今俺の目の前にはアサシンがいる。俗に『桜セイバー』と呼ばれていた英霊だ。
今はハイカラな桜色の和服を着ているが“ここぞ”という戦闘の際になるまではこのスタイルでいくそうだ。というか俺がそうさせた。
だってダンダラ模様の浅葱色の羽織なんぞ着てたら真名丸見えもいい所じゃん!戦いでもしようものならその剣技の技巧ゆえすぐさま沖田総司だってバレるだろうしな。新撰組の天才剣士は伊達じゃない。
まあそれでも桜セイバーならぬ桜アサシンの宝具は有能の一言なので文句はないのだがな。
なんか俺の目の前で桜アサシンがニコニコしているのは一度放っておいて。
「アサシン、旗を出せ」
「なんでマスターは教えてもいないのに人の宝具知ってるんですか!?」
「…………」
「黙秘っ!?」
そうだった。そりゃあそうだよな。真名以外何も話していないはずのマスターが自分の宝具、それも一番の奥の手の奴を知ってたら驚くわ。しかし、うん……まあ、別にいっか。スルーしよスルー。
「…………むー。わかりました、マスターの命令ですし?出しますが本当になんで……?」
そう言いながら律儀に出す姿は好感が持てますよ。好意は全部クラウディアとカレンに向かっているので欠片も向かないがな。
「それは追々話そう。それよりもだアサシンよ、それで出した隊士達は一体どれだけ顕界していられる?」
「詳細まで知ってるんですね……もういいです。およそ半日、といった所だと思います。所詮Eですし」
「そうか……では無理か」
ハサンズみたいのが出来るかなぁと思ったんだがなあ。やはり無理ですよね、分かってた。地味に淡い希望だったんだが……いや、アサシン脱落の偽装は出来るか。
「……アサシン、お前に頼みたい事がある。と言うよりも命令だ」
「おお、マスターからの初命令、なんですか?なんですか?」
「旗で一人隊士を呼び出してお前の脱落偽装をするぞ」
「……マジですか?本気と書いてマジですか?」
「至って真面目だが?」
「いやぁー……私は別にいいんですけどね?その……呼び出した皆がそれに応じるかが…その」
「そういう意味か、それならば問題は無いだろう。お前の呼びかけに応じる奴だ。必ずいうことを聞く。生前にも似たようなことは無かったか?」
どうせコイツの部下になった奴らは桜アサシンのファンクラブのようなものだったに違いない。なにせカレンやクラウディアには劣るが美少女だしな。たしか桜アサシンの稽古は厳しいとかいう記録があったが多分それに出てた奴らは全員Mの類だったんだろう。
「いえ……確かにありましたけど……」
「やはりか。ならばいい、明日の夜決行だ」
カレンの朝は早い。しかしそれは同年代の者と比べた場合であり自らの父、綺礼よりは絶対に遅く起きるのが常であった。
しかし今日こそは違う。今日こそは父よりも早く起きて……早く起きて……何をしよう?
…………そうですね。父様の部屋で隠れていましょう、そして脅かそう。
そんな風に思ったのは何時だったか昨日だったか。しかし今この現状を見るにそんな事はどうでもいいだろう。何故ならば。
「うへへへ〜…、先生、胴がおるすですよ〜……むにゃむにゃ」
私の知らない女性が父様の部屋のソファで寝ていたのだから。
「まさか父様……不倫?……いえ、それはないですね。母様と私とアップルパイを溺愛する父様が、わざわざ他の女を拾ってくるなんて有り得ませんし」
ではこの桜色の和服をきた少女は一体なに?
カレンは首をかしげながらもそのすやすやと眠る少女に近づく。
……念のため『マグダラの聖骸布』を出しておきましょうか……?
だがまあこれは男相手にしか効かないのでどう見ても女性であるあの少女に向けたってなんの意味も無いのだけれどね。
そんな思考の元、少女との間が残り五歩手前となったその時。
「―――何奴ッ」
そんな言葉と共に少女が飛び起き何処からかとりだした日本刀を一瞬の内に抜刀し、私の首元に刀を突き付けていた。
「……ってあれ?マスターのご息女じゃないですか。どうしたんですかこんな所に?」
「貴女は誰なのかしら?」
「私?私ですか?私はですね……えーっと、おき……じゃなくて……あっ!そうです、アサシンです。桜アサシンって呼んでください」
「アサシン……?」
もしかしてあれだろうか?父様が言っていた『聖杯戦争』とかいうのに関係する人なのでは?
「サーヴァント?」
「そうそう当たりです」
「そう、じゃあつまり父様の使い魔ということかしら?」
「えーっと……まあそれで合ってます。なんか複雑な気分ですが……」
つまり凛のいる遠坂も同じようにサーヴァントを召喚しているのですか……。
「アサシン。これから遠坂邸に行きますよ」
「えっ、な、何ででしょう?」
「遠坂邸にもサーヴァントがいるんでしょう?見なくちゃ損じゃない」
「え、えー……でも私にはマスターの警護が……」
「父様なら大丈夫よ。知ってる?私の父様は死徒とかいうのを真正面から無傷で叩きのめすの。それも一撃でです」
「へ、へー……死徒を叩きのめす、ですか……それも一撃で……」
地味に段々と桜アサシンの中でマスターへの印象が変わってくる。最初は只の代行者だったのだがこの目の前にいるマスターのご息女の言葉に嘘偽りの色は無くその言葉が真実なのだろうことが分かるわけであり……。
『マスター、マスター』
だが、自分はサーヴァント、自己判断を下すのはそれこそ非常事態の場合のみで良い。そう思ったアサシンは取り敢えず念話で綺礼に判断を仰ぐことにした。
『……なんだ。アサシン』
『いまご息女が目の前にいるんですけど一緒に遠坂邸に行こうって言うんです。どうしましょうか?』
アサシンは『ダメですよね?』という確認の念を込めて言う。が、当のマスターは呆気からんと言った様子で言う。
『別に構わん。行ってこい』
その言葉にさしものアサシンも一瞬思考が止まる。が、それも数秒の事で、アサシンは再起動すると内心頬を引き攣らせながら言った。
『……え、えーと、マスター?私サーヴァントですよね?マスターを警護するのも仕事なんですが……』
『カレンがそう言っているのだろう?では行け』
『…………』
この時アサシンは察した。自分のマスターは子煩悩なのだと。
しかしいくらマスターの命令だからといってこれに従うのは抵抗があり、アサシンは判断に揺れた。
「さあアサシン、行きますよ。凛を驚かしてあげましょう……フフフ」
「えっ!?あ、ちょっとご息女さん!?まって!襟首掴んで引き摺らないで下さい…っていうか何処にそんな力があるんですか!?」
現在時刻朝の六時、雀の鳴き声と朝露滴る澄んだ朝空の下に腹黒く笑う幼女とそれに引き摺られる和服の少女の声が木霊した。
「りーんーちゃーん、あーそびましょー」
朝、遠坂邸の玄関の前にそんな棒読みの声が響いた。もちろんカレンである。
今日は休日で学校が休みなので私服であるタータンチェックのコート姿だ。下ももちろんタータンチェックのスカートである。
「ご息女さん。流石に朝ですしまだ起きてないんじゃ……」
「そうですね。ではあと三十秒しても扉が開かなかった場合アサシン、貴女がこの扉をぶち破ってください」
「怒られますよ!?」
「すぐに逃げれば問題ありません」
「大ありですってば!?」
アサシンはもう何回目か分からないツッコミをカレンに言う。ストレスとスキルにある病弱(A)も相まってかもうその顔はかなり青い。
そんな掛け合いをしていると、玄関の向こうから声が響いた。
「はいはい今開けますねー……」
カレンは声から凛の母、葵だと察するが、隣でフラフラと立つアサシンは地味に刀に手をかけていた。
「おはようございます葵さん」
「あらあらカレンちゃん?こんにちは。でもごめんなさい、凛はまだ寝ているのよ」
「だいじょうぶですよ、私がおこしますからっ」
「あらそう?じゃあお任せしようかしら」
アサシンは戦慄する。先程までの口調が嘘のように変わっているのだ。具体的には声の端が弾んでいる。なんという猫かぶり……!その笑顔怖い。
ちなみにだがアサシンは扉の向こうから人の気配がすると同時に霊体化しており葵の目には見えなかったりする。
アサシンは霊体化したままいつの間にか慣れた様子で遠坂邸へと入り二階へ上っていく我がマスターのご息女を慌てて追った。
「フフフ……さあ凛、起きるのです。神は言っています『早く起きろ、でないとブチのめしますよ』と」
「絶対言ってませんよねソレ!?どこの悪神ですか!?」
「いいじゃないですかアサシン、父様も言っていました。『神の言葉は曲訳してこそだ』と。素晴らしい言葉です、流石父様」
「……マスターが本当に聖職者なのか分からなくなってきました……」
「あら、父様はご立派な聖職者ですよ?」
遠い目で何処か虚空を見つめるアサシン。彼女は一人思う。葵といった方、貴女は『仲がいいわね〜』とか言っていましたが正直マスターのご息女の友達となると絶対に歪むと思います。その関係を絶つことをご推奨しましょう。
しかし地味に凛はCCCで隷属願望とかいうまさにM志望な願望があったのだ。多分歪むことは避けては通れない道であろう。
「さあ起きるのです眠れる子羊よ……」
しかしカレンがそう言っても相変わらず天蓋付きのベッドでスヤスヤと寝息をたてる凛に起きる様子は無い。
刻々と時間が過ぎてく毎にカレンの背後から不機嫌な黒いオーラが漂い始める。
(り、凛さんとやら早く起きてくださいっ!危ない!色々と危ないですから!)
アサシンが顔面蒼白になりながら内心でそう叫ぶ。もう少しで喀血しそうだ。
が、しかしアサシンは忘れている。この家にはもう一人不確定要素極まる人物が居ることを。
「
「あ、貴女もくるんですねアーチャー……コフッ」
ついにアサシンは喀血した。それを見て眉一つ動かさないカレンとアーチャーたちの神経はどうなっているのかと、アサシンは心の中で叫ぶ。
「ふむ、貴女がアーチャーですか」
「ほう……我を目の前にたじろぎ
「お褒めに預かり感謝します?かしら?アーチャー」
「フッ、その無知さも貴様の気概に免じて特別に許してやろう。覚えておけ!刮目せよ、我の名はギルガメッシュ、偉大なるウルクの王である!」
バッとその黄金の髪を翻して言うその姿はとても板に付いており、王の貫禄を感じさせる。
……如何せんここが室内かつ凛の私室なのがなんとも言えないのだが……。まあそれは言わない方がいいのだろう、とアサシンは適当にあったイスに自らの愛刀『乞食清光』に両手と顎を乗っけてため息をつきながら思ったのは秘密だ。
が、それがダメだったのだろう。いつの間にか目の前には黒いオーラの立ち込める不気味な空間が出来上がっていたからだ。
二人は口元に手を当てて同様のポーズでサディスティックに笑っていた。
「フフフフフフ……」
「ククククク………」
タータンチェックと金ピカの含み笑いが部屋に響く。
アサシンは自然と自分の頬が引き攣るのを感じた。
「あの……今、朝なんですが」
「フフ……何を言ってるのですアサシン?元来、朝とは日の出と共に来るもの。もう既に昼と言っても過言ではないですよ?」
「だけど今は朝です!」
「煩いぞ、所詮鉄っ切れを振り回すしか能の無い雑種が」
「なっ、それは違いますよアーチャー!それにそんな事ないです!私だって旗を振り回す時だってあります!」
「アサシン、貴女分かっているんですか?旗にしても刀にしても所詮棒きれには変わりないんですよ?」
ニヤリ、と笑いアサシンの顔を見るカレンの笑顔はとても腹黒く、アサシンにはこれが六歳の少女に見えなくなってきていた。
「もう嫌ですこの人たち…………コフッ」
なお、アサシンの本日二回目の喀血はやはり二人には見向きもされる事は無かった。
ちなみにだが凛は周りがそんな騒がしくても平然と寝ており、この中で一番気骨があるのはきっと凛なのだろう。
姫ギルは天上天下唯我独尊自由奔放、なおかつ楽観思考。