『それじゃあ明日前に寄った喫茶店で会いましょう』
「ああ分かった」
そんな感じで通話が終了する。
俺は黒電話を現実を噛み締めるようにゆっくりと戻し少々薄暗い賃貸の廊下の天井を仰ぎ見る。
そして数秒、今までの会話を思い出し呟いた。
「
そう、お礼という事で明日お食事に誘われたのだ。もうこれをデートと言わなくてなんというのか。
だが俺には不覚にもデートなどした経験が無かった。何とも寂しいことであるが転生前も彼女ゼロであったし転生してからも彼女を作る機会があったにはあったが全てクラウディアの為と一度も彼女を作ったりしたことが無かったのだ。
しかし何を着ていったらいいものか……分からん、さっぱり分からん。
神父服でも着てこようかな……でも流石に礼服は些か硬すぎるか。
「……私はどうすればいいのだ…」
こんな個人的な事柄を話せる友人はいないでもないがそこまで自分のプライベートを知られたくはない。しかし聞かずしてどうする?自分の直感のみで行くか?否、それこそ愚の骨頂ではないか、私は言峰綺礼。そんなん言峰綺礼じゃねぇ…………あれ待てよ、言峰綺礼なら普通に神父服で行きそうな気がするんだが……。
いくら考えても良いアイデアは思いつかない。やはり誰かに聞くべき――なのは分かってるんだけどなぁ……はあ。
「全能なる主よ、どうか我が悩みを解決したまえ……」
なんか良いアイデア良いアイデア……。
でもやっぱりプライベートを知人に知られたくないからなあ俺。となると他人?だけど他人になんてどう聞く?いきなり道端で問いかけるか?『デートの場合どのような服装をすればいい?』とか聞くの絶対に嫌だし俺。
しかし他人、か……ネットとかいいかもしれないな。ネットの掲示板などで聞けば自分の個人的な情報を秘匿したまま質問できるし尚且相手は他人だ。知人に話すのとは別の気楽さがある。
確か璃正がこの賃貸に来る時に設置しておいたはずなんだけどな……どこにあるかなパソコン。五、六年まともに使っていないが。
顎に手を添えながら黙考し俺は三部屋ある部屋の一つの扉を開けてその中へと入る。木製の西洋風味あふれるその室内は書斎として使われており俺が趣味や学業の為に集めた書物が詰まっている。そんな部屋の端にパソコンがホコリがつかないように布を被せられる形でパソコンラックの上に放置されていた。
「動くか……?」
手入れを怠った覚えは無い。こう見えて結構な綺麗好きであるし。
デスクトップ型のそのパソコンの電源のスイッチを俺が入れると画面に明かりがついた。その事に軽く安堵しながら俺は椅子を引き腰を落ち着ける。
「ふむ、取り敢えずは適当に検索してみるとするか」
俺はそう呟きながらキーボードで『デート 服装』と入力し検索する。
画像つきのオススメコーデを貼っているサイトや体験談を綴ったブログなどが見受けられるが俺が欲しいのはスレのようなものだ。2ちゃんねるみたいの。
……あれ?普通に質問サイトとかそういう類で調べればよかったんじゃね?
そんなことを思いながら俺は2ページ目へと検索結果を更新する。そのページの中間あたりにふと目に付くものがあった。
『アイリスのドキドキ!恋愛相談!』というものだった。
胡乱気な眼差しで俺はそのサイト名を見るが目に止まったのも何かの縁と、そのサイト名をクリックした。
そのサイトはピンクにデコレーションされた針葉樹林とこれまたピンクにデコレーションされた雪城が背景に使われており大きく『アイリスのドキドキ!恋愛相談!』とロゴが載せられていた。その下はスレッドのようなチャット方式になっているようで下に行けば行くほど過去ログが確認でき、どうやら地雷サイトの類ではないことは確かだった。そして過去ログによると管理人である『アイリス』は一児の母らしく夫と実家で暮らしているらしい。
ピンク
「ふむ、これならば……!」
自然とキーボードに指が走る。最初は軽い自己紹介からの方がいいか?いやそもそも今現在管理人が見ているかわからないんだよな……でもまあ過去ログを見る限りどんな時間でも数分以内に返信が来ているからいいか。
《失礼する。今回は貴女にデートの際にどのような服を着ていけばいいか御教え頂きたいのだが宜しいだろうか?》
ふむ、こんな感じだろう。しかしまあ見れば見るほどピンクピンクしているサイトだなぁ……うん、悪趣味だ。しかもなんだこのピンクのハートのイルミネーションでゴッテゴテに飾られた城、絶対にデコレーションしない方がいいだろ。
はぁ……新しいレス来るまで暇だしコーヒーでも注でくるか、俺の好きなアップルパイも一切れ持っていこう。
……ふむ、そろそろ数分経つがやはりそう上手いように管理人がいる訳はないようだな……。
そう思い俺が席を立とうとしようとした瞬間スレが更新された。
《どうもーみんなの愛の伝道師、アイリスさんだよ~。それで?そのデート相手はどんな女性なのかな?》
いきなりフランクだなこの管理人……。
まあ砕けていた方が色々と良いのだろう。印象的に。
だがどんな女性か、ね。多分十四歳。年下、明るい性格。可愛い。俺の時期嫁。……ダメだなこんなこと打ったら。ただの変態じゃん。
《明るい感じだな、こう、太陽というより月のような感じの》
《ふーんふーん明るい感じね~……もしかして年下かな?》
なっ!?す、鋭い!何者だこの管理人、そんな事一言も言っていないのに!
俺は画面の前で固まり戦慄の意を顕とする。きっとそれ程までにこの管理人は人生経験豊富なのだろう。それにもしかしたら俺と同じように答えた人間がいたのかも知れない。
そう思い至ると心の動揺が落ち着いた。
俺はまたまたキーボードに指を走らせる。
《そうだ》
《そうなんだ~、それで?お付き合いはどれくらい?》
《数日前にあったぐらいですね、そもそも私が惚れたので》
《あらまあ!そうなのそうなの、それじゃあまだお互いの事は余り知り合えてないということね》
《そうなりますな》
別段前世でクラウディアの情報を調べたことなかったしな。知ってることと言えば綺礼の嫁でカレンの母で結婚して二年で死んだことぐらいだ。
しかし結婚してクラウディアが二年で死んだのって何でだっけな……えーっと、あぁ……そうだ、自殺だったな。確か自分の死で人の死ぬ悲しみを感じさせようとしたんだっけ。まあ俺はあんな破綻者じゃないしそんな事にはなんないか。
あれ……でも待って、それで死ななくても原作綺礼の時とは違って致したり出産時の疲労で死んだりとか……しないよね?
なんかある程度的を射てそうで怖い。あ、こういうのがフラグって言うんじゃん。ヤバイ、ブレイクしておかないと。あれだ、さっきのは撤回、これでOK、フラグブレイク(小並感)。
《じゃああちらはデートとはまだ認識してないということね?》
《まあ初対面の次だからな》
《そう、じゃあ服装は初対面の時とあまり変えない方がいいわね、あまりイメージを覆しすぎるのもいけないしいきなり勝負服だと気味悪がられるもの、ここは徐々に距離を詰めていくべきだわ!そして数回に跨ぎ段々と服のデザインも変えていくの!あ、でも雰囲気というかジャンルは変えちゃだめよ?こうどんどんと値段の高い服に変えていくような心構えで行きましょうね》
お、おお…。具体的だ、俺にもわかるぞ。確かにいきなり勝負服だと変な目で見られるよな。でもということは普段着のようなものでいいのか?
俺の普段着……神父服なんだが。
いやだってしょうがないじゃん。代行者の見習いとして死徒を狩る時だって神父服だし見習いとして必要な知識を習うのに通ってる神学校だって制服神父服だし俺神父服以外ろくに普段着持っていないぞ?どないする?
だが……うむ、そうだな……。
《感謝する。出会った時も学校の
《えっ、制服?だめよ!硬すぎるわ!私服はないの?》
《全部
《そ、そう……じゃあ今すぐ服飾店に行きなさい、そしてその制服と似たデザインのを選ぶの。店員さんに聞いてもいいわね。さあ!恋と時間は待ってはくれないわ!行ってらっしゃい!》
《り、了解した》
またまた具体的な……やはりこの管理人やりおる。しかし近くの服飾店か、確か大通りの一角にあったはずだ。よし、アイリス先生の言う通り今すぐ買ってこよう。しかし神父服と似たような感じか、店員に指示するために神父服で行ったほうが良さそうだな。よし、行こう。
《色々と助言感謝する。明日、デートが終わったらまた顔を出そう》
《頑張ってね!皆の恋の伝道師アイリスさんはあなたの恋路を応援してるわ!》
俺はそのスレを見てもう一度心の奥でアイリス先生に感謝の言葉をつぶやいてから神父服の上着を手に取り扉を開いた。
スペインより遥か遠方、とあるドイツの山奥にある城の一室に二つの影があった。
蝋燭と暖炉の暖かな明かりに照らされたアンティーク調の家具の溢れるその部屋の暖炉の前に設置された長机とソファに座る女性は幼子を抱いて隣に座る男性に目線はそのままに言う。
「ねえキリツグ、見て見てまた訪問者が来たわ!」
「す、凄いなアイリは……普通立ち上げて数週間でそこまでの来訪者数は行かないはずなのに……」
「ふふん、これもアインツベルンクオリティね!ほら見て私の一言が皆の恋路を開拓しているの」
「楽しそうでなによりだ」
「ええ!それにしても制服で女の子とのお茶に行こうだなんて初心な子もいるものねぇ~明日の報告が楽しみだわ」
「そ、そうかい……」
銀髪赤眼の女性に『キリツグ』と呼ばれた黒のスーツにコートを羽織る男性は苦笑気味に相槌を打つ。そして密かに溜息をつきながら思い出すのは数週間前のとある出来事だった。彼――衛宮切嗣は妻である銀髪赤眼の女性アイリスフィール・フォン・アインツベルンにプレゼントという事でパソコンを送ったのだ……が、思いの外パソコンにハマってしまい有り余る好奇心と探究心であっという間に自らのサイトを作り上げるまでになったのだ。そしてその作ったサイトこそがこの『アイリス先生のドキドキ!恋愛相談!』というアインツベルン城がピンクデコレーションされた背景を用いたチャット方式のサイトであった。
切嗣は思う、僅か数週間でどうやったらサイトのデザインや画像の加工などのやり方が分かったのだ……と。もちろんパパッと調べれば直ぐにでも分かるだろうが如何せんアイリはパソコン初心者だ。そんな人間がいきなりサイトデザインや画像加工などのやり方などを載せたサイトを調べたりなどするだろうか?
答えは否……なのだがそれを自分の妻アイリはやっている。正直もうよくわからない。
「ねえねえキリツグ……って聞いてる?」
「あっ、えっと、それで何だったかな?」
「もう、ちゃんと聞いててよねー?だからこの新しい子が……」
楽しそうに話す妻の言葉を切嗣は聞きながら半ば投げ遣りに明日の夕飯は何かなぁーと考えるのだった。
アイリス先生曰く……。
「『PN愉悦』さんは初心ね~。因みにだけど他にも『PN許嫁がイマイチ』さんとか『PNあおみーちゃん』さんとかの方がよく私のサイトを利用してくれてるわ」
……だそうです。
……どうしてイリヤいんの……?とか聞かないで……分かってるから……