白の青年   作:保泉

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第二話 空中都市ビュエルバ

 

「シュトラールだ。なかなかのもんだろう」

「すごいな……本当に空賊なんだ!」

「俺の首で船が買えるぜ」

 

 王都ラバナスタの西門にあるターミナルでは、毎日多くの人々が飛空挺を利用している。その中でも自前の飛空挺を持っている者は、飛空挺格納庫を借りることができる。もちろん、有料でそこそこの金額はするのだが。

 

 飛空挺、シュトラールを見てはしゃぐヴァンに気をよくしているのか、バルフレアの声は明るいものだ。機嫌よく機工士のモーグリ達に語りかける姿は、ヴァンと並んで兄弟のようだった。

 

「随分と懐いているもんだ」

「妬いてるの?」

「いや、微笑ましすぎて顔が崩れる」

 

 セロは緩んでいる自覚のある頬肉を摘む。ちらりとフランに視線を移すと、彼女も口元に弧を描いていた。どうやら、二人共考えることは同じのようだ。

 

「君はヴァンの兄なのか?」

 

 同じく二人を見つめていたもう一人の男性が、セロの後ろから声をかけた。

 

「血はつながってはないが、兄と慕ってもらっている」

「そうか」

「最近は母親にでもなった気分だけどな」

「お母さんは大変ね」

「おっ……まだ十九なんだが……息子が増えたりはしないだろうな?」

「さあ、どうかしら」

 

 男性との会話の最中にフランの茶々が入り、セロの気は緩みっぱなしだった。楽しそうなヴァンとバルフレアを放置して、セロ達はさっさと飛空挺に乗り込む。

 フランに操縦室に案内され、セロが座席についていると隣に金髪の男性が座った。

 

「もうここなら彼の名前を聞いてもいいか?」

「大丈夫よ」

 

 セロはフランに許可を伺い、座席に寄りかかりながら男性の席へ顔を向ける。

 

「それでは改めまして。ヴァンの保護者を自認する、セロだ。貴方は?」

「私は、バッシュ。バッシュ・フォン・ローゼンバーグという」

 

 どこかで聞いたことのある名前に、セロは首を傾げた。しばらく思案し、それがダルマスカ王を殺したと云われる将軍の名前と気づく。

 

「ああ、なるほど。それじゃあ市街地では不味いな」

「……それだけ、か?」

 

 記憶の底から引き出すことができて、すっきりした様子のセロに、バッシュは戸惑った表情を浮かべる。ラバナスタの市民ではなさそうなバルフレアやフランはまだしも、ヴァンのバッシュへの憤怒は凄まじいものだった。正直、バッシュにとって彼が信じてくれたということさえ驚いていた。

 

 ヴァンと親しいセロが、レックスのことを知らないはずはない、とバッシュは罵られる覚悟を決めていたのだが。

 

「すごく、不思議そうな顔だぞ。何を考えてるのか顔にわりと出るな、バッシュは」

 

 自分より十は上のバッシュの様子が楽しいのか、セロは年相応の笑顔を浮かべている。

 

「簡単に説明するとな、私はラバナスタ生まれではないから、元々アンタに対する恨みってものを持っていない。この国に来たのも一年前からだし、せいぜいヴァンの話を聞いたくらいだ」

「ならば、レックスの――彼の兄の話も聞いただろう」

「そりゃあな、聞いている。だが、あの子がアンタに懐いてるのも事実だろう。恨みを持ったまま誰かに懐けるほど、あの子は器用じゃないさ」

 

 違うか、というセロの言葉に、バッシュは首を横に振った。ヴァンの素直な性格は、道中共に過ごしているだけで直ぐに分かっていた。

 

「まあ、謀られたんだろうな、程度の理解でいいだろう」

「十分だ」

 

 不思議なものだ、とバッシュは彼らを見て思う。長年共に研鑽し合った戦友は彼を疑い、まだ一週間も共にいない彼らが、容易くバッシュを信じる。これも運命の皮肉か、とバッシュはそっと目を閉じた。

 

「素直なのはヴァンの美点なんだが、その分猪突猛進なんだよなぁ」

「でもそこが可愛いんでしょう?」

「まあね。今回は兄や姉や父が増えたから、多少は暴走しても大丈夫だろう」

「――父というのは、もしかして私か?」

「フランはどう見ても姉だろう?」

 

 くつくつと喉で笑うセロをバッシュがなんとも言えない表情で見つめる。それは途方にくれている、といったほうが正しいほど情けない顔で、操縦席に座りながら後ろの二人の様子を伺っていたフランは、笑いを耐えるのに苦労をしていた。

 

「フラン、航路を……ってどうした」

「ふふ、何でもないわ、お兄さん」

「は?」

 

 ようやく操縦室に来たバルフレアの怪訝な顔とヴァンの不思議そうな顔に、セロとバッシュは顔を見合わせて微笑んだ。

 

 

 

 

 

  第二話 空中都市ビュエルバ

  

 

 

 

 

 空中都市ビュエルバはその名のとおり宙に浮かんだ都市国家である。大小様々な島々を、繋ぐのは飛空挺のみで、観光と魔石鉱から産出する質の高い魔石を収入源としている。

 

「だめです、いません!」

「よく探せ!」

「はいっ!」

 

 観光客で賑わうターミナルに、何故か帝国兵が慌ただしく行き交っていた。

 

「誰を探しているのかは分からないが、用心はいつでも必要なものだな」

「まったくだ。あんたは死人だ、名前も出さないほうがいい」

「無論だ」

 

 走り去っていく帝国兵を横目で見ながら、薄い雑誌を開くセロの言葉に、バルフレアと前髪を降ろしたバッシュは同意を返す。

 

 バッシュの髪型を変えることは、シュトラールでビュエルバまで移動する際に、セロが提案したことだった。

 彼は将軍という地位に着いていたこともあり、あまりに顔が知られすぎている。かといって顔を隠すのでは、怪しめと言っているようなものだ。変装は追々考えていくとして、当座のつなぎにと髪を降ろすことに決定したのだった。

 

「で、何を読んでんだあんた」

「ん? パンフレット。どうせなら観光客に紛れたほうがいいだろう」

「……その赤いペンでチェックした店は?」

「行くに決まっている。パンネロが行きたがっていたからな」

 

 パンフレットに赤い印を付けていくセロを、バルフレアは呆れた表情で見つめる。楽しそうな彼の姿は、どこからどう見ても観光客にしか見えない。

 これが演技であれば見事だが、こいつは本気で楽しんでいるとバルフレアは確信していた。

 

「はぁ……まあ、目的を忘れんなよ。ルース魔石鉱はこの先だ。最近あそこの魔石は品薄らしいが」

「それで魔石の価格が上がっているのか。質はいいからな、ここのは」

 

 先ほどまでの機嫌のよさはどこに行ったのか、嫌そうにセロは顔を顰めている。どこか幼い表情に、そういえば彼はまだ十九歳だったな、とバッシュは思い出す。

 

「魔石関連で何かあったのか?」

「いや、仕事で必要なんだ。だが最近、質の低いものしか手に入らない……高くてな」

「セロー!」

 

 不貞腐れているセロに、機嫌よく声を掛けるヴァン。弟に気づいたセロは、とりあえず表情を戻してヴァンに向き直る。

 

「どうした」

「魔石鉱、こいつも連れて行っていいだろ?」

 

 後ろを振り向くヴァンの近くに、十代前半ほどの少年が立っていた。身なりもよく、まだ幼い顔に浮かべる表情は、年齢にそぐわないほど穏やかなものだった。

 

「すみません。あなた方が魔石鉱に行かれると聞こえまして。僕も同行させてくれませんか?奥に用事があるんです」

「……どういう用事だ」

 

 どう見ても育ちのよい少年に、バルフレアは目を細める。魔石鉱には大きい蝙蝠程度からアンデットまでの魔物が住み着いており、それなりの腕を持っていないと進むことさえあまりに厳しい。

 当然観光にも向かず、工夫達も魔物避けの装置を使用して採掘しているほどだ。

 

「――では、あなた方の用事は?」

 

 そんな魔石鉱に用事があるという少年はあからさまに怪しい。半ば睨んでいるバルフレアの視線に、少年は穏やかな笑みを浮かべるだけだ。

 

「いいだろう、ついてきな」

「助かります」

「俺たちの目の届くところにいろよ。その方が面倒が省ける」

「……お互いに」

 

 バルフレアは、下手に少年を探ればこちらがボロを出すと判断した。まだパンネロを迎えにいく前の今、余計な騒動は起こしたくはない。ため息をつく音に、セロはヴァンと親しげに話している少年からバルフレアに視線を移す。

 

「いいのか? 連れて行って」

「こちらの理由を言えない以上、断って別の面倒がくるよりはマシだろ」

「断ってもこっそり後を付いてくるだろうな、少年は。まあ、面倒はヴァンがみるだろう」

 

 二年前から孤児達のリーダー格だったヴァンは、子供っぽい言動からは意外なほど面倒見がよい。それはセロがヴァンに拾われた経緯からもよく分かるが、困っている者を放って置くことができないのだ。

 今もバルフレアに邪険にされた少年――ラモンと名乗った彼に、大丈夫だとフォローをしている。

 

「たぶん中でいろいろあるけど、心配ないよ。なあ、バッシュ」

 

 ――これさえなければな、セロは頭を抱えたい気分だった。

 先ほどの忠告をすっかり忘れた様子で、明るくバッシュに声を掛けたヴァンに、バルフレアとバッシュの表情は強張ったのは当然のことだった。

 

 

 

 

 

「あ、ヴァンさん。向こうで何かあるみたいですよ」

「え? 本当だ、何やってんだろ」

「はいはい、そこの二人。フラフラと違う道に逸れていくんじゃない」

 

 興味深いとばかりに広場に向かおうとするラモンに、便乗してついて行こうとするヴァン。セロはそんな二人の襟首を掴み、寄り道をすることを防いでいた。

 

 子守(ラモン)をヴァンに任せると言っていたセロが二人の傍にいるのは、ヴァンのあまりの迂闊さに大人組みが危機感を抱いた為だ。ヴァンの扱いに慣れており、わりと常識もある彼が役目を振られるのは当然だった。

 道も分からないのに突き進むヴァンと、彼に引っ張られながら楽しそうに付いていくラモン。そして何度も道を逸れる二人にイラつきはじめているのか、薄っすらと笑みを浮かべながら二人の頬を結構な力をこめて抓るセロ。

 

 ごめんなさいと謝る子供二人と、街中だというのに叱る保護者が一人。その様子を少し離れた場所から、バルフレア達は呆れた様子で見ていた。

 

「彼が一緒に来てくれてよかったわね」

 

 フランの言葉に沈黙を返すバッシュとバルフレア。もし砂海亭でセロが合流しなければ、彼の立ち位置には彼らのどちらかが居たであろうことは明白だった。

 

「――以上、説教終わり。ほら、迷惑になっているから早く行くぞ」

「……自分が説教しだしたくせに」

「ヴァン」

「はい、すいません!」

「ラモンもだ。ぼんやりしていると人にぶつかるだろう?」

「え?」

 

 頬を押さえて呆然としているラモンに、セロは左手を差し出す。示された意味が分からずにいるラモンの右手を、戸惑うこともなく繋いだ。

 

「ほら、行くぞ」

「は、はい」

 

 

「……見事に躾けられているな」

「ああ、さすが自称保護者だ」

 

 ヴァンの襟首を掴みながらラモンの手を引くセロに、バッシュとバルフレアは呆れと感嘆の混じった声をあげる。自分達よりは付き合いの長いヴァンはともかく、先ほど出会ったばかりのラモンですらされるがままに手を引かれている。

 

「君は、あの少年の正体に検討は付いているか?」

「さあな。確実なのは帝国民ってところくらいか」

 

 ダルマスカ王国との戦争が終了して二年、アルケイディア帝国とロザリア帝国間の緊張は、これ以上ないほどに高まっていた。

 いつ開戦しても可笑しくはない状態であり、侵攻の大義名分を両国とも探しているとの噂もあるほどである。

 そんな情勢では、ロザリア帝国民がアルケイディア帝国の南に位置するビュエルバへ観光で訪れることは難しい。

 

「あの坊ちゃんが唯の帝国貴族ならいいんだがな」

「それは――」

「お話はそこまでにしたら? お母さんが怒ってるわよ」

 

 突然のフランの声に二人が顔を上げると、少し離れた先でセロが笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 『さっさと来い』と表情に出さなくとも理解できることは、セロの隣で引きつった表情のヴァンとラモンを見る限り、気のせいなどではないのであろう。このままでいると、先ほどのヴァン達のように、バルフレア達も説教を受けることは確実だ。

 

「『お母さん』ねぇ……。似合いすぎだろ」

「そうね、『お兄さん』。『お父さん』も早く行ったほうがいいわ」

「ちょ、まて……何だそれは」

「どうしたの? 『お兄さん』」

 

 眉を潜めるバルフレアに、フランは楽しそうに言ってセロ達の方へ歩いていく。

 

「彼女は余程この呼称が気に入ったようだな」

「……アンタはもしかして『お父さん』か」

「ああ。そして彼女は『お姉さん』だそうだ」

 

 頭が痛いとばかりに額に手を当てるバルフレアの肩を軽く叩いて、フランに続くバッシュ。その行動の示す意味が『あきらめろ』と言っている事を理解でき、バルフレアはため息を抑えることができなかった。

 

 


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