「…お腹いたい。」
敷島鎮守府。元連合艦隊旗艦の戦艦敷島が治める鎮守府だ。下手を打てば物理的に首が飛ぶ。そして、このタイミングでの査察はきっと歓迎されないだろう。いや、そもそも学生がテストを嫌うように提督も査察を嫌うものだ。死ぬかもしれない…。
「大丈夫でありますか?」
あぁ、大丈夫だとも。この仕事を選んでしまった過去の私に言いたい。その先は地獄だぞ。
「胃薬とか持ってる?」
基本的に嫌われる仕事だ。でも、好かれることもない訳じゃない。黄金色に輝くお菓子を送られた同僚を見たことがあるし、その同僚が三日後に辞職したことも知っている。あれは二月だったから。バレンタインの贈り物だったのだろう。12月に先輩が退職したときには小さな箱が本部に送られてきた。退職祝いかもしれないが、先輩が行方不明なので上司が先輩の実家まで届けにいった。後で聞いた噂によれば先輩は小さくなって帰ってきたらしい。
「あと、緊張してきちゃった。」
「エチケット袋は自分のものを使ってほしいのであります。」
この仕事が終わったら小さい頃憧れた花屋さんに転職しよう。パンジーやビオラ、グラジオラスに朝顔…。
「帰ってくるであります!」
「ゆ、揺らさないで…。」
あきつ丸さんが私のことを揺らす。せっかく夢を見てるのだから、そのままにしておいてほしい。
「頼むから、車の中で戻さないでくださいね!?」
運転手が悲痛な叫びをあげる。残念。私にこの吐き気は制御不能だ。
「本当に頼みますよ!?」
「戻ってくるネー!」
紅茶の香りと金剛の声で意識が戻ってきた。危ない危ない。少し意識が飛んでた。
「寝るんだったらゴートゥーベッド!」
「…昼から寝られるわけないでしょ。それに私なら大丈夫。だんだん、楽しくなってきちゃった。」
足りないところから貸し出しを強制するな。余計足りなくなるだろうが。…そもそも、この書類が多いんだよなぁ。でも、ちゃんと書かねば貸した分が戻ってこない。
「ほら、見て金剛。あれは、彗星かしら。…違うね。彗星ならもっとバァーッっと動くもの。」
「て、ていとくぅううう!?」
たぶん、この時間なら鳳翔達が航空機の試運転しているはず。ならば、ここに近づく車もそろそろ見えるのではないか?この忙しいときにくるんだ。多少の不便は勘弁してもらいたい。
「あとは、友鶴ちゃんだよなぁ。」
友鶴ちゃんは近海の警備を担当している。木を隠すなら森の中とはよくいったものだ。…変に突っかかってくる人じゃなきゃいいのだけど。