白の青年   作:保泉

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第七話 連行

 

 赤い太陽が地平線の向こうへ隠れてしまったあと、セロ達はオンドール候の執務室へと案内された。

 

「バッシュ・フォン・ローゼンバーグ卿。私は貴公が処刑されたと発表した立場なのだが?」

 

 全員が室内に入り重い扉が閉まったのを見届けた後、椅子に座ったままバッシュを見つめ、オンドール候は静かに口を開いた。

「だからこそ生かされておりました」

「つまり貴公は私の弱味か。ヴェインもおさおさ怠りない――で?」

 

 バッシュの言葉にオンドール候は疲れた表情を浮かべ、テーブルの上で手を組む。

「反乱軍を率いる者が帝国の手に落ちました。アマリアという女性です。――救出のため、閣下のお力を」

「貴公ほどの男が救出に乗り出すとは――よほどの要人か」

 

 オンドール探るような視線に、バッシュは一礼をすることで返答する。知らない人物の名前が出てきたことで、現状がさっぱり分からないセロは、ヴァンにこっそり尋ねた。

 

「アマリアって誰だ?」

「え? そうか、セロ知らなかったっけ。ガラムサイズ水路で会ったんだけど、一緒に捕まっちゃって。俺達とは別に連れて行かれみたいなんだ」

「ほう」

 

 そういえばバッシュがビュエルバまで一緒に来た理由を聞いていなかった、とセロは思案する。用事があるとは聞いていたが、反乱軍のリーダーを助けるためだとは。ダルマスカの騎士であった彼が選ぶ選択肢としては想像しやすいが、今の彼の立場では反乱軍に騒乱を招きかねないのではないだろうか。

 世間での彼は、国王を暗殺した裏切り者という認識なのだから。

 

「立場というものがあるのでな」

 

 遠まわしに協力できないと告げ、侯爵は椅子から立ち上がり奥の扉に向かって歩き出す。

 それを見て慌てたのか、ヴァンが駆け寄ってオンドール候に声を掛けたところを後ろから手で口をふさぎ、捕まえた状態でセロはこの屋敷にきた目的を告げる。

 

「ラーサーに会わ、むぐ」

「ラーサー様と一緒に金の髪の少女が一緒だったはずです。会うことはできませんか」

「……一足遅かったな。ラーサー殿のご一行はすでに帝国軍に合流された。今夜到着予定の艦隊に同行して、ラバナスタに向かわれる」

 

 オンドール候はセロの声に立ち止まり、振り返る。そのまま告げた内容は、今は会うことができないという宣告だった。

「むぉっ! ちょ、セロ放せっ、早くしないと!」

「落ち着けヴァン」

「パンネロは大丈夫だ。ラバナスタの市民が保護されているだけなんだから」

 

 焦るヴァンを宥め、バルフレアはいっそこのままラーサーに保護されていたほうが安全ではないかと考える。帝国の艦に忍び込んで脱出するよりも、帝国軍に守られたまま連れて行かれたほうが、危険性がかなり低い。

 自分達のような賞金首と関わっていると認識されるよりも、まっとうにこれからの人生を送れるに違いない。

 セロの顔を見ると、同じことを考えているのか、複雑そうな表情を浮かべている。

 

「ローゼンバーグ将軍。貴公は死中に活を見出して勇将であったと聞く。あえて敵陣に飛び込めば――貴公は本懐を遂げるはずだ」

 

 そうやって思考がずれていたからか、バルフレアはオンドール候の言葉への反応が遅れる結果となり。言葉の意味と息を呑む音に気づき、勢いよくバッシュがいる方向へ振り向くと、彼はゆっくりと顔を後ろにむけ、真剣な目で言い放った。

 

「――おい!」

「悪いな、巻き込むぞ」

「あーあ……」

「侵入者を捕らえよ!」

 

 剣を鞘から抜いたバッシュに、疲れた表情を浮かべるセロ。オンドール候の言葉に側近のレベ族の男が扉を開けると、部屋の前にいた兵達がすばやく突入してくる。それを見てバルフレアはあきらめたように肩を落とした。 

 

「ジャッジ・ギースに引き渡せ」

「放せよ! なにすんだよ!」

 

 まだ良く分かっていないのか、抵抗するヴァンを横目で見ながらセロは天井を見上げる。ヴァンだけがトラブルメーカーと思っていたが、バッシュも十分その役割を果たせるらしい。

 自覚がある分困った『お父さん』だ、と無抵抗のバッシュを見てセロは小さい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 

「帝都の老人どもに足止めされている間に、この復興ぶりだ。まったく――この国はたくましいな」

 

 ガラス越しにラバナスタの街並みを見下ろし、旧ダルマスカ王国執政官――ヴェインは楽しげに呟いた。彼の後ろに立っていた鎧姿の男――ジャッジ・ガブラスはヴェインの後ろ姿を見つめながら進言する。

 

「現在ラバナスタの反乱分子は孤立しておりますが――今後、外部勢力からの支援を受けると厄介です。特にビュエルバの反帝国組織は不自然なほど資源が豊富です。やはりオンドール侯が背後から糸を――」

 

 反帝国を掲げる組織は規模の違いはあれど相当な数に昇る。もっとも強力な組織が砂漠を越えた先のロザリア帝国であり、国家が主導しているだけあって規模も大きい。それに対してビュエルバの反帝国組織は規模こそ中程度に値するが、活動内容がもっとも充実している不可思議な点がある。

 豊富すぎる資金もそのひとつ。ビュエルバは無関係を装っているが、一般市民に知られるほどに噂が広まっている。

 

「オンドールを押さえるべきです」

 

 声色を強めたガブラスにヴェインは振り返って笑みを浮かべる。

 

「ところが彼から連絡があってな。檻から逃げた犬を捕らえて、ギースに引き渡したそうだ」

 

 胸元から紙の束を取り出し、机の上に放り投げる。それはオンドール卿からの手紙で、逃げた犬――バッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍を捕らえたという内容だった。

 ガブラスは机の上にある手紙をじっと見つめている。

 

「奴を殺すのは私です」

「――見上げた弟だ」

 

 絞りだすような低い声で呟いた男に、ヴェインは感情の読み取れない笑みを表情に浮かべた。

 

「ああ、ギースがラーサーを連れ帰る。明朝ビュエルバを発つそうだ。卿に本国まで送ってほしい。ドクター・シドが来るのでな、外してくれ」

 

 頷いたガブラスに退室を促すヴェイン。部屋から立ち去るガブラスと入れ替わりに、一人の男が独り言を言いながら部屋に入ってきた。

 

「現物を確認せねば話にならん。ナブディスの件もある。――ああ、偽装はしている。馬鹿どもには幻を追わせるさ。――そうだ、歴史を人間の手に取り戻すのだ。うむ……おう、ヴェイン。執政官職を楽しんでいるようだな」

 

 奇妙な独り言を呟いているのはシドルファス・デム・ブナンザ――通称、ドクター・シド。兵器開発研究所であるドラクロア研究所の所長であり、ヴェインとは年の離れた友人でもある。彼は立ち止まって笑みを浮かべ、親しげにヴェインに声を掛けた。それに一瞬足を止めるガブラスだったが、やがて部屋を後にした。

 

「二年も待たされたのでな。帝都はどうだ、元老院のお歴々は?」

「まめに励んどるよ、あんたの尻尾をつかもうとな」

「フッ――やらせておくさ」

 

 楽しげな笑みを向けるドクター・シドに微笑を返すヴェイン。

 

 アルケイディア帝国は帝政ではあるが、皇帝が絶対的権力者というわけではない。かつてアルケイディス共和国にて議会制を敷いていた時代から、元老院――政民と呼ばれる階級の名門の者で構成された組織――というものが存在する。

 

 皇帝のもとで元老院が国政を執るのだが、皇帝の選出や退任には元老院の賛同を得る必要がある。つまり、皇帝の任命権と退任を求めることができる大きな権限をもっていた。これは現皇帝のソリドール家が帝位に付く前、軍部が政治を私物化したことが原因であり、軍部の暴走を防ぐためであった。

 

 ソリドール家よりも立場は上であり、皇帝といえど元老院の意向を無視することができない。初期はソリドール家と元老院は協力関係にあったが、現在は悪化している状態だった。

 

 

「ところで、ラバナスタには彼がいることは知っているだろう」

「おお、そうだ。たしか一年前から住んでいると聞いている。後でこっそり会いに行ってみるつもりだよ」

「残念だが、今は留守らしい。直ぐに戻ってくるようだがね」

「そうか。いや、反応が楽しみだな」

 

 気分を変えるように軽い口調になったヴェインにドクター・シドも歯を見せて笑った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「ふぇっくし!」

 

 帝国軍の飛空挺内、独房の一室でセロがくしゃみをしていた。

 

「風邪引いたのか? やっぱコレ返すよ」

「いいから着てろ。見てるこっちが寒いから」

 

 ヴァンがセロに借りた上着を脱ごうとして、セロはそれを止めながら口元を拭った。独房内は隙間風などはないものの、夜になるとやはり冷える。ラバナスタでは問題なかったヴァンの格好もここでは随分と気候にあっていないため、見かねたセロが上着を強引に羽織らせたのだった。

 

「でも」

「大丈夫だから。パンネロとかミゲロさんとか、バルフレアとかが噂してるんだろ」

「あ、なるほど」

 

 それほど広さはない独房だが、この部屋にいるのはセロとヴァンだけだった。バルフレアとフラン、バッシュはそれぞれ個別に独房に入れられていた。セロとヴァンが一緒なのは、恐らく独房の数が足らなかったのだろう。

 

「さ、体力回復しないと明日がきついぞ。なにせ、うちのお嬢さんを奪還するんだからな」

「セロが一番体力ないだろ」

「……言うようになったなお前」

「いてっ」

 

 軽くじゃれあったあと、流石にもう眠らないと不味いと思った二人は横になって目を瞑った。ようやく静かになった、と隣の独房にいたバルフレアが深い息を吐いたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 次の日の朝、ヴァン達は帝国兵に拘束されたまま、飛空挺から戦艦リヴァイアサンに移送された。

 

「連行しました」

 

 メインコントロール室に連れて行かれたヴァン達。半透明の扉が開くと数名の帝国兵とジャッジ・ギース、そして一人の女性がいた。女性は入り口を振り返ると、ヴァン達を見て驚きの表情を浮かべる。恐らく彼女が「アマリア」なのだろうとセロはあたりをつける。

 アマリアはしばらく呆然とこちらを見ていたが、眉を吊り上げ険しい顔でバッシュに向かって歩き出した。

 

「殿下――」

 

 小さく呟くようにバッシュがアマリアを呼ぶ。その呼び方にセロは眉を潜め、横目でバルフレアを見るが今のは聞こえていなかったらしい。その隣のフランと目が合い、小さく頷かれてセロはため息を思いっきりつきたくなった。どうやら空耳ではなかったようだった。

 アマリアはバッシュの前に立つと、勢いよく頬を叩く。

「なぜ生きている、バッシュ! ――よくも私の前に!」

 

 厳しい視線でバッシュを睨むアマリア。そのあまりの剣幕に戸惑うヴァンを後ろから見つめて、セロはふいに笑い出したくなった。理由は、アマリアとヴァンの怒り方がそっくりだったからだ。

 ヴァンも彼女のように自分の感情をまず相手にぶつける。底から燃えるような怒りは、時間を置くか誰かの仲裁がなければけして鎮火しないのだが、彼女も同じだろうとセロは苦笑いを浮かべた。主にバッシュのこれからの大変さを思って。

 

「君たち、いささか頭が高いのではないかな。旧ダルマスカの王女――アーシェ・バナルガン・ダルマスカ殿下の

御前であるぞ?」

「こいつが!?」

「もっとも身分を証明するものはないのでね、今は反乱軍の一員にすぎない」

「解放軍です」

「執政官閣下はダルマスカ安定のため、旧王族の協力を望んでおられる。だが証拠もなく王家の名を掲げ、いたずらに治安と人心を乱す者には――例外なく処刑台があてがわれましょう」 

「誰がヴェインの手先になど!」

「亡きラミナス陛下から預かったものがある。万一の時には私からアーシェ殿下に渡せと命じられた。ダルマスカ王家の証 『黄昏の破片』――殿下の正統性を保障するものだ。私だけが在処を知っている」

「待て!父を殺しておきながらなぜ私を!生き恥をさらせというのか!」

「それが王家の義務であるなら」

 

 ヴァンに似ていると思ったからか、回りの会話も気にせず、セロは微笑ましいものを見るようにアマリア――アーシェ王女に視線を向けていた。激昂しているからこそ彼女は気づかなかったが、もし気づいていたら怒りの矛先はセロに移っていただろう。今のところ、楽しそうなセロに気づいているのはフランだけだった。

 ちなみに、現在とてもシリアスな雰囲気の場面であることは間違いない。フランは困ったお母さんねと口元だけをわずかに吊り上げた。

「いい加減にしろよ。お前と一緒に処刑なんてイヤだからな」

「黙れ!」

 

 セロのずれた思考も、ヴァンの声とヴァンから流れてくるミストによって現実に戻った。ヴァンを見ると彼はポケットから光る大きな石を取り出していた。自ら主張するかのように光るその石を、ヴァンは恐る恐る両手で持つ。

 

「ヴァン、それは!」

「王宮の、宝物庫で――」

「おいおい――」

「はぁ、でかい戦利品だ」

 

 驚いた声のバッシュに、気まずい顔でヴァンが答える。どうやらバッシュには盗みをしたことを言っていなかったらしい。セロはてっきりヴァンが帝国兵の鼻を明かす為に王宮に乗り込んだのかと思っていたが、どうやらちゃっかり獲物をとっていたようだ。盗んだ本人もまさか王位継承のための証とは思わなかったようだが。

 

「はっはっはっはっは!けっこう!もう用意してありましたか。手回しのよいことだ」

「やめなさい!」

 

 手を差し出したギースに、止めようとするアーシェ。判断がつかなかったのか、ヴァンは後ろを振り返る。バルフレアが顎で渡してしまえと示し、フランも頷く。最後にセロも頷いたのを見て、ギースに向かって一歩歩く。

 

「約束しろよ、処刑はなしだ」

「ジャッジは法の番人だ。連行しろ。アーシェ殿下だけは別の部屋へ」

 

 ギースは暁の断片を受け取ると約束するつもりはないと言外につげ、ヴァン達に背を向け部屋の奥へと歩き出した。帝国兵が一向を囲み、連行していくのも見ずにアーシェは肩を落としていた。

 

 メインコントロールルームに残ったギースは、暁の断片を見つめると、静かな声で呟いた。

 

「ヴェイン・ソリドール……なぜこんなもののために――」

 

 王家の証――確かに重要な品であることは確かだが、皇帝の三男であり帝位継承権第一位の男が望む品ではない。ギースは彼の執政官の考えていることが想像がつかなかった。

 

 


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