白の青年   作:保泉

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第八話 リヴァイアサン脱出①

 

 

「きみが持っていたとはな」

 

 一行が帝国兵に囲まれ連行されている途中、バッシュが隣を歩くヴァンを見ながら静かな声で呟くように言う。

 

「これも縁だろう」

「俺を巻き込んだのも縁かよ」

 

 騒動に巻き込まれて不機嫌なバルフレアは、感慨深げなバッシュに悪態をつく。彼にとってパンネロを助けるだけのつもりが、帝国兵に捕まる事態になったのは大いに不本意だった。

 

 黙って歩け、と注意をする帝国兵を一瞥することなく、バッシュはまっすぐ正面を向いたまま言葉を返す。

 

「あの場では手はなかった。仕方あるまい」

「任務が優先か、さすが将軍閣下。それにしてもあれが王女とはねぇ……」

「貴様ら、さっきから静かにしろと――」

 

 皮肉を言うバルフレアに向かって、痺れをきらした帝国兵が槍を振り下ろす。しかし察していた――攻撃をするように誘導したバルフレアは左に避けると、帝国兵から槍を奪った。武器を引かれた勢いで前方に身体を傾ける帝国兵の背後から、バッシュは両手を拘束具ごと帝国兵の首元に思いっきり叩きつける。

 

 同僚の呻き声に前を歩いていた帝国兵が振り返るが、背中を見せた隙にフランが彼を長い足で蹴り飛ばした。倒れた帝国兵をセロが――非常に痛い急所を蹴って気絶させた。

 視界に映った容赦のない攻撃に、男性陣の表情が少し引きつる。

 

 残りの兵士は二人。しかし、敵に一番近いバルフレアとバッシュが背後の敵を振り返る前に、呻き声が聞こえてきた。彼らが振り返った先には同僚の首を掴み、吊り上げる帝国兵の姿があった。

 

 身体を弛緩させ気絶した兵を床に捨て、男はゆっくりと兜を取る。男の容貌を見たバッシュは、奪った槍で攻撃を仕掛けようとしていたバルフレアを制し、男に向かって近づいた。全く警戒をしていないバッシュの姿を見る限り、帝国兵の鎧の男は知り合いのようだった。

 

「侯爵の手引きか」

「初めて頭を下げた」

 

 懐から鍵を取り出し、男はバッシュの両手の拘束具をはずす。

 

「いいか、ダルマスカが落ちて二年。俺はひとりで殿下を隠し通してきた。敵か味方かわからん奴を、今まで信じられなかったのだ」

「苦労させたな、俺の分まで」

 

 開放された腕の動きを確認しながら、バッシュは幾分砕けた口調で言った。男は少し俯いたあと、真っ直ぐにバッシュを見つめる。

 

「助け出す。手を貸してくれ」

「ああ」

 

 意思を確認しあう二人を見ながら、バルフレアは手枷の外れた手でくるくると槍を弄んでいた。そこにセロの手枷もはずしたフランが近づく。

 

「彼は、解放軍の?」

「だろうな。王女様を迎えに来るってこたぁ、将軍か」

 

 殆どが戦死している旧ダルマスカ国軍の騎士の中で、生きている可能性がある将軍が一人いる。

 

『ウォースラ・ヨーク・アズラス将軍』

 

 バッシュと共にダルマスカ王国騎士団中心的存在だった騎士で、代々王家に仕えてきた名門アズラス家の出身。数々の戦場に出撃し、バッシュと共に死線を潜り抜け、挙げた武勲はバッシュにも劣らない。しかし二年前の調印式――ダルマスカ王、ラミナス・バナルガン・ダルマスカが暗殺され、バッシュが国王暗殺の汚名を着せられた夜から消息不明となっていた。

 

「俺、会ったことある。ダウンタウンにいたんだ」

「ダウンタウン? ――ああ、なるほどダラン爺のおつかいか」

 

 じっとバッシュと話す男、アズラス将軍を見つめるヴァン。隣に立つセロは、連想し出てきた名前に納得する。

 あの物知りな老人はラバナスタ市民の人望が厚い。相談を持ちかける者も多く、それは元騎士といえども同じ。

 

 セロの予想が正しければ、解放軍の者達も彼の老人に助言を願っていたのだろう。

 

「あの爺さんなら解放軍の主要人物と知り合いでも可笑しくないな」

「そうか?」

「よく言うだろう。『道に迷ったときはダラン爺に聞け』」

「あ、『彼はどんな道でも示してくれる』だろ? そっか、なんかすごいよく分かった気がする」

「おいおい、どんな爺さんだソイツは」

 

 話に上がる人物に興味が湧いたのか、バルフレアが呆れた表情ではあるが、目に楽しそうな光を浮かべて加わってきた。

 

「なんでも知ってる爺さんさ。ヴァン、大方お前の王宮への侵入経路もダラン爺に聞いたんだろう?」

「げ、バレた」

「……なるほど、この騒動の発端はその爺さんか」

 

 王宮への侵入方法を知っている時点で只者ではない。ダラン爺がヴァンに教えていなければ、今この場にヴァンもセロもバルフレアたちも――捕らわれていたバッシュもいない。

 実に奇妙な縁だ、とバルフレアは先のバッシュの言葉を思い出した。

 

「待たせたな、彼は解放軍の――」

「アズラス将軍だろう? 自己紹介もいいが、お姫様達を助けるほうが先だ」

「ああ、そうだな。行こう」

「ちょっと待て。出発の前に言っておくことがある」

 

 アズラス将軍をバッシュが紹介しようとしたのをセロが遮る。のんびりしている時間がないことを示し、それにバッシュが頷く。動き出そうとしたセロ達を止めたのは、片方の通路を指差したアズラス将軍だった。

 

「通路に赤いアミみたいなものが見えるだろう。あれは侵入者の探知装置だ。あれにふれると艦内に警報が発令され、帝国兵たちが集まってくる。

 時間がたてば警報は解除されるが、騒ぎなど起こらんに越したことはない。いいか、気をつけるんだぞ」

「気をつけろよヴァン」

「なんで俺に言うんだよ!」

 

 お前が一番うっかり触りそうだ、とアズラス将軍の話を聞いていたセロがからかうようにヴァンに言う。むっとするヴァンと、真面目な顔をしたバルフレアが走り出そうとしたセロを引き止めた。

 

「なんだ、二人とも」

「セロは後衛だ。後ろをついて来い」

「……私が何もできないじゃないか」

 

 攻撃魔法を使えず、武器も棒と近接用でしかないセロは、後衛にいると攻撃手段が全くない。

 

「何もするなって言ってんだ。ヴァン、見張っとけ」

「任せろ」

「過保護……」

「お母さんは無茶するもの」

 

 フランに宥められ、しぶしぶ進みだすセロをヴァンが追いかける。先頭を行くバッシュとアズラス将軍は後ろから聞こえてくる口論に片方は顔を顰め、片方は口元を緩めた。

 

「緊張感のない奴らだ」

「それが彼らの良いところだ。無闇に焦る気持ちを落ち着かせてくれる」

「ふん、物好きなことだ」

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

「そろそろ、ですね」

 

 リヴァイアサンの一室、無骨ではなく相応の装飾を施された空間でラーサーとパンネロは会話を楽しんでいた。

 ラーサーは一言呟くと手に持っていたティーカップをソーサーに戻し、ソファーから腰を上げる。

 

「ラーサー様?」

「パンネロさん、貴方を彼らの元にご案内します」

「彼らって……ヴァンがここにいるんですか!」

 

 突然立ち上がったラーサーを不思議そうに見ていたパンネロだったが、つむがれた言葉に思わず彼女も立ち上がる。

 

「ジャッジ・ギースが言っていました。オンドール候から賊を引き受けたと……恐らく貴方を助けるために、オンドール候の手引きでリヴァイアサンに乗り込んだのだと思います」

「そんな……」

 

 自分のせいで幼馴染が危険を犯したと知ったパンネロは、顔を蒼白にする。

 

「彼らが乗り込んだのはもう一つ理由があると思います」

「理由、ですか?」

「ええ。貴方に関しては、必ず僕がラバナスタまでお連れします。彼らもそのことは気づいているでしょう。ですが、もう一人の彼女についてはそうはいきません。あの人を助けるためには、今しかない」

 

 あの人、とパンネロの口が動いたのを見て、ラーサーが頷く。

 

「複雑な立場の方です。僕もリヴァイアサンに乗るまで知らないほど、拘留されていることを隠されていました。そして、あの人を危険を承知で助けようとする人物がセロさん達の中にいます」

「あの人って、もしかして……」

 

 口に出そうとした言葉をラーサーはパンネロの唇に指をあてることで止めた。

 

「今は黙って。

 さあ、パンネロさん。僕達も準備をしましょう。貴方の家族に会うために」

 

 そう言って微笑むラーサーに、パンネロはこくりと頷きを返した。

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 最後まで残っていた帝国兵が倒れ、広い空間に鎧の金属がぶつかる音が響く。

 セロ達はすでにリヴァイアサン内部の端、営倉の近くまで到達していた。警備を担当していたらしい帝国兵を鎮め、指揮官と思わしき兵士の懐をアズラス将軍――ウォースラが漁ると、鍵とカードキーが見つかった。

 

「これは、システム制御のカードキーだな。この鍵はこの先の営倉のものか」

「ならば、殿下がこの先にいらっしゃるのだな」

 

 ウォースラは鍵を握り締め、奥の営倉へと歩を進める。営倉の一つ、鍵の掛かった扉の前で素早く施錠を外し飛び込むように部屋の中に入った。

 

 扉の開く音に顔を上げた女性、アーシェは驚いた表情で入ってきた男、ウォースラを迎えた。

 

「殿下、ご無事で……」

「ウォースラ」

 

 立ち上がり駆け寄るアーシェだったが、見知った者の存在に気が緩んだのか華奢な身体がよろけた。とっさに咄嗟にウォースラが彼女の腕を取り、支える。

 

「殿下」

「ありがとう、大丈夫です。私――」

 

 セロがはじめて聞く落ち着いた声音で言葉をつむぐアーシェ。しかし安堵し緩んだその表情も、近づいてきたバッシュに気づくと、彼女は息を呑み強張らせた。

 数秒、互いの視線が交差する。

 

「ぐずぐずするなよ、時間がないんだぞっ!パンネロが待ってるんだ」

「さっさとしてくれ、敵が来る」

「――話はのちほど」

 

 黙ったまま動かない彼らに痺れを切らせたヴァンが声を荒げた。入り口、扉の付近に立ち外の様子を伺っているバルフレアも行動を促す。

 ウォースラの言葉に頷くアーシェだったが、困惑した表情で俯いたままだった。

 

 

 営倉から出ると艦内に警報音が響き渡った。五月蝿そうに耳を押さえつつ、セロは辺りを一瞥する。倒れている兵士は五人、営倉に入る前に倒したのは六人。

 

「一人足らないな」

「ったく、仕事熱心なことで」

 

 気絶から目を覚ました兵士が応援を呼んだのだろう。急がなければ帝国兵がわらわらと集まってくるのは間違いなかった。

 

「殿下、我らが血路を開きます」

「私は、裏切り者の助けなど!」

「なんとしても必要です。自分が、そう判断しました。――引き返すぞ、艦載艇を奪って脱出する」

 

 バッシュの言葉にアーシェがくってかかる。ウォースラは彼女を宥めるというよりも、敬意は含んでいるが決定事項を告げるように次の目標を示した。

 

 互いに頷きあい、走り出したバルフレアたちを追いながら、セロは思考に潜り込む。

 

 解放軍のリーダーはアーシェだ。だが実際に方針を決定していたのはウォースラだろう。アーシェの意思を誘導することに慣れているように見える。

 ウォースラはアーシェが"戦うこと"を許していない。ダルマスカの王位継承権を持つのは彼女だけなのだから、時期王として人を率いることにも、意見を聞き物事を取捨することも経験させなくてはならない。

 

 しかし、見る限りアーシェがそれに慣れているようには思えない。恐らくウォースラは彼女を未だに深窓の姫君として扱っている。戦場に立たない、綺麗な神輿として在ることを求めている。

 

 アーシェにとってそれは耐え難いに違いない。彼女は守られることを良しとしない性質のようだから。

 

「生殺しはキツイだろうな」

「彼が気づいていないからなおさら、ね」

「……フランは聡いなぁ。的確な答えが返ってくることにびっくりするぞ」

 

 ただの独り言に返事を返すのは隣を走るフラン。珍しくにっこりと笑う彼女にセロは苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 カードキーを使い、セキュリティー端末で警報を解除しながら進む途中、十字路の横から人影が飛び出してきた。互いに足を止め警戒しながら姿なりを確認する。

 其処にいたのはラーサーとパンネロだった。

「ヴァン――!」

 

 パンネロはヴァンの姿を認めると、嬉しそうな表情でヴァンの胸に飛び込んだ。ヴァンは彼女を抱きとめ、安心させるように背中を撫でる。

 

「ごめん、もう大丈夫」

「うん――きゃっ」

 

 セロも二人に駆け寄り、ヴァンごとパンネロを抱きしめる。ヴァンが少し苦しそうに呻いたが、気にせずセロはきょとんとしたパンネロに笑みを向けた。

 

「元気そうでよかった、パンネロ……」

「セロさん……おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

「セロ苦しい」

「少しは我慢しろ」

 

 ラーサーは微笑ましい三人を見ていたいと思うが、まず伝えなくてはならないことがある。

 

「ギースが気づきました。早く脱出を」

 

 真っ直ぐアーシェに向かって告げるラーサー。アーシェは戸惑ったように視線を彷徨わせ、ウォースラを見る。

 

「アズラス将軍ですね。僕と来てください。先回りして飛空艇を押さえましょう」

「正体を知った上で逃がすのか」

 

 アーシェの視線をたどり、頭の中にある肖像画から目の前の人物を特定したラーサーは、ウォースラに同行を求めた。それをウォースラは苦味が走った表情で少年の姿を見つめ返す。

 

 リヴァイアサンの内部はウォースラよりもラーサーのほうが詳しい。必然的に先頭を行くのはラーサーになる。そうすると、この少年は背中を敵国の将軍にさらすことになる。それも、無防備に。

 なぜ自分達を逃がそうとするのか、利点が見当たらない。

 

「アーシェ殿下、あなたは存在してはならないはずの人です。あなたやローゼンバーグ将軍が死んだことにされていたのは――何かが歪んでいる証拠です。

 今後あなたがたが行動すれば――もっと大きな歪みが見えてくるように思えます。

 だから行ってください。隠れた歪みを明らかにしてください。

 私はその歪みを糾して、帝国を守ります」

「――わかりました」

 

 ラーサーはウォースラからアーシェに向き直る。真摯な視線に戸惑うアーシェだが、暫しのためらいの後に了承した。

 

「どうもな " ラモン "」

「――あの時はすみません」

 

 からかいの口調で掛けられた声にラーサーが振り向くと、笑みを浮かべたヴァンとパンネロ、そしてセロがいた。

 ラーサーは少し苦笑して謝罪の言葉をつむぐ。

 

「パンネロさん、これ、お守りがわりに」

 パンネロに駆け寄り、ラーサーは青い光を放つ物体――人造破魔石を彼女に渡す。彼女はまじまじと人造破魔石を見つめる。

 

「ラーサー」

「セロさん」

「妹を守ってくれてありがとう。これを」

 

 セロが差し出したのは木製の首飾り。オンドール卿の屋敷でヴァン達に見せた赤い火の魔石が埋め込まれたものではなく、白い光をわずかに放つ半透明の魔石が埋め込まれている。

 ラーサーはそれを受け取り、木の台座に埋め込まれた魔石の奥に刻まれた花を見つけ、驚いた顔でセロを見上げた。

 

「これ……セロさん、あなたは――」

「パンネロが貰ったお守りのかわりだ。お前は無茶をするようだから、身につけておけよ?」

 

 白い魔石は聖属性の魔力が秘められている。首飾りは身につけた者に「常時回復魔法≪リジェネ≫」の効果があるセロの最新作だった。

 ラーサーはそんな効果があることはまだ知らないが、この装飾品が「お守り」に十分該当する代物だと察した。

 

「ありがとうございます。――行きましょう将軍」

 飾り紐を首に通し、ラーサーは微笑む。セロも笑みを浮かべてラーサーの髪を軽く梳いた。擽ったそうな表情を浮かべ、離れていくセロの手を視線で追った後、彼は瞼を一度閉じる。しかしすぐにウォースラに視線を向けた。

 

 かけられた言葉にウォースラはバッシュに目配せをする。バッシュが頷いたのを見てから、少年と共に走り出した。

 

 徐々に小さくなっていく鎧の擦れる金属音。走り去った方向を不安そうな面持ちで見つめるアーシェを、バッシュが静かな視線を向けていた。

 セロは彼に呆れた視線を向ける。まったく、一言でも声を掛ければいいものを、とバッシュとウォースラに心の中で文句を言う。仕える主のフォローぐらいする時間はあっただろうに。

 

 かといって、ほかの人物も彼女に声を掛けるには少々まずいようにセロは思った。バルフレアとフランは空賊で賞金首という札付き、ヴァンは言葉を飾らないためか、今のところアーシェとの仲は良いとは見えない。パンネロは先ほど会ったばかり。

 どうやら間を取り成すのはセロしか該当しないようだった。そのセロとて彼女と言葉を交わしたことはない。だが他よりはマシだろう。

 

「王女さん」

「――なにか」

 

 佇む彼女に歩み寄りながら声を掛けると、少々強張った声音で返事をされる。バッシュに向けるものとは数段柔らかくはあるが、セロには彼女が相当気を張っているように見えた。

 アーシェから二メートル程の距離で足を止め、安心させるように子供向けの笑みをセロは浮かべる。

 

「将軍と別れて心細いのはわかるが、とりあえず進もう。

 戦闘はあいつらが全部やってくれるだろうから、おしゃべりしながらのんびり行こうか」

「おい」

 

 セロの言葉を聞きとがめたバルフレアが嫌そうな声を出す。反応をくれたバルフレアに楽しそうな顔を向けたセロを見て、彼は何を言い出す気だと顔を引きつらせそうになった。

 

「嫌なら私を前衛にしろ」

「だめよ」

 

 明るい声で名案だと言わんばかりのセロに、フランが静かな声で禁止する。

 セロはくるりとフランを振り返り、もの悲しそうな表情を浮かべて彼女を見つめた。

 

「だめ、よ」

「――だそうだ」

 

 しかしフランは意見を譲らない。バルフレアはフランに完敗しているセロを見て、自身の相棒に内心拍手をする。落ち込むセロの肩を叩いているバッシュの向こう側から、帝国兵が数人走ってくるのが見えた。

 ヴァン達も気づいたようで、手にはそれぞれの獲物を握っている。

 

「よしヴァン、お前のノルマはあの二人な」

「わかった――ってバルフレア達は? 残り二人しかいないけど」

「俺で一人、将軍閣下で一人で計四人だろ」

「えー!」

「ヴァン、私も手伝う」

「だめだ!」

「おー、男を見せなヴァン」

 

 賑やかに帝国兵達に向かっていくヴァン達を見て、アーシェは反応に戸惑っていた。ここは敵地だというのに、なぜ彼らはこれほど余裕なのかが分からない。

 ウォースラに教えられてきた戦場での在り方と全く違う彼らに、いらつきと自分自身への不甲斐なさで光景から目を逸らすように視線は下がっていく。

 

「まーた俯いているな」

 

 思ったよりも近くで聞こえた声に、アーシェは驚いて顔を上げる。いつのまにか、セロは彼女のすぐ近くに立っていた。アーシェが一歩踏み出せば、彼が差し出している手に届きそうなくらいの距離に。

 

「ほら、行こう」

 

 優しげに耳に響く声音に、アーシェは思わずセロの手に自身の手を載せていた。自分の行動に驚いている彼女に笑みを向け、セロは早く来いと急かす弟分の下へアーシェの手を引いて歩き出した。

 

 

 


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