白の青年   作:保泉

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休みだーッ!……というテンションで書きました。テンションは重要。


第十二話 《過去》結ばれた縁

 

 

 リヴァイアサンの艇内にある一室。豪奢な家具が配置された貴賓室のソファーで、セロは全身を弛緩させて寝転がっていた。

 彼の頭にあるのは、公的な正体が判明した友人たちのこと。二人の身分を思えば名を偽っていた理由も察することができる。だがそれで感情が納得できるかどうかは別物であった。

 セロは寝返りを打ち瞼を閉じる。友人たちとの付き合いはそれほど長い訳ではない。ただ、このイヴァリースに迷い込んだセロが過ごした一年間、その初期に出会ったのだからヴァンやパンネロ、ミゲロ達の次に長い知り合いではある。彼らが向けてくれた親愛が偽りだとはセロも思ってはいないが、どこか突き放されたような気分ではあった。

 目元に手の甲をあてる。ひんやりとした温度に、一瞬セロは自身の手かどうか疑った。瞼を開ければ、血の気が引き硬質化した掌の皮膚が目に入る。セロが友人に会ったのはこの手がまだ柔らかかった頃で、こんな手になった理由も彼らが関係していた。

 天井に向かって手をかざし、彼は出会った当時の記憶を甦らせていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「あれ、ミゲロさん何探してるの」

「ん? おお、カイツか。セロを見なかったかね?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しているバンガ――ミゲロにカイツは声を掛けた。ミゲロはひと月前にカイツの兄貴分であるヴァンが連れてきた青年を探していた。

 

「セロ姉――じゃなかった、セロ兄なら倉庫にいたよ」

「……。まだ定着していないのかい」

「しょうがないじゃん、ダイイチインショーが姉ちゃんだったんだもん」

 

 穏やかな笑顔で、柔らかな声で丁寧に話す青年のことを、カイツは最初女性だと思っていた。初めて「セロ姉」と呼んだときの周囲の空気の凍り具合を、カイツはひと月経った今でも鮮明に思い出せる。

 

 ミゲロは口をとがらせたカイツに礼を言うと、倉庫の場所へ足を進める。倉庫の扉の前には掃除道具の一式が置かれており、中からもガタゴトと物を動かす音が聞こえていた。

 

「セロ、いるかい? お前に頼みたいことがあるんだが」

 

 ミゲロが声を掛けると倉庫から聞こえていた音が止まり、一人の男が入り口からそうっと姿を現した。

 

「いかがなさいました、ミゲロ様」

 

 柔らかな声で首を傾げた青年――セロにミゲロは苦笑を浮かべ、カイツが間違うのも無理はないと納得した。成人した男の仕草とは到底言えない柔らかい雰囲気は、青年を中性的に見せるには十分だ。

 

「セロ……言葉遣いが戻っているよ」

「あっ、申し訳あ……すみません、ミゲロさ……ん」

 

 指摘され慌てているセロの姿に、ミゲロは微笑ましげに目を細めた。未だに丁寧な言葉遣いが抜けない青年は、その穏やかな印象のせいで破落戸に絡まれやすい。先日もヴァン達の手で絡まれているセロを救出したばかり。そのことを思い出して、ミゲロはお使いをセロに頼んで良いものかどうか悩み始めた。

 

「ミゲロさん? あの?」

「おー、いたいた。ミゲロさん例の件なんだ――って、どうしたんだこれ」

「トマジ様」

「おいおいセロ、様付けはやめてくれって言っただろう。トマジ、な。はい復唱」

「ト、トマジ……さん」

「……先は長いな」

 

 顔を覗かせたトマジにセロはつい慣れた口調で返してしまう。未だに一般的な話し方に慣れない彼の肩を、トマジは軽く叩いた。

 

「む? トマジお前さんいつの間に来ていたんだね?」

「さっきからいたぜミゲロさん。何かまずいことでもあったのか?」

 

 ようやく気付いたミゲロに、トマジは呆れた。もしかしてこれは仕事をキャンセルした自分へのあてつけだろうかとトマジは邪推するが、ミゲロはそういったことをするバンガではない。それならば何かトラブルが発生したのかとミゲロを促してみれば、なにやら彼はチラチラとセロを見ていた。そのわかりやすい様子にトマジは状況を察する。

 

「ミゲロさん、過保護はよくないぜ」

「いや、しかしなあ、ヴァンが何を言うか」

「一々アイツに了解を得るつもりかよ? 任せないといけないんだろ? 今回俺は行けないし、ミゲロさん困っていただろうに」

「――私でミゲロさ……んのお力になれるのなら、何なりと」

 

 こそこそと話す二人に首を傾げていたが、自分の手を欲されているのだと察して意気込むセロの様子に、ミゲロは苦笑を浮かべる。弟分というよりも親鳥のようにセロを構うヴァンには、後でどうにか説得することを覚悟し、彼に頼みごとをすることを決めた。

 

「セロや、ちょっと帝国までおつかいを頼まれてくれないかね」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ミゲロにおつかいを頼まれたセロは、アルケイディア帝国の帝都にあるエアポート内を歩いていた。ダルマスカとは違い、帝国はヒュム族以外を見下す傾向にある。商売においてもそれが影響し、バンガ族であるミゲロはいつもトマジに代理を頼んでいた。今回、トマジに急用が入り帝国へ向かうことができなくなったため、多少の不安はあるもののセロに代理を頼んだのであった。

 

 セロはさり気なく周囲を観察しながら、書類を抱えてロビーを進む。事前に聞いていた通り、ダルマスカと比べてエアポート内にヒュム族以外は殆ど見ない。一部荷運びに従事しているバンガが数名見かけるだけであった。

 セロが生まれた世界と異なり、この世界は言語を操る知能を持つ種族が複数存在する。セロの世界と同じくサルから進化したと思われるヒュム族、爬虫類から進化したようなバンガ族、豚から進化したシーク族、ウサギから進化したようなモーグリ族にヴィエラ族。他にも多種多様な種族があるが、イヴァリース住人歴ひと月のセロはまだ知らなかった。

 

 エアポートから出ると、そこはセロの予想以上に近代的な街並みが広がっていた。空飛ぶ車というものが実現しているアルケイディスの方が進んでいるともいえた。魔法というものが存在する世界ゆえの光景に、セロは楽しげに口元を緩めた。

 

 

 

 意気揚々と取引先の道具屋に足を運んだセロだが、書類を店員に渡し内容を確認するといきなり謝罪された。

 

「それでは、入荷が明日まで伸びるということでしょうか」

「はい、荷車のルートを封鎖していた魔物は討伐されたとのことですから、明日の午後には届く予定です」

 

 申し訳なさそうな表情の店員にまた明日来ることを伝え、セロは店を出た。元々、アルケイディスには一泊するつもりではあった為待つことに問題はないが、明日の午後まで予定が空いてしまい、どう暇を潰そうかとセロは悩み始める。今は丁度午後のお茶の時間帯、昼食をまだとっていなかったセロは、テラス席のあるカフェに入っていった。

 

 

 

 *

 

 

 

「申し訳ございませんお客様。店内が込み合っておりまして、相席をお願いできませんでしょうか」

 

 テラス席でセロがメニューを眺めていると、ウェイターが声を掛けてくる。とくに断る理由もない為セロが了承すると、しばらくした後ウェイターに案内されて男が席に近づいてきた。黒髪に白髪が混じり始めた初老の男で、セロは彼の好奇心に輝く目が強く印象に残った。

 

「すまんな、折角の一人のところ」

「いいえ、私も店に入ったばかりですので」

 

 メニューを片手に微笑むセロを、面白ものを見たと言わんばかりに笑顔で男は席に座った。ウェイターからメニューを受け取った男はセロがまだ注文をしていないことに気づく。

 

「わしを待つ必要はないぞ?」

「……実は帝都は初めてで。何を頼もうか迷っているのです」

「ほう、あんた帝国民だと思ったが。ではわしのおすすめを頼んでみんか? 味は保障するぞ」

「是非」

 

 ウェイターを呼んで注文する男をセロは空腹に眉を下げながら目線を向けていたが、男の背後に陽炎のように揺らぐ陰を見た。成人男性よりも大きなその影は、男に近い位置にいるウェイターや周囲の様子を見る限り、セロにしか見えていないようだった。

 自分も気づかないふりをした方がいいのか、迷いながら再び陰に目を移したセロは、「影と視線が合った」ことに動揺し肩を震わせる。

 

 次の瞬間、飄々とした雰囲気を纏っていた男が鋭い視線をセロに突き刺した。注文を受けたウェイターは男の変化に気づかず、一礼して店内へと戻っていく。十分に距離が離れたことを確認してから、男は低い声で囁いた。

 

「あんた、見えておるな? ――ああ、返事はいらん。態度で十分に答えておるよ。

 ただ、食後はわしと散歩に付き合ってもらおう」

 

 セロは己が面倒事に巻き込まれた事を悟り、目を泳がせながら心の中でミゲロに帰りが遅くなりそうなことを詫びた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 あまり味のわからない昼食の後、セロは男のあとに続いて細い路地を歩いていた。明らかに薄暗い方へと向かっていることにセロも気づいていたが、男の後ろにいた影がいまはセロの後ろにいるため、逃げることはできそうにない。

 男は小さめのドアの前で立ち止まると、懐から鍵を取り出したドアを開ける。セロを手招きしながら中に入っていく男に、戸惑いながらもセロは続いた。

 

 扉が完全に閉まると、モーター音がノブの辺りで鳴り、ドアを開けようにもロックされているようだった。オートロックとはまた近代的な、と興味深く思ったセロはペタペタとドアをいじってみる。

 

「いつまでも玄関におらんでこちらに来んか」

「あ……すみません」

 

 ついてこないセロに気づいた男が玄関に戻ってきた。若干呆れが混ざっているのは、オートロックに興味を寄せていたセロについて、影が男に教えたのだろう。少し恥ずかしそうに俯きながら、セロはドアノブから手を放した。

 

 

 座り心地のよいソファーと、一枚板の広い机の上には何かの設計図が無造作に置かれている。紅茶の香りが漂うリビングで、セロはただただ困っていた。

 このソファーに座ってから、男はずっとセロを観察している。時折小さく呟いているため、もしかしたら影と話しているのかもしれないとセロは考えていた。

 セロはちらりと部屋にある時計を確認する。置時計の時刻が正しいのであれば、時間はすでに夕暮れを指しており、そろそろ宿を取らなければ安い宿の部屋が無くなってしまう。

 

「あの、私そろそろ宿をとるためにお暇をしたいと」

「ん? 今日は泊まってゆけ。すまんがまだあんたを解放できん」

 

 意を決して声を掛けたセロは、あっさり泊まることを決められ口をぽかんと開けた。

 

 「まだ」セロを解放できない理由は何かと考えて、セロはミゲロから聞いた帝都の住人は情報を重視するということを思い出す。恐らく男はセロの素性について調べているのだろう。

 だが、それは不可能であるとセロは知っている。世界になれることが精一杯で、誰にも話すことができなかった過去。今ではこれ以上心配をかけたくなくて、話すつもりもない『昔』のこと。

 ――その気になったのは、超常の存在がそこにいるからだろうかと、セロはちらりと男の背後の影に視線を向けた。

 

「いくら調べられても、私の情報は出てまいりません」

「何?」

「私がこの地に参りましたのがひと月ほど前のこと。それ以前を知るのはこの世で私のみにございます。お知りになりたいことがございましたら、どうぞ私に直接お尋ねください」

「――ひと月。ふふ、道理で全く情報が見つからんわけだ」

 

 ソファーの背にもたれかかって、額に手を当てて男は小さく笑う。

 

「この地というのはこの大陸という括りではないな? あんたがラバナスタに住む以前が全く辿れんが」

「そうですね、この世界……星なのか次元なのかは見当がつきませんが、同じ空の下に存在しなかったのは事実です」

「ほう、そこまで違うか。――ヴェーネス?」

『嘘は言っていない』

 

 楽しげな男の声に応えるように、影が男の横で揺れた。その声音は性別を感じさせないが、どことなく女性のような響きをセロは感じた。

 

『纏うミストにイヴァリースとは違う異質なものを感じる』

「ふむ……オキューリアが見えるのもその為か、いやまだ断定するには材料が足らんな」

「オキューリア?」

 

 聞き返したセロの声に男は一瞬だけ眉を顰める。厄介ごとの気配を感じとり、セロはなんでもないと首を横に振った。男はじっとセロを見つめていたが、自己紹介がまだだったか、と唐突に口にした。

 

「わしはルーファス、こっちはヴェーネスという。で、あんたをなんて呼べばいい?」

「あ、え、セロと申します」

「セロか、よろしく」

「よろしくお願いいたします……え、ええと?」

 

 手を取られ握手をされ、にこやかな笑顔を向けられたセロは、ルーファスと名乗った男からの突然の友好的な態度におろおろと困惑する。戸惑うセロの姿を好奇心にあふれた目で見つめていたルーファスは、パンと手を叩き仕切り直すように立ち上がった。

 

「よしセロ、先ほども言ったが今日は泊まってゆけ。アルケイディアの名物を食わせてやろう。まだまだ聞きたいことはたんとあるのでな!」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 ここまで言われれば、自分の存在がルーファスの好奇心を打ち抜いてしまったのだとセロも気づく。少年のような目に恩人であるヴァンの姿が少し重なり、セロはくすくすと笑った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「君がセロか。私はエレン、ルーファスの友人だ。彼に質問攻めにされたそうだが……災難だったな」

「ひどい言い草だ、そう思わんかセロ? わしはちゃんと許可を得ておるというのに」

「ええ、まあ、そうですが……」

 

 次の日の朝、夜更けまで起きていたことが原因の寝不足で、多少ふら付いたセロがリビングに姿を現すと、金色の髪の美丈夫がソファーで寛ぎながら彼に声を掛けてきた。その正面に座ったルーファスが同じように寛いでいることを見れば、彼がエレンという青年にセロのことを話したのだろう。かけられた労りの言葉にルーファスがわざと悲しそうな表情を作っているが、寝不足になるほど容赦がなかったのは事実であるため、セロはそっと目線をそらした。

 

「どうやら意見の食い違いがあるようだが……立ち話をすることもないだろう、君も座ると良い」

「うむ。ついでにそこの袋も取ってくれんか」

「これですか? ――はい、どうぞ」

 

 執務机の上に置かれた茶色い紙袋をルーファスに手渡し、セロはその隣に座る。ルーファスは袋からパンやサンドイッチを出す。どうやら朝食のつもりなのか、彼はセロにもサンドイッチを渡した。

 

「エレンのおすすめの店だ。フライのソースがなんとも言えんうまさだぞ」

「ありがとうございます。――まあ、美味しい」

 

 勧められるがままにサンドイッチに齧り付いたセロは、サクサクとしたフライとそのソースの旨味に顔を綻ばせる。

 

「気に入ったかね、エレンに買ってこさせた甲斐があったな」

「えッ」

「ああ、気にせずとも良い。用事があったついでのようなものだ」

 

 自分が泊まったせいで人を使い走りにさせたのかと、緩んでいた顔を青ざめさせたセロに、エレンは手を振って苦笑いで否定する。どうもこの青年は友人にとって良いからかい相手と目をつけられてしまったようだ。ほっとした表情のセロを見てニヤニヤ笑っているルーファス。素直そうな彼がひねくれないことをエレンは願った。

 

 

 食べ終わった片付けを手伝った後、ルーファスが入れたお茶を飲んでセロは一息をついた。眠気は流石に覚めてはいるが、疲労感が抜けることはない。ラバナスタよりも『元の環境』に近いとはいえ、見知らぬ景色というものに気疲れしているのだろう、とセロは考えた。

 そんな様子を見逃さなかったエレンは、視線でルーファスを咎める。だが、ルーファスは肩をすくめるだけでそこに反省は見られなかった。

 

「君は確か午後に用事があったのだったな」

「はい。元々昨日用事が済む予定だったのですが、それも午後には終わるようですので」

「つまりラバナスタに戻るということか……つまらんな」

 

 まだまだ聞くことがある、と眉間にしわを寄せてまで唸る彼に、セロは困ったように微笑むしかない。このままラバナスタに帰してもらえないのではないかと、セロだけでなくエレンまでも危惧していたとき、唐突にルーファスの表情が晴れた。

 

「セロ、あんたのその言葉遣いを矯正せねばならん」

「私の言葉遣い、ですか?」

「ああ。十八にもなる男がそんななよっとした口調でどうする。破落戸まで砕けろとは言わんが、エレン程度は必要だろう?

 ――そこでだ。わしとエレンがあんたの口調を矯正してやろう。なに、用事のついでにこの家に寄ればいい! なんなら宿屋替わりに食事もつくぞ!」

 

 両手を掴みまくしたてるように笑顔で言うルーファス。その勢いに思わず頷いてしまったセロと、嬉しそうに掴んだ手を上下に振っているルーファスを、呆れた顔でエレンは見ていた。

 

 

 イヴァリースに来て一月。セロは自分の出自を知る『友人』を手に入れた。

 

 

 

 

 


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