「あ、ぁぁあ。どうしよぅ……」
先ほどまでの剣幕はどこに行ったか、エンリとネムは目の前でオロオロとするやまいこをただ見ていた。
兵士との戦闘を終え、一段落してふと我に帰ったやまいこは、重大なミスに気付いた。
「【無限の背負い袋】持ってきてない……ッ?!」
そう、助けに来たのに丸腰だったのだ。
そして、それが無い以上【ポーション】などで傷の手当ても出来ない。
これ以上ない間抜けな惨状に、やまいこはただオロオロと右往左往するしかなかった。
「お嬢ちゃん、お探しの物はこれかい?」
いっそナザリックに二人とも連れていこう、そうしよう。と【ゲート】を起動させようとすると、横から声を掛けられた。
声と共にやまいこに差し出されたのは、紛れもなく彼女の【無限の背負い袋】だった。
おぉ、と歓喜するやまいこだったが、差出人の顔を見て真っ青に染まった。
「ぶっ、ぶくぶく茶釜さん……」
「言いたいこと、分かるかな?」
にこにこと笑顔で対応したのは、【変化の腕輪】で変身したぶくぶく茶釜の姿だった。
突然現れたもう一人の女性に、エンリとネムは「誰だろう」程度の認識だったが、やまいこは違った。
「あ、あのぅ。……怒ってます?」
「あぁん?!」
「ひぃぃ?!」
ドスの効いた声と共に、ぶくぶく茶釜の態度が一変した。両手でやまいこの顔をガシリと掴むと、そのまま頬っぺたをムニムニと力強く捏ねまくる。
「あの時、私は、待ってって、言ったでしょ‼」
「で、でも、それじゃ間に合わな――」
「問答無用ぉ‼」
ある程度捏ねると、気がすんだのかぶくぶく茶釜は手を離した。
そのままエンリへと近付くと、一本の【ポーション】を差し出す。
「はい。これで充分治るから、使って」
「は、はい」
始めてみる赤い色のポーションに、エンリは一瞬飲むのを躊躇ったが、助けてくれた恩人(の仲間)から貰ったのだ、意を決して飲んだ。
「……うん、大丈夫そうだね」
傷が治ったのを確認すると、やまいこはエンリとネムに微笑んだ。
一通りお礼も言って、安心したのも束の間、エンリは失礼を承知で言った。
「あの、村の方にも他の兵士が居ると思うんです。助けてくれませんか?」
「良いよ、元からそのつもりだしね。良いでしょ、茶釜さん」
「そうだね。モモンガさんにも連絡入れてるし、多分こっちの様子見てると思うよ」
そう言ってぶくぶく茶釜は視線を空へと送る。エンリも同じように見上げたが、特に変わったものは無かった。
「さて、それじゃ村の方へと案内してくれる?」
ぶくぶく茶釜のその言葉に、エンリは頷いた。
◆
「……良かった。無事なようだな」
第9階層、執務室。そこには部屋の広さに比べて、かなりの人数が入っていた。
「モモンガ様、すぐにでも私ども守護者を送り込み、御二方に帰還して貰うべきでございます」
モモンガに対してそう言ったのはデミウルゴスだ。冷静なように見えるが、【遠隔視の鏡】に写る兵士へと、分かりやすい敵意を放っている。
デミウルゴスのその言葉に、同席している他の守護者も頷いた。二人を連れ戻し、代わりに自分を行かせろと、態度が語っている。
「先ほど、茶釜さんから連絡があった。村の方へと赴き、問題解決まで滞在するようだ」
「そのようなこと――」
「なら、お前にあの二人を止められるか?」
デミウルゴスが言う前に、椅子に座って腕組みをしているウルベルトが、そう言った。
何かを迷うような態度のデミウルゴスに、続けて言う。
「あの二人ならば大丈夫だ。茶釜さんは防御特化、やまいこさんは突破力も充分ある。それに、こうして観測もしている。事が動けば、お前達を送り込むとしよう」
それまで待て。とウルベルトは締めた。その言葉に守護者は納得できていないのも居るが、頭を下げ了解の意を取る。
「それにしても、あの兵士達の出所は何処なんですかね」
「この辺りの三大国のいずれかでしょうけど……。正直、この村を襲うメリットが無いですからね」
「ふむ。これからの出方次第ということですか」
「そうですね。……ペロロンチーノさん、タブラさん、たっちさん、ウルベルトさん。もしもの為に、戦闘準備しといて貰って良いですか?」
モモンガの言葉に、呼ばれた数人が頷いた。
呼ばれなかった者の一人、ブループラネットが手を上げた。
「私たちはどうすれば?」
「この村からナザリックは近いので、もしもの時のために各階層守護者と連携して、防衛レベルを最大限に上げておく段取りをしてもらえますか」
「分かりました。……ギミックはどうします?」
「それは相手の実力次第で決めましょう。先ほど程度なら、充分勝てる筈です」
分かりました。とブループラネット他、数名が声を上げた。
貧乏性が多い【アインズ・ウール・ゴウン】は、折角各階層にギミック組み込んだにも関わらず、わざわざ出向いて相手することが多い。
まぁ、資源がバカにならないという理由が主なのだが。
「……おや、村の外に怪しげな集団が」
【遠隔視の鏡】を覗いていたタブラが、一点に指差して言った。
モモンガが操作すると、鎧と法衣を合わせたかのような装備の集団が、村の様子を覗くように森に隠れていた。
「黒幕かな」
「うーん、兵士達の装備と全く違うけどなぁ」
「偽装の線もありますよ」
「あ、そっか。ならそうなのか?」
「俺が狙撃しましょうか?」
イタズラするノリで、ペロロンチーノがそう言った。
弓での攻撃を得意とする彼なら造作もないことだが、それは決断が早すぎる。
「待ちましょう。まだ不安要素が多いですから」
「了解でーす」
さて、次はどうでる?
仲間の安全を確実な物にするため、モモンガは【遠隔視の鏡】を操作した。
「ていうか、やまいこさんの人間の姿。ユリにそっくりですね」
「茶釜さんはルプスレギナかな?」
「……変化の見た目、ナザリックの者から選びましょうか」
「そうですね。少し弄れば充分使えると思います。皆美男美女だし」
「「「「「?!」」」」」
至高の方々に自分の容姿を使ってもらえる。
その情報に、ナザリックで仁義無き戦いが勃発するが、また別の話。