白の青年   作:保泉

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第九話 リヴァイアサン脱出②

 

 

 一行は追ってくる兵士を時折殴り倒しながら、発着ポートへの道のりを走っていた。といっても、倒しているのはヴァン・バルフレアとバッシュだけで、女性陣とセロは一切手を出していない。それどころか、セロはアーシェと手を繋いだままだ。

 一同のもの言いたげな視線と羨ましげな視線を綺麗に無視して、セロはアーシェをエスコートしていた。

 

「さてと、この先が発着ポートだったな?」

「ああ、待ち伏せはあるだろうけどな」

 

 やけに爽やかに笑顔を浮かべるセロに、バルフレアが諦めたように力が抜けた声で返す。

 

「あの」

「ん?」

「戦闘が予想されます。離していただけますか」

「ああ、了解」

 

 隣に立つセロの様子をじっと見つめていたアーシェだったが、戦闘をするには未だ繋がれたままの右手の自由を得なければならない。そう思ってセロに伝えると、彼はあっさりアーシェの手を離した。

 離れた温もりに、アーシェは少し眉をひそめる。何とも言い難い心情に、戦場で自分はなにを考えているのかとため息をついた。

 

「さーて、突入しますか」

「セロは後な!」

「……またか」

 

 意気揚々と扉をくぐろうとしたセロが、ヴァンに肩をつかまれて止められている。その状況を見つめるアーシェの姿を、バッシュが静かに見守っていた。

 

 

 

 一同が左翼発着ポートの中に入ると、ポート全体を見渡せる船橋の奥に、ジャッジ・ギースが佇んでいた。

 

「残念ですな」

 

 ギースはセロ達の姿を確認すると、呟くように言う。その表情は兜に遮られて確認はできないが、落胆したものだろう。

 船橋の奥から左手に対の武器を持ち、ギースはゆっくりと彼らに近づいてくる。

 

「ダルマスカの安定のために、協力していただけるものと信じておりましたが」

 

 ギースはジャッジマスターだ。彼の職務は帝国を騒がす輩を鎮圧すること。それは相手が亡国の王女でも変わらない、彼の者は国をいたずらに騒がせたのだから。

 

 国を治めるべき、民の安寧を護るべき王族。王女が本当に民を想うのであれば、帝国の手を取るのが一番正しいとギースは考えていた。

 

「まあ、王家の証はこちらにある。よく似た偽者でも仕立てればよいでしょう」

 

 よって騒ぎの元となる「不要なもの」に対する彼の対応は決まっていた。

 

「貴女には」

 

 静かに炎の魔力を手にまとわせる。

 

「――王家の資格も、価値もないッ!」

 

 殺意もなく、淡々と向けられた炎の魔力は、完全に不意打ちとなってセロ達に襲いかかる。

 

 避ける暇もなかった。思わずセロが弟分達を護ろうと動こうとしたとき、炎を象っていた魔力が揺らぎ、パンネロの元へ収束して消えていった。

 

「ん?」

「なんなの――!?」

 

 怪訝な声をあげるギースと、困惑して手元を見るパンネロ。その両手には青い光を放つ、ラーサーから貰った人工破魔石が握りしめられている。

 

「破魔石か」

 

 小さく呟いたバルフレアの言葉に、アーシェはこれが何か理解はしていなかった。

 だが、先ほどの攻撃は彼女ではなく「彼女が護るべき民」に向けられていた。この青く光る何かがなければ、また自分のせいで民が傷つくところだった。

 

 アーシェは皆を背に庇うように、前に飛び出す。その怒りが突き刺さる先は、目の前の鎧の男。

 

「ご立派ですな、殿下!名誉ある降伏を拒むとは。まったくダルマスカらしい!」

 

 嘲りを声に滲ませるギースの姿へ、今にも切りかかりそうになる自分を押さえながらアーシェは吼えた。

 

「貴様に何がわかる!」

 

「いいねぇ」

「なんだ惚れたか?」

 

 剣を構えるアーシェを見つめて、楽しそうに笑みを浮かべるセロに、銃で狙いを付けながらバルフレアが軽く返す。

 

「そうじゃない。やっぱ生き生きしている女性の方が、魅力的だってことだ」

「生き生きねぇ……確かにのびのびと戦っているな」

 

 烈火の如く怒りを湛えて戦うアーシェを、生き生きしているといえばそう見えるだろう。そこには独房からのどこか鬱屈した様子は全く感じられない。

 

「彼女は鳥かごに収まるような気性じゃないだろ。兄王子が存命なら、軍に入りかねないぞ」

「それには同意する」

「じゃあ俺はいってくるな」

「どさくさに紛れて前線に行こうとするなアホ」

 

 バルフレアが次の弾を込めている途中で、セロは今がチャンスとばかりに前に進む。しかし。

 

「行けば撃つ」

「銃口向けるなよ。冗談だって冗談」

 

 冷静に真顔で愛銃を構えるバルフレアにセロは白旗を降ることとなった。

 前衛に加わる素振りこそなくなったセロだったが、やはり不満なのか表情はしかめたままだ。帝国兵に銃弾を贈呈しながら、バルフレアはため息をつく。

 

「今のアンタは手に取ったばかりの武器で、到底人間の兵士相手はさせたくない。ここから出たら魔物相手だが存分に武器をふるわせてやるさ」

「ここが終わったらか。バルフレアもつき合ってくれるか?」

「しかたねーな」

 

 肩を竦めるバルフレアにセロは破顔する。本当にこの青年はお人好しだな、と当人が聞いたらいやな顔しかしないことをセロは内心考えつつ、弟分に回復魔法を準備した。

 

 

 

「う、グゥッ……」

 

 攻撃を受けて後ろの柱にぶつかった衝撃で、ギースは兜を落とした。厳つい兜の中には、初老の男性の姿。頭も打っていたのか、その表情はどこかぼんやりとしている。

 

 そして締め切られた扉が開き、ウォースラが駆け込んできた。一瞬でアーシェとバッシュ、そして未だ動けないギースを確認して手を招いた。

 

飛空挺(アトモス)を押さえた、来い!」

「アトモスぅ? トロい飛空艇(フネ)だな、主人公向きじゃないッ」

「まあ、バルフレアには似合わないな」

 

 もっと別のなかったのか、とグチグチ呟くバルフレアの肩を、セロが軽く叩いて隣を走る。

 

「オレが飛ばしてもいい?」

「また落ちたいの?」

 

 楽しげに言うヴァンだったが、フランに冷静にコメントされ落ち込む。別に本気じゃなかったのに、と呟く声が虚しかった。

 

 

 

 

 

 アトモスに乗り込んだあと、パンネロは不安な表情で操縦席のフランを急かしていた。

「早く早く! 全開!」

「だめ」

 

 静かなフランの声は、それだけでパンネロの頭を冷やさせた。彼女は落ち着いた声音で、頭を隠すように皆に指示を出す。

 通常の速度で進むアトモスは、艦艇群を抜ける際にいくつも一人乗り用の飛空挺とすれ違った。幾ばくかの時間が流れ、アーシェがそっと操縦席の背もたれから顔を出した。

 

「行ったわ」

「下手に急いだら気づかれるわ」

 

 冷静なフランの姿をキラキラとした目で見つめるパンネロ。セロは妹分の様子に笑みを浮かべつつ、フランの隣の操縦席に座るバルフレアに声をかける。

 

「あとはビュエルバに着くだけだな」

「帝国に見つからなければな」

「なに、君なら逃げ切れるだろう?『お兄さん』」

「任せな。アンタは休んでろよ『お母さん』」

 

 お決まりの会話を交わし、笑いあうセロとバルフレア。

操縦席から離れ床に座り込んだセロに、待ってましたとパンネロとヴァンが抱きついてきた。

 

「なんだ?この甘えんぼ共」

「セロさん、無理したでしょ!ヴァンに聞いたの!」

「え、あ、その……ヴァン!」

「俺しーらない」

 

 眉をひそめた妹分に、たじろぐセロ。告げ口をした弟分を睨むが、目を反らされる。どこみてるの、としかる体制になったパンネロに、セロはごめんなさいと小さくなるしかなかった。

 

 

 パンネロの説教から解放されて、セロはふらりと壁にもたれ掛かった。その顔はいつもの彼よりも血の気が失せており、目も少しぼんやりとしている。

 バッシュは彼の様子に気づき、声をかけた。

 

「顔色が悪いな、横になっていたほうがいい」

「そんなスペースないだろう、このままでいいさ」

「いいからセロさんは寝るの!」

 

 会話を聞きつけたパンネロが、強引にひざにセロの頭をのせる。突然の膝枕に狼狽えていたセロだったが、目眩がしているのか、ぎゅっと一度目を強くつむる。

 

「悪い、ちょっと限界みたいだ」

「安全運転で飛行してやるから、眠っとけ」

「ああ……」

 

 バルフレアの言葉に力無く開けていた目を閉じるセロ。しばらくすると、小さな寝息がアトモスのそれほど広くない艇内に聞こえていた。

 セロの寝顔を、隣に座るバッシュがのぞき込む。

 

「もう寝てしまったな」

「セロさんは、本当はとても身体が弱い人なんです。いつも、無理ばかりして……」

「多分、明日まで起きれないと思う」

 

 パンネロは寝入っているセロの髪をなでる。この兄はいつもヴァンや自分には無理をさせないくせに、自身は無理も無茶も厭わないのだ。

 セロの体力は、恐らくパンネロよりも無い。それは病弱というわけではなく、単に今までの生活で体力を使うことがなかったのだろう。砂漠を遊び場にしていたパンネロとは、違う生き方をしていたということは、当初のセロを見ていればヴァンにだって解ることだった。

 

 アーシェは彼らの様子を座ってじっと見ていたが、立ち上がってセロに近づいてきた。

 

「王女様?」

「どういたしました、殿下」

 

 パンネロの困惑した表情もウォースラの諫める声も無視して、そっと細い手がセロの長い前髪をかきあげる。

 

「――ラスラ」

 

 思わず、アーシェは呟く。長い前髪に隠れていたセロの寝顔は、亡くした夫にどこか似ていた。

 

「そんなに似ているか?王子様と」

「声はな。耳を疑うくらいに似ている」

「バッシュ」

 

 黙り込んだアーシェに、バルフレアが操縦したまま尋ねる。バルフレアにとって、セロがナブラディアの王子に似ているというのは、アーシェの態度から予想がついていた。

 いくら自国の民だからといって、アーシェのセロに対する態度はあまりにも柔らかかった。まるで、昔に会ったことがあるのではないかと邪推するほどに。

 答えないアーシェに変わって、バッシュが答えた。それに促されたのか、セロの髪から手を離してアーシェが続ける。

 

「顔はそっくりではありません。起きているととくに。

 でも、ナブラディア王に、良く似ています。ラスラは、王妃殿下に似ていましたから」

「ふーん?兄弟と疑うには十分、ってことか?」

 

 妙に不機嫌になったバルフレアにヴァンが首を傾げて彼を見上げる。しかし、視線が合うことはない。 

 

「しかし、彼の国にはラスラ殿下に年の近い王子はいなかったはずです」

「表向きはな。庶子の可能性がないわけじゃない」

 

 ウォースラの言葉を切って捨てるバルフレアを、切られた当人が睨みつける。どうやって収拾つけようかとバッシュが悩んでいると、銀髪の青年がうるせぇと呟いたことで気がそれた。

 

「セロは、セロだよ。俺の――兄さんだ」

「ヴァン」

「ちょっと似てるだけだろ。関係ないって」

 

 ヴァンにとって、彼は大事な家族だった。それ以外の彼の顔なんて、装飾品の職人というだけで十分だ。それに、彼らが話している内容は、セロがいなくなってしまう可能性があることだけはヴァンにも解っている。

 面倒なことに、自分が手が出せない政治的な理由で、大事な家族が巻き込まれること。それはヴァンが一番嫌うことだった。

 

 そんなヴァンの頭を、くしゃりとバッシュが撫でる。

 

「そうだな、セロは……彼は君の兄だ。それは間違いない」

「本当だよ。まったくさ、みんな俺の家族になに言ってるんだっての」

 

 しかし、いくら彼が自分の家族だと主張したところで、本当にセロがナブラディア王家の血を受け継いでいると解れば。きっと、彼らは離されてしまう。

 

 解放軍がアーシェと同等の、御輿を見つけて担がないわけはない。いや、血を受け継いでいるかどうかさえ、どうでもいいのかもしれない。セロの容姿は、見た目だけでナブラディア王との血縁関係を想起させる。

 

 そして解放軍のメンバーであるアーシェとウォースラがどう判断するのか、その判断にバッシュ自身は従うのかどうか。

 

 できることなら、平穏に暮らしていてほしい青年達を想って、バッシュはため息をついた。

 

 

 




一年唸って考えたのが、ノリで二日で書けた。
スタンド攻撃を受けたのか僕は……!?

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