白の青年   作:保泉

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第四話 ルース魔石鉱②

 

 セロを先頭にして坑道を進む一行。幾度となく襲いかかってくるスケルトンたちの討伐数は、もはや三桁に到達しようとしていた。皆、あまり怪我は見当たらないとはいえ、流石に疲労の色が浮かびあがり始めている。

 

「しかしまあ――分かっていたとはいえ、多いな」

「セロはモブ退治をしていたんだろう? よく無事だったな」

 

 愛銃に弾を込めながら疲れを隠せない声で呟くバルフレア。剣の刃こぼれを確認しながらバッシュが尋ねると、セロは右肩を回しながら苦笑いを浮かべた。

 

「一人では行動していなかったからね。アンデット系が発生するような地域の依頼は受けなかったし」

「そりゃ懸命だ」

「だが、それでは依頼をえり好みすることにならないか?」

「そうだな、クランから注意を受けたことはある。だが、私としてはモブ退治は副業だからな。あくまで資金が苦しいときのみだ」

 

 モブというのは、いわゆるモンスターの中の賞金首のことだ。突然変異で亜種化や巨大化、もしくは凶暴化したものが多く、通常よりも討伐レベルが高く設定されている。

 

 討伐依頼を出すのは個々のモブによる被害を受けた民間人などだが、その依頼を束ねるのがクランという組織だ。低レベルのモブであればクランを経由せずとも依頼を受けることができるが、ランクが高いものはクランに加入しなくては受けられない。

 

 そのほかにも緊急性の高い依頼を、信用のあるメンバーにクランから依頼をすることもある。セロはメンバーとして登録をしてはいるが、突発的な依頼は断っているためクランメンバーからはあまり良く思われていない。クランのトップには話を通し、納得させているのだが。

 

「セロさん、これをどうぞ」

「これは……ハイポーション?」

「ええ。セロさんは常に囮役をされているので、怪我がひどいようですし」

 

 駆け寄ってきたラモンが差し出した瓶を、つい受け取るセロ。

 ラモンが渡してきたのはハイポーションといって、回復薬のポーションの上位にあたる。上位だけに値段も三倍になるが、その分回復する効果は高い。

 

「いや、いらないよ。こんな高価なもの。君が持っているといい」

「ですが」

「なに、心配はいらない。傷の回復はするさ――おーい、ちょっと集まってくれ」

 

 見上げてくるラモンの手をとり、その掌の中にハイポーションの瓶を握らせると、少し音量を上げた声でセロは周りに呼び掛けた。

 周りで防具の状態や地図を見て現在地を確認していたヴァンたちは、響く声に顔を彼へと向ける。

 

「どうしたんだよ、セロ」

「いや、まとめて回復させようと思ってね。――≪ケアルラ≫」

 

 一番最初に近づいてきたヴァンに笑いかけながら、ある程度の距離に仲間たちが集まったのを確認して、セロは発動状態にまで準備していた『魔法』の呪文を唱える。

 純白の光がそれぞれの胸元へと飛び、体を包んだ後には傷はすでに消えていた。

 

「これは……」

「複数回復魔法≪ケアルラ≫だと?」

 

 手に残った光の残骸を見ながら、バッシュとバルフレアが呟く。同じように光が消えていく様子を見つめていたフランが、セロに視線を移動させる。

 

「セロ、これをどこで手に入れたの?」

「ん?ああ、モブ退治の仕事料の代わりに依頼人に習得させてもらったんだ。地元じゃ、今魔法が品薄だからな」

 

 魔法は武器や防具と同じように、専門の店で購入することができる。正確に言うと、魔法を覚えることができるアイテムを購入する。これは一度買えば何度か使用することができ、品質によって使用できる回数が異なるものだ。

 

 その魔法を習得するための素養があると、魔法を覚えることができる。だが、そのレベルに達していないと覚えられずに、使用回数がひとつ少なくなってしまうのが注意点だ。

 強力な魔法になれば料金も高額でしかも手に入りにくいため、代金代わりにアイテムを使わせる依頼人もごく少数ではあるが、いる。

 

 帝国の占領を受けているラバナスタは、物資の流通がいまいち良くない状況が続いている。武器や防具はもちろん、魔法さえ基本的なものしか店先には並ばない。まあ、ラバナスタの周りの砂漠は、奥に入り込まなければそれほど強いモンスターがいるわけではないので、今のところ問題はないようだが。

 

「魔法使えたんだな、セロ」

「ああ、白魔法だけ覚えている。便利だろ? ラモン、だからハイポーションはいいよ」

「はい……」

 

 心なしか、落ち込んだ様子のラモンに、セロはニンマリと楽しそうに笑う。好意を無下にするつもりはなかったが、回復薬――しかもハイポーションは素直に未成年から受け取るには少々値段が高すぎる。ハイポーションひとつの値段で、初級回復魔法≪ケアル≫が買えてしまうのだ。

 

「てい」

「いたっ!?」

 

 俯くラモンのきれいな額に向かって、セロは力の限りデコピンを繰り出す。思いがけない衝撃と痛みに額を抑えて目を瞬かせるラモンに、セロは口元を釣り上げて左手を差し出した。

 

「セロさん?」

「お兄さんちょっと戦い続けて疲れちゃったなー。ラモン、手を引っ張ってくれないか?」

「え」

「あー、セロさぼる気かよー」

「少しはさぼらせろ。ラモン、よろしく」

「は、はい!」

 

 ラモンはセロの手をとり、先に歩き始めていたヴァンの横に並ぶ。わざとゆっくり歩くセロの右手をヴァンが握り、ラモンと一緒に引っ張っていく姿を、大人組みがそれぞれの表情で見つめていた。

 

 

 

 第四話 ルース魔石鉱②

 

 

 

 ルース魔石鉱の奥には、魔石の光による青色の空間が広がっていた。今までの空間は在り来たりな坑道だったが、魔石の採掘場は入り口に少し石畳が敷いてあるだけで、後は壁も天井も床も青い光を放つ鉱石で染められていた。

 

「これを見たかったんですよ」

 

 青の壁を見つめながら歩いていたラモンは、足元に埋まっている魔石を見るためにしゃがみこむ。ポケットから青く光る奇妙な物体を取り出し、魔石の光と見比べている。

 

「なんだ?」

「破魔石です――人造ですけどね」

「はませき?」

 

 覗き込んだヴァンの声に振り返らず、ラモンの目は魔石鉱の壁を観察し続ける。背を向けたままのラモンは、自身を鋭く見つめるバルフレアの視線に、気付かない。

 

「普通の魔石とは逆に、魔力を吸収するんです。人工的に合成する計画が進んでいて、これは――その試作品。ドラクロア研究所の技術によるものです」

 

 ピクリと眉を動かしたバルフレアの変化に気付いたのは、相棒であるフランと隣に居たセロだけ。窺うようなセロの視線も気にしないほどに、バルフレアはラモンの小さな背中を睨みつけていた。

 

「やはり、原料はここの魔石か――」

 

 ラモンの手にある物体――人造破魔石の光の色は、魔石鉱の色と全く同じだった。

 

 セロは無意識に首にかかるペンダントを握りしめる。

 最近品薄だったルース魔石鉱産の魔石。品薄の理由は帝国のジャッジとオンドール侯の会話の通り、良質の魔石が全て帝国へ密輸されているからであろう。

 そして、その魔石が人造破魔石の原料となり――それを指示しているのは、アルケイディア帝国第十一代皇帝の三男、帝位継承権第一位のヴェイン・ソリドールという事実。

 

 思わず、ため息をつくセロ。戦後二年を経過した今でも、きな臭い事が溢れているなんて、どうやらラバナスタに平穏はまだまだ訪れないらしい。

 

「用事は済んだらしいな」

 

 セロがため息をついてすぐ、バルフレアは壁を観察したままのラモンに向かってゆっくりと歩み寄り始めた。

 

「ありがとうございます。のちほどお礼を」

「いーや、今にしてくれ。お前の国までついていくつもりはないんでね」

 

 バルフレアの言葉に驚いたように振り向くラモン。視線の先には、バルフレアが無表情でにらみつける姿があった。

 

「破魔石なんてカビくさい伝説、誰から聞いた。なぜドラクロアの試作品を持ってる。あの秘密機関とどうやって接触した――」

 

 一歩バルフレアが前に進めば、ラモンが一歩後ずさる。それを繰り返せば元々壁の近くにいたラモンの背に、冷たい石の感触があたった。横に逃げようと体を動かした先を、バルフレアの長い腕が遮った。

 

「――お前、何者だ?」

 

 問い詰める低い声に、ラモンは視線をバルフレアに向ける。

 

「おい、バルフレア――」

「待ってたぜ、バルフレア!」

 

 異様な雰囲気に、ヴァンがバルフレアとラモンに駆け寄ったとき、坑道の奥から歓喜の色を湛えた濁声が響いてきた。一行が声の方に顔を向けると、奥から数人のバンガの男が武器を手に出てくる姿があった。

 

「――あいつか」

「そう」

 

 静かなセロの声に反応したのはフラン。彼の肩に手を置き、落ち着けと言いたげに力を込める。セロはフランに視線を向け、小さく頷いた。

 

「ナルビナではうまく逃げられたからな、会いたかったぜぇ? さっきのジャッジといい、そのガキといい――金になりそうな話じゃねえか。オレも一枚噛ませてくれよ」

 

 バンガの男――バッガモナンは顔を笑みに歪めながらも、その目はきつくバルフレアの姿を捉え続けている。

 セロがヴァンから聞いた話では、ナルビナ城塞の地下にまでバルフレア達を追いかけてきたバッガモナンを、機転とジャッジマスターの登場によって撒いたというもの。執拗に追いかける根性は見事だが、あっさり撒かれるあたり、あまり商売に向いているとはセロは思えない。

 

「頭使って金儲けってツラか。お前は腐った肉でも噛んでろよ」

「バールフレアァッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じことを考えたのか、呆れた顔で嫌味を言うバルフレアに、笑みを浮かべていたバッガモナンの表情が凶悪なものへと変わる。手元のスイッチを押し、速度を速めたチェーンソー型の武器からモーターの回る不気味な音がけたたましく鳴り響く。

 

「てめえの賞金の半分は、そのガキで穴埋めしてやらぁ!」

 

「この…… 」

「攫った子はどこにいる?」

 

 バッガモナンを睨みつけ、くってかかろうとしたヴァンの肩をつかみ、ぐいと後ろに引く。バランスが崩れたたらを踏むヴァンを支えながら、抑揚のない静かな声でセロは問いかけた。

 

「アァ? 餌はもう必要ないからな。途中で放してやったら、泣きながら飛ンで逃げてったぜ!」

 

 嘲笑いながら武器を構えるバッガモナン。――次の瞬間、その顔に目掛けてラモンが手元の物体――人造破魔石を投げつけた。コントロールが良いのか、顔の中心にぶつけられたそれは原料が魔石というのもあって、バッガモナンに相応のダメージを与えたようだ。

 

「おい!」

「ナイス、ラモン!」

「んなこと言っている場合か。」

 

 落ちた人造破魔石を拾い、ヴァンたちを振り切って走り出したラモンを、セロが心底楽しそうな笑みで讃える。バルフレアはセロの後頭部をはたくと、顔の痛みに呻くバッガモナンを押し倒してラモンを追いかけた。ヴァンたちも後を続くが、どさくさに紛れてセロに踏みつけられたバッガモナンが後ろで吼えている。

 

「逃がすかァ!」

 

 体の大きい種族であるバンガは、ヒュム族より遥かに力はあるが素早さという能力は低い。恰幅のよいシーク族ほどまではいかないが、重量のある武器を持っていることもあり、ヴァンたちに追いつくことは至難だろう。

 

「おい待てって!」

 

 ヴァンはもはやバッガモナンたちを気にしておらず、前を走るラモンを追いかけ続ける。しかし、華奢で小さな体躯のラモンは、軽やかに坑道を駆け抜けていく。

 

「いい走りっぷりだ。行きもスケルトンたちから走って逃げられたかもしれないな」

「お前が過保護にするからだ」

「子供は甘やかすもんだぞ。とくにラモンみたいな真面目な奴はな」

 

 感心しているセロに呟くバルフレア。もとの明るい表情に戻ったセロを後ろから見て、バッシュは小さく息を吐いた。

 先ほどバッガモナンと対峙していた彼は、いつもの穏やかな空気ではなく、切り裂くような冷たい雰囲気を纏っていた。攫われた少女が心配だったというのもあるだろうが、直前までのおどけた調子と間逆の彼の姿がバッシュにはどうも気にかかった。

 

「誰にでも、滅多に表に出ない一面はあるわ」

 

 考え込むバッシュに、隣を走るフランが視線を向けずに言う。

 

「彼は意外性が大きかっただけよ」

「……そうだな」

「心配なら、しっかり『お母さん』を見ていればいいの」

「『お父さん』としてか」

「ええ」

 

 微笑むフランにつられて、バッシュも笑みを浮かべる。ヴァンもセロも、彼の心を救った恩人だ。彼らが苦しむことがあるのなら、この身でよければ喜んで盾となろう。

 前を走るバルフレアに絡むセロを見て、バッシュは一人小さく決意した。

 

 

 * * *

 

 

「……追ってくる気配はないわ。振り切ったようね」

「バンガの足に追いつかれるようじゃ、空賊廃業さ」

 

 しばらく走ったあと、バッガモナンたちを振り切ったヴァンたちは、走るペースを少し緩めていた。魔石鉱の入口が近いこともあり、帝国兵がいることが予想されるためだ。子供を追いかける複数人の大人の姿は、どちらが犯罪かとても分かりやすい。

 

「セロ、大丈夫か?」

「だ……いじょうぶ……」

「には到底見えないぞ」

 

 もうひとつの理由は、セロの体力が枯渇したからだった。行きの連戦と魔石鉱の奥からのマラソンで、元々体力の少ないセロは荒い息を吐いていた。

 

「肩を貸して、どうなるレベルじゃないな」

「ああ。ヴァン、戦闘を頼んでいいか?」

「え? うん、まかせろ!」

 

 バルフレアが剣を奪い、バッシュがしゃがんでフランがその背にセロを乗せる。合って一週間とは思えないほど息の合った動作に、セロはされるがままバッシュに背負われていた。

 

「セロはゆっくりしてろよ。俺だって強くなったんだからな!」

「おー、期待してる」

 

 胸を叩いてヴァンがセロに笑顔を向けると、セロはへらりとした笑みを浮かべる。気合いの入った様子で近くのスティールに切りかかる姿を見て、安心したようにセロは瞼を閉じた。

 

 

 

 


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