魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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變成の章
Prologue


 

 1995年7月7日(金)

 其の日は、夜になっても暑さの抜けない日だった。

 季節は7月になり、これからもまだまだ暑い日が続くのだろう――と、そう思わせるのに十分な熱帯夜である。

 

 日本独特のジメッとした空気が肌に纏わり付き、少し動くだけでもジワリと汗が滲んでくる。何かしらの店にでも入れば幾分増しになるのかもしれないが、しかし彼の仕事柄、今現在それをする訳にも行かないのであった。

 

 彼の名前は高畑・T・タカミチ。

 

 麻帆良と呼ばれる埼玉県に在る学園都市で、同都市内の麻帆良大学に通っている人物である。眼鏡をかけ、穏やかそうな表情を浮かべている彼だが、その容姿は同年代の者と比べると幾分老けているようにも見える。

 

 また、特徴としては其の服装だろう。

 

 彼の服装は、一言で言えばリクルートスーツ。

 夜とはいえ夏だというのに、彼はピシっとしたスーツとワイシャツにネクタイを身に着けているのだ。

 

 場所は麻帆良学園都市内に存在する森の中。

 夏の夜、人気のない場所でスーツ姿の、ちょっと老けた顔をしている大学生。

 

 ……こうして考えると、少しばかり異様な組み合わせに感じるが、しかしそれも目の前に居る連中からすれば何ら不自然な部分は感じないだろう。

 

 タカミチの目の前に居る者達は、その存在からして異様である。

 

 人のような姿形をしながら、人とは違う容貌をしたナニカ。

 口元は鳥のような嘴が付いていたり、頭部には奇妙な捻くれたツノが生えていたりする。彼等を一言で言えば、ズバリ妖怪変化という者達である。

 日本に、そして世界中に広がる民話や神話。そういった物語に現れる、人とは違う種族の者達。それらが、今現在タカミチと相対するようにしている者達であった。

 

 油断なく、気を緩める事無く相手を睨みつける様にしているタカミチ。

 そして、そんなタカミチの気迫に押されるような状態で居並ぶ妖魔たち。

 

 本来ならば人という種族を遥かに超えた能力を有するであろう彼等妖魔たちは、今現在、目の前に居るただ一人の人間に攻めあぐねているような状態に成っているのであった。

 

「あー、ちょっとええかな?」

 

 不意に、場に走る緊張感を逸らすような声が響く。声を出したのはタカミチと対峙する状態に成っている妖魔、嘴がついた顔をしている烏天狗という妖怪である。

 

 幾分気の抜けたような声色で問いかけてくる烏天狗であるが、しかしタカミチは油断することはなくジッと相手の出方を伺った。

 

「……話しかけもてええと判断するで? その、なんや。お前さん、えらい強いなぁ」

 

 恐らくは、タカミチの油断を誘うための会話なのだろう。

 烏天狗の口調は随分とフランクである。

 

「儂も長いこと生きとるけど、兄さんみたいに強い人間っちゅーんはそうは居らんで」

 

 腕組をして首をウンウンと頷きながら烏天狗はタカミチを褒めちぎっている。

 対してタカミチの方はと言うと、烏天狗の言葉に表情を崩すことはしなかったが、代わりに構えをとっていた手をスラックスのポケットへと入れていた。

 

「僕はまだまだ弱いよ。僕より強い人なんて、それこそ幾らでも居る」

「またまた、それは謙遜のしすぎやで? 上には上っちゅー言葉は確かに有るかも知れんが、それでも兄さんの強さはホンマモンや」

 

 カラカラと笑う烏天狗。

 そしてソレを見ているタカミチ。次第に饒舌になっていく烏天狗だったが、

 

「けどなぁ、兄さん。油断大敵やで?」

 

 ニヘラっと笑うような言い方をしてきた烏天狗。その瞬間、

 

 バッ! と、上空から棍棒(石の塊)を持った妖怪がタカミチに襲いかかった。

 

「キェエエエエ!」

「ガァアアアア!」

 

 それぞれが奇声を放ちながら、タカミチの背後から手にした得物を振り下ろす。

 しかし

 

「知っていたよ」

 

 そう返したタカミチの言葉は、襲いかかる彼等の正面ではなく更に上空から放たれていた。それに驚き、思わず首を捻る二体の妖魔だが、タカミチの姿を確認する瞬間に

 

 ズドォオン!!

 

 タカミチから放たれた拳によって、地面へと叩きつけられるのであった。

 

 地面に半ば埋もれるほどに叩き落された妖魔は、即座に『ボンッ!』と音を立てて煙とともに消えてしまう。すると、そこには一枚の紙切れが残されるだけで、妖魔の姿は何処にも無くなってしまう。

 

「やっぱり、式鬼だったか。君等の雇い主が何処の誰かは知らないけれど、本当に懲りないね」

 

 タカミチはチラリと、その場に残された紙を見るとそう言った。

 その場に残された紙は呪符、式鬼という妖魔を呼び寄せて従えるための術が込められた物である。日本に、そして大陸にも古くから伝わる術式だが、麻帆良にこうして大量の式鬼を送り込んでくる勢力というと、タカミチは一つしか心当たりはなかった。

 

「君等が何を狙って此処に来たのかは僕も知らない。けど、出来れば雇い主に言ってくれないかな? 泥棒行為は犯罪だよ? って」

 

 首を傾げ、ちょっとばかり苦笑を浮かべながら言うタカミチに、烏天狗は眼をパチクリとさせた。そして数瞬ほど互いに沈黙をしてしまったのだが、

 

「ハハ、ハハハ。兄さんおもろい人やなぁ、気に入ったで」

 

 烏天狗は声をだして笑い出す。

 するとそれに釣られるようにして、他の妖魔たちも声を出して笑いだした。

 

「ほんまやなぁ、こないな反応を返す人間は、えらい久しぶりやで」

「全くや。世の中、もっとこーいった人間が多けりゃ、面白なるのにな?」

「せやな~」

 

 口々に色々と言い出す妖魔たち。

 今度はタカミチの方が眼をパチクリとさせてしまう。

 周囲の妖魔達が一頻り声を出して笑いあうと、再び烏天狗が口を開いてきた。

 

「――兄さんの言葉は儂もその通りやと思うで? 盗みはアカン。けどなぁ、儂らも一応は契約で縛られとるからな。単純に『はい、解りました』っちゅう訳にはイカンのや」

 

 烏天狗はそう言い終わると、ギンっと鋭い視線をタカミチへと向けてくる。

 直ぐに倣って、他の妖魔たちもタカミチへの視線を強くし、最初の時同様……いや、それ以上の緊張感が周囲を漂い始める。

 

「ほな、行くで!」

 

 烏天狗のその言葉を合図にして、妖魔たちは声を上げて駆け出していく。タカミチは自身に迫る彼等に対し、『全力で相手をしようとポケットに手を突っ込む』のであった。

 

 シュパ!

 

 一瞬、タカミチの腕がブレるような現象が起きる。

 するとどういうことか?

 

 ズバン!

 

 辺りには大きな破裂音が響き、妖魔の一体が消滅する。タカミチがの再び腕がブレると、それと同じような現象が2度、3度と続いていった。

 

 これらは、恐らくそういう技なのだろう。

 

 戦っている彼等にも正確なことは解らなかったが、しかしタカミチが腕を使って何かをしているのは確かであった。

 

 反撃方法としてはタカミチに腕を使わせない――という事なのだろうが、しかし妖魔たちにはそれをする事が出来そうにはなかった。

 

 踏み込む度に、近づく度に、彼等はその数を確実に減らされていくからだ。

 タカミチの動きは早い。

 一匹一匹順番に、などと悠長なことはしない。

 一定の距離に入った妖魔は、その尽くが打ち倒されていく。

 

 そして遂には

 

 ドバァン!!

 

 最後まで残っていた烏天狗もタカミチの攻撃を受けてしまい、最早消えるだけとなってしまうのだった。

 

「いやぁ、負けた負けた。気持ちええくらいに負けたわ。やっぱり強いなぁ」

 

 烏天狗は今や消えるだけとなったというのに、その口調は先程と同じで軽いものだ。まぁ、それも仕方が無いのかもしれない。彼等は消えるといっても、別に死ぬ訳ではない。

 もともとこの場所に居る彼等でさえ、本当はただの影。要は、本人と同じような力をもった偽物に過ぎないのだから。

 

「出来れば、もう一度召喚されても此処へは来ないで欲しいんだけど?」

 

 お願いするように言うタカミチだったが、しかし烏天狗はカラカラと笑って返事をする。

 

「それは儂には何とも言えんで? 召喚された時点で、儂らは願いを聞くように出来とるんでな」

 

 召喚に応じる、というのはつまりはそういう事なのだろう。

 呼び出されて使役されるが、代わりに彼等は術者から本体への餌――つまりは氣や魔力といった精(ジン)を受け取って糧にしているのだから。

 

「まぁ、今回は儂らの負けやな。今度会うことがあれば、出来ればもうチットましな術者に喚ばれて闘い――」

 

 ボンッ!

 

 そこが限界だったのだろう。

 烏天狗は言葉の最中に煙となり、その場から姿を消してしまった。

 

「ふぅ……今日のお仕事は終わりかな?」

 

 自身に言うように、タカミチはそう口にする。まぁ勿論、それに返答を返す者など居るはずもなく、辺りはシンと静まりかえっている。

 

 タカミチは腕を回し、そして首を左右に捻ると、その視線は烏天狗の消えた場所でピタリと止まった。

 

「なんだコレは?」

 

 タカミチが言うコレ、とは。

 術式の書かれた呪符とは別に、その場に存在している割れた試験管である。

 中には何かが入っていたのだろう、奇妙な溶液が辺りに飛び散るように漏れ出している。

 

「試験管? 何が入っていたんだ?」

 

 唸るように言うタカミチは、周囲に目配せをしてその何かを探そうとするが、しかし何が入っていたのかも解らない。そして細い月明かりしか無い状況では、どうすることも出来無いのであった。

 

「……兎に角、学園長に連絡をしなくちゃいけないな」

 

 懐から小さな無線機を取り出したタカミチは、自身の上司に当たる麻帆良学園学園長、近衛 近右衛門(このえ このえもん)に連絡を取ることにするのであった。

 

 この時、タカミチは気が付かなかった。

 

 風に乗るように、フラフラと空を舞う小さな綿毛の様な物体の存在を。

 

 フラフラ空中を舞い漂う小さなタンポポの種のような綿毛。

 ボンボンのような形をしたそれは、風に揺られ、そして引かれるようにゆっくりと流されていった。それはかなり、季節外れとも言えるような光景だっただろう。

 

 7月

 夏の時期に飛ぶ綿毛など存在しない――とも言えないのかもしれないが、少なくともあまり一般的とは言えないはずだ。

 

 綿毛はユラユラと揺られるようにしながら、一つの部屋の中へと入っていく。

 そこは麻帆良学園高校男子寮の一つである。

 基本的に、麻帆良学園に通っている生徒たちは寮生活をしている。ここもそんな学生の為に宛てがわれている部屋の一つなのだろうが、その日は熱帯夜と言うこともあって窓を全開にしていたようである。

 

 部屋の住人は一人だけ。

 既に消灯も済んでいて部屋の中は暗く、とうにその住人は寝てしまっているらしい。

 

 住人の名前は天宮 瑞樹(あまみや みずき)。

 何てことのない、普通の高校生である。

 

 綿毛はフラフラと失速して、そのままベッドで寝ている瑞樹の枕元に落着をした。

 瑞樹が呼吸を繰り返す度に、ユラユラと綿毛が揺れている。

 部屋の外から植物の種――綿毛が入ってきて、それに気が付かないで住人は眠りこけている。

 

 単純に考えた場合はただソレだけの事なのだが、しかし事はそう単純には行かないらしい。

 

 パキ……

 

 音を鳴らしたのは先程の綿毛である。

 綿毛から伸びるようにして垂れている、大きな種のような部分。その部分に罅が入り、『パキィ』と音を立てて二つに割れたのだ。

 

 新種発見? 凄まじい成長速度で芽が出た?

 

 いや、コレはそんな程度の騒ぎではないだろう。

 割れた種の部分からは、一匹の虫が出てきたのだから。

 

 その虫は折り畳まれていた脚を広げると、その場所から這い出して一目散に行動を開始する。目標はどうやら、瑞樹の額らしい。一直線に其処を目指して移動してきたその虫は、瑞樹の額へとよじ登っていき、そして

 

「キィ……」

 

 小さく泣いてみせると、瑞樹の額に小さな黒い裂け目が浮かび上がった。

 虫はその裂け目が綺麗に広がりきったのを確認すると、そのままズルっと中へと入り込んでいく。

 

「ん……?」

 

 瑞樹はその瞬間、寝ながらではあるが違和感を額に感じ、無意識だろうが手をやるのだが

 

 ぺたり

 

 と、瑞樹の掌には特に何の感触も、自身の額をただ触ったといった感触以外は何も感じなかった。瑞樹は「ん?」と唸るようにしたが、結局何事もなかったかのように再び意識を深く落とすと寝息を立て始めた。

 

 事実、瑞樹の手が退けられた其処にはただ普通の額があるだけなのであった。

 

 

 

 

 


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