とある月の光に照らされた人気の無い夜。その家々の連なった屋根の上で争う影があった。
一つは両手に三本づつ、計六本の細身の剣を持った神父服の男だった。その男の神父服は所々破け汚れているが垣間見える細身の筋肉質な身体に傷は一つとして無く無傷、もし男と同業者が見たのならそれはとても不自然に見えただろう。なにせ弾丸すら通さない程の強化の掛かった神父服がボロボロだというのにその身体には血一つ流れておらず擦り傷すらないのだ。神父服の状態を見れば確実にその攻撃は身体にまで通っているだろうことは見てわかるのに。
対して、そんな不自然な男の十m前方で荒い息をしながら肩膝を付くのは同じようにボロボロに破れたスーツ姿の男だ。しかし唯一違うのはその男のスーツには今も流れる血がベットリとついている事であった。
しかもよく見ればその血は決してスーツ姿だけから流れたものではない、返り血も掛かった血の付き方だった。
そんなスーツ姿の男は肩膝を付きながらも吠えるように言う。
「貴様……本当に人間か……ッ!?何故倒れん!何故地に伏さん!私は死徒なんだぞ!?」
「問われれば教えると思うか?それは大変な駄考であるな。主に反する異端よ。さて、今お前には二つの選択肢がある。一つは私の拳で爆散して身動きできぬその肉片一つ一つを黒鍵で刺されるというものだ。あともう一つは簡単だ。ただ単に黒鍵で切られて終わる。……さて、どうするかね?」
「クッ……巫山戯た問を……ッ!答えなど決まっている!誰が貴様などに殺られるものかッ!貴様が死ねェ!!」
スーツ姿の男は神父服の問に憎々しげに顔を歪めた後、そう言い放ちインパクトで屋根の破片が吹き飛ぶほどの強さで屋根を蹴った。その速さは既に常人のそれを超えており一足でスーツ姿の男は神父服との距離を詰める。
「ハッ……!」
だがしかし、腰だめの手刀を神父服の首に狙いを付けたスーツ姿の男が『獲った!』と思ったその瞬間、既にスーツ姿の男は斬られていた。
月光に照らされ、闇にスーツ姿の男の分けられた身体と身体の間の影に白い線が入った。
しかしそれをスーツ姿が知覚することは無い。近すぎて、尚且速すぎて視認出来なかったからである。
「―――あ?」
そして男の視界はスーツ姿の男が気付かぬ間に斬られていたことにより、滑らかにズレていった。
今俺の目の前には頭を黒鍵にて横に四等分にされた男の死体が転がっていた。
いや、元々死体だったか。なんせ死徒だしな。
死徒とは吸血鬼だ。人間だったころに他の死徒に吸血され死んでからリビングデット、所謂ゾンビとなり数ヶ月の期間を経てから吸血鬼となった個体を死徒と呼ぶ。
俺達のような代行者が呼ばれる時は、大体リビングデットではなくこの吸血鬼の個体だ。ゾンビはよく見習いの時とかに狩ったっけな。その時偶然いたそのゾンビ達の血の主であろう死徒を俺が単騎で狩って少し騒ぎになったっけ。
ちなみにアニメの切嗣幼少期にあったあの島の喰種事件の喰種は一応死徒だがリビングデット止まりで吸血鬼になることはなかったりする。そりゃそうだよな、もしそうだったら今頃世界は死徒だらけだよ。
それにしても呆気ないよなぁ、最近の死徒弱すぎ、もっと強いの出てこいや。
「……帰るか」
そうだ!こんな僻地にわざわざ来たんだしここら辺のパン屋にでも寄ろうじゃないか。もしそのパン屋にアップルパイが無かったらブッ潰すけどな。
そういえば世界一美味いアップルパイ ってあんのかな。もしあったらどんなのんだろうなぁ。 きっとめちゃくちゃ美味いのだろうな。鼻腔をくすぐる林檎の香りにジューシーな果肉と絶妙な重ね具合と焼き加減のパイ生地。あぁ……想像しただけでヨダレが……。
「―――っ、それよりも早くここを離脱せねばな」
ああ、それにしても世界一美味いアップルパイか……。食べてみたい、食べてみたいな。
アップルパイ美味いからな。あれは神、クラウディアとカレンは天使コレ重要。
考えていると本当に食べてみたくなってきたな。世界一美味いアップルパイ。どこにあるんだろうマジで。
しかしそんな考えを頭の中でぐるぐるさせていたその時だった。
「ッ!?」
突如、右手に激痛が走る。流石の突然の出来事に思わず俺は屋根の上で蹲ってしまった。
手を屋根に押し付け、痛みに握り締めるかの如く被せた左手の隙間から何処か見たことのある既視感の凄まじい赤い光が漏れる。
俺はこの光を知っている。見慣れているとも言えた。なにせその赤い光はあの物語に必ずと言っていいほどワンカットはあったそれだからだ。
俺は被せていた左手を震わせながらも外し、右手の甲を見下ろした。
そして現実を見る。
「……令呪……だと」
俺は震え気味の声でそう人知れず呟く。
いつか来るのだろうなという確信はあった。だがいざ目の当たりにしてみるとなんというか……その、うん。何とも言えないなぁ……。
しかし運命と言えばそれだけで済むが、俺って聖杯に願うに足る『願い』などまだ無いはずなんだがな…………。よし、少し思い返してみようじゃないか……。
「……ぁ」
ふと俺は思い出した。令呪が出る前に思っていた事を。
そしてその非現実さに『それでいいのか聖杯!?』と心の中で突っ込みながらもから笑い気味に言う。
「私は……アップルパイが食べたいという願いで聖杯を引き寄せたのか……」
その事実に、俺は半場呆然としながらもついには月を見上げて笑っていた。
というのも実は『俺って聖杯に願う事無いから令呪出ないんじゃね?』とか思っていたりしたのだ。安心した、かなり安心した。もうこれ以上に無いまで安心した。いや、自ら戦地に行くことに何故安心してんだよ俺。
「フッ、フフ…フハハハハハハハ―――」
その俺の不気味な笑いは俺の喉が枯れるまで続いた。
二日後、俺の目の前には目を見開いたまま固まってしまった璃正がいた。
もちろんそうなっているのは俺のせいだ。主に俺が令呪を宿したことについてである。
しかしこうなってもう一分ぐらい経ちそうだ。流石にこれ以上ほっとくのはなんというかヤバイだろう。
「……父上」
「……ハッ!?」
ふう、やっと再起動したか。ああ、それにしても最近老けてきたな璃正。いや、元々老けてきたか。
「綺礼……それが何だか分かっているか?」
「確か聖杯戦争に用いられる令呪、ではなかったですか?父上の腕にもあるのと同じモノであったはずですが……」
「ああ、その通りだ綺礼。私は前回も監督役だったからな。…………さて、綺礼よ。心して答えよ、お前は聖杯戦争に出る気はあるか?」
きましたか。だが俺の答えは決まっているぞ。具体的には昨日の夜決めたんだがな。食べるぞ、世界一美味いアップルパイを俺は。
「……出ようと思います」
「そうか……ならば紹介したい人物がいる。後日、日本へ向かうぞ」
「日本……ですか?しかしクラウディアやカレンは……?」
「…そうだな。流石にカレンとクラウディア君だけにさせるのはいたたまれないか……」
「…そうです。少し遅い新婚旅行という事で連れていくのはどうでしょうか?」
「それは良いアイディアだな。よし、そうとなれば準備を開始しよう。かのアインツベルンはもう準備を始めているらしいからな」
「わかりました、父上」
はてさてどんな英霊を出そうかなぁ。ハサンズ?呪腕さん?静謐さん?まあどっちにしろ肉弾戦で俺英霊とやり合えそうなので問題ないのだがな!葛木宗一郎も顔負けだぜ!
「見て見てカレンちゃん」
「ここが日本、ですか……」
「冬木の何処だここは……?」
「こっちだ綺礼、ほれほれカレン〜こっちだ〜おじいちゃんが抱っこしような〜」
「父さま、抱っこしてください」
「ああ構わん」
「カレンッ!!??」
「あはは……カレンちゃんはいつも通りですね……あっ、綺礼さん?あれは何ですか?」
「あれか?あれは――――」
冬木の遠坂邸に至るまでの道、そこには現在とあるとても目立つ一行がいた。
もちろん綺礼らである。白髪のオールバックの老人、比較的長身の神父服越しからも分かる引き締まった身体をした黒髪の男。そしてその男の腕の中にまるで『ここが定位置』と言わんばかりに抱かれる白髪金眼の美少女にその母であろう同様に白髪金眼の美しい女性。もう一度言おう、とっても目立っています、はい。
「この坂を上ったあたりか」
「そうですか」
「…………」
クラウディアとカレンが物珍しげに周りを見ている姿が微笑ましい。いやはや眼福ですなぁ。
大して俺はこの坂道は正直アニメやゲームのカットでよく出てきて見慣れているのでそこまで目新しく無かった。そのためいつも通りの綺礼フェイスで前を向いて歩いている。ああ、段々と見えてきたぞ遠坂邸。周りの高級屋敷に劣らずでかいなぁ、まあ幽霊屋敷然としているのは変わらんが。
表門へ行くと、そこにはやはりというかトッキーが待ち構えていた。後ろには妻である遠坂葵が立っている。
「お待ちしておりました。璃正殿。そちらの三人方の名をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ああ時臣君、件の息子の綺礼だよ。二人はその妻のクラウディア、そして私の孫のカレンだ」
「そうでしたか、ではこちらへどうぞ。我が遠坂邸を案内しましょう」
「かたじけないな時臣君」
「いえ、お気になさらずに」
うわぁ、さすが絶滅危惧種のリアル貴族属性持ちのトッキーだ。なんというか、うん。……何だろう……。
しかし何だかな、ここに来ると改めて俺が聖杯戦争に参加するんだと自覚するよ。
というか俺これからトッキーに魔術習うんだよな……魔術とか全く知らないんだが。いや違うか、火葬式典があったな。まあ黒鍵付与済みのやつだが。
まあ考えていても仕方が無いか。トッキーの事だし上手く教えてくれる事だろう。トッキーだしな。
ふと後ろを見るとクラウディアと遠坂葵が意気投合した様子で話し合っていた。今カレン六歳で確か遠坂凛は七歳だったよな……同じ年代の娘を持つ者同士何処か気の合う所があったのだろう。
カレンと凛か……。仲良く出来るかなぁ。
「……カレン、この遠坂邸にはお前の一つ年上の娘がいる。仲良くできそうか?」
「? 別にだいじょうぶですよ」
「……そうか」
よし、これで多分凛は
それにしても魔術か……俺搦手が効かないぐらいに習得出来るだけでいいなぁ。アゾット剣とかいらないし。
さて、あと何年後になるのだろうか……英霊召喚。早くしたいな。
あれ……?そういえば……俺もしかしてこれからぐるぐるされるん?いや……ないよな、ないよね?だって俺聖杯戦争出るって決めてるもん。
……ないよね?
ちなみにですが日本語の方は綺礼がクラウディアに高校部と短大で習わせてペラペラです。カレンは幼少の時から日本語に触れさせてますのでスペイン語と日本語の二言語が喋れます。流石に書けませんが……
……駄文だなぁ