あ、これだめなやつと俺は二人の対戦を見ていて思った。
まず自分との実力差が見るからにかけ離れている。超高速で動き回る箒に対して弾丸を命中させるなどオルコットさんは相当に狙撃の腕があるようだ。もっとも、自分は狙撃が壊滅しているために彼女がどれほどの実力なのかがはかりしれないのだけれど。
最小限の動きで攻撃をかわしつつ箒の足を止めるべく次に彼女が進む場所へと狙撃。大きなダメージが来るであろう攻撃には絶対に当たらず、大したダメージにならないものは受ける。小さいことを気にせずに狙撃を続けるおかげか箒のシールドエネルギーも減少していっている。
箒もそれをわかっているのか、フェイントを徐々に減らしていき一点集中での攻撃主体となっていった。彼女の性格上、細かいちまちまとした攻撃で勝つということは嫌う。オルコットさんそれを考慮に入れてこの戦法をとっているようだ。
殺人的な加速の繰り返し、一太刀一太刀が絶対防御を発動させるような威力を持つ箒の攻撃。オルコットさんはビットでの牽制をすることでその行動を阻害し猛攻を耐え忍ぶ。出しているビットは六、文字通り総力戦だ。
「くっ、気持ち悪い動きをしますわね」
彼女の言うとおり、箒の動きは本当に既存のISとは全く違うものだった。世界最高の頭脳を持つ彼女の姉が彼女のために彼女にとって最適な状態に常にメンテナンスを行い、また戦闘の合間に無限に進化していく機体『紅椿』はその力を十二分に発現させている。
だがオルコットさんの『ブルー・ティアーズ』だって負けてはいない。イギリスの技術の全てを注ぎ込んだそれは実験機ではあるがなんとか箒の世界最新最高のIS『紅椿』についていっていた。
「これくらい、いつかは誰でもできるようになる」
「でも今は貴女だけです!」
一斉砲火、レーザービット四機にミサイル二機による攻撃は全てが同じ場所で衝突して黒い煙を広く撒き散らした。これでは互いに相手を視認することができない、失策か――いや違う。
オルコットさんはビットによる攻撃ができる。それ一つ一つが彼女の携行武器と同様にレーザーを発射するのだ。つまり、攻撃が来た方向に箒が向かったとしてもそれがオルコットさんでない可能性もある。
もう一度同じく集中砲火を行い煙幕を濃くさせる。だが
「それくらい対策はしている!」
箒は自らを駒のように高速回転、大きく風を巻き起こして周囲の煙を追い払った。そして頭上からライフルを向けていたオルコットさんに対しての斬撃、とっさに飛び退くもそれに距離を詰める。近接用のショートブレードをとっさに展開し、なんとか耐え忍ぼうとオルコットさんはあがくが技量の差が大きく開いているその近接戦闘において箒が負けるわけがない。
一瞬拮抗していたかのように見えたが箒が大きくオルコットさんの態勢を崩す。そして隙だらけの体に一閃、これには絶対防御が発動した。
「やはり日本に来て正解でしたわね。イギリスよりも上を目指せます」
続く追撃。敗北を目の前にしているのにモニターにうつった彼女の顔は満足気だった。常時劣勢に立たされシールドエネルギーを削られていたオルコットさんは抵抗する間もなくそれを全て失い、敗北した。
二人の試合を見ていて思った。え、俺この人達と戦わないといけないの? と。
休憩のために二人は俺のいるピットに戻ってくる。オルコットさんの『ブルー・ティアーズ』は損傷が激しいが、箒が一箇所に集中攻撃を行っていたためか予備パーツに取り替えることで問題なし、となった。
「箒、すごかったな! というかあの変態機動ってどうやってんだ?」
「お前のお陰だ、一夏。あの動きは――そうだな、シャーッと行ってからクイッとすればいけるだろう。白式ならな」
感覚的すぎて分かるか。おそらく俺とオルコットさんの思考が一致した瞬間だった。
「それで次はお前となんだが」
「頑張って食いついていくよ」
「……そうか、危ないと思ったら降参するんだぞ? いいな? 男なんだから怪我があったらいけないし、中途半端に実力があるから手加減ができないかもしれない」
「手加減はいらない」
そう言っても何度も箒は降参するんだぞ、絶対に降参するんだぞと繰り返した。お前はダチョウ倶楽部か。
「い、一夏さん。彼女は本当に強いのですよ? 引き際を間違えないようにしないとそのお顔に傷が」
「……そこまで言われたら。まあ、実力差は離れてるし」
ピピピ、と端末を操作して千冬姉さんに連絡を取る。生徒同士の試合だから肩入れすること無く外のところで見ているらしい。アリーナの設定や非常時のために待機しているので、思いついたことへの確認を取っても問題ないはずだ。ルール違反にならないか聞く。
『む、一夏。どうした、試合前に姉の声を聞きたくなったか?』
「ハハ、そんな子どもみたいなことはしないですよ」
『そうか……』
残念そうな声。というか、今俺を一夏と呼んだということは千冬姉さんは一人でどこかの部屋にいるということだろう。山田先生はどうしたのだろうか。
「それより織斑先生、一つ聞きたいのですが。彼女らと戦って無事でいられる気がしないので、試合のときは待機している方をセコンドとしてついてもらってもいいでしょうか?」
『別に構わないが、手の内を知られるぞ?』
「五十歩百歩ですよ。どのみち試合を一回見られたらそれだけで分かっちゃう戦闘方法ですし。織斑先生にも身に覚えがあるのでは?」
俺と千冬姉さんのスタイルは同じ。刀一本という超浪漫機体でのピンポンダッシュ戦法、ただし千冬姉さんのピンポンは玄関先にミサイルを連続掃射して廃墟にさせるような威力があるし、ダッシュはほぼ瞬間移動のようなものだが。
今回の対戦で勝てる可能性は限りなく低い、それに目的は勝利ではない。その先の成長だ。
『可愛い弟の顔に傷がついたら……フフフ』
「やだ、なぜかさっきの試合以上にプレッシャーを感じますわ一夏さん」
通話している俺以外に千冬姉さんの声が聴こえるはずがないのに、オルコットさんは顔を青くして震え始めた。何かを感じ取ってしまったのだろう、何かを。見えないところから威圧とかあんた本当に人間か。
『箒に伝えろ。わかってるな、と』
「箒、織斑先生がさっきはよく頑張ったなって。それでは織斑先生、また試合後に」
『おい待て一夏! あいつに――』
ブチっと。よっし頑張るか。
「いいいいちか降参しないのだったら私が降参を」
「落ち着け」
俺は今回、死力を尽くす理由ができてしまった。二人のためにも傷つくわけにはいかない、ブリュンヒルデが降臨しないためにも。
とりあえず箒が正気に戻るまであやすように頭をポンポンと叩く。幼いころはずっと癇癪を起こしていた彼女を落ち着けていたなあと思い出す。
「なんと、これがうわさに聞くナデポですかうらやましい……ハッ」
オルコットさんは何かひらめいたかのような顔をすると
「王子様、私は全力であなたをお守りします」
「オルコットさんは図太いなあ」
箒の頭に無い方の手を取って俺に膝をついた。見るからにさっきまでの動揺が見られない彼女はきっと心臓に毛でも生えてる。
というかそういう映画とかでしか見ないようなことして恥ずかしくないのか。貴族ってすごい、あらためてそう思った。