「――重ね重ね、本当にお世話になりました」
明くる日の昼下がり、昼食を食べ、最後にお茶会を交えてからエンリ逹はナザリックを出た。
メイドを引き連れてまで送りにきたやまいことぶくぶく茶釜と餡ころに、エンリは心からの礼を言う。
「いや、大したことじゃないから、お礼なんて良いよ」
「うん。私たちこそ、わざわざこんなところにまでありがとうね。……帰り、送らなくて本当に大丈夫?」
茶釜の言葉に、エンリは苦笑いをして断った。
ここからカルネ村までは、歩いても充分辿り着ける。確かに時間は掛かるが、そこまで危険な道のりでもない。
「大丈夫ですよ。森に近付かず、草原の道を通れば安全ですから」
心配だ。そう顔に出しているやまいこに、エンリは笑顔で言った。
「そっか……。なら、途中でお腹が空いたときに、これを食べて?」
差し出されたバスケットを受けとる。上等なそのバスケットからは、美味しそうな匂いが漂っていた。
それと、と追加で差し出された物を、今度は隣にいたネムが受け取った。
「やまいこさん、これはなぁに?」
「もし、危ない時とか困った時とかに、それを吹いてごらん。助けてくれるモンスターが、すぐに来てくれるから」
それは、小さな角笛に紐を通しただけの物だった。飾り付けに鳥の羽のような物が付いている。
至れり尽くせりな対応に、エンリはもう一度頭を下げた。その下げた頭をやまいこは優しく撫でる。
「皆さん、今回はありがとうございました!」
「お、良く言えたね。偉いぞー、ネムちゃん」
「えへへ。モモンガさんにも、色々見せてくれてありがとうって伝えてくれる?」
「うん。良いよ、伝えておくね」
また来てねー、と手を振る三人に、エンリとネムは礼をして歩いていく。
夢のような時間だったが、例え夢でも良いとさえ感じる二日間だった。
◆
「……そうですか。もう帰ったんですね」
茶釜の報告に、モモンガはそう言った。
少しだけ寂しそうなその横顔に、茶釜はニヤニヤとしながら言う。
「あれれ~、もしかして寂しいんですか?」
「なっ、ち、違いますよ!ただ、他にも見せてやろうと思っていただけで 」
「言い訳が苦しいですよ、モモンガさん。まぁ、また来てくれるって言ってくれましたから、その時で良いでしょ」
「……違いますよ。ただ、」
モモンガは報告書を机に置き、茶釜へと向き合う。どこかむず痒いその感覚に言葉が詰まりそうになるが、一口で言った。
「ナザリックをあそこまで褒められるとは思ってみませんでしたからつい色々と見せたくなって……」
あー、もう。と一人悶えるモモンガ、その様子を見て、茶釜は言った。
「ほんとにちょろいなー……」
「へ、なんですか?」
「なーにもないですよー」
「あ、そうやってまた隠そうとしてるでしょ。ダメですよ、情報の共有は最優先でしなきゃいけないことなんですから」
「キャー、“いけないこと”だなんて、一体ナニをするつもりなの、モモンガさん!」
「ちょ、待って、変なこと言いながら逃げるんじゃない!」
執務室から聞こえる、ドタバタと走り回る音を聞いて、外に居たメイド数名はいつものことか、と苦笑いをした。
◆
「はぅぁー……、ぁぁぁ、極楽だぁ……」
同時刻、第九階層にある大浴場【スパリゾートナザリック】には、一人の男の姿があった。
湯船に浸かる男の顔には、至福の表情が浮かんでいる。
ふぅ、と一息吐いていると、後ろからくる人影があった。
「ん、あぁ、タブラさんですか」
「おや、ヘロヘロさん。人間の姿で入っているとは」
タブラはそう言ってヘロヘロの近くへと湯船に浸かった。
ふぅ、と一息吐くのを待って、ヘロヘロは言う。
「今回のリフォームはお疲れさまでした」
「あぁ、いえいえ。こちらとしても、自由にさせてもらえて逆に礼を言いたいくらいですから」
「そうですか。……ところで、タブラさんは顔のデータ、誰をモチーフにしたんですか?」
「私ですか? 私はその辺に居そうな、平均的な顔にしましたが」
「あ、そうなんですか。僕は、前に見たカルネ村の人間をモチーフに、デミウルゴスに調整して貰いました」
そう言ったヘロヘロの顔を、タブラはじっと見つめる。確かに美形ではあるが、どこか、こう、
「(なんか、顔が死んでる……)」
悲壮感というか、全体的に死にかけな表情だったのだ。
そういやこの人、伝説の超社畜戦士だったなぁと、タブラは心の中でしみじみ思う。
「あれ、なんか変ですか? デミウルゴスが、長い時間真剣に考えて調整してくれたんですけど」
少しだけ不安そうに、自分の顔を手でペタペタと包むヘロヘロに、タブラは手を横に振って誤魔化した。
「(どんなにしても表情が死ぬんだから、デミウルゴスは相当焦ったろうな……)」
御愁傷様、とデミウルゴスの顔を思い出しながら祈っていると、ヘロヘロが伸びをして言った。
「そういえば、そろそろ本格的に動くらしいですね」
「ほぅ。メンバーは誰々ですか?」
「今のところの立候補は、ウルベルトさん、たっちさん、餡ころさん、モモンガさんですね」
「結構居ますねぇ。守護者がまた喧しくなりそうだ」
「ははは。まぁ、気持ちは分からんでもないですが……。タブラさんはどうするんです?」
湯を両手ですくい、顔を洗う。じんわりと暖めてくれる湯に頬を弛ませて、タブラは言った。
「私は色々としたいことがありますからねぇ。しばらくはナザリックでお留守番です。ヘロヘロさんは?」
「僕はまだ休みたいです。申し訳ないとは思うんですけどね……」
「いや、休めるときには休んだほうが良いですよ」
特に貴方は、とタブラは口には出さず言った。
言ったことは本心だ。別に冒険がどうでも良いとは思わないが、かといってやりたいことを我慢するつもりもない。
「まぁ、オンオフを大事に、やるべきことをやりましょう」
「そうですねぇ」
「では、お先に」
「あ、乙です」
風呂から上がり、さっさと身支度を整えると、タブラは指輪を起動する。
目指すは、ニューロニスト・ペインキルが居る拷問部屋。
「さーて、質問には回数制限がある、それを踏まえた上での情報収集……か。俺の種族って記憶の吸出しも可能なのかね」
【ブレインイーター】である自身の種族を思い出しながら、お仕事お仕事、と呟いてタブラは転移していった。