白の青年   作:保泉

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第一話 物語は動き出す

 乾季のギーザ草原を一人の青年が歩いていた。鼻歌を歌いながら機嫌よく歩く青年が通り過ぎると、乾季に強い草の藪や地面にあいた横穴からそろりとハイエナ達が頭を出す。

 とある事情により、ギーザ草原に住む彼らは通り過ぎた青年を苦手としており、彼の姿を見つけるとすぐに隠れてしまうのだった。

 

「お、ようやく見えてきた。いやいや、まさか一週間かかるとはね」

 

 そんなことは気にもせず、青年は遠くに霞む建物を見て明るい声を上げた。だが、声とは違って表情はなぜか引きつっている。

 青年は家族を大事にすることを信条としているのだが、大事な彼らはやたらと青年のことを心配する。初対面のときの、青年のあまりの世間知らずな印象を引きずっているのだろう。今回の、モブ退治の為に数日の間国を出ることさえ、猛反対されていた。

 三日で帰ると出立時に伝えたが、討伐に掛かった期間が一週間。以前、一日でさえ姿が見えないと心配されたというのに、今回は七倍の期間だ。

 

「あー、土産に何か買ってきたほうがよかっただろうか?いや、何でさっさと帰ってこないと逆に怒られるだけか」

 

 大事な弟や妹が真っ赤になって怒る姿は、とても可愛らしくて青年は割りと好んでいる。だが、同じ怒りでも泣き顔は苦手としていた。この後降りかかる小言の嵐を考え、青年は深い息を吐く。

 

「仕方がない、甘んじて受けるとしよう」

 

 小言は嫌だが、久しぶりに弟たちに会える嬉しさに青年の気持ちは容易に傾いた。少しだけ重くなっていた足取りは、今はスキップをしそうなほど軽やかだ。もちろん、青年はある程度の常識と羞恥を持ち合わせていると自負しているため、行動には起こさなかったが。

 

 乾いた砂混じりの風に純白の髪を靡かせる青年の名前は、セロ。彼がこの世界『イヴァリース』に来てから一年が経過していた。

 

 

  第一話 物語は動き出す

 

 

 一週間ぶりのラバナスタの街並みを見て、セロは少し雰囲気が変わったな、と直ぐに気がついた。

 最初に、帝国兵の雰囲気が違う。以前は横暴が目立つというよりも、どこのチンピラだと呆れんばかりの粗暴の悪い者が多かった。だがマーケットを見る限り、帝国兵が巡察していても、怯えた表情を浮かべる商人が少なくなっている。

 次に、ダルマスカ人の笑顔が増えた。壁に寄りかかって俯く人は少なく、顔を上げて前を見る表情に前ほどの影はない。

 切欠はおそらく、不在の間にあったはずの執政官の赴任だろう、とセロはあたりをつける。余程の好人物か、はたまた腹の黒い人物かは分からないが、唯一言えることはダルマスカの大半の民は、執政官を受け入れたということだった。

 

 セロは、自分を兄と慕ってくれる少年を想う。裏切り者の将軍に、そして仲間を信じなかった国に兄を殺されたのだと、悔しさに顔を顰めながら話してくれたのは、ほんの半年ほど前だった。彼が帝国から来た、しかも皇帝の三男坊の執政官の着任を冷静に受け入れられるとは、セロには到底思えない。

 

「帝国兵相手に何かやらかしてないといいんだが。とりあえずミゲロさんに不在中の様子を聞いてみるとするか」

 

 きっと今の時間なら、弟達は彼の店を手伝っていることだろう。目的地をミゲロの店と定め、セロは商業地へと歩き出した。

 

 ダルマスカ王国がアルケイディア帝国に敗北して、すでに二年の年月が経っている。王都ラバナスタに住んでいた大半の民は、地下にある町ダウンタウンへと住処を強制的に移らされた。一部の富豪と帝国への寄付を行える商人だけが、地上の街に住むことができる。

 セロが初めてこれを弟から聞いたときは、どこの世界にも賄賂をせがむ腐った役人はいるものだ、と呆れた。しかし、今回赴任した執政官の方針では、恐らく賄賂は受け取らない。どこからか情報が漏れた時点で、ラバナスタの民の好印象が間逆に転化してしまう。皇帝の三男坊がそんな馬鹿なことをする人物とは聞かない。

 

 噂の反乱軍にとって、厄介な人物が執政官についたみたいだな、とセロは嗤った。例の反乱軍とは、元ダルマスカ王国軍の兵士で構成された組織である。セロは、彼らがあまり好きではなかった。彼らが悪戯に帝国に牙をむく度、一般の民が帝国兵からの八つ当たりの対象になる。それに気づいていないのか、気づかない振りをしているのかはセロには分からなかったが、彼らが守ると言っているものはラバナスタの民ではなく、彼ら自身の誇りなのだと理解した。

 彼らの組織行動の情報を集めてみても、実にお粗末なもの。まるで義賊が貴族の屋敷を当て付けに襲うように、矢鱈滅多ら行動が派手だった。本来なら確実に目標を達成する為に、隠密性を高めるはずなのだが、本当に軍人なのかとセロが頭を抱えてしまったくらいだ。

 本当に帝国を倒すつもりがあるのか、と胸倉をつかんで問いただしたい、とダラン爺――ダウンタウンに住むやけに事情通な爺さんに愚痴ったのは五ヶ月ほど前だっただろうか。

 その後しばらく反乱軍が静かにしているのを聞いて、あの爺さん侮れん、とセロは戦慄した。

 

「あっ、セロ兄!」

「カイツか。店番中か?」

「うんそう……ってそうじゃないって! 全然帰ってこないから、すっげぇ俺たち心配したんだよ!」

 

 ミゲロの店に入ると、セロの姿に気づいた少年、カイツが駆け寄ってきた。現在ミゲロは不在で、なにやら慌てて出て行ったらしい。喚くカイツを宥めながら、セロは妙だとミゲロの行き先を思案する。

 仕入れの荷が遅れている位では、ミゲロは慌てて店を出るようなことはしない人物だ。店を離れるのは休憩と仕入れの交渉くらいで、それ以外は孤児達――弟達に依頼をする。

 そう、いつもなら弟がそれを受けているはずだった。彼はミゲロに恩を感じているし、頼みごとを引き受けないという選択肢すらないだろう。それに今の時間帯はカイツではなく、いつもは妹が店番をしているはずであった。

 ならば、彼の弟達は――ヴァンとパンネロはどこにいるのだろうか。

 

「カイツ、ヴァンとパンネロに今日は会ったか?」

「え? パンネロ姉ちゃんは今日は会ってないよ。ヴァン兄ならナルビナから帰ってきたみたい」

 

 セロはそうか、と頷く。そして間髪入れず、カイツの小さな頭を鷲掴みにし、店の奥の物陰に引きずり込んだ。

 

「ええと、セロ兄? なんで俺の頭掴むの?」

「今聞き捨てならない言葉を聞いた気がしてな。なに、私の勘違いならいいんだが」

 

 戸惑った声をあげるが、一見穏やかな笑みを浮かべるセロを見て、カイツは顔を強張らせる。いかにもしまった、と言わんばかりの少年の表情にセロは手に力を入れた。

 

「ではカイツ、別の質問をしよう。ヴァンはどこから帰ってきたんだ?」

「いてぇぇぇっ! ナ、ナルビナだよぉ! ヴァン兄、王宮に忍び込んだみたいなんだ!」

 

 痛みに目が潤むカイツを放し、セロは嫌な予想が当たったと右手で顔を覆った。

 

 ナルビナとは正確には『ナルビナ城塞』といい、犯罪を犯した者や帝国にとって都合が悪い人物を収容する牢獄のことである。王宮に忍び込んだのなら、『ナルビナ送り』になるのは当然のことだった。

 薄々、いつか彼がやりそうだと思ってはいた、だがまさかセロが不在のときに実行するとは。いや、むしろセロがいなかったからこそ歯止めが利かず、ヴァンは実行したのだろう。

 

「とりあえずミゲロさんに話を聞くか……カイツ、どこに行ったか予想つくか?」

「いてて。外に出て右のほうに走っていったくらいしかわかんないよ。ヴァン兄も探してるみたいだけど」

「ほう、それは一石二鳥だな。なら路地にいる奴に聞き込むしかない、か。では店番をがんばれよ、カイツ」

 

 カイツの頭を軽く叩き、セロはミゲロの店を出る。ヴァンにどのような説教をしてやろうかと薄く笑むセロを見て、通りすがりのバンガがびくりと肩を震わせた。

 

 

 

 聞き込みを開始して数分後、目撃証言によるとミゲロは砂海亭に入っていったようだった。必死に路地を疾走するミゲロの姿は、とても珍しかったと孤児の少年が楽しそうに笑うので、セロも思わず笑った。不謹慎だが、それは是非とも見てみたい光景だ。

 砂海亭に入り、セロはまず顔見知りを探す。店内を見回すと、こちらに気づいたのか一人の青年が駆け寄ってきた。

 

「セロじゃないか! 随分、討伐に時間が掛かったな。ヴァンやパンネロが心配していたぞ」

「トマジか。すまないな、ややこしい場所に討伐対象がいてな」

「まあ、無事に帰ってきてくれてよかったよ。ヴァン達にはまだ顔出してないんだろ? 今二階にいるぜ」

 

 トマジは顎で二階席を示す。セロがそちらに視線を動かすと、丁度誰かが階段を降りてきているところだった。見慣れない整った容貌のヒュムの男が二人とヴィエラの女性が一人、そして可愛い弟のヴァンだった。

 セロが彼らに近づくと、ヴァン以外の者達の視線がセロに突き刺さる。どうやら彼らに警戒をされているようだが、それはセロには関係がないことだった。

 

「え、セロ……?」

「ただいま、ヴァン。なんだ、私以外の誰に見えるのか聞いてもいいか?」

 

 パクパクと口を動かすが、言葉が出てこない様子のヴァンに、セロはニヤリと口元を吊り上げる。ヴァンはそれをどこか泣きそうな目で見た後、セロに駆け寄り胸元を掴んだ。

 

「お、遅いんだよ帰ってくるの! 俺やパンネロがどれだけ心配したと思ってんだ、この馬鹿兄!」

「ちょっと討伐対象を探すのに時間が掛かってな。遅くなったのは悪かった」

「……まあ、帰ってきたから別にいいよ」

 

 強く服を掴むヴァンの頭をセロは撫でる。しばらくそのままの状態が続いたが、セロが撫でる手を止めたとき、低い声で呟かれた言葉にヴァンは固まった。

 

「ところでヴァン。カイツから聞いたんだが、ナルビナ送りになったそうじゃないか」

 

 ビクリと肩を震わせるヴァンの米神に拳を添え、両サイドから力を混めて抉りこんだ。

 

「執政官就任日に王宮に潜り込むとは、お前は馬鹿か、いや馬鹿だな? 警備が厳しいに決まっているだろうに、感情に任せて実行するには問題がありすぎるとなぜ分からん。

 それにやるなら就任日から一週間後だろう、そのころが一番環境にも警備にもなれて気が緩む時期だ。今回はもう無理だが、次回はしくじるなよ」

「いだだだだ! わかった、わかりました! だから離せって!」

「断る。仕置きはキッチリ行うものだろう?」

 

 痛みに手を振り払おうと暴れるヴァンだが、モブ退治で鍛えているセロの手を振り払うことはできなかった。それを止めることができるのは第三者の声でしかない。

 

「おい、アンタ。ヴァンとじゃれるのはいいが、今は急ぎの用事があってね。後回しにしてくれ」

 

 少しイラつきを感じ取れる声に、セロはヴァンを離す。声の主は端正な顔立ちの細身の男のようで、形のよい眉を潜めてセロを見つめていた。

 

「セロ、パンネロが誘拐されたんだ! それでバルフレアが飛空挺を出してくれるから、ビュエルバまで行ってくる!」

「なんだと?」

「本当なんだよ、セロ。ああ、お前もよく帰ってきてくれた」

「ミゲロさん……犯人の要求はもう来ているのですか?」

 

 二階にいたのか、階段を降りてきたミゲロは、強張った表情を緩めてセロの背中を軽く叩く。緩んだといってもまだその表情は硬く、可愛い妹、パンネロの誘拐が事実なのだとセロは理解した。

 

「ああ、手紙があるんだよ。そこの空賊宛で、ビュエルバの魔石鉱に来いと」

「ミゲロさん宛ではなく?」

「ヴァンが帝国兵に捕まったとき、空賊たちも一緒でね。そのときに、その、誤解を受けたようなんだよ」

 

 言いにくそうに呟くミゲロに、セロは米神を揉み解した。つまり、パンネロは男前の空賊の、恋人と間違えられたのだろう。どういうシチュエーションかはセロには分からなかったが、周りからはそれなりに見えるような状況だったに違いない。セロは空賊と思わしき青年に向き直り、頭を下げた。

 

「そこの空賊の方々。私はヴァンやパンネロの保護者を自認している、セロという。恐らく、いや確実にヴァンが迷惑をかけて大変申し訳ない」

「……まあ、退屈しなかったのは確かだな」

「ふ、それだけではないだろうに。……貴方は、ヴァンをビュエルバまで送ってくれるとのこと。私も共に連れて行ってくれないだろうか」

 

 横で脹れているヴァンに気を使っているのか、空賊の青年は言葉を濁す。その様子にセロは苦笑を浮かべた。

 

「え、セロも行くのか?」

「……ヴァン、お前のここ最近の行動を、胸に手を置いてよく思い出せ」

「う」

 

 王宮に忍び込むは、投獄されるは、脱獄するはと、ここ最近のヴァンは行動的過ぎて予測ができない状態だった。セロには彼らに弟の保護者を任せるのは、あまりにも忍びない。

 ヴァンも自覚をしているのか、気まずそうに視線をそらし、懸命にも言葉をつぐんでいる。

 

「それで、どうだろうか」

「ハァ……一人ぐらい増えたって変わらないさ。好きにすればいい」

「感謝する」

 

 投げやりに言う青年に、セロは口元を緩める。綺麗な顔立ちであまり分からないが、恐らくこの青年は見た目よりも若いのかもしれない。セロには青年がヴァンに似ているように思えて、後姿を微笑ましく見つめていると、横に誰かが立ったことに気づいた。

 

「青年はわりと照れ屋なんだな」

「ええ。彼、見た目よりも可愛らしいのよ」

 

 素晴らしいプロポーションを持つヴィエラの女性は、成人を過ぎているだろう青年を可愛いと評価する。内心同意を返しながら、セロは空賊の青年にエールを送る。

 

「私はフラン、照れ屋の彼はバルフレア。そこの男性は後で紹介するわ」

 

 脹れるヴァンを宥めている金髪の男性に視線を向け、フランは砂海亭の出口へと歩き出した。

 それを目で追いながら、セロは胸に掛かったペンダントを左手で握り締めていた。

 

 


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