魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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03話

 

 

 

 1995年7月18日(火)

 

「あー……暑い」

 

 ジリジリと照りつける太陽の下、気だるそうな雰囲気を前回にしている少女が居た。

 金色の髪と白い肌、ツリ目がちだが透き通るような青い瞳をした、まるで人形のような可愛らしい少女である。

 

 ……とは言え、先程少女の口から零れた言葉は、とても『人形のように可愛らしい』とは言いがたい、ある意味年季の入ったような言い方だった。

 

 少女の名前はエヴァンジェリン・AK・マクダウェル。

 現在、3周めの中学生活(誤字にあらず)を送っている少女だ。

 

 現在の時刻は午前中。

 これから徐々に気温が在る訳だが、エヴァンジェリンは何故だか太陽の光をより強く受ける屋上で授業のボイコットをしていた。

 

 屋上から外、フェンスの向こうからは、敷設のプールで授業を受ける同年代(?)の生徒たちの声が聞こえる。

 

「プールなんて、ただ水を張っただけの水溜りだろうに。よくもまぁ、あんなにもはしゃげるものだな」

 

 ダラダラと汗を流しながら言うエヴァンジェリンは、言葉とは裏腹に羨ましそうな、物欲しそうな視線を向けて、眼下のプール授業を眺めている。

 

 しかし

 

「ん?」

 

 と、その視線を不意に横へとずらした。

 

「アレは……確か相坂?」

 

 不思議そうに見ているエヴァンジェリンの視界には、先日瑞樹を追い回していた幽霊少女、相坂さよが写っている。ふよふよと漂うように浮いている相坂は、高所から唯の一点を見つめているためか、エヴァンジェリンの視線には気が付いていないらしい。

 

(何をやってるんだ? あいつは)

 

 3回めの中学生活を送っているエヴァンジェリンは、一方的にではあるが相坂の事を知っていた。エヴァンジェリンは所謂『見える人』に分類される人物なのだが、『面倒が増える』と言う理由から今までは彼女に接触を持とうとはしていなかった。

 

 相坂の視線を追いかけるように、エヴァンジェリンもゆっくりと視線を向けていくと

 

「うん? なんだ彼奴等は?」

 

 その視線の先には二人の男子生徒が走っている。

 一人は小太り気味で、平均よりも少しばかり背が低い少年。

 もう一人は平均よりも背が高く、先程の少年と比べると頭一つは違う身長をした少年である。とはいえ、二人はそれぞれどういう訳か、学区内の遊歩道を体操服姿で走っていたのだ。

 

 他に同様の生徒が居ない事を考えると、罰か何かだろうか?

 相坂さよが罰を気になって見ている――とは思えないエヴァンジェリンは、ジィっと覗き見るようにしてその二人を眺めてみる。

 

 すると

 

「ムッ……あの小僧」

 

 エヴァンジェリンは男子生徒の片割れ……天宮 瑞樹を視て瞳を大きく見開いた。

 パッと見たところは、一見普通の男子生徒にしか見えない。

 

 しかし、『アレ』は明らかに可怪しいものであったのだ。

 

 その瞬間、瑞樹が視線を屋上へと向けてくる。

 エヴァンジェリンは、その動きに『ドキッ』とした。自分が見ていることに気がついたのか? と、そう考えたからだ。しかし

 

「あ、コッチを向いてくれました! 瑞樹さーん、こんにちはー!」

 

 はしゃいで手を振る相坂の反応と、そしてその後の瑞樹の表情の変化に、考え過ぎだという結論に達するのだった。

 

(しかし……)

 

 と、エヴァンジェリンは再び視線を瑞樹へと向ける。

 瑞樹と相坂の関係がどのようなものであるのか(ストーカーとその被害者に似ている)はエヴァンジェリンにも解らなかったが、しかし少なくとも瑞樹が『普通ではない』ことだけは確かなようである。

 

 エヴァンジェリンは「ふーん」と口に出して言うと、踵を返して屋上から出て行くのであった。当然のように未だに暑さを感じているだろうが、先程までのダレていたような状態とは打って変わって階段を数段飛ばしに降りていくエヴァンジェリン。

 

 顔には新しい玩具を見つけた――といった、子供のような笑みを浮かべていた。

 

 ※

 

「ちくしょう……なんだって、俺が、こんな目に……」

「ゼヒ、ハヒ……んなのは、俺だって………一緒だ!」

 

 息も絶え絶えな状態で、ヨタヨタと歩く二人の男子生徒。

 まぁ、ポンと瑞樹の二人な訳だが、フラフラとよたつく――もとい、走る二人は現在進行形で罰を受けているのであった。

 

「もとは、と言えば、おま、えが……授業中に余所見をしてるからぁ!」

「な! 勝手に絡んできたのは……! お前の、ほうだ!」

「心配してやったん、じゃ、ねぇか!」

「頼んで、無いっ!」

 

 互いに荒い呼吸をしながら文句を言い合っているが、要約すると

 

 (1)授業中だが、物陰から見つめてくる幽霊少女(相坂さよ)の視線が気になる

 (2)視ているところをポンが襲撃

 (3)相手をしている所へ教師が来襲、罰ゲームへ←今此処

 

 といった状態らしい。

 まぁ、お互いに自業自得と言えるのかもしれない。

 

 結局のところ、瑞樹が日曜日に教会へ相談に行ったことは余り効果が得られなかった。相変わらず幽霊は見えるし、次第に声もハッキリ聞こえるようになってしまった。時折、幽霊へと視線を向けてしまう瑞樹も悪いのだろうが、このままでは幽霊の方から瑞樹を諦めるというのは無いかもしれない。

 

 走りながらもじゃれ合う二人であるが、

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 と、オーソドックスなチャイムが響き、授業の終了を告げてくる。

 瑞樹とポンはその音を聞くと、

 

「だぁー……!」

「疲れたよー!」

 

 と言って、その場にへたり込むのであった。

 とは言え其処にいるだけで、夏の太陽は二人の体力をガリガリと削っていく。

 

 瑞樹は疲れた表情を浮かべたままに、クイッと空を見上げた。

 

 青すぎる空と、そして幾つかの入道雲。

 残念ながら雲が太陽を遮ってくれることは無いようだ。

 

「あ、そうだ」

 

 ふと、思い出したように瑞樹は後ろのポケットへと手を伸ばすと、其処から折り畳まれた一枚の紙を取り出した。ポンは瑞樹に「なんだよソレ?」と聞いてくるが、瑞樹は「うん?」と言ってくるだけで何も言わない。

 

 瑞樹の取り出したソレは、昨日教会で手渡された札である。

 

 渡された日の夜。瑞樹は言われたとおりにソレを胸元へと貼って床についたのだが、確かに眠くはならなくとも元気にはなったのだった。『特製の呪符だ』と言っていたマルクト神父の言葉も、あながち嘘ではなかったということなのだろう。

 

 瑞樹はそれを胸元に当てて深呼吸をすると、徐々に疲れが抜けていくのを感じた。もっとも、ソレとは別に額に何かが集まるような違和感を感じもしているのだが、瑞樹は今ある疲れを取ることを優先するのだった。

 

 目を閉じて、ユックリと深呼吸するようにしていると、瑞樹の身体から徐々に疲れが抜けていく。

 

(昨日の段階では、相談しに行って失敗だったかな? とか思ったけど、この妙な札は儲けものだったよな)

 

 瑞樹がそんな風に考えていると

 

「オイ、瑞樹」

 

 幾分、歯切れの悪い口調でポンが声をかけてくる。

 しかし目を瞑って呼吸を整えるようにしている瑞樹は、そのポンの声がよく聞こえていないようだ。

 

「…………」

「オイってば!」

「……なんだよポン? 大きい声出すなよな」

「何って……お前、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫って?」

「そのキラキラ光ってるのだよ!!」

 

 急に慌てて、そのうえ大きな声を出してくるポンの態度に、瑞樹は訳も分からず首を傾げていた。しかし、ポンに指を刺されるままに視線を自身の身体へと向けてみると、

 

「うわッ!? 何だこりゃ!!」

 

 と、本気で驚く。

 其処には胸元から全身に広がるように、幾条もの光の帯が伸びており、それらは瑞樹の身体を隈なく廻るように走って最後には額へと集まっている。

 ……目を瞑っていたとは、気付かないにも程がある。

 

「お前の、その手の所から出てるぞ、ソレ!」

「こ、コレか!?」

 

 バッ!と、言われて手を退ける瑞樹だが、しかし光の帯は一向に無くならない。それどころか、邪魔なものが無くなった――とばかりに、より光を強くさせる。

 

「うえぇ! なんか逆に強くなってないか!」

「ちょ! なんか拙いんじゃないのかよ、それ!」

「んなこと言っても!」

 

 慌てふためく瑞樹とポン。しかし、どうすれば良いのかなんて二人には解りようもなかった。そんな二人の様を、

 

「なにをやってるんだ、彼奴等は?」

 

 若干呆れたようにして、エヴァンジェリンは眺めていた。

 正直な話、二人がへたり込んでいる辺りから、既にエヴァンジェリンは木の影から覗いていたのだ。

 瑞樹が懐から何らかの札を取り出したときは、『関係者か?』等と思いもしたが、今の慌てようから考えてソレはないだろう。

 

(大方、あの札は偶然手にしたものなのだろうが……私の感じた感覚は、あの札ではないな)

 

 エヴァンジェリンは影から瑞樹の様子を冷静に判断していた。

 瑞樹の胸元で光を放っている札は、見たところ害を与えるものではない。周囲に満ちる魔力や氣を取り込み、使用者へと還元させて体調を癒す類のものだろう。

 それでも、あれ程までに使用者へ還元しているのは異常としか言えないのであるが。

 

 因みに、エヴァンジェリンがいる場所とは別の物陰には、ワタワタと慌てふためく相坂さよが居る。

 

 口元に手をやって一頻り思考を巡らせたエヴァンジェリンは、尚も慌てている瑞樹達に「チッ」と舌打ちをした。

 

 現在の時刻はそれ程に人が多い訳ではないだろうが、あまり大声で騒いでいてはこの光景に人が群がるかもしれない。

 

 そう考えると、エヴァンジェリンはツカツカと歩いて行って、瑞樹やポンの前に仁王立ちするようにしたのであった。

 

「オイ、貴様等」

「あわわわわ!」

「ど、どどど、どーすんだよ!」

 

 胸を張って上から目線(物理的には下から目線)で声を掛けたエヴァンジェリンだが、声を掛けられた二人はその事にすら気づいていない。

 尚も「ギャーギャー」と喚き散らす二人に対し、エヴァンジェリンは不愉快そうに表情を曇らせた。しかし

 

「むっ?」

 

 エヴァンジェリンはその時見た。

 瑞樹の額に集まる光の奥、その場所が僅かに裂けてきているということを。

 

(なんだ? 何が始まろうとしてる?)

 

 エヴァンジェリンが気付いた変化は其れだけではない。

 瑞樹自身の表情、目の輝きが薄れていく。

 

 エヴァンジェリンはその変化に興味を覚え、口元を歪ませたのだがしかし

 

「オイ、なんかどこかで騒いでないか?」

 

 少しづつであるが、瑞樹とポンの声で人が集まりだしたらしい。

 エヴァンジェリンは再度「チッ」と舌打ちをすると、懐から試験管を取り出した。そして

 

「大気よ水よ 白霧となれ 彼の者等に一時の安息を 眠りの森」

 

 何かしらの意味ある言葉を口ずさむと、エヴァンジェリンはその試験管を二人の足元に投げつけた。

 

 瞬間――ボムッ!

 

 音を立てて白い霧が二人を覆う。

 瑞樹とポンは突如派生した霧に更にパニックを起こすのだが、

 

「なん――なん……」

「はれ? 意識が――」

 

 身体からは力が抜けていき、目も虚ろになってその場に倒れこんでしまう。

 エヴァンジェリンは隙かさずもう一本、溶液の入った試験管を取り出し、

 

「やれやれ、面倒だな」

 

 そう言うと、倒れこんだ瑞樹に近づいて液体を地面に向かって垂らしていく。

 

「まぁ、コイツだけで良いだろ。――開門(ゲート)」

 

 エヴァンジェリンはポンを見てからそう言うと、しゃがみ込んで瑞樹の身体に手を置いた。次の瞬間

 

 ゾブ――

 

 瑞樹とエヴァンジェリン、二人の影がその濃さをますと、二人はユックリとその影に飲み込まれて地面へと沈んでいく。エヴァンジェリンはその瞬間、チラッと物陰に居る相坂を見たが、思わず

 

「フフ……」

 

 っと、挑発的な笑みを浮かべていた。

 

 徐々に白い霧が晴れていき、地面の上に横たわるようにして寝ているポン。

 少しづつ人が集まりだした現場だが、その場所には瑞樹とエヴァンジェリンの姿は無くなっている。

 

「み、瑞樹さんが誘拐されたーっ!」

 

 幽霊少女、相坂さよ。

 目の前で気になる相手を拉致された彼女は、自分以外に聞くことの出来ない声で叫ぶのであった。

 

 影を伝って、ある程度の距離を移動することができる魔法。

 どうやらエヴァンジェリンはそれを使って、先ほどの現場から移動をしたらしい。

 現在の二人は何処に移動をしたのか? と言うと、

 

「ふー……流石に満月が近いとはいえ、昼間に連続での魔法使用は堪えるな」

 

 ズズズズ――

 

 っと影から現れてきた、エヴァンジェリンと瑞樹。

 周囲を森に囲まれた、一件のログハウス前である。

 騒ぎの有った遊歩道から距離はとったが、だからと言って問題が無くなった訳ではない。何故なら、現在持って瑞樹の身体は光の帯に包まれているからだ。

 

「精集気(チンチイチィ)の呪符か。……誰がこんな物を」

 

 ビッ

 

 エヴァンジェリンは無造作に手を伸ばすと、一息にその札を引き剥がした。

 瑞樹を包み込んでいた光は、それだけでアッサリと消えてしまう。

 

 剥がした札を丸めて捨てようとしたエヴァンジェリンだが、しかしその手をピタっと止めて、「ふむ」と唸るとそそくさと懐に仕舞いこむ。

 

「さて、コイツをどうするかな?」

 

 地面に横たわる――いや、寝息を立てている瑞樹にエヴァンジェリンは視線を向けた。起きている時の慌てようとは違って、スヤスヤと穏やかにしている。

 

 チラッとエヴァンジェリンは自宅のログハウスへと視線を向けるが、寝ている瑞樹を引っ張って(誤字ではない)家に入るには、少しばかり距離がありすぎる。

 

「仕方が無い。起こすか」

 

 ギュゥッと手に力を込めて握り拳を造るエヴァンジェリン。

 何をしようというのだろうか? なんて、問う必要もないだろう。

 

 固めた拳を大きく振りかぶったエヴァンジェリンは、その破壊兵器を投下しようと狙いを定め――そこで発射を止めた。

 

 現在、エヴァンジェリンの視線は瑞樹の額に集中している。

 拳を振り上げた瞬間、瑞樹の額が裂けて、そこからエヴァンジェリンを『睨んできている』のである。

 

 エヴァンジェリンはしばし、瑞樹の『額』と睨み合いをしていたが、やがてスッと腕を下ろすと息を吐いた。すると瑞樹の額に出来ていた裂け目はスゥっと閉じていった。

 

「面倒だな……」

 

 溜息を吐きつつ一言そう言うと、エヴァンジェリンは一人でログハウスの中に入っていくのであった。

 

 エヴァンジェリンが家に入ってから1~2分

 

 パシャ!

 

「わぷ!」

 

 瑞樹は顔面に感じる冷たい感覚で目を覚ました。

 思わずガバっと跳ね起きると、目の前には水の滴るコップを持った少女、エヴァンジェリンが居る。

 

「え、えーっと、え? なにこの状況?」

 

 いまいち状況の把握が上手く出来ない瑞樹。

 眼をパチクリとさせているが、

 

「あ! あの光は!?」

 

 眠る前の状況を思い出して声をあげる。

 そして自身の体を隈なく調べるように見てみるが、札を剥がした今では光の帯も消えてしまっていた。

 

「……なんとも、無い?」

 

 誰にという訳ではないが、問いかけるようにして言った瑞樹。そして「はー……」と大きく息を吐くと、ようやっと目の前に居るエヴァンジェリンを気にする余裕が出来たのか、正面か見つめて声をかけた。

 

「あの、君は?」

「ふん、随分と悠長なことだな?」

「えっ? あ、いやぁ、ゴメン」

 

 鼻を鳴らすようにして言ってくるエヴァンジェリンに、瑞樹は意味も解らず謝罪をする。

 エヴァンジェリンは「ふん」と鼻を鳴らし、瑞樹の顔を覗き込むようにした。

 瑞樹と同年代と比べても幼いように見えるエヴァンジェリンだったが、人形のように整った目鼻立ちに瑞樹はドキッとしてしまった。

 

「記憶はしっかりしているか?」

「た、多分」

「そうか、お前に聞きたいことがあるんだが……まぁこんな場所で立ち話もなんだ、家に上がれ。そこで話を聞くことにしよう」

「話を聞く? ……いったい、何を」

「早くしろ。私はグズグズと優柔不断な奴が大嫌いなんだ」

 

 ポカンとしている瑞樹を他所に、エヴァンジェリンは言いたいことだけ言うとさっさとログハウスの中へと入っていってしまった。

 ぞ面に座るようにしていた瑞樹はその後姿を眺めながら

 

「訳がさっぱり分からねぇえよ」

 

 と、文句のような言葉を漏らすも、素直に後を追いかけるのであった。

 

 そんな二人を、少し離れた場所から見ているモノが居る。

 森の木の枝にぶら下がっている、『黒い蝙蝠』だ。

 その蝙蝠は奇妙な赤い瞳を見開きながら、エヴァンジェリンと瑞樹の行方をジッと見つめていた。

 

 瑞樹がログハウスの中へと入ると、そこは想像していたモノとは随分と違う光景が広がっていた。壁に飾られた異国のアンティーク。棚の上や椅子などに置かれた数多くの人形。壁に寄り添うように配置された、古めかしい柱時計。どこか漫画や小説などに出てくる魔法使いの住む家――と取れるような様相だ。

 

 もっとも雰囲気に合わないということはなく、むしろ見事にマッチしているとも言える内装だが、しかし表側から見た時の想像はもっとアウトドア的なものであったのだ。

 

 そのため、このような内装は瑞樹に予想に反する物なのだが

 

(……いや、森の中の魔女の家と考えれば、むしろ自然なのかもしれないな)

 

 何故かアッサリと納得もしてしまうのであった。

 瑞樹が玄関から入ってきたのを確認すると、エヴァンジェリンは居間にあるソファーに座るように促してきた。

 瑞樹はソレに従い、素直に向き合うようにして座る。

 

 互いにジッと見つめ合う状況で、何故自分が呼ばれたのか把握しきれない瑞樹が居心地の悪さを感じだした頃、エヴァンジェリンはゆっくりと質問をするのであった。

 

「さて、早速話を聞くとするか。……お前は、人間か?」

「は?」

「一応言っておくが、余計な言い回しや誤魔化しはするなよ」

 

 真面目そうな表情のままに、そう質問をしてきたエヴァンジェリン。

 雰囲気から感じるに冗談――では無いのかもしれない。

 とは言え、その質問の内容はとてもではないが『真面目に聞いている』とは言い難い内容であった。

 

 当然瑞樹だって、

 

(何を言ってるんだ、この娘は?)

 

 と、声には出さずともそう考えている。

 とは言え、そうストレートに言うにはエヴァンジェリンの態度は些か……怖い。

 

「生物学上は人間だと思うけど」

 

 なるべく相手を刺激しないように、当たり前のことを瑞樹は答えた。

 一瞬眉間に皺を寄せるエヴァンジェリンだが、瑞樹をジィっと観察するように視線を向けたままである。

 

「……ここ最近、妙なことが起きたりとかはないか?」

「もしかして、お前ってそんな姿形をしてても霊能者とかだったりするのか!?」

「霊能者?」

 

 質問内容を変えてきたエヴァンジェリンに、瑞樹はガバっと食いつくようにして身を乗り出した。

 

「あぁ、もしかして。お前を追い回してる幽霊のことか?」

「そう、そうなんだ! 最近の俺の悩みで、この前も――」

「悪いが、私は相談員でもないし霊能者でもない」

「え? ……俺に憑いて回ってる幽霊をどうにかしてくれるとかじゃないの?」

「なぜ私が、そんな面倒なことをしなくてはならないんだ?」

 

 馬鹿なことを言うな――と、縋るような瑞樹を軽くあしらうエヴァンジェリン。どうやら瑞樹は、エヴァンジェリンのことを通りすがりの霊能力者か何かかと思ったらしい。

 

「あの幽霊は基本的に無害だ。そう気にするな」

「無害……」

 

 言われてみれば確かに無害では有るのかもしれない――と、瑞樹も思う。

 実際、幽霊(相坂さよ)の方から何かをしてきたと言う事はなく、彼女の方はただ瑞樹を見ているだけなのだ。それを、勝手に怖がっているのは瑞樹の方である。

 

 とはいえ、どうやって対処すれば良いのかが判らない瑞樹にすれば、やはり怖いと思ってしまうのは仕方が無いのだろうが。

 

「幽霊が見える見えないとかはどうでも良い。もっとも他にだ、ナニか無いのか?」

「幽霊が見える以上のこと?」

 

 瑞樹は顔を顰めている。

 普通に生活をしていて、幽霊を見る以上のことなど早々有りはしないだろうと思ったからだ。「うーん」と唸るようにして、腕を組みながら瑞樹は何か無いかと想い出す。

 

「あ! さっきの光の帯――」

「それはもう解決しただろうが! お前、巫山戯てるのか?」

「いや、巫山戯てなんか……ってか、解決したのか? アレ」

 

 怒鳴られてシュンとする瑞樹。確かに今はなんともないので解決したといえるのだろうが、ならばその原因となった札は何処に行ったのだろうか? と首を傾げた。

 まぁ、その札自体はエヴァンジェリンが持っているのだが、それを瑞樹に教えるつもりはないようである。

 

「それ以外ってなると」

「…………」

「もう後は、先々週の土曜日に運がいいことがあったくらいで」

「運がいい? なんだそれは?」

 

 続きを促すように言うエヴァンジェリンだが、しかしその言い方は幾分イライラが目立つ口調である。瑞樹は若干理不尽さを感じはするものの、その時のことを思い出すようにして口を開いた。

 

「いや、俺は図書館島探検部に所属してるんだけど、あの日の放課後に大きな地震があっただろ? 地震のあとに上からデカイ本棚が降ってきてさ、潰されるって思った瞬間――ボンッ! って、吹き飛んだ」

「吹き飛んだ? お前がか?」

「いや、今の話の内容からしたら、普通俺じゃなくてその本棚がって考えないか?」

「本棚が吹き飛んだのか?」

「あぁ、木っ端微塵になったぞ」

 

 手の平を開くようにして、瑞樹は『ボンッ!』といった表現をしている。

 しかしエヴァンジェリンはワナワナと肩を震わせて、口元はヒクヒクと引き攣っていた。

 

「普通に変わったことが起きてるじゃないか! なんでそれを先に言わない!」

「だって、それはただの運が良いって出来事なだけで、幽霊に比べれば――」

「目の前で本棚が吹き飛ぶとか、どんな運の良さだそれは?」

「……成程。言われてみれば」

 

 言われてみれば、確かに……と、瑞樹は口元に手をやって頷いた。

 まぁもっとも、これは瑞樹が抜けているとか言うわけではなく、この麻帆良学園都市内を覆っている『結界』が原因なのだが……まぁ、その話は後ほど。

 

 瑞樹に向かって一吠えしたエヴァンジェリンは、偉そうに腕組をすると何やら思考に没頭し始めた。そして何度か悩むような素振りを見せると、チラッと瑞樹の事を見てみる。

 

「しかしうそうなると、少し実験をしてみたくも成るな――」

 

 実験? と、なにやら物騒な言葉が出てきたように思える瑞樹。

 内心では

 

(きっと理科の実験とかじゃないんだろうなぁ)

 

 なんて思いつつ、

 

(出来れば自分とは関係ありませんように)

 

 とも思っていた。

 しかし、今現在の状況かにおいて、瑞樹と関係がないなんてことは有り得ないのであった。

 

 エヴァンジェリンは「クス」っと笑みを浮かべると、これまた偉そうに胸を張った。

 

「オイ、貴様の名前はなんという?」

「名前? ……体操服に書いてあるだろ? 天宮 瑞樹だよ」

 

 言って、瑞樹は自身の胸元を指さした。

 エヴァンジェリンは目で胸元に書いてある名前を追うと、「ふむ」と頷いてみせる。

 

「そうか。では瑞樹、別の場所に移動するぞ。私に付いて来い」

「今度はなんだよ?」

「いいから黙って着いて来い」

 

 目を覚ましてからズット、瑞樹は目の前の少女(エヴァンジェリン)に振り回されている。きっと文句を口にしたとしても聞かないのだろうな――と、瑞樹は漠然と感じて、渋々とソファーから立ち上がった。

 

 満足そうに居間から移動を開始するエヴァンジェリン。

 しかし、扉の前で立ち止まるとクルッと体ごと視線を向けて

 

「あぁ、そうそう忘れるところだった。私の名前はエヴァンジェリン・AK・マクダウェルと言う。特別に名前で呼ぶことを許してやろう」

 

 瑞樹にそう言ってきた。

 この時、瑞樹はようやく目の前の少女(エヴァンジェリン)の名前すら知らなかったのだ――ということに気がついたのだった。

 

 

 

 


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