「大丈夫でしょうか」
「んー? 何がかな?」
IS学園から遠くにある研究所、科学者や研究者が求めてやまない篠ノ之束の助手という立場にある少女は心配そうに尋ねた。尋ねられた束は片手間に作業をしつつモニターをぼうっと眺めている。画面の端には数値や記号がずらりと並んでおり、それがなにを意味するのかはこの二人にしかわからないだろう。
「心配すること無いさ。ISに乗っている以上、彼に何かが起きるわけないじゃない。箒ちゃんの時はなんにも言わなかったのにいきなりどうしたのさ」
「信用していますから。ですが万が一……」
「いいや」
ずいっと人差し指を束は少女の顔に突きつけた。少女の顔は、目が異質だった。黒色の眼球に金の瞳といった見るからに『まともじゃない』生まれである。
まともじゃない自分を拾い上げた束には感謝をしているし、彼女のつながりのおかげで完成された妹分と出会うことができた。様々なことがあって束は母親も同然と思っている。
箒のことを信用していると言ったが、信用の度合いは束のほうがかなり上。
「万が一もないのだよ、クーちゃん。この先十年は確実にね」
クスクスと笑う束に少女、クロエは困惑した。助手、という立場ではあるもののISに関する知識は天と地ほどの差がある。
「ISのコア全てに、最初に書き込む命令があるのだ。さてなんでしょう?」
「……彼に勝ってはならない?」
「惜しい、ハズれ!」
モニターに映る蒼の機体が一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めた。搭乗者の意思どおりに動いていれば一夏の『白式』が放つ『零落白夜』はギリギリのところで避けられて、返しの放火により一夏のシールドエネルギー残量はゼロとなるはずだった。
それを見たクロエは束へと再び顔を向けた。
「簡単に言えば織斑一夏の守護、さ」
スピーカーから流れる音声は一夏の勝利を告げていた。見なくても結果がわかっていたような束の顔は今世紀最大級のドヤ顔だった。かなりいらっとくる表情だったが手を出したいのをぐっとこらえてクロエは切り返す。
「さっきの『紅椿』はかなりの攻勢に出ていたのに関わらず誤動作を起こしませんでしたが」
「ノンノン、じゃあクーちゃん。いっくんを大好きな箒ちゃんが間違って傷つけることなんてあるかな?」
「……なるほど。もしあったとしても昔からの絆でむしろ互いに好感度が増しそうですねあの二人なら」
「ちなみにIS適性はいっくんへの感情の強さが大きく影響に出るよ! Sとかいうのはキ○ガイレベルだね!」
クロエは端末を叩いて全世界にあるコアネットワークからそこら辺のデータを引っ張って閲覧する。
(……織斑千冬、篠ノ之束、篠ノ之箒)
なるほどこいつらがキチガイか。ふむふむと頷きながらあえて視界から外していたよく分からない、大体予測のつく文字列について訪ねる。
「ええと、この『SSS』というのは何かのまちが」
「いなわけないじゃん? いやあいっくん愛されてるね!」
織斑一夏のIS適性『SSS』、なんというかやり過ぎではないだろうかと母代わりの顔を見れば、さっきまでよりもものすごくドヤ顔をしていた。さっきよりもイラッときたので今晩のおかずは一品減らそうとクロエは心に決める。手を出したらボコボコにされるのが目に見えているからだ。
ちなみにクロエのIS適性は『A』である。
※
ということで俺がクラス代表になった。どういうことだ、まるで意味が分からんぞ!
「普通に考えて箒だろ」
「この試合の趣旨を忘れたのか一夏は」
なるほど。しかし納得がいかない。いや、クラス代表のことではない、試合のことだ。
もしオルコットさんの機体が万全であったのならば負けたのは自分だったのだ。最後の一撃、いやその前だって幾度と無く違和感を覚えた。どこか不自然に動かなくなる機体の様子。箒にそれとなく聞こうとしてみるがはぐらかされる。彼女がそういう態度ならばおそらく千冬姉さんも気付いていないふりをしそうだ。
なんとまあ過保護なことか束さんは。あの不自然は絶対誰かが介入しないとありえない。
二人は知らぬふりをするのだろうが、当事者はどうだろう。確実に不調について違和感を覚えるはずだ。だというのに彼女はそんな素振りすら見せない。すごい女性だと感心する。何か言いたいのだが勝者が慰めても、という気分になる。
「新聞部の黛薫子です! というわけで織斑くんに取材いいですか篠ノ之さん?」
「いいですよ。先輩」
「ちょっと待て」
いやいや、なにを当然といった顔で俺への取材を許可しちゃうの箒は。マネージャーか、マネージャーなのか?
「クラス代表になった意気込みをどうぞ!」
「ええと……頑張ります?」
頬が引きつった苦笑い。目の前の先輩はつまらない、もっといい感じのコメントをとせがんでくるがやめてくれ、俺にはセンスが無い。クラス代表になってくらくらしてんのにいい感じのコメントなんて思い浮かばないよ。クラス代表になってくらくらしてるのにさ。
「ふふっ」
おっと笑ってしまった。なにもないのに笑うと変な奴と思われるので顔を引き締める。が、その前にカメラのフラッシュにパシャリという音。
「先輩」
「ええ」
何やら箒と先輩が握手をしている。どういう、ことだ!
「じゃあ次にオルコットさん」
「ええ、彼はすごいですわね。ISに触って少ししか経っていないというのに箒さんとの激戦のあとの不調とはいえイギリス代表候補生の私に勝ったのですから。もうしばらく鍛錬を積まれればかなりの成長を見せてもらえるに違いありません」
「ああ、そう言えば『ブルー・ティアーズ』は大丈夫?」
「お詫びにとそこの箒さんが整備してくださりましたから。むしろ好調ですわ」
視線を箒にやると目を逸らしてくる。絶対どこも不調無かったのにどっかダメだったとか言ったやつだろ。
「そう言えばこのケーキ美味しいねぇ。さすがはIS学園といったところ」
「あ、それ俺が作ったんですよ」
「ほんと!? 男の子の手作りケーキなんて実在したんだ!?」
マンガとかだけの存在だと思ってたよと笑顔になりながら先輩はフォークでケーキをつついている。さて続きと箒にインタビューをし始めた。コミュ障だと思っていたけれど先ほどの謎の握手から口が軽い軽い。なんだかんだ友達たくさん出来そうだなあと嬉しく思っていると、ケーキを置いてある机が謎の冷戦状態に入っていた。
誰もが皿を手に持っているのだが取ろうとしない。動くやつを牽制している。なんだあの先に動いた奴が負けるみたいな状況は。
もぐもぐと自分の作ったケーキを口にし、まあまあの出来かなと思いながらそれを眺めていると、ふとやってきた世界最強が冷戦状態に突っ込んでいき、悠々と大きく切り分けて持って行ってしまった。
何やってんだ千冬姉さんは……