だが、いつかはその技術を悪用としようと目論む者がいるはずだ。そういった人間は必ず存在する。自身の考えが及ばぬ人間は必ず現れる。
ならば自分はそれを狩る猟犬となろう。
「守れた命も守れなかった命もあった。だけど、オレは一度もあの時の選択をやり直したいと思った事は無い。この生き方が間違ってないって信じてる」
不死身などどこにもない。いずれこの命も終わる時が来る。
大切な人たちもこの世を去る時が来るのだろう。だからその瞬間まで、自分の大切な人たちが笑い合えるように。
そんな世界を――作ろう。
例え夢物語であったとしても、それを次の世代へ託す事は出来るはずだ。
終わらぬ物語を繰り返させるのではなく、その物語を断って次へ進む事こそが理想への近道だ。
出来るはずだ。
自分なら。彼女達となら。
「――だってオレは、織斑千冬の弟なんだから」
その表情は、まるで夢を語る少年のようだった。
自身の矛盾を知って尚、それでも彼は夢の果てを目指す。
一度は見失った。だから今度こそ迷わない。
「この道を誇りに思って生きていくよ」
かくして、一人の少年の歩みは一端ここで幕を閉じる。
運命に巻き込まれ、捻じ曲げられ、磨耗し、その絶望の果てに彼は一つの答えを掴み取る。
それは世界の平和でもなく、自分の名誉でもなく、ただ希望へ繋がる明日だった。
こうして、歪んだ物語はようやく、確かな答えに辿り着いた。
願わくば、彼らに限りない幸福が訪れるように。彼にこの言葉を送ろう。
“光あれ”