都市エ・ランテル
リ・エスティーゼ王国の国王直轄地でもあるそこは、都市としても優れており、年中冒険者や商人が行き来する町として活気に溢れている。
その都市の中央広場、多くの露店商が開かれている場所に、複数の男女が歩いていた。
「人が多いですねぇ、ももさん」
「そうですねぇ、ペロさん」
その中の男性二人は、他人事のように歩きながら話していた。
その表情はどこか諦めたような、まるで「どうしてこうなった」とでも言いたげな表情だ。
「周りの人、めちゃくちゃ注目してますよ」
「大人気じゃないですか、特に男に。手でも振ったらどうです?」
「血の雨が降りそうなんで遠慮しときます」
その集団が通る度に、その通りに居る者はほぼ全てといっていいほど、こちらを眺めていた。
特に男からの視線が多く、こちらをじっくりとなめ回すように見ている者が多い。
「下等な虫けら風情がジロジロと……。皆殺しにしたらどれだけスッキリするか」
「よしなさいナーベ。モモンガ様達は穏便に行動を取ると言っていたわ、私たちの勝手な行動で至高の方々に泥を塗る気?」
「……。少し落ち着いたわ、ありがと、ソリュシャン」
「お互い様よ。もし我慢できなくなったら言ってちょうだい。適当な人間を連れ帰って憂さ晴らししましょう」
「良い案ね。それで行きましょう」
視線を集めている元凶の会話を聞いて、今度こそモモンガとペロロンチーノは頭を抱えた。
視察の為に二人で行こうとしたのだが、当然の様に(有無も言わさず)着いてきた二人は、さっきから目立ちまくっていた。
顔立ちが超が付くほどの美形である二人は、メイド服という服装も相まって、かなりの視線を集めている。
このままでは、近いうちに何か問題が起きそうだ。
「二人とも、ちょーっとこっちに来なさい!」
事態を危うく感じたモモンガがついに動いた。
二人の腕を掴み、人気の無さそうな路地へと連れていく。
特に抵抗することもなくついてきた二人にモモンガは言った。
「良いか。今回私たちがここまで来た理由を知っているか?」
「来たる世界侵略の日に備えて、人間達の勢力を調べに来たと」
「違う! 誰が言った、そんなこと!」
「デミウルゴス様から、至高の方々は世界征服を計画していると聞きましたが」
「え、何それは」
そんなことは言った覚えがない。
だが、デミウルゴスがよくする何時もの深読みが出たのだと、モモンガは自分に納得させた。
「今回俺達がここまで来たのは、人間達の勢力を調べるためでもあるが、文化や常識を調べるためだ」
モモンガの代わりに、近くにいたペロロンチーノが答える。
この世界で生きていくためには(別に今のままでも良いが)、何時何が起こるか分からない、それに備えてこの世界の常識やルールを調べようというのが、先日の会議で決まった。
「人間を嫌うなとは言わんが、俺達に迷惑を掛けたくないのであれば、それに応じた態度や言葉遣いをしろ」
「も、申し訳ありません‼」
「出過ぎた真似を、どうか御許し下さい‼」
先ほどの騒ぎを思い出したのだろう、顔を青くさせた二人は、モモンガ達に向かって頭を下げた。
別にそこまで怒ってなかったモモンガは、すぐに頭を上げさせる。
「……さて、それでは書物を扱っている場所があるかな」
「文化や歴史などであれば、書物でまとめている場合が多いですからね。期待できますよ」
「えぇ、それでは行きましょうか」
不安しかない一行の旅は、都市の中心へと足を運んだ。
◆
ドアを開けて入って来た集団を見たとき、その女性店員は目を見開いた。
まず視界に入ったのは二人のメイド服を着た黒髪と金髪の女性、どちらも気風が違うが、誰もが目を引く美形だった。
その後から入ってきたのは、二人の男性、服装からみて、権力はそれなりというところか、その辺にいる小金持ちくらいだろうか。
「いらっしゃいませ、本日はどのような物をお探しで?」
店員の本分を思いだし、お手本のように頭を下げる。
集団の中の一人の男性が、こちらに笑顔で近づいてきた。
「こちらに来れば、大抵の物は手にはいると聞いてきたのですが」
「えぇ、あまりに高価な物になると難しいですが……。例えば、どのような物を?」
「広い分布で分かる地図と、この辺りの歴史や、文化が分かる本はありますか?」
男の話した内容を聞いて、店員の脳裏に幾つかの物がピックアップされた。だが、数が多い。
「あるには有りますが、少々数が御座います。裏の倉庫で、お選びになられますか?」
「いや、それぞれ有るぶん全て下さい」
「……全て、ですか?」
「? えぇ」
何かおかしな事でも言ったか、と男の顔に不安が浮かぶ。店員は本の値段を思い出しながら、手元にあるそろばんを弾いた。
「全てですと、金貨10枚相当で御座います。」
金貨10枚というと、ポンと出せるような代物ではない。世帯平均年収の数年分はあるだろう。
正直、この男に出せるとは思えない。
「あぁ……。申し訳ない、出来れば金ではなく、物で払っても良いかな?」
「物……ですか?」
「宝石の類いなんだがな。それがダメならこの辺りの質屋を紹介してくれ」
そう言いながら差し出された物は、一つの金で出来た首飾りだった。
細いチェーン状に細工され、数珠繋ぎの様に色とりどりの宝石があしらわれている。
手に取ると、細い造りながらもしっかりとした重みがあり、本物の金細工だと素人目にも理解できた。
初めて見たその美しさに、店員は数秒我を忘れて見入っていた。
「……、それでは足りないか?」
返答が遅いことを不安に思ったのか、男が探るように聞いてきた。
慌てて体勢を直すと、首飾りを丁寧にカウンターから取り出した布の上に置き、頭を下げる。
「ご無礼を御許し下さい。今すぐ商品の方をお持ちいたします、数が数ですので、少々お待ちいただけますでしょうか」
「大丈夫だ。こちらもいきなりですまなかったな、焦らず、ゆっくりと用意してくれ」
「はい、失礼します」
そう言うと、店員は奥の方へと引っ込んで行った。店員と話していた男は、笑顔を引っ込めるとため息を一つ吐いた。
「さて、本を受け取り次第、ナザリックへと帰還するとしよう」
男のその言葉に、後ろにいた数人は頷いた。
こうして、異世界に転移したモモンガの初めてのおつかいは幕を閉じた。
◆
「……文字が分からんですねぇ」
ペラペラとページを捲りながら、餡ころもっちもちは呟いた。
近くで魔道具のメガネを着用しているモモンガへと声を掛ける。
「魔道具の類いで理解出来るくらいですね。時間はまだまだ掛かりますが」
「仕方ありません、数が少ないですから」
「ユグドラシル時代ではゴミだと思っていたアイテムが、まさかここまで必要な物になるとは……」
この場で本を読んでいるのは、ブループラネット、たっち・みー、モモンガ、ウルベルト、建御雷の5人だ。
他の者は持っていなかった為、交代で読もうということで決定したのだった。
「しかし、ユグドラシルプレイヤーの匂いを感じる文書もありますね」
「何? どのような物です、ウルベルトさん」
「ほら、この辺りとか……」
普段は仲が悪いウルベルトとたっちの二人も、興味津々で本を捲っている。
そのやり取りに微笑ましく思いながらも、モモンガは次の本へと手を伸ばした。その時、
「モモンガさん、私私。通じてる? これ」
「茶釜さん? どうしました?」
脳裏に走る声に、【メッセージ】を受信したと感じて、モモンガは手を頭へと添える。
「単刀直入に言うとさ、やまいこさんが」
「モモンガ様ぁ‼ 大変です‼」
ぶくぶく茶釜の話を遮るように、円卓の間の扉が、音を立てて開かれた。
何事かと全員が目を向けると、息を切らしたメイドの一人が、モモンガへと近づいていく。
メイドのその緊迫した表情に、その場に居た誰もが緊張する。
嫌な予感しかしないが、なるべく冷静に、メイドの言葉を待つ。
「と、ッ突然の入室、申し訳、ありません」
「どうした。落ち着いて話せ」
「はい……っはぁ」
大きく息を吸って、メイドは一口で言った。
「やまいこ様、ぶくぶく茶釜様両名が、【ゲート】を使用し、カルネ村というところへ向かわれました」
ぶっつけ本番
この世界での物語は、無情にも進んでいく。