IS-refrain-   作:ソン

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短編二幕目 闇を駆ける烈風

 ナターシャ・ファイルスが亡国機業に入ってから数日。亡国機業の本部の地下では電子フィールドで構成されたアリーナには二つの人影があった。

 そんなフィールドを全体から眺める事が出来るスクリーンが数個展開された管制室では、アルカが機器を操作してデータを取るべく稼働させている。マドカとオータム、そしてカレンがそのスクリーンを見守り、スコールはアリーナに響くマイクに声を掛ける。

 ちなみに余談ではあるが、このアリーナを作り上げたのはアルカ単独である。

 

『さて、準備はいい?』

 

 空は全て黒く、地面には緑色のラインが走っている。IS学園のアリーナをモチーフにして展開されたコロッセウムのような作りは、まるで異世界であるかのようだ。

 その中で二つの佇む姿があった。

片方は銀の福音。

 搭乗者であるナターシャ・ファイルス―通称エヌ―が了解、と返答する。金髪から薄緑に染めた髪―無論、一目で彼女だと気づかれるのを防ぐためである―が小さく揺れた。

 対して反対側にいるのはアインであり、彼もまた了解、と返答する。その左腰には鞘が展開されており、言うまでもなく束によって追加された新しい武装だ。

 今回、アリーナを使用して模擬戦が行われる理由はエヌの戦闘力の確認とアインに追加された新しい武装の確認である。

 

「行くわよ!」

 

 エヌが操る銀の福音から繰り出される三十六発の光弾、海上戦では苦戦を強いられたが今は違う。

 束が用意してくれた武器がある。そしてそれを十全に使いこなせる技術がある。

 時間差で迫る光弾、迫るそれをアインは避けようともしない。

 彼の親指が刀の鍔を弾く。鞘から刀身が僅かに顔を覗かせた瞬間それは空気へ溶けた。

 そしてその瞬間、彼へ最も接近していた四発が掻き消された。

 

「えっ?」

 

 エヌが間の抜けた声を漏らす間に、次々と光弾が掻き消され、彼女がようやく事態を飲み込んだ時には既に光弾は一つ残らず相殺されていた。

 居合い――彼は一歩もその場から動かずに、刀の範囲まで迫った光弾を全て斬り捨てたのだ。

 

「嘘……!」

 

 何が起きたのかをようやく理解した瞬間、アインが疾駆する。刀を左腰から左手に持ち替え、柄に右手を添える。

 彼は地を弾くようにして走り出す。だがその速度は常軌を逸していた。

 アインとエヌの距離は凡そ三十メートルほどはあった。だが既にそれは無い物に等しい。彼はその間合いをほんの僅かな間の疾走だけでゼロにしたのだ。

 そんな速度で肉薄し放たれた一閃を、エヌはかろうじて避けた。残像しか見えなかった彼の一撃を、直撃する寸前で回避する。

 彼の放った一撃の速さと出鱈目な移動速度に肝を冷やす。すぐさま後退し、再度アインと距離を取る。

 当たれば絶対防御など易々と突破するほどの斬撃を叩き込まれるのではないか、と錯覚させるほど、その斬撃は凄まじい。ほんの僅かでも気を抜けば、すぐにでも斬撃が飛来するのではないか。

 まるで風と戦っているかのようだ。

 

「行くぞ」

 

 刀を鞘に納め、持ち直したアインが再び構える。その眼光に曇りは無く、動く態勢に澱みは無い。

 その脳裏には、かつて織斑一夏と呼ばれた頃の残影が甦っていた。

 

 

 

 

 師である銀髪の女性は少年の言葉にきょとんと目を丸くした後、溜め息をつきながら言葉を漏らした。少年が手にしているのは模造のナイフだが、彼女が持っているのは本物である。命懸けの訓練こそ実戦と同等、と言う彼女なりの考えであった。

 訓練中に少年が剣を教えてほしいと言いだしたのである。彼女からすれば確かに少年のナイフ捌きは実戦でも通用する基準には到達している。だがナイフと剣では同じ刃物でも必要とするモノが全く違うのだ。

 故に彼女は溜息を見せたのである。

 

『おいおい、アタシや銃専門だよ。ナイフはともかく剣なんてガラじゃない。増してアンタの国は侍の国だろ? 剣術とかは習ってなかったのか?』

『……居合い程度なら軽く教授されていた。だけど、それ以外は齧った程度だ』

『そいつはまぁ何とも耳の痛くなる話だな。オーケー、だったら今から全力でやるか。アタシは容赦なく攻撃するからアンタはそれを避けろ。隙を正確に見切って反撃を与える機会を見計らえ。アタシが見事だと思ったらそのまま続行。見誤ったと判断したら、コイツの柄で一発だ。……言っとくが反撃はするなよ、アタシだって死にたくはないんだ』

『?』

『……ん、まぁアタシから見りゃ剣ってのはリーチの長いナイフみたいなモンだからね。ナイフの扱いが上手くなれば自然と剣の扱いも上手くなるって考えだが……何だ、その目は』

『いや、アンタの言う事も一理ある』

『へぇ、だったら話が早い。んじゃ行くとしようか』

 

 少年が頷く前に、彼女の持ったナイフが振りぬかれる。

 彼女との訓練に余裕など無い。容赦の無い過酷な鍛錬は、多感な年を迎える少年にとっては余りに強烈な物だった。

 だが、手を抜かずにいつだって全力で自身を鍛えてくれる彼女のあり方に少年は感謝していた。

 孤独を感じさせないために只管訓練をさせる――それが彼女なりの気遣いであると分かっていたから。

 

 

 

 

 銀の福音に対するアインの動きを見て、カレンは笑っていた。彼の動きは今までとはまるで違う。憑き物が落ちたかのようだ。

 

「へぇ、やっぱアンタの専門はそっちだったか」

 

 刀を持ったアインの動きはまるで別人のようだ。銀の福音が放つ光弾を悉く切り裂き、ハイパーセンサーでもかろうじて捉える事が出来るほどの速さで疾駆する。一歩一歩の歩幅が非常に大きく、全力で間合いを開けても数秒後にはゼロに戻される。

 これが彼本来の姿であるかのようだった。銃を以てナイフを振るうのではなく、刀一本に生死を託す戦闘手段が彼の真髄のようにも見えた。

 

「ま、アンタにそっちがあってるならそっちでいいさ。迷ったならアタシが叩き直せばいいだけの話だしね.」

 

 今の彼は完全にISに対しての天敵へとなっていた。銀の福音に対してもほぼ優勢に立ち回りを繰り広げている。戦闘の主導権を握りしめている。

 あの時の海上戦とはまったく違う。完全にアインが押していた。

 再び迫る無数の光弾――それを白いロングコートを羽織るアインが次々と切り裂く。その光景にスコールはデジャヴを感じた。

 

「……まるで白騎士ね」

 

 スコールはぽつりと呟く。

 アイン、彼の着る白いロングコート、刀――それらを白騎士、そして彼へ殺到する光弾をミサイルと例えるならまさしく白騎士事件そのものだ。思い出されたその光景は余りにも偶然が過ぎるのではないかとスコールは思う。

 世界で初めて使用されたIS『白騎士』。

 彼の動きは、その白騎士とまったく同じだ。すなわち彼の姉である織斑千冬に。

 恐らく姉と引き離されている間も、ただ只管、頭に残る彼女の動きをイメージし、それを真似ていたのだろう。

もし今の彼と世界最強が戦えばどうなるのかと言う疑問に、関心は尽きない。

 だが生憎、既に白騎士は現存していない。現在はそのISコアは白式と名前を変え織斑一夏の専用機になっているらしいが、間違いなく宝の持ち腐れだろう。

 スコールは既に織斑一夏を軽視していた。

 福音との戦闘――アインに比べて余りにも無駄のありすぎる動きに、無駄な攻撃。ワン・オフ・アビリティの零落白夜の発動タイミングの手間取りと最悪の状況選択。

 彼から居場所を奪っておいてこの有様か、と彼女は怒りよりも呆れを感じた。もし刀を持ったアインが織斑一夏と交戦すれば、殺害までに数分は掛からない。最早脅威としてスコールの中から完全に消え去った。

 

「……そろそろ極東に駐在する準備を整えておく頃かしら」

 

 もうすぐ行われるIS学園の学園祭――白式強奪にはかなり良いタイミングだ。

 恐らくスコール達に任務が課されるだろうし、彼女自身も断る気はない。

 ただ果たすべき使命を果たすだけ。その思いが、彼女を支配していた。

 

 ちなみにスコールがそんな思考に耽っている間、アリーナではアインの人間離れした動きと完全に詰んでしまった状況にエヌが涙目になっていた。

 福音のマシンボイスも怯えているような声を漏らしている――気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之道場に合宿に通っていた。姉の剣術修行に同伴すべく、その修行に参加していた。

 木刀を何度も振るい、何度も稽古を行い、何度も鍛錬をした。だから体は疲れている。だと言うのにまったく寝付けなかった。風の唸り声が真横で響いているかのような感覚が心を震わせ続けており、眠るどころか目を瞑る事すら出来なかった。

 軽く外を散歩しようと、着流し姿のまま草鞋を履く。時間は真夜中らしく、煌々と輝く満月が空に君臨している。そのせいか、白い闇に照らされて辺りは明るい。

 外に出た時、縁側に腰掛けて物思いに耽る姉の姿を見た。彼女もまた寝付けなかったのか、木刀の柄に両手を置いて満月を見つけていた。だから声をかけた。

 偶然にも姉弟揃って寝付けなかったらしく、眠気が来るまで月を見ている事になった。

 月明かりが二人を照らす。白い闇に包まれながら、彼女はぼんやりと呟く。

 

『一夏、私はな家族を守れなかった』

『千冬姉?』

『何、そう気にするな。遠い昔の話だよ。もう二度と繰り返さないと決めた昔話だ。……私は昔から誰かに守る事に憧れていた。いや、憧れていただけじゃない。憧れるからこそなろうと思った。そのために力を尽くした』

 

 そう語る彼女の酷く寂しげな姿。美しい切れ目には僅かな影が差している。

 今まで見た事が無いその姿が深く心の底に焼きついた。

 

『それくらい私は家族を愛していた。その願望に叶える奇跡があるのなら、その代償に負けない意思があるのなら、必ず辿り着くだろう。……本気でそう信じ込んでいたよ。だから自分の事を顧みずに真っ直ぐ進んだ。自分が間違っていないと、疑いもしなかった』

 

 ただの小娘なのにな、と付け加えて彼女は力なく笑った。

 その意味を、まだ分からなかった。

 だけどそんな姿は見たくなかった。彼女の背中を追い続けて来たのだから、それが穢れる事を許せなかった。

 

『結局私が感じたのは、無力さと現実の過酷さだ。誰一人守ろうとはしなかった癖に、その力を持っていた癖に、私はただ絶望していたな。……せめて一つでも足掻いていたならその資格はあっただろうに』

『千冬姉は……どう思ってるの?』

『ん、そんなの決まってるだろう。二度目の正直だ。もう二度とあんな真似は繰り返さない。例え私がどうなろうとも、お前だけは守って見せるさ。例え、私自身を守れなくなってもな』

 

 彼女の言う意味は分からない。

 けどその思いは酷く尊かった。その心は美しかった。

 だからこそ、だからこそ彼女が笑顔であってほしい。その幸せが永遠なモノであってほしい。

 

『なら、千冬姉はおれがまもるよ』

『何?』

『千冬姉が守れなかったひとも、千冬姉もみんな、おれがまもってやる』

 

 その言葉の重みを当時はまったく分からなかった。心を抉る事なのか分からなかった。

 守ると言う事がどれだけ悲しく、どれだけ辛い事なのかも知らなかった。

 手段も方法も手順も、何一つ知らぬその言葉。

 ならばせめて、この誓いだけは心に刻もう。

 例えば名前を失おうとも、姿が変貌しようとも、その真っ直ぐな在り方を決して忘れたくはなかったから。

 

『千冬姉は、おれがかならずまもるから』

 

 左手の小指を差し出す。俗にいう指切りげんまん。

 その行動に対し、彼女も笑って左手の小指を差し出した。

 

『約束だよ、千冬姉』

『あぁ、約束だ』

 

 そうして満月の夜に約束を誓った。

 子供のように指を交わして、言葉を告げただけの何の飾りも無い誓い。

 

 

 その誓いが呪いとなったのは、いつからだろうか。

 





 

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