……すまん二分投稿が遅れた。
人里から数キロ程離れた山にその別荘はあった。
かなりの大きさのその別荘はとても存在感がありスペインのとある山の中腹に建っている。
そんな別荘の一室のアンティーク調の長机へソファなどの家具が揃った広い居間の窓際には元々のカーペットの上に更に毛皮の絨毯の敷かれた正に日向ぼっこのためにある様なその場所があり、空も晴天な今日、そこには二つの人影があった。
一つは本を読む小柄な少女のものだった。
腰まで伸ばされた白髪に整った顔立ちに金眼といった正に美少女の卵といった按配の少女は白のブラウスにタータンチェックのスカートを履いていて、その頭にはスカートと同じくタータンチェックの丸く平たい頂点にポッチのあるベレー帽が乗っかっている。そしてそんな少女の近くには同じくタータンチェック柄のポンチョが落ちており、実際はそのポンチョも着ているのが普通なのだろう事が伺えた。
対してその少女の前で同様にに本を読むのは二十代前半といった青年だ。適当な大きめのクッションを背中側に積んで背もたれにして本を読んでいて、その姿は物静かで外見に見合わない風格が感じられる。
そんな日向でくつろぐ二人のうち白髪金眼の少女がふと、ポツリと呟くように言った。
「父さま。わたし『まち』とかいうのを見てみたいわ」
少女の視線は相変わらず手元にある大きめの本に固定されているがこの場には男を含め二人しかいない事は分かりきったことであり、男は自分が話し掛けられたのだと理解する。そして本から視線をずらしクッションに寄りかかった姿勢を解いて座り直してから数秒の沈黙を作った後言った。
「……街をそんなに見てみたいか?」
「ええ、だってわたしまだ一度もその『まち』を見たことないもの」
「ふむ……確かにそうだが……」
男は顎に手を当てて考え込むようにそう言う。事実男の頭の中では少女を街に連れていくか行かないかという選択で揺れていた。
まあそれも仕方が無い事だろう。男は『もし』の可能性に恐怖しているのだ。その『もし』が当たってしまえば少女の人生は否応無く痛みの伴うものだろうことは男にとっては確信であり知識の一つ。
だがしかし男は暫くして決断する。妙に行動力のあるこの聡い少女の事だ。そのうち自力ででも行ってしまいかねない。男は苦肉の上にそう思い至ると立ち上がって少女に向かって言った。
「……ならば行くか。そのためにはクラウディアにも声をかけなければな、カレン」
今俺の目の前には驚きに目を見開いて呆ける可愛らしい少女―――まあ俺の娘なんだがな―――の姿があった。俺はそのレアな表情に内心ニヨニヨしながらも表はやはりいつも通りの綺礼フェイスでキッチンに向かう。
そして昼ご飯を作っているであろう妻クラウディアに声をかけた。
「クラウディア、昼を食べ終わったらカレンを街に連れていくぞ」
俺の言葉にクラウディアは手に包丁を持ったまま一瞬目を見開いた後、「分かりました。じゃあ後でカレンのお出かけの準備もしなくちゃね」と声を弾ませて言った。そしてその後ふと思い出したかのように言う。
「……でもいいんですか?あんなにまで『カレンが小さいうちは山で自然と触れ合わせて育てる』だとか『街にカレンを連れていくのはまだ早い』とか言ってカレンが街へ行くのを渋っていたのに」
「……ああ、流石のカレンも五歳。これ以上引き留めるのは逆に危険だろうからな……」
正直俺としては原作ではカレンが『被虐霊媒体質』という特異な体質の持ち主で周りに悪魔付きがいると本人の意思に関係無く身体が反応し傷を負うとかいう鬼畜仕様を知っているので出来るだけカレンを人の沢山いる場所に近づけたくは無かった。
だってカレン可愛いし、天使だし、そもそも自分の娘が罪も無く傷を負うところなんて見たくないし。
そう思った俺はカレンが生まれると同時にこの別荘に移り住んだ。カレンが傷付くのを見たくないからだ。
だがなまじ外界のことを余り隠してなかった故、この別荘と森しか知らないカレンの外界への興味は凄まじく、そのうち自分一人ででも人里へ降りて行ってしまいかねないことは明白。
俺も覚悟を決める時なのだ。そもそも原作通りの設定として被虐霊媒体質がない場合だってあるんだし。
しかし同時にそう思えない自分もいた。なにせもしもカレンが原作通りの設定で街中で俺達の言う『
原作でのカレンは右目の視力はほぼ無く走る事すらままならない状態で、更に味覚は激辛と激甘などの非常に極端なものしか感じられなくなっており聖痕という名の生傷が絶えないといった具合だったのは俺も色濃く覚えている。
なまじ結末の一つが分かっているからその分割増に辛い。転生の事などクラウディアに話していないしな。
俺が転生の事を誰にも言うつもりが無いのがここで災いした形となるのだろうかな、なんとも皮肉な話だ。
ただまあもし話したとしてもクラウディアならこの苦悩も理解してくれるだろう、だがそんな重いことクラウディアになど背負わせる訳には行かないし、そもそも俺の理性が許容しない。
というかどっちにしろカレンを学校に通わせなければならない為に街には来なくてはいけないのだ。
結果、否が応でもカレンを街へ連れていくのは避けては通れない道という事なのだろう。
「主よ……どうかカレンに幸せを……」
そして被虐霊媒体質とかいう鬼畜仕様体質がありませんようにマジで頼みます。
とある街の教会の一室、そこは現在
「おおカレンよ!寂しかったぞさあおじいちゃんにその顔よく見せておくれ」
「…………いや」
「ッ!!??」
両手を上げて抱きかかえんと迫る璃正をカレンがついっと短い拒絶の声も交えて俺を盾にして回避するその様はなんというか……うん、璃正ドンマイ。
しかもカレン今眉が寄ったしかめっ面で不機嫌丸出しだからなあ……。なんというか本当に乙、璃正。
ほらほら大事なお爺さんなんだからもっと懐いて……。
「父さま、誰ですかこの人?」
否、そもそも存在自体が忘れられていましたか。流石ですカレンさん。
目の前ではやはり璃正が灰となっていた。
だがまあ娘である以上ある程度カレンの思考が分かる俺は。
「……カレン、そこまでにしておけ」
「はい父さま」
そもそも、物覚えの良いカレンが山の別荘に頻繁に顔を出していた璃正を忘れるはずないのだ。家族であり祖父だということはちゃんと認知しているのだから。この頃ウザさが増してきたがな!
まあ原作よりも小さい五歳のミニカレンなのでこんなものか……というかこの頃カレンが何か毒舌気味になってきたんだよなぁ、やはり毒舌は避けては通れない道なのだろうか……どうにか路線変更したいですはい。
「こんにちわお爺さま、おひさしぶりです」
マナーやその類をキッチリ教え込んだのが災いしたのかなぁ…。なんというか、うん。原作並の口調に着々と近づいてきている気がする。
まあペコリと璃正に向かってお辞儀する姿は大変年相応まさに五歳児といった割合なのだがな。うん、その仏頂面は誰に似たのかな?俺だわ。
「ほれほれ高い高い〜」
「…………」
カレンの一言にあっという間に復活した璃正がニコニコと笑いながらカレンを高い高いするが、当のされてるカレンは眉一つ動かすことなくなされるがままになっている。
とってもシュールだ。俺のやる時は微笑んでくれるのに璃正がやると全くの無表情とか……。
しかしこんな事をしていたら日が暮れてしまう。璃正は誰かが止めるまでカレンを離しそうにないしな。
「父上、そろそろカレンを離してくれないか?まだ街をよく見てはいないだろうからな」
行きもずっと車だったからな。カレンには済まないが窓に張り付いて外を眺めていたその姿はとても可愛いかったのでご馳走さまでした。
とても残念そうな表情をしながらカレンを渡してくる璃正から俺はカレンを受け取る。
「さて、行くとするか」
「はい父さま」
心做しかどこかカレンの声が弾んでいる気がする。あざといなあぁお前っ!頬ずりしたい、でもクラウディアの前だしそんなカッコ悪いことなんて…ッ!
「じゃあ綺礼さん、行きましょうか。お義父さんはまだ教会に?」
「ああクラウディア君、誠に済まないが三人で行ってきてくれないか。明日は私も行こう」
「分かった。では行くか」
「ええ」
「……」
さてさて街に行くか……。はあ、どうか被虐霊媒体質でありませんようにあったとしても発現しませんように。
モザイクのようなデザインの石畳の道に白塗りの住宅の外壁が並ぶ道は太陽の光に当てられる輝くような白と影が差し黒の陰った灰色が見事なコントラストをその道に醸し出している。
さらに白の外壁にある窓や扉の付近には所々に植物が飾られていてとても涼しい雰囲気があった。
まあ俺としては買出しなどでちょくちょくと来ているのでそこまで珍しいという訳でもないのだがな。それに代行者としての仕事で降りてくる事だってあるんだし。
ふと俺は自分で抱き抱えるカレンを見る。カレンは抱かれたままキョロキョロと周りを興味ありげに見ていた。うん、あざとい。
しかしカレンは本当にいつまで経っても璃正に懐かんよな、もう五歳だが璃正に会うときは眉一つ動かさないのが普通だもの。
別荘に移り住む際に璃正の奴、俺らがいた山の別荘に一番近い教会という事でここの教会に職権乱用で無理矢理赴任する程孫好きなのにな。……本当に乙、璃正。
「ここはいつ来ても明るいですね」
「そうだな……カレン、どうだ?」
「いいですね。きにいりました」
「そうか、ならばいい」
この街に悪魔付きなんかいないよな?いないよね?
いや、そもそも悪魔付きと遭遇する事自体珍しいか。俺らが特別なんだ。もしかしたらカレンは一生被虐霊媒体質としての反応が出ないとも限らないのだし。
しかし、そんな思いはクラウディアの一言で簡単に打ち砕かれた。
「そういえば出る時お義父さんが『この頃この街には悪魔付きがいる気配があるようだ。綺礼に気をつけるように言っておいてくれ』っていってましたよ……?ど、どうしたんですかそんな驚いたような顔して?」
「……まさか」
これが運命というヤツなのか?しかしこれでカレンが被虐霊媒体質であるかを見極められるのでラッキーと言うべきなのか?何なんだよぉ神様意地悪だなぁちくせう!
「あくまつきって?」
「……文字通りだ、悪魔という概念に憑依された人間を示す」
「それって…危ないんですか?」
「ああ、だがこの街の被害が見てないことから下位の悪魔だろう。私は
まあ下位程度なら洗礼詠唱でどうにかなるんだろうけど。
しかし下位の悪魔ならば憑依時の『症状』が少なからず目立つはずなのだがな……今頃祓魔済みか?いやだがしかし
そう思考しながら今後の対応をどうしようかと決めあぐねていたその時、突如何処かから絶叫が響き渡った。
「っ!?」
「……」
「…む」
カレンのものではもちろん無い、何せカレンは今俺の腕の中で『何事?』といった具合でキョトンとした表情でいるからだ。ナニコレ可愛い。
ふと見れば、なだらかな石段を上った向こうには既に人だかりが発生していた。俺は隣に立つクラウディアと頷き合うと、その人だかりへと歩み寄る。
俺らが近づくにつれどんどんと男の絶叫が大きくなってきている。しかし心做しか最初よりも男の叫びが苦しげなのは俺の気の所為か?
「すまん、通してくれ」
俺はそう言ってカレンを抱えたままその人だかりをすり抜け、件の絶叫の源へと歩いていった。途中クラウディアとは離れ離れになってしまったがまあ是非もないよネ。
男は首元を掻きむしりまるで地に打ち付けられた魚のようにのたうち回っていた。さらにその男の衣服から垣間見える素肌という素肌には数多くの太い血管がまるで暴れる蛇のように脈打っており、どう見ても正常ではない事が伺い知れる。
……はい、どう見ても悪魔付きですオマケに魔力も感じられますね。ありがとうございます。
「……まさかカレン、お前……」
「?」
この男を見てなんとも思っていないのか、いつも通りのかなりメンタルの図太いカレンが小首をかしげながら見つめる俺を見返すが正直今の俺にはとある『仮説』が浮き上がってきておりその仕草に萌ているどころでは無かった。
俺は無言で試しにカレンの脇を抱えて三mほどの距離にいるのたうち回る悪魔付きに近づく。
取り敢えず一歩。
「アアアアァァァァァーーーーッ!!!???」
うん、悲鳴の色が変わったな。よし、今度は二歩ほど。
「グギギギヒヒヒイイイヒィィィーーーッ!!!???」
あー、うん。また悲鳴の色が変わった。もしかしてっつーか……うん。父さまは取り敢えず安心したよ、カレン。
しかし俺がまた一歩近づこうと、ふと顔を悪魔付きに向けると。既に悪魔付きは失 神して痙攣しており、なんか瀕死っぽかった。
それをしばらく呆けて見ていたが、すぐにその姿を鼻で笑い自分の心配が唯の杞憂だったことを理解し、安心した俺は同時に踵を返してクラウディアの所へと戻ることにした。多分今頃プンプンと怒っているだろうからな。主に置いて行かれたことに関して。
「……そうだカレン。ここらに美味いアップルパイを出す店があるのだ。行く気は無いかね?」
「いいですね。わたしも好きですアップルパイ」
父上、カレンは加虐霊媒体質でした。被虐霊媒体質じゃなくて本当に良かったです。あと全知全能の神、主よ深く感謝します。せんきゅー。
次こそトッキー出そう。ちなみに今は25歳
……駄文やなぁ