魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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02話

 

 

 

 1995年7月16日(日)

 

(可怪しい……)

 

 街中を歩きながら、瑞樹は眉間に皺を寄せてそう考えていた。

 この日は日曜日ということもあって学校は休み、そのためか街中には数多くの人でごった返していた。瑞樹が感じている違和感、可怪しいという思い、それは視線である。

 

 何処か遠いような、けれども非常に近い場所なような、そんな曖昧な場所から視線を感じているのだ。勿論、友人であるポンにはその事を言ったのだが――

 

「誰かに見られてるって? お前、幾らなんでも自意識過剰じゃないの?」

 

 なんて、言われる始末。

 それで瑞樹は少しだけ落ち込んだりもしたのだが、まぁそれはどうでも良いだろう。

 

 しかしである。

 

 ポンは瑞樹の言葉を否定したが、実際視線を感じるのは本当のようである。

 

 学校に居ても、休み時間や授業中とか関係なく視線を感じ、放課後に部活をしていても感じ、下校中にも視線を感じ、極めつけは部屋にいる間にも視線を感じた。

 

 一体何なのだろうか?

 

 と悩みはするが、考えてソレが解決するようには思えない。

 そのうえ困ったことに、その視線はドンドンと強烈な存在感を伴うようになり、数日後には奇妙な声が、更に先日には薄っすらとした女性のような姿まで見てしまったのだ。

 

 瑞樹はビックリして絶叫してしまったが、暫くしてから

 

「霊能力に目覚めたとか? ……やべぇ」

 

 なんて、乾いた笑みを浮かべながら言っていた。

 

 幽霊?のようなものを見たのが昨夜だったが、瑞樹はそれから一睡もできずに朝を迎えた。まぁ、怖かったのだ。

 

 人間、よく解らないモノにはどうしても恐怖を覚えてしまうらしい。

 

 そのため瑞樹は部屋の隅っこで耳栓をしながら蹲っていたのだが、朝になり皆が活動を始めるだろう時間になると一目散に街へと繰り出していった。

 

 一人で部屋の中に居るよりも、人の多い場所の方が気が紛れるのでは? と思ったからだ。まぁその考えも

 

「うぅ……まだ視線を感じる」

 

 余り効果はなかったらしい。

 瑞樹はチラッと視線の感じる方向へと眼を向けると、

 

「あぁ、今日は昨日よりもハッキリと見える」

 

 フワフワと宙を浮くようにしているセーラー服の少女が、瑞樹の視界に入った。

 瑞樹が見たことに気がついたのだろう、その少女は慌てたように物陰の方へと引っ込んでいく。

 

「足、無いし」

 

 典型的な描写なのだろうが、物陰からチラチラと様子を伺ってくるその少女には脚が存在しなかった。こう……先細りしているような、そんなデザインだったのである。

 

 瑞樹は思わず、頭を抱え込んで大声を出したくなったのだが、しかしそれで騒ぎになってしまっては嫌だと自粛をする。

 そして大きく息を吸って吐くと、もう一度チラッと物陰から除く幽霊へと視線を向け

 

「鬱だ……」

 

 と呟いてから、フラフラとした足取りで歩き出すのであった。

 

 さて、瑞樹に憑き纏っている少女。

 彼女の名前は『相坂さよ』という。

 数十年前に麻帆良学園中等部に通っていたらしいのだが、その頃に事故で命を落としてしまったらしい。以来、ズット一人で幽霊生活をしてきたらしいのだが、ひょんな事から瑞樹に興味をもったようである。

 

 まぁ

 

(やっぱり、私の事が見えてるんだ)

 

 瑞樹が彼女の存在に、何となくでも気付いたことが理由なのだが。

 しかし彼女からしてみれば、瑞樹は数十年ぶりに自分の存在を知ってくれるかもしれない貴重な存在なのだ。今までそんな人は一人も居なかったさよからすれば、いま此処で瑞樹から離れるといった選択肢は選択でき様筈もない。

 

 ……寂しくて。

 

(確か、お友達の方には『瑞樹』と呼ばれてましたよね。今も私の事を見つめてくれて。もっと勇気を出して、ちゃんと声を掛けてみようかな)

 

 ブツブツと呟きながら、さよは再び移動を開始する。

 その理由は勿論、先を行く瑞樹をストー……追跡することであった。

 

 コンビニで買ったオニギリを食べても、街中を闇雲の歩いてみても、公園で大人しくしていても、結局のところ瑞樹を憑けまわすさよの行動。

 

 こうしている間もハッキリと見えるようになっていく彼女に対し、瑞樹の精神はガリガリと削られていくのだった。

 

 

 2

 

 

「迷える子羊よ。今日はこの神の宮に、どのような用件で参ったのか?」

 

 所変わって、場所は麻帆良内に存在する教会。

 その懺悔室である。

 本来は罪を犯したものが神に懺悔をして許しを請う場所なのだが、今日という日に来た子羊――天宮瑞樹は救いを求めてやってきたのだ。

 

 当然だが、その内容とは『見えるようになってしまった幽霊』に付いてである。

 

 暗い個室の中で、壁一枚を隔てて瑞樹は協会の関係者、恐らくは神父に悩みを打ち明けていた。

 

「すいません。凄く突拍子もない話しなんですが……その、幽霊とかって信じます?」

 

 そんな切り出し方をした瑞樹は、1週間前から本日のことに関することを、壁向こうの人物に伝え始めた。

 最初に妙な靄のようなモノが見えたこと。そしてその後に、それが自分に付き纏うようになったこと。声が聞こえ、遂には人の姿になって見えてしまっているということ。

 

 壁向こうの人物は、最初は優しい口調で続きを促していき、それらの話をすべて聞き終えた。

 

 で、一つの結論を叩きだす。

 

(疲れてるんだろうなぁ……)

 

 である。

 当事者からすれば本気で悩んでいることなのだが、しかしソレを聞いて直ぐに「除霊をしましょう!」なんて答えは出てこないだろう。

 出てきたとすれば、それは本物の霊能力者か、インチキのどちらかだ。

 ……確率的には後者のほうが多いか。

 

 兎も角だ、瑞樹の話を聞いた人物は、自身の職業柄『魂』と言うモノは信じている。しかし、だからと言って急に幽霊が見えるようになった――と言われてもピンとは来ないのだ。さらに

 

(大変そうなのは伝わってくるんだけど、幽霊……私見たこと無いんですよね)

 

 といった理由で、中々に賛同しかねるのであった。

 

「俺は、どうしたら良いんですかね?」

「――え! あ、そうですね、少々お待ちを」

 

 瑞樹の話を、『どうしたものかなぁ?』なんて気持ちで聞いていたのだが、急に話を振られたことで驚き慌ててしまう。

 

 いっその事、心療内科にでも送ってしまうか?

 

 といった考えも浮かんだのだが、しかしそれは幾らなんでもアンマリだろう。

 

 瑞樹には見えないだろうが、口元に手をやると「うーん……」なんて、唸りながら考えてみせるのであった。

 

「――コホン。いいですか? 本来、死した魂というのは須らく主の元に帰るモノです。ですが、時折その理から外れて現世に居残ってしまう魂が居ます。恐らく、アナタが見た者は、そういった理から外れてしまった方なのでしょうね」

「……つまり?」

「うむ、地縛霊、かな?」

「でも、全然地縛されてませんよ?」

「そうなんですよね~。ハハ、どうしてなんでしょうか?」

「いや! 知らないよ!」

「アハハハ~」

 

 瑞樹は思わずツッコミを入れるが、帰ってきたのはカラカラといった笑いであった。

 相談する相手を間違えた……なんて思う瑞樹は、眉間に皺を寄せてムッした表情を浮かべていた。

 

「ですが、アナタがお疲れだということは理解出来ました。そんな貴方には――」

「なんです?」

「――はい、これをどうぞ」

 

 スッと、懺悔室を隔てる壁に創られた、小さな窓から一枚の紙切れが差し出された。

 その長方形の紙片には、瑞樹には読むことは出来ないが何かしらの文字がビッシリと書き綴られている。

 

「なんです、コレ?」

「特製の呪符――いえ、お守りみたいな物です。コレを胸元に貼って寝ると、次の日にはスッゴク疲れが取れますよ」

「……」

 

 陽気な声で言ってくる声に、瑞樹は

 

(そもそも、俺は疲れが溜まってるなんて相談はしてないだけどな)

 

 と、思っていたのだが

 

「えっと、有難うございます」

 

 その札を取り敢えず受け取って懐にしまう。

 

「えーっとですね。もしそういった霊が見えるというのなら、それは貴方に何かを伝えようとしている場合が殆どです。怯えず、怖がらずに話を聞いてあげて下さい」

「話を……聞いて?」

「はい」

 

 そう言われれば、と、確かに声を聞いたときはあった。

 それに今日の事を思い返してみれば、あの幽霊は何かを伝えたいが、恥ずかしがって言えないような、そんな雰囲気であったように思える。

 

 もしかしたら、自分が買っての怖がりすぎているだけなのかも――

 

「まぁ幽霊の話に耳を傾けて、結果として呪われた――なんてのがセオリーなんですけどね!」

「駄目じゃないか!」

「アハハハ、まぁ取り敢えず気にしない事から始めたほうが良いんじゃないですかね?」

 

 確りとオチを作ってくれた相手に、生きのいいツッコミする瑞樹。

 そのうえ相談したは良いが、結局のところなんの解決にも成りはしなかった。

 

 相手にも聞こえるように、盛大に大きな溜息を吐いた瑞樹だったが、相手はそんな事くらい参るような柔な性格ではなかったようである。

 

 取り敢えず渡された札を持って教会を出る瑞樹だったが、しかしチラッと視線を向ければ

 

「やっぱり見えたままだし」

 

 其処には物陰から様子を窺うようにしている幽霊少女、相坂さよが居るのだった。

 

 教会に居る間にそれなりに時間も経ったようで、太陽は既に真上から西の方角へとずれて来ている。季節を考えれば今が一番熱い時間に成るのだろうが、瑞樹の心は寒々としていた。

 

「もぅなんか、兎に角、もぅなんかなぁ!」

 

 訳の解らない台詞を口にして、空に向かって吠える瑞樹。

 そんな瑞樹を教会の窓から見ているのは、懺悔室で瑞樹の悩みを聞いていた人物――マルクト神父。

 

 黒一色のスターン(神父服)を着ていて、脱色されたような色素の薄い灰白色の長い髪をした色白の美男子である。目元には丸い眼鏡を掛けており、サイズが遭わないのかそれをクイッと時折治している。

 

 マルクトは遠ざかっていく瑞樹の背中を見つめながら、口元に手をやって

 

「ふむ。もしかして本当に幽霊が見えてるのか? さて、どうしたものかと思っていたが……少し調べてみた方が良いかもしれないな」

 

 と、そう口にする。

 そして手にしていた本をパラパラと捲ると、図形の描かれている頁を開いた。

 マルクトがその本を片手に掌を翳すと、全身からバチバチと放電現象が起き始める。

 

「聞け、闇夜に舞う黒き羽、我が声を標に来たりて従わん」

 

 力ある言葉を紡いでいくと、本の頁に描かれていた図形に光が灯り始める。

 そのまま図形全体を覆うよう光ったのを確認すると、マルクトはその頁をビリっと破って地面へと放った。

 

「来たれ 翼鬼(イーカイ)!」

 

 マルクトが強く名前を呼ぶと、その瞬間に掌から雷が紙片に向かって放たれた。

 バリバリと音出して放たれるソレは、いわゆる魔力と呼ばれるものである。

 

 紙片はその力を受けて徐々にその姿小さな蝙蝠へと変えていった。

 

「翼鬼よ、私の記憶の一部がお前にも在るはずだ。今直ぐに先程の少年を追跡し、そしてその身辺を洗え」

「ギィッ!」

 

 マルクトの言葉に短い返事を返した蝙蝠――翼鬼は、そのまま吸う回ほど羽ばたくと教会の窓から飛び立っていった。そして直ぐに何らかの力を表したのか保護色のように周囲の景色とどうかして見えなくなる。

 

「……やれやれ、何か解ると良いんだが」

 

 マルクトは額を人差し指で掻くようにすると、自身の喚んだ翼鬼が飛んでいった空を眺めるのであった。

 

 コンコン

 

 と、マルクトが空を眺めていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 マルクトはそちらへ顔を向けると、

 

「どうぞ」

 

 と言って入室を促した。

 

「失礼します」

 

 そう言って入ってきたのは一人の女性である。

 褐色の肌と、そして金色の髪の毛が特徴的なシスターシャークティだ。

 

「どうしましたシスター?」

 

 マルクトは入ってきたシャークティに柔和は笑みを浮かべると理由を問いただす。一方、シャークティの方はというと、少しばかり言い難そうに表情を歪めていて、何とも対照的な二人であった。

 

「どうした? と言いますか。マルクトさん、先程、魔力を使いましたね?」

「ん? えぇ、確かに使いましたよ?」

 

 聞きにくそうにしながら問うシャークティに対し、やはりマルクトの方は自然体である。まるで『それがどうしました?』と言わんばかりだ。

 

「マルクトさん、私達魔法使いは――」

「一般人に魔法を知られてはならない……でしょ?」

「そうです。みだりやたらに魔法を使うのは控えるべきでは?」

「勿論、解っていますよ。ですがねシスター。『魔法を秘匿する』というのは、なにも使ってはいけないと言うことではない。私はね、魔法の力で救えるものが在るのなら、それは躊躇せずに使うべきだと思いますよ」

 

 手を広げ、シャークティを諭すような口調でマルクトは言う。

 正直、シャークティはこのマルクト神父が苦手だ。

 いいことを言っている、正しいことを口にしている様に見えるのだが、どうにも生理的に受け付けない。

 ならば関わらなければ良いのかもしれないが、しかし同じ職場、そして同僚でもある。放っておく訳にも行かないのだ。

 

「今の召喚魔法。それで誰かが救えるのですか?」

 

 シャークティは眉間に皺を寄せて、胡散臭そうなものを視るようにマルクトを見ている。マルクトはシャークティの言葉に「ほぉ」と、驚いたように言葉を漏らした。

 

「素晴らしいシスター。先程、私が使った魔法が召喚術だと良く解りましたね? 魔力の波動や質だけで、使用された魔法を識るのは難しいのですが……正直大したものです」

「マルクトさん?」

「フフフ、そう怖い顔をしないで下さいよシスター。私、こう見えても臆病者なんですから」

 

 ジロッと睨むシャークティ。

 マルクトは笑みを浮かべながらも、その表情には冷や汗を浮かべていた。

 

「先程ね、懺悔室に悩み相談をしにきた少年が居ましてね。まぁ、それを解決するための方法を探すために召喚をしただけですよ」

「本当でしょうね?」

「信用薄いなぁ……傷つきますよ? いくら私でも」

 

 目を細めてショックを受けた――なんて顔でマルクトは言う。

 シャークティはそんなマルクトの表情を読み取ろうとジッと見つめているが、しかしマルクトが嘘を言っているようには見えなかった。

 

「解りました。でも、やるからには確りとケアをしてあげて下さい」

「解っていますよ。……本当に信用ないんだからなぁ」

 

 念押しをするシャークティの言葉に、マルクトはボヤくように言うのだった。

 

 

 

 

 


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