白の青年   作:保泉

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第十一話 離別の道

 

 アルケイディア帝国、帝都アルケイディスの中心である皇帝宮。その謁見の場で、ゴホゴホと咳き込む老人が一人いた。彼こそがこの国の象徴である第十一代皇帝、グラミス・ガンナ・ソリドール。しかしグラミスは死の病にその身を侵され、余命もそれほど残されていなかった。

 

 自らの寿命を悟るグラミスの懸念は、自らが死した後の帝国の行方についてだ。グラミスには現在二人の息子、ヴェインとラーサーがいる。ヴェインは既に軍事について頭角を現しており、グラミスから見て政治に対する才も併せ持っている。ラーサーもそんな兄を慕い、ヴェインを支えようと知識を貪欲に学んでいる。ヴェインも弟を慈しみ、何かと手を回してラーサーが健やかに育つようにと気を配っていた。

 

 実に仲の良い兄弟であり、互いを支えあうことを目標とする二人の息子は、政治の主導権を狙う元老院によってその関係に亀裂を入れられようとしている。

 

 グラミスは、先ほど報告に訪れたジャッジ・ガブラスを思い浮かべた。信頼の置けるガブラスにヴェインの監視を任せたこと、それが正しい判断なのかグラミスは分からなくなっている。

 ヴェインからの資金の援助が確認できた、ドクター・シドのドラクロア研究所とナブディスの壊滅の件。作戦を指揮したジャッジ・ゼクトが行方不明のために真相こそ不明だが、どちらもヴェインの息が掛かっているのは間違いがない。

 

 ヴェインは目的のためなら情すら切り捨てられる男だ。そうなる様に、グラミスが仕向けた。ヴェインは幼い頃はとても感情豊かな子供で、ラーサーのように誰もがつい気を許してしまうような、そんな穏やかさを持っていた。

 

 それが一転したのは、グラミスが彼にある命令を下した時。元老院に操られる駒と化し、争いを始めた長男と次男をソリドール家の為という名目で断罪を命じた――それ以来、ヴェインは率直に感情を表さなくなった。

 誰にも付け入る隙を与えぬように、全てを完璧にこなす様になった。

 

 兄を討つ命令を与えたことで、皇族として政治家としてヴェインは完璧となる。必要であれば犠牲を許容できる、上に立つものとして相応しい資質を手に入れた。それはグラミスさえも、息子の考えを読めぬほどに。

 

 だが、その有能さが元老院を恐れさせ、未だ幼いラーサーを皇帝につけようと動き出す切欠となる。

 

 外にばかり目を向け、戦火を拡大し内政を疎かにしていたグラミスの失策が、元老院の助長を呼び息子達を争わせ……今また同じことを繰り返そうとしている。

 

「――余は、あといくつ誤れば正しき道に気づくのだろうな。命尽きるまで、あと如何程か」

 

 呟くグラミスの後悔を滲ませた声に、答える声はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァン達一行は、旧ダルマスカ王国の西側に位置する西ダルマスカ砂漠にたどり着いていた。大砂海オグル・エンサとの境である西境界壁にシュトラールのアンカーを下ろし、整備士であるモーグリ達に留守番を頼んだ。

 砂漠を渡る全員が飛空艇から降りた後、バルフレアは艇の保護のシステムを起動させる。みるみるうちに周りの風景と一体化していくシュトラールに、パンネロが感嘆の声を上げた。

 

「これも仕事柄ですか」

「有名人のつらいところさ。こうでもしないと、すぐに見つかる」

 

 呆れた表情でバルフレアを見るアーシェ。その視線を不敵な笑みで受け流しながら、バルフレアは懐にリモコンをしまいこんだ。

 街にあるエアポートでは預けられた飛空艇に持ち主以外が近づけば、警備員が対処してくれる。だが、ここは誰が通ったかも分からない荒野、そんなところに泊めていれば盗もうとする輩の一人や二人は湧いてくるのが普通だ。

 一般に流通していない珍しい型番のシュトラールであれば尚更のこと、盗難防止に力を入れるのは当たり前だった。

 

「さて、飛空艇はここまでだ。この先は『ヤクト』だからな」

「砂の海を越えて、死者の谷に向かいます。めざすレイスウォール王墓は、その奥に」

 

 オグル・エンサに続く道を見据えるバルフレアとアーシェ。この先の道のりに思いを馳せていた二人の耳に、ヴァンの軽い調子の声が届く。

 

「『ヤクト』ってのはさ、飛空石が働かない土地のこと。だから飛空艇で飛んでいけないんだ」

「飛空艇のことだけは詳しいのね」

「まあね、そりゃ空賊めざしてるし――って、おい! 『だけ』は余計だろ!」

「えぇー、ほんとじゃない。この前のあれ、セロさんに言っちゃおうかなー」

「ちょ、それは言うなって約束しただろ!」

「ふふ、冗談」

 

 ゆっくりとバルフレアとアーシェが振り返ると、無邪気に笑いあうヴァンとパンネロの姿があった。大砂海を越えるということがどれほど困難な道のりかを知ってか知らずか、砂漠育ちの子供達は気負いなど全く感じられない。

 

「道中、退屈しそうにないな」

「はぁ……」

 

 砂漠越えの前だというのに、疲れたように息を吐くアーシェをフランが宥めるように肩を叩く。驚いて振り返ったアーシェに、フランは小さく笑みを浮かべた。

 

「気負わないほうがいいわ。あの子たちみたいに笑っているほうが上手くいくものよ」

「フランにしちゃあ、楽観的な言葉だな」

「お母さんに影響されたみたい。……そういえば、貴女のことヴァンと双子の姉弟みたいだと言っていたわ」

 

 含むような笑みでアーシェを流し見たフランは、そのまま騒いでいるヴァン達の元へ歩いていく。

 

「双子……?」

「あんま気にすんな。最近、相棒の中で流行っているようでね。大方、あんたは『双子のお姉さん』ってところか」

 

 未だブームの廃る兆しの無さに、バルフレアはフランの好きにさせようと完全に諦めていた。普段あまり表情を動かさない相棒が、楽しげに笑っている……女性の笑顔を曇らせてまで止めさせたいものでもない。

 

「もしかして、『お母さん』は……」

「まあ、セロのことだな」

 

 微妙な顔でヴァン達を見るアーシェの声に彼女の否定してほしい気持ちを察するも、あっさり返すバルフレアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔に掛かる日差しによって、セロは目を覚ました。細やかな細工が施された天井が彼の視界に映り、何事かと驚いて飛び起きる。寝心地の良いベッドはスプリングも利いているのか、飛び起きた勢いで少し弾んでいる。

 視線を横に移せば、腰までの高さのチェストの上に、洗濯がされたのか丁寧に畳まれたセロの服と、水差しとコップが用意されていた。とりあえずセロはベッドの上から降り、糊付けまでされている自分の服に腕を通す。

 

 セロが寝ていた部屋にはベッドの他に、寝転がれそうな大きさのソファーが二対と、艶のある木製のローテーブル、そして簡単な作業用の机と椅子があった。ソファーに座り、ふと浮かんだ疑問にセロは首を傾げる。

 今回、セロにこの部屋まで移動した記憶がないということは、アトモスで眠った後も起きなかったということだ。控えめに表現しても気絶したと言える。そのような場合、セロが目を覚ました時にはヴァンとパンネロのどちらかが傍におり、すぐに彼への説教が始まるはずだった。

 しかし、二人の姿は見当たらない。既に日も高くなっているため、買い物にでも出かけているのだろうかとセロが悩んでいると、扉をノックする音が聞こえた。

 どうぞ、とセロが声を掛けるとゆっくり扉が開く。其処に立っていたのはセロが予想していた弟達や空賊達ではなく、ウォースラ一人だった。

 

「目を覚ましていたのか。一日眠っていたと聞いたが」

「一日ですか……まあ、短いほうです」

「……もう少し自分の身体に気を配ったらどうだ」

 

 問題ないと言わんばかりのセロの言葉に、ウォースラは呆れた視線を向ける。扉を閉めてゆっくりソファーへ近づいた彼は、セロの耳元で囁いた。

 

「このままここに居れば、侯爵に利用されるだけだぞ」

 

 ひそめたウォースラの声に、セロは苛立ちが含まれていることに気が付いた。

 

「貴方は、侯爵を信用していないのだな」

「政治感覚に優れているのは理解している。だが、それは全てビュエルバの為に費やされるものであって、ダルマスカに向けられるものではない。

 我らダルマスカの民は侯爵に歓迎はされるだろう……帝国と剣を交わす戦力としてな」

 

 ウォースラは侯爵が病を理由に、ビュエルバの領主を退こうとする動きを耳にしていた。解放軍の協力者からその知らせを受けた当初は、アーシェ王女を手元に置いたからの行動かと、侯爵の元に身を寄せることに同意した己を悔いていたのだが……急いで駆け付けてみればアーシェ王女どころか空賊達の姿も見えず、セロが部屋で眠っているという知らせのみ。

 

 侯爵が動いた理由がアーシェ王女ではなかったことに安堵するウォースラであったが、彼女らが抜け出すことを見逃した理由はこの青年の存在があったからだろうと、彼は気が付いていた。

 

「自身の容姿については気が付いているか」

「ああ、ダラン爺に忠告をされた。顔を隠せと」

 

 あの爺さん本当に何者だろうとしかめっ面をするセロに、俺もわからんとウォースラも眉をひそめていた。ダルマスカの将軍すら正体がわからない爺さんだとはセロも思わず、まじまじとウォースラを見つめてしまう。居心地悪そうに視線をそらすウォースラだったが、ごほんと誤魔化すように咳をした。

 

「それで――貴殿はロザリアには引き渡されることはないだろうが……担ぐのに十分な神輿になる」

「王女さんのように?」

「否定はしない」

 

 セロの皮肉を込めた言葉にも、ウォースラは動じない。セロはバッシュとウォースラの違いにようやく気が付いたような心地になった。バッシュは国の為にならばどこまでも己を削ることができるように、ウォースラはそれが国の為になるのであればどこまでも冷徹になれるのだろう。ダルマスカの為ならば王族さえ利用する――そう迷いなく口にできるウォースラに、セロは好感を持った。

 

「わかった……ここを出よう」

 

 だからこそ、セロはウォースラの誘いに頷きを返した。たとえ自身の身柄を預ける先が、ビュエルバから帝国に代わるだけと気づいていても、それがダルマスカの……弟達の為になるのならかまわなかった。

 

「ただ、私がこの屋敷から出ることができるのだろうか?」

「――それは問題ないぞ、セロ」

 

 次に考えるべきは屋敷からの脱出方法について。何か方法はないかとウォースラに尋ねようとしたセロだったが、聞こえた声にドアの方向を振り向く。そこにはいつの間に部屋の中に入っていたのか、後ろ手でドアを閉めているハバーロの姿があった。

 

「ハバーロ、なぜここに」

「お前の様子を見に来たつもりだったのだがな。聞き耳を立てていれば、随分と面倒なことに巻き込まれているようじゃないか」

「それは、この前も言われたよ」

「また別件、だろう?」

 

 死んだはずの将軍にくっついてきたと思えば、オンドール侯爵に利用されようとしている知人に、ハバーロは苦笑するしかない。彼は軽く手に持っていた袋を持ち上げて見せると、セロへと投げ渡した。

 

「これは」

「カツラと解放軍のメンバーが着ている服だ。その髪を隠してこの服でアズラス将軍の後ろを歩いていれば、勝手に解放軍だと勘違いするだろうさ」

 

 袋の中には、黒髪のカツラと普段着に見えるが、さりげない場所にマークがある上着が入っている。解放軍であるハバーロが、今から逃げる相手に渡していいものではない。

 

「いいのか」

「なーに、明日から違うデザインになるんでな。お前に処分を押し付けてるだけだぜ」

 

 ハバーロはビュエルバの解放軍のリーダーだ。実際のリーダーはオンドール候の為、表向きのという但し書きはつくとしても、セロを逃がすことが解放軍を不利にするのであれば、それは裏切り行為となる。

 彼も理性では友人とはいえセロに手を貸すことは、取ってはいけない選択肢だと理解している。だが、一般人として暮らしている民を巻き込む行為を、是としないだけの誇りは持っているつもりであった。

 

 セロはハバーロの気遣いに感謝し、素早く服を着込む。髪をまとめてカツラを被り、鏡で具合をチェックしていると、ふと笑い声がセロの口から洩れた。

 

「どうした」

「いや――懐かしいなと思っただけだ」

 

 鏡を見ながら自分の黒い髪をいじる……それは、一年前までは『彼女』が毎日のように行っていたことだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 オンドール候の屋敷を出て、セロとウォースラはエアターミナルへと歩いていた。無言で進むウォースラの後ろを、セロも沈黙を保ったままついていく。ターミナル内の格納庫の一つに二人が入ると、ウォースラはようやく立ち止まった。

 

「時間通りですな、アズラス将軍」

 

 小型の飛空艇から姿を現し、二人に向かって声を掛けたのは、ジャッジ・ギースだった。彼は鎧のこすれる音を響かせながら、ウォースラの前を通り過ぎ、セロに向かって一礼した。

 

「前にお会いした時は申し訳なくも気づきませんでしたが――オリバー・シモレット殿、ヴェイン様のご命令によりお迎えに参りました」

 

 戸惑いの表情を浮かべていたセロは、ギースの言葉に眉をひそめた。セロが『オリバー・シモレット』という名前で装飾品を作成していることは、ヴァン達と仲介役となってくれたミゲロ達、後は数少ない友人達のみ。敢えて吹聴するような人はいないとセロは考えている。

 

「何故、その名前を――それに、次期皇帝がどうして私を迎えに来させる」

「半年前のあの事件、捜査を担当したのが私なのですよ。ヴェイン様のお名前ではお分かりにならないのであれば、『エレン』という名ではいかがかな?」

 

 ジャッジ・ギースの声に、セロは表情を固まらせた。そして彼の脳裏に、友人である『エレン』の声が再生される。

 

『私の仕事か? ……そうだな、現場監督が近いか』

『はっはっは! エレンが現場監督か! ククッ……わしは機械整備士というところかな』

『エレンにルーファス……絶対ウソでしょう』

 

 あの日、朗らかに笑っていた『エレン』が、アルケイディア帝国次期皇帝候補『ヴェイン・カルダス・ソリドール』だとセロはようやく気がついた。随分上等な現場監督だなと痛む米神をセロが揉んでいると、はたともう一人の友人についても彼は疑問に思ってしまった。そう、『ルーファス』も帝国の上層部なのではないかと。

 

「まさか、ルーファスも」

「ああ、ドクター・シドのことだと伺っていますな」

 

 できれば否定の言葉を聞きたいセロだったが、無情にもジャッジ・ギースは正解をセロに告げた。自身の友人がドクター・シドという悪名高い科学者と知り、セロは余計に頭が痛くなった。

 

「ご気分がすぐれないのであれば、すぐに船室へご案内しましょう」

「そう、ですね。本当に……少し休みたいです」

 

 ジャッジ・ギースの気遣いにありがたくセロは頷き、先ほどからじっと様子を眺めてたウォースラに向き直った。

 

「貴方は、これからどうする」

「殿下の後を追う。チョコボを使えば今からでも追いつくだろう」

 

 途中まで送ってもらえるようだからな、と肩をすくめるウォースラにセロは苦笑いを浮かべた。帝国のジャッジマスターの前で今後の行動を言う――つまり、ウォースラと今の帝国は繋がっている。

 

 それはアーシェに対する裏切りで――ただ、彼はどこまでもダルマスカの為と自分の信念を貫いていた。

 

「きっと弟が殿下と一緒にいると思う。少しで良い、気にかけてやってくれないか」

「――一緒にいる空賊がどうにかすると思うがな」

「ああ、彼は随分とお人よしのようだからな……でも、頼む」

 

 これからきっと、セロは帝国の首都かヴェインの元へ連れて行かれる。そうなれば容易く外に出ることも難しくなり、ヴァン達に再会することもしばらくはできないと彼は考えていた。

 

 その間、弟達が無謀な侵入をしないように、誰かに見張っていてほしい。セロはそうウォースラに願っていた。

 ウォースラは黙って後ろを向き、少しで良ければ気にかけようと呟くと格納庫から出ていった。

 

「シモレット殿、リヴァイアサンの艦内をご案内いたしましょう。といっても貴殿はすでにご存じでしょうが」

「ああ、下手な新兵よりも知っていると思うな」

 

 ウォースラの去った方向を眺めていたセロだったが、ジャッジ・ギースの言葉に振り返り彼の後をついていった。

 

 


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