一行が目的地に着いたとき、工夫たちは作業を中断していた。彼らに理由を尋ねると、どうやら帝国兵が視察を行っているため、中止せざるを得なかったようだ。
ここで引き返すのひとつの手だが、少年・ラモンの同行を許可している以上、帝国兵が視察をしているからといって中止にはできない。
「とりあえず入ってみるか」
バルフレアの提案に全員が了承をし、坑道の入り口まで近づいてみることになった。
「で、ここってなんてところだっけ?」
「ルース魔石鉱だ。イヴァリース有数の鉱脈さ」
「なんか、立派じゃないか?」
「観光名所でもあるからな。中に入れば魔物がウジャウジャいるが、入らない分には問題ない」
坑道にしては立派過ぎる柱が並ぶ入り口にヴァンが首を傾げる。それに苦笑を浮かべながらバルフレアが再度説明をする。
「ここの警備は帝国軍が?」
「いえ、ビュエルバ政府は特例を除いて、帝国軍の立ち入りを認めていません」
「つまり、今の視察は特例に当たるというわけだな?何を見ているのか……」
「僕にも、ちょっと」
バッシュとセロの言葉にラモンはすらすらと淀みなく答える。聞きかじった知識ではなく、頭の中にきちんと整理されている情報なのだろう。
その様子をバルフレアは視線の端で注意深く捕らえていた。
「――では、行きましょうか」
ラモンと未だ手をつないだままのセロは、先立って魔石鉱内に入っていく。それに続くヴァン達だったが、歩き始めてすぐ立ち止まったセロを見て、同じく足を止めた。
「セロ?」
「静かに。……誰か来る」
金属の擦れる音を拾ったのか、セロはラモンの手を引いて柱の陰に姿を隠した。
「奥から複数の足音が聞こえるわ」
「たいした耳だ」
魔石鉱の奥から見えない位置に隠れながら、バルフレアはフランの言葉に感心した。ヴィエラのフランはともかく、ヒュムのセロがこれほどまでに感覚が鋭いことに驚いていた。
全員が隠れてからしばらくすると、バルフレア達の耳にもガチャガチャと鎧の音が聞こえてきた。
魔石鉱の奥から現れたのは数名の人物だった。帝国兵達と禍々しい鎧を纏った人物、そして初老の男がセロ達が隠れている柱の前を通り過ぎて階段を上っていく。
「念のため伺うが、純度の高い魔石は本国ではなく――」
「すべて秘密裏のヴェイン様のもとへ」
「ふっ……貴殿とは馬が合うようですな」
不気味な鎧の男は、初老の男の声に軽く肩を揺らして笑う。
「それはけっこうですが」
鎧の男の言葉に眉を潜め、初老の男は淡々とした声で告げた。
「手綱をつけられるつもりはございませんな」
「ふっ、ならば鞭をお望みか?」
足を止め、鎧の男は振り返る。兜に隠れてはいるが、剣呑な視線が初老の男に注がれた。
「つまらぬ意地は貴殿のみならず、ビュエルバをも滅ぼすことになる」
第三話 ルース魔石鉱①
帝国兵達が魔石鉱から去っていくのをみて、セロ達は柱の影からこっそりと顔を出した。
「今の、誰?」
「ビュエルバの侯爵、ハルム・オンドール4世です」
階段を眺めながら――いや、睨みつけながら呟くヴァンに、ラモンが隣に移動しながら答える。
「ダルマスカが降伏した時、中立の立場から戦後の調停をまとめた方です。帝国寄りってみられてますね」
「反乱軍に協力してるってウワサもあるがな」
「……あくまで、ウワサです」
皮肉気に言うバルフレアに、ラモンは振り返ってむっとした顔を向ける。信用している知人を侮辱されて不愉快になった――そんな少年の様子に、やはり最低でも帝国貴族かとバルフレアは確信した。
「よく勉強してらっしゃる――どこのお坊ちゃんかな」
一歩ラモンに向かって足を進めたバルフレアに、ラモンは思わず後ろに下がる。
「どうだっていいだろ。パンネロが待ってるんだぞ」
追求のために再び口を開こうとしたバルフレアを止めたのは、不機嫌そうなヴァンの声だった。
「パンネロさんって?」
「友達――いや、家族。さらわれてここに捕まってる」
話が逸れたことに安堵したのか、少し表情を緩めるラモンにヴァンは暗い表情で告げた。
「ご家族の方が……」
「うん。年下だけど、姉みたいな奴なんだ」
「いつも叱られているからな、ヴァンは」
ヴァンが顔を上げると、いつの間にかセロが隣に立っていたことに気づく。彼は宥めるように弟の頭を撫で、再びラモンと手を繋いだ。
「あの……」
「さあ、行くぞ。パンネロはしっかりした子だが――泣き虫でもあるからな」
手を引きながら歩き出すセロに、ラモンは戸惑った表情のまま連れて行かれる。それを面白くなさそうに見つめるのは、やはりバルフレアだった。
「過保護すぎじゃないか?」
「そうか? セロはラモンくらいの奴には、大抵あんな感じだぞ」
「坊ちゃんだって自分の身くらいは守れる力はあるだろうさ。根っからの保護者気質なのかねぇ」
「え? いや、あれはラモンをからかって遊んでるんだと思うけど」
「――遊んでる?」
「セロ、『青少年をからかうのが趣味だ』っていつも言ってる」
小さな声で呟いた言葉に、反応を返したのはヴァンだったが、この反応にもバルフレアは眉をひそめた。
「意外、という訳ではないな」
「ええ、彼にとっての青少年は年上も含まれるみたいだけど」
視線を向けられながらのバッシュとフランの言。揶揄されたバルフレアは、本日何度目かもわからないため息をついた。
「――しまった」
「どうかしましたか?」
広いとはいえ、薄暗い魔石鉱の中を歩いているのは、気が滅入る。何か気を紛らわすものはないかと辺りを見回しながらセロが歩いていると、遠くから軽く且つ固いものがぶつかる音が耳に入った。
突然立ち止ったセロと手をつないでいたラモンは不思議そうに彼を見上げ、先頭を歩いていたセロが立ち止ったことで、後続のヴァンたちも怪訝な顔で立ち止る。
「いや、ルース魔石鉱って私は初めて来たんだが、魔物の種類はやはりアンデット系か?」
「いまさら何を。暗くて湿度の高い坑道にアンデットはセオリーだろ」
「だよなぁ」
呆れた表情のバルフレアに振り返りながら、空いている右手でガシガシと頭をかきセロは深いため息をついた。
「なんだよ、セロってアンデット苦手だったっけ?」
「いやー、苦手と言えば苦手なんだが。というか、あいつら得意な奴っているのか?」
「少なくとも、僕は聞いたことはないですね」
嫌そうな顔をしているセロに、ヴァンは珍しいものを見たとばかりに目を輝かせ、ラモンは苦笑する。弟分のヴァンは、これほどまで負の表情を浮かべるセロは見たことがなかった。良くも悪くも、何事も笑い飛ばす癖のある兄貴分は、弟たちの前では悪くて苦笑程度しか浮かべない。
「何か都合が悪いことがあるなら先に言っておけ。そのほうが対処しやすい」
「都合が悪いというか、まあ、見ていればわかるだろう。皆は後から……そうだな、五メートルほど離れて付いてきてくれ」
少し眉をひそめたバルフレアにそう返すと、セロはラモンとつないでいた手を離し、一人先に進み始めた。
その後ろ姿を見つめながら、ヴァンたちも後に続く。
「どうしたんだろ、セロ」
「さあな」
悩むそぶりを見せるヴァンに、バルフレアは肩をすくめる。
アンデットに何があるのかは分からないが、自称保護者を名乗る以上、ヴァンやラモンに害が及ぶようなことならば、セロは自分たちに話しているだろう。
「ヴァン、セロの腕はどれくらいだ? 身のこなしを見る限りは、かなり場数は踏んでいるようだが」
「うーん、強いんじゃないか?」
同じようなことを考えたのか、バッシュがヴァンの横に近づいて尋ねる。だが、ヴァンの反応は『よくわからない』と全面に表すものだった。
「曖昧だな」
「だって戦ってるところ、最近見てないし。俺がモブ退治についていこうとすると、いつも撒かれるんだぞ」
セロだって、一人じゃ危ないのに。
口を尖らせるヴァンの頭を宥めるようにバッシュが軽く叩く。
「前は見てたってのか?」
「うん。だってセロに剣の使い方教えたの、俺だから」
「何?」
自分に視線が集まっていることに気付き、ヴァンは慌てて顔の前で手を横に振った。
「え、あ、教えたっていっても、すっぽ抜けない剣の握り方とか手入れの仕方くらいだけど。セロ、あと全部適当にしてるらしいし」
「そこじゃない、あー、セロに教え始めたのはいつの話だ」
「いつって……半年前だけど」
厳しい表情のバルフレアに、ヴァンが思わず一歩後ろに下がったとき、前方から金属のぶつかり合う高い音が響いてきた。
ヴァンたちよりも前を歩いているのはセロだけだが、いつの間にか距離が離れていたらしい。少し向こうで三体のスケルトンに囲まれたセロが剣を切り上げるのが見えた。
バルフレアの舌打ちが聞こえたと同時に、バッシュが走り出す。少し遅れてヴァンが追いかけるのを見て、バルフレアは愛銃を構える。
「セロ!」
ヴァンの叫ぶ声に一体のスケルトンを仕留めたセロが振り向くと、そこには今にも槍を突き出そうとするスカルアーマーの姿があった。
どうにか軌道を逸らそうと剣を振り上げようとした瞬間、何かが破裂する音とともに目の前のスカルアーマーの頭蓋骨が吹き飛んだ。
「一旦退けセロ!」
「く、了解!」
攻撃の主、バルフレアは銃弾を込め直し、頭蓋骨がないままセロへの攻撃を諦めていないスカルアーマーを狙い撃つ。二度目の攻撃が大腿骨に当たったスカルアーマーが大勢を崩した隙に、セロはバックステップでスケルトンたちの包囲網から抜け出した。
「アンデットが、しかもスケルトンが、こんなに早く動くなんて、聞いたことねぇよ!」
「俺もだ。しかも――」
「セロだけを狙っているようだな、ハァッ!」
スケルトンたちは近くにいる追いついたバッシュ達ではなく、離脱したセロを執拗に狙い続ける。その動きは、脆い体を持つスケルトンとしては異常なほど素早いものだ。
無防備に背中を見せたスケルトンをバッシュが一太刀で仕留め、ヴァンがセロに向かうもう一体を切りつけて妨害した。
攻撃されたにも関わらず、尚もセロに向かうスケルトンに、フランが放った矢が降り注いだ。その攻撃でスケルトンの骨は砕け、骨と金属が地面に落ちる軽い音が坑道に響いた後は息を整えるセロの呼吸音のみ聞こえていた。
「ヴァン……バッシュ、フラン。悪い助かった」
「おいおい、俺には礼はないのか」
「バルフレアも。流石にあの量で来られると不味かった」
「どういたしまして」
ひとつ深呼吸をして調子を戻したセロは、軽く頭を下げて礼を言う。見たところ、少し頬を切っている以外怪我はないようだ。スピードが異常だったとはいえ、三体のスケルトンに囲まれた程度で多少息がはずむのを見ると、体力はあまりないのだろう。ほぼ我流とはいえ剣の扱いはそれなりにできることを思えば、鍛えるといいところまでいけるかもしれない。
「――で、あれが理由か?」
「そうだ。一カ月くらい前に気がついたんだが、何故かアンデット系に全力で襲われるんだ、私は」
「全力……」
「確かに全力だな」
そんなことをバッシュが考えていると、武器のチェックが終わったセロにバルフレアが問いかけると彼は嫌そうな表情でうなづいた。よほど嫌な目にあったのだと皆理解した表情を浮かべる。
「なんかアンデットに嫌われることしたんだろ、セロ。ハイエナのときみたいに」
「生憎と身に覚えがない。さあ、奥に進もう。私が先頭でかまわないな?」
「ああ、あの速さじゃ振り切ることもできないだろ」
ヴァンのからかいを流したセロの提案に、バルフレア達は頷いた。あの人間と変わらないスピードで向かってくるなら、逃げるときもこちらが全力疾走しなくてはならないだろう。ならば、ヴァンはともかくラモンがいるこちらが不利だ。
「つまり?」
「全部ぶっ潰せ、ってことさ」
囮のような扱いにはなるが、セロが前方にいてくれたほうが、フォローもしやすい。こうしてルース魔石鉱に居るアンデットたちは、例外なく叩きつぶされる運命となった。