アラレは怪獣ゴッコをするためにせんべえの研究室にいた。
ガラクタの中にコスプレの着ぐるみが入っていないか探す。しかしあるのは金属製の部品ばかり。アラレは探すのを諦め、代わりに自分で作ることにした。
数分後、便秘から解放されたせんべえがスッキリした顔で研究室に戻ってきた。そこにあったのは見慣れた光景だった。
「こらアラレ! わしの発明品を壊すんじゃない!」
「ほよよ」
「ガッちゃんもわしの機材を食べるな!」
「ぐぴぽー」
せんべえが怒鳴るが、アラレはきょとんとして全く反省の色なし。ガッちゃんに至っては未だに工具を食べ続けている。
くそー、こいつらちっとも堪えてない。ここは何かひとつ……
「はかせはかせ! あたし怪獣ゴッコしたいんだけど!」
「なにい?」
せんべえがお仕置きを考えている時だというのに、アラレは当然のように頼みごとをしてきた。せんべえは怒りのままに断ろうと思ったが、不意に別の案が浮かんだ。
「よーしアラレ! ガッちゃんも! だったらヒーローのいる世界に行けばいい!」
「ほよ? ヒーロー? スッパマン?」
「違う違う! あんなパチモンじゃなくてアニメに出てくる本物のヒーローだ! 前に物語の世界に入り込むマシーンを作っただろう?」
「ほよよ」
「つっよいヒーローと戦えるぞお」
「つおい!? わくわくわくわく!」
わしって天才かも。せんべえは思った。なお、わくわくし過ぎたアラレが突然キーンと言いながら走ったので、研究所は無茶苦茶になった。
せんべえが選んだのはワンパンマンという漫画だった。アラレより強そうな主人公が出て、なおかつアラレを殺してしまうことはない。ちょうど怪人ゴッコをしている敵を生かした場面があったのだ。
せんべえは物語の住人に対する影響も加味し、アラレが戦っても死人が出ないような場面、場所を選んだ。しかしアラレを痛い目に合わせるために「知らない方が面白いだろう?」と言って詳細は伝えなかった。アラレは、ヒーローのサインをもらいたいピースケ、暇そうなアカネ、仲良しガッちゃん、宇宙船に興味のあるニコチャン大王とその家来、プロヒーローとして女にモテたいスッパマン、と共に物語の世界へ飛んだ。
「なーんだここはー? ずいぶん殺風景な場所だなあ」
「ごほっごほっ。埃っぽいね。アカネちゃん」
一面茶色の大地に覆われていた。いいや、コンクリートの破片がそこら十に散らばっていて、ネズミ色も目立つ。しかし何より彼らを不快にさせたのは砂ぼこりだった。鼻は詰まり、喉は痛く、目も痛い。
「で、出てこい悪党め! このスッパマン様が来たからには!」
砂ぼこりで視界が悪いので、スッパマンは検討違いなただの瓦礫相手に啖呵を切っていた。
「よぉーし、マンガのチタマに着いたがや。早速マンガの宇宙船をかっさらおうぎゃ」
「しかし大王様、マンガの宇宙船でマンガの宇宙に飛んだところで私達の故郷には帰れないのでは?」
「うん……?」
ニコチャン大王は家来の言葉に眉を顰める。失敗かもしれないと思い、若干焦ったが、いつも通り怒鳴ることにした。
「うるしゃあー! んなこと後で考えたらええぎゃ! やる前から文句ばっか言ってんでねえ!」
「しかし……」
家来は不満げだが、大王は歩き出す。しかしそこで、スッパマンの拳が大王の額を捉える。
「痛あああ! おみゃー何するぎゃ!」
「出たな悪党め! しかし正義の味方は負けないのだ!」
「なあに訳の分かんねえこと言ってっべ!」
と、勘違いしたスッパマンとニコチャン大王のケンカが始まった。
「何やってんだあいつらは?」
「さあ」
「ほよよ」
アカネが呆れたように言い、ピースケが頷く。ここまでいつも通りである。
ふと、ガッちゃんがアラレに耳打ちした。
「ぴーぐぴぴー。ぐー」
「何? ガッちゃん」
「ぐぴぴーぐぴー」
「うんうん、えっ? あっ!」
アラレはうれしそうに叫び、上空を指差した。
「なんだアラレ? うわっ」
「あっ、すっごーい」
アカネ、ピースケ共にアラレの指の先に視線を送り、固まった。
「だ、大王様! ケンカなどなさってる場合ではありません!」
「うっせえ! おめえも加勢しろ!」
「なっ! 一対一の戦いのはずだぞ! なんて卑怯な!」
ニコチャン大王の家来も上空の何かに気づき、大王の前に割ってはいる。そのせいで大王とスッパマンにいいパンチをもらってしまったが、大王を見上げさせることには成功した。
「おっ、うおおっ! すげえがや! でっかい宇宙船だがや!」
彼らの視線の先には、町どころか都市をまるごとひとつ多い尽くすほどの、とてつもなく巨大な宇宙船があった。
「よっしゃ行くど! あれを奪いに!」
「し、しかし大王様。行くと言ってもどうやって?」
「うるしゃあああ! 行くがや! 着いてきい!」
「ぐむうっ」
家来が不満顔で大王に引っ張られていく。
この間、スッパマンはすさまじくビビり、少しチビっていた。
アラレ、ガッちゃん、アカネは笑顔で、ピースケは緊張しつつ憧れの感情で宇宙船を眺めていた。
「すごいなあ。あの中にどんなすごいヒーローがいるんだろう」
「な、何!? ヒーロー!?」
ピースケの一言で、ビビりまくっていたスッパマンが一変する。
「しっしっし。そりゃあおめえ宇宙でもトップクラスのスーパーヒーローなんじゃねえの? ビビりまくってる誰かさんとは違ってさ」
「バ、バカ者!? 私はビビってなどおらん! おい少年! 本当にヒーローの船なんだろうな! 違ってたらただじゃ済まさんぞ!」
「えっ? そう言われても」
スッパマンはピースケの両肩をがっしりつかみ、脅すように揺さぶった。
ふと、アラレがアカネの肩をちょんと突いた。
「ねえねえ? あそこにすごくつおいヒーローがいんの?」
「ん? ああ、いるんじゃねえか?」
「うわあ。うっほほーい!」
アラレはアカネの返答に大喜び。未来の激しい戦いを夢見て瞳を輝かせた。
「行こ、ガッちゃん」
「ぐぴぴー」
アラレはジャンプひとっとびで宇宙船に向かう。ガッちゃんも背中の羽で飛び、アラレに続こうとしたが、ピースケが待ったをかけた。
「待ってよガッちゃん! 僕も連れてってよ!」
「ぐぴ?」
ガッちゃんは一瞬止まった後、ピースケのもとへUターン。ピースケが足に捕まるまで待ち、再びアラレ目掛けて出発する。
「ま、待つがやあ!」
「私も連れて行けえ!」
と、それを見たニコチャン大王とスッパマンもガッちゃんに飛び付いた。しかし届かず、ピースケの足をつかむことになった。
「い、痛い。離してよお」
「泣き言いうんでねえ! 離したら承知せんど!」
「我慢だ少年! これも正義のためだ!」
ピースケは泣きながら、ニコチャン大王、家来、スッパマンは怒鳴りながら宇宙船へ向かった。
「にししし。じゃ、おれは誰もいない街をあさらせてもらおっかなあ。ごほっ、ごほっ。マスク持ってくりゃよかったぜ」
アカネはひとり、物語の世界に移動できるせんべえの発明品を手に、荒れ地を歩き始めた。実は彼女は、この物語のこの場面を知っていた。上空の巨大なあれがヒーローの宇宙船ではなく、凶悪な宇宙盗賊のものであるということも。