誤字や誤情報、誠に申し訳ないです……。
一応ネタ回ですが、この小説ではの進行ですのであしからず
「最近、アルベドが変なんですよ」
何回目かもう数えてすらいない会議の休憩中、近くに居たタブラがそう言った。
正直嫌な予感しかしないので相手したくなかったのだが、同じく暇していたヘロヘロが、何気なく返事する。
「変って、どう変なんです?」
「『私に調理スキルを授けて下さい』って、懇願してくるんです。……血走った眼で」
逃がしてくれ、ダッシュでここから逃げ出させてくれ。
この後の展開が容易に想像できたモモンガは、神にも祈る気持ちでそう願った。
タブラの言葉を聞いたのか、近くに居た他のプレイヤー陣がニヤニヤしながら近付く。
「何々?アルベドちゃん花嫁修業最終段階?」
「家事のスキルは調理以外完璧でしたからねぇ。……話によると、もう子供の服まで揃えているとか」
「モモンガさん、式は洋式?和式?」
「勘弁してくださいよ……」
頭を抱えて言うモモンガに、皆が苦笑いをする。その中で、タブラが真面目な顔して言った。
「アルベド、無理ですか?」
「え、あぁ、いや。そうじゃなくて……」
タブラの真剣な顔に、モモンガは頭の中で言葉を考える。自分なりの本音を混ぜて、タブラへと口を開いた。
「今、この世界の攻略をしているじゃないですか。だから、こう、僕なりのケジメがついてからじゃないと、それには応えられないんです」
中途半端には、したくないんで。
そう締めたモモンガの言葉に、タブラは笑みを浮かべる。
自分のNPCが、モモンガの重荷でないと知って、そして――
『男を落とすにはまず胃袋からという格言が、至高の方々の書物にありました。ですから私、愛するモモンガ様のために手料理をお作りしたいと思うんです!ですからタブラ様、私とモモンガ様、そしてこれからのナザリックの未来の為だと思って、私の未だ知らないモモンガ様のことを事細かに、まずはモモンガ様の好物から――』
――彼女の重すぎる愛情は、もう取り返しのつかないところまで来てると言い出せなくて。
「(合掌)」
「え、何ですタブラさん、怖いですよ?!このタイミングでするような事じゃないですよ?!」
これからのモモンガのいく末を、少しでもよくなりますようにとタブラは願った。
◆
そんな事があった数日後。
「あ、アルベド。何だ、これは」
「私の作ったシチューで御座います。モモンガ様」
「……すまん。もう一回言ってくれ、疲れて聞き逃したようだ」
「“私の作った”シチューで御座います。モモンガ様♪」
目の前でグツグツと煮えたぎっている赤黒いそれに、モモンガは戦慄した。
この世界にきて未だここまでしたことのない恐怖に、身体がカタカタと震える。
「あら、モモンガ様。そんなに震えて……、お腹が空いてらしてるのなら、おかわりもありますし、他の料理もありますのでご安心下さいね」
「あああぁ、はっはっは、楽しみだぞ、アルベド」
「……ッ!ありがとうございます!」
「(誰か!ヘルプ!エマージェンシーなうッ!)」
テンパりまくって訳のわからない言葉を【メッセージ】を起動してプレイヤー陣へと送りまくる。
ほとんどのプレイヤー陣が応答してくれ、モモンガは現状を伝えた。
「(た、助けてください。殺されます)」
『ど、どうしたんです。モモンガさん』
「(だ、誰でもいいですから。今すぐ円卓の間にっ、アルベドに殺されますっ)」
『……あぁ』
その言葉の後に、ブツリと全員から【メッセージ】が切られた。
その事に唖然とするモモンガに、アルベドがそういえば、と口を開く。
「他の至高の方々にもご馳走しようとしたのですが、モモンガ様と二人きりにさせてあげると断られてしまいました。後程、お礼にいくとお伝えしてもらってよろしいですか?」
「そ、そうだな。……伝えておこう」
裏切られた。とモモンガは退路を塞がれたことを理解した。
そして、ゆっくりとテーブルの上のものに目を向ける。見るだけで恐怖を与えるそれは、少なくとも料理とは言えない。
「アルベド。これは何のシチューなんだ?」
「はい。今朝がた手に入れた牛をふんだんに使ったビーフシチューで御座います。……色合いに問題がありましたので、隠し味などで上手く誤魔化せたかと思いますが」
何分初めてですから、と頬をそめて呟いた。
その言葉に冷や汗が止まらないモモンガは、そのビーフシチューに目をやる。
とれたての新鮮な牛をふんだんに使った、(不自然な程に)赤黒いビーフシチュー。その謎の赤黒さは、多分――
「なるほどな。……ところでアルベド、お前に牛を捌けたとはな。血抜きは出来たのか?」
「血抜きとは何でございましょう?」
「ファッ?!」
「皮を剥いで汚物抜きをした後、そのまま鍋でじっくりと煮込みました」
「(アカン)」
この微かに香る生臭さと、不自然な赤黒さの理由が分かったモモンガは、更に顔を青ざめる。
せめて味はと思い、それとなく確かめることにした。
「はっはっは、見事だな。……ところで、味見はしたのか?私は味が濃いものが苦手でな」
「私はしておりませんが、味見役を頼んだシャルティアとアウラは、そのあまりの美味しさに悶絶しておりました」
「(絶対違うッ!)」
「それに、味をマイルドにするために、様々な上等な調味料をお入れしています」
スプーンを握りしめたまま、モモンガはゴクリと唾を飲み込む。
これがるし★ふぁー辺りが作ったものならば、捨てるのに躊躇いはないが、こちらをキラキラとした目で見つめてくるアルベドには難しい。
「(それに……、俺のせいだしな)」
覚悟を決めて、スプーンをビーフシチューへと突っ込む。
ドロリと滴るスープを決死の覚悟で口に放り込むと、モモンガの脳裏に情景が走った。
初めてギルドを作った時、
ギルメンとイベントをクリアするために奮闘したとき、
ナザリックの警護の為にNPCを作った時、
「(あぁ、懐かしい……)」
そして、此方に手を差し伸べてくるギルメンの手を取――
「(ったらダメだろッ!)」
危ない、走馬灯だった。
危うく昇天されかけた頭を振り、不安そうにこちらを見るアルベドへと視線を向ける。
あまりやりたくない手だが、手料理で殺されるなんてギャグはしたくない。
「すまんな、アルベド。少し疲れたようだ、今日はこのまま眠る」
「そ、そうですか。……それで、お味はどうでしたか?」
「……お前が私の為に作ってくれた料理だ。不味い筈がなかろう」
「~ッ!」
感極まった様に震えるアルベドに、モモンガはいそいそと部屋を後にする。
部屋を出た後、何か雄叫びの様なものが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
◆
「お目覚めですか?モモンガ様♪」
目の前に居るアルベドを無視して、モモンガはゆっくりと起き上がる。
自室の中の、自分のベッドだ。
もう一度アルベドの方を見ると、彼女も毛布から抜け出していた。
――但し、全裸で、だが。
「何やってんのぉ?!」
思わず変に跳ね上がった声を抑えながら、アルベドを睨む。だが、当のアルベドはきょとんとした顔で言った。
「愛するモモンガ様の為に、私で癒すことが出来ればと思いまして」
「いやいや、癒すの意味が生々しいだろ!こんなの誰かに見られたら――」
ガチャリと。
音を立てて開いた扉の先には、掃除のために入ってきたルプスレギナが居た。
一瞬何が起きているのか理解出来ず、次の瞬間理解できたルプスレギナは、コホン、と一言。
「昨晩はお楽しみでしたね」
パタンと扉を閉めて行った。
『ちょっとルプー、モモンガ様のお部屋の掃除は終わったの?』
『聞いてくださいっすナーちゃん。モモンガ様のお世継ぎが出来るっすよ!』
『え。ど、どういうこと?!』
『さっき、裸のアルベド様とモモンガ様が――』
「待てやコラ駄犬がぁッ!」
扉を蹴り開き、通路に躍り出たモモンガに、通路に居た二人が驚く。
ルプスレギナをこっぴどく叱って、ナーベラルに口封じをしているモモンガの様子を見て――
アルベドは舌打ちをした。
「やっぱダメね。……どうしようかしら」
チロリ、とサキュバスに相応しいその様子は、獲物を狙う肉食獣の目になっていた。
◆
「最近、アルベドがヤバイです」
会議の休憩中に漏れ出すようなモモンガの声に、ヘロヘロが反応する。
「変って、どう変なんです?」
「貞操の危機をヒシヒシと感じます」
その言葉に、近くにいたペロロンチーノとるし★ふぁーが言う。
「リア充が」
「爆発しろ」
「アンタらなぁッ!」
人の気も知らないで!
うるさいハゲ!
はっ、ハゲちゃうわッ!
童貞!万年嫉妬マスク!
お前もだろうが!
ギャーギャーワイワイと騒ぐ三人に、またかと他の人間は笑う。
一頻り取っ組み合いで暴れた後に、モモンガが言った。
「いや、本当に……。この間なんかベッドに潜り込んで来たし、最近はじっと見つめてくることが多いし」
ため息混じりにそう言うモモンガに、哀れみの視線が向かった。
確かにアルベドの行動は最近特に酷く、仕事に支障はないが、特に気味が悪いことが多いのだ。
「何だか、ストーカーみたいですね」
「止めてくださいよ、やまいこさん。……でも、マジでそれかな」
「女の子がされるなら分かるけど、男性がされるのは初めて聞くなぁ」
「……茶釜さん、人気声優でしたよね。やっぱりそういうの居たんですか?」
「んー、まぁ、それな――」
「居るわけないじゃないですかぁ、コレですよ?コレ」
「モモンガさん、会議の続きは次回でよろしくです」
「ちょっ、待っ、首がしまってッ?!」
止める間も無く転移していった姉弟に、すっかり馴れたメンバーは特に気にもとめなかった。
きっと今頃、野球場で千本ノック(身体)を受けている頃だろう。
「そんなことより……。タブラさん、どうにかなりませんか?」
「無理ですねぇ。……ビッチ設定を多少弄っただけでああなるとは、私も予想外でしたけど」
「そうですか」
創造主の言葉なら、と思ったが、そうでもないらしい。
なら、やはり。
「本気で話し合うしかないか」
ポツリと呟いたその言葉に、近くにいたヘロヘロとタブラが肩に手をおいた。
◆
「お呼びですか、モモンガ様」
「あぁ、こっちに座れ、アルベド」
「畏まりました」
ナザリック外部。
寛ぎのスペースとして、夜空を眺める展望台のような施設が設置されたところに、モモンガはアルベドを招いた。
アルベドは笑顔を浮かべると、モモンガのすぐ隣へと腰を降ろす。
「最近、他の守護者の働きはどうだ」
「特に問題はないかと。今現在、次の侵略場所のスレイン法国へのメンバーを選抜しています」
「そうか……」
そう言って、モモンガは夜空を眺めた。キラキラと宝石をバラまいた様な星空は、気を落ち着かせるには充分だった。
そんなモモンガを不安に思ったのか、アルベドが見つめている。
視線をアルベドへと合わせると、モモンガは口を開いた。
「アルベド。……お前の本音を聞きたい」
「本音、で御座いますか?」
「あぁ。……ここだけの話だ、言いたいことを言うが良い」
モモンガの言葉に、話を理解したアルベドは俯く。
少し時間をおいて、ポツリと言った。
「私は、モモンガ様の事を愛しております」
「それは、私がお前に施した洗脳のせいだとしてもか?」
「はい。……私が好いているのは、今のモモンガ様ですから」
「……今の俺?」
アルベドの言葉に、モモンガが聞き直す。その意味を知って、アルベドは笑った。
「至高の方々がお戻りになられ、モモンガ様の調子が良くなったと感じます。――お一人でナザリックの管理をしていたあの頃とは、全然」
「そうか。……あの時の私は、変だったか?」
「……はい。日々をつまらなそうに過ごされて居られましたから。他の守護者の者も、同じように感じておりました」
「……そうか」
今明かされた真実に、モモンガは苦笑いを浮かべる。
確かに、あの時と今とでは、生活の質が全くといって違うのだ。
「ですが」
そう言って詰まるアルベドに、モモンガはひたすら待つ。自らの言葉を待っていると理解したアルベドは、意を決して言った。
「ですが。……私の中のナニかが、そんな現状に不満があるのです」
一度言い出したら止まらないのか、アルベドは続ける。
「モモンガ様を独占したい。貴方様が笑顔を向けるのを、私だけにしてほしい。そう願う自分に、……正直、そうあってほしい自分と、それを嫌悪する自分が居ます」
「それを毎日毎日、日々モモンガ様を見るたびに思っておりました。モモンガ様を見ておりますと、もうどうしようもないくらいの衝動にかられるのです」
いつしか、アルベドの頬には涙が伝っていた。
アルベドはモモンガの手をとると、自らの首もとへと当てて言う。
「このような不出来な守護者、栄光あるナザリックで存在することは許されないでしょう。モモンガ様の前で、存在することも……。ですから」
ニコリと、涙ぐんだ目で笑顔を浮かべて、アルベドは言う。
「愛するモモンガ様に、終わらせて頂きたく存じます。……貴方様の手で、私の最後を――」
「アルベド」
アルベドの手を振り払うと、モモンガはそのまま抱き締めた。
あまり強く抱かないよう、力加減はしっかりとして、声をかける。
「私がお前の事を疎ましく思うことなんてことは絶対にない。なぜなら、私は将来お前の事を、……妻として迎えたいんだ」
「……へ?」
さらっと言われた言葉に、アルベドは何の事か分からなかった。
目を白黒とさせているアルベドに、モモンガは続ける。
「本当は今言うつもりはなかったがな……。だからアルベド、私の手で掛かって死にたいなど言うな。お前には、私と添い遂げる役目があるのだから」
「……はい」
「……了承、してくれるか?」
「はぃ……」
嗚咽混じりに言うアルベドの背中を、モモンガは優しく撫でる。
アルベドが泣き止むまで、モモンガはアルベドを抱き締めていた。
◆
「まだ戻らないのか?」
「はい。流石にこの顔では恥ずかしいので、少し夜風に当たります。先にお戻りください」
「分かった。……ではな、アルベド」
そう言って背中を向けると、モモンガは指輪の力を起動して転移した。
それを見届けたアルベドは、ふぅ、とため息をついて言う。
「――作戦成功、ね」
くふふと至福の表情を浮かべると、自分の身体を抱いてクネクネと動く。
そこには先程までのしおらしい女性の姿はなく、いつものアルベドが居た。
「“俺と死ぬまで添い遂げてくれ”、“俺の妻になれ”、だなんて、……言われずとも添い遂げますし妻にもなりますわよぅ、モモンガ様ぁ」
だらしない笑顔を自重することもなく、アルベドフィルター全開で妄想を爆発させる。
一頻り楽しんだ後、中空に愛しい姿を思い浮かべ、ニヤリと顔を歪ませた。
「月が綺麗ですね、モモンガ様♪」
くふふふふ、と笑い声が響き渡るナザリックの上空には、世界を隅々まで照らすような大きな満月が上っていた。