深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase39:「笑顔」

 午後、昨日フェイトと話していた通り、北東部分の探索を行った。

 ここ数日の例に漏れずと言えばいいのか、2時間ほどで北東の端と思われる小部屋まで到達する。

 

「……順調と言えばそうなんだけど、どこかで落とし穴がありそうで怖いな」

 

 油断しないように気を付けよう。……まぁ、多少は回避できるとは言え、ほとんどの小部屋では敵との戦闘になるこの階では、油断のしようも無いのだけど。

 何にせよ、頑張ろう。そう気を引き締めた所で、フェイトがくすりと笑みを零した。

 

「ちゃんと自覚して、自分を戒められるんだから、大丈夫だよ」

 

 そう言ってもらえると、ありがたくも嬉しいものだ。……とは言え俺がそう思えるのも、偏にフェイトが居るからに他ならないんだけど。

 フェイトが側に居てくれるから。側に居てくれるフェイトに、必要以上に負担をかけたくないから。そんな想いが自分にあるのは確かなわけで、そう思うからこそ、例え順調に進んでいたとしても、万が一が無いように、油断しないようにと思えるんだと思う。

 口にするのは多少恥ずかしかったが、そんな事を言ったら、「私も同じだよ」と言いつつ、照れたように笑うフェイト。

 ──相変わらず、フェイトの笑顔は透明で綺麗だと思う。けれど……彼女がこうして笑えるようになるまでに、どれほどの苦悩があったのだろう。どれだけの試練を越えて来たのだろう。

 “知識”として知っていても、それに関われなかったことが少し悔しく、それを成した『高町なのは』が少し羨ましくて──馬鹿なことをと、そんな自分の考えに苦笑が漏れた。「どうかした?」とフェイトに問われたけれど、「なんでもないよ」(かぶり)を振る。流石にコレは口に出せない。

 とまれ、これからもフェイトの笑顔を見られるように、頑張っていこう。そんな決意を内心固めつつ、この日の探索を終えた。

 

 

 その翌日、午前中はいつものように鍛錬。

 フェイトの召喚時間が延びるに従って、この鍛錬の時間も自然と延びたわけなのだが、実際のところは少しだけ違う。

 ……いや、鍛錬の時間が延びたのは確かなんだけど、それ以外にも休憩……と言うか、フェイトとの打ち合わせと言うか、会話の時間が増えた。

 時間で言えば、延長された召喚時間の半分程度。現状で言うなら、延長されている時間が2時間5分であるため、鍛錬の時間に加えたのが1時間ぐらい、休憩等が1時間ぐらい……って感じだ。

 1時間の休憩と言うと長いように感じるけれど、その間に『ショップ』で探索に使えそうなアイテムを検討したり、敵から出たアイテムを確認したりとか、その他諸々色んな話をしていると、思った以上にあっという間に時間は過ぎる。

 ……まあ、特段話すことが無くとも、フェイトと一緒にまったり過ごすのも良いとは思うし、実際たまにそんな時間があるのだけれど。

 ちなみに、この打ち合わせの間に購入を検討し、実際に購入に踏み切ったものの中に『結界魔石』と『帰還の巻物』がある。

 どちらも、そろそろ第一層のボスが居るとされる10階が近くなってきたから、と言う理由で入手することにしたのだが。

 

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名前:結界魔石

カテゴリ:道具/魔法道具

購入価格:7,000ポイント

「約4時間の間、モンスターの侵入を防ぐ結界を張る事ができる石。4つで一組になっており、4つの石で囲った範囲が結界に括られる範囲である。結界が張られた状態で石を動かすと解除されるので注意。その場合も石に篭められている魔力が残っているならば、再度張りなおす事は可能である」

 

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名前:帰還の巻物(リターンスクロール)

カテゴリ:道具/魔法道具

購入価格:10,000ポイント

「迷宮内から瞬時に『マイルーム』へと転移することが出来る巻物。一度使用すると消失する」

 

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 『結界魔石』は以前も使用したことのある、『結界石』の上位版アイテムだ。

 現在『召喚師の極意・Lv2』の効果でディレイ時間が1時間マイナスされることによって、フェイトのディレイは4時間5分である。

 丁度『結界魔石』の時間と同じぐらいなのでこれにしたのだが……ようするに、10階に辿り着いたときにボスに挑む前に、フェイトを召喚し直して万全の状態で挑もう、と言うわけだ。

 更に言えば、もう1つ上位のアイテムに、8時間の結界を張る『結界霊石』ってのもあったけれど、流石にそっちはいいかなと判断した。実は前に購入した『結界石』が1組あったりする……というのも理由の1つだが。

 『帰還の巻物』は言わずもがな、もしもの時の保険である。

ちなみに購入に充てる貯蔵魔力に関しては、第一層後半になってから入手量が格段に増えた『闇の魔結石』を分解した。

 特に8階に関しては、小部屋1つにつき5~8体のスケルトンが居るために、1度の探索で50個ぐらいは手に入るのだ。それらによって貯まったものを分解して貯蔵魔力に変換したところ、約1万ぐらいになった。探索2回分ぐらいの稼ぎが一気に吹っ飛んだが、背に腹は変えられない。まあ、現状『ショップ』で買うものはほとんど無いから──武器はドロップ品、防具はバリアジャケットだからだ──良いんだけど。

 そんなわけで、午前中に色々と準備を整えたあと、ディレイを挟んで午後は迷宮に赴く。

 今日の予定はマップを確認して赴いていない部分を埋めること。

 今日の段階になってから気付いたのだけど、先に四方の端へ向かう形で行動していたために、マップ上のスキマはどうしてもこの階全体に散在する形になってしまっていた。そのため、本日はそれこそこの階を全体的に回ることになってしまったのだが……何と言うか、流石に面倒くさい。

 

「……もう少し計画的に動けばよかった」

「あはは……仕方ないよ、頑張ろう」

 

 溜め息混じりにぼやいてしまった俺の言葉に、フェイトが宥めるように返してくる。

 まぁ、全体に散在しているとは言え、その数自体はそう多い訳ではない。恐らく予定通り今日中には回りきれるだろう。

 マップを確認しながら大まかな今日のルートを決めて、最初の未踏破地点へ向けて足を踏み出した。

 

 

……

 

 

 8階のマップを埋め終わった、その翌日。今日は9階へ下りる日……なのだが、それ以上に今日はフェイトにとって大事な日だ。

 

「『召喚(サモン):フェイト・テスタロッサ』」

 

 発した言葉と共に、伸ばした手の先に生まれる球形の召喚魔法陣。

 それが砕けて中から現れたフェイトは、明るめの青色のタイトスカートに、それよりも濃い青のジャケットのフォーマルな格好。髪は結ばずに背中におろすだけ。

 こうして見るとフェイトの髪って長いなぁと、膝裏あたりまであるそれを見つつ改めて思っていると、「おはよう」とフェイトが声を掛けてくる。

 それに返しつつ彼女の様子を見てみれば、やはりどこか緊張を隠せないようで──。

 

「……やっぱり緊張する?」

「うん、少しだけだけど……」

 

 頷くフェイトの表情はやはり硬く。

 そんな彼女に何かして上げられないかと思うのだけど、俺に出来ることと言えばせいぜい声を掛けることぐらい。

 ふと、前にフェイトが言っていた言葉を思い出す。

 ……そう、だな。例えそれしか出来なくとも、それで少しでも彼女の気が楽になるのなら。

 

「フェイト」

 

 声を掛けると、うつむき気味だった顔を上げて「何?」とこちらを見るフェイト。

 そんなフェイトの、恐らく無意識だろう、硬く握り締めている手を取って、包み込むように、両手で握る。

 いつも俺が何かに不安になったとき、心が弱ったとき、彼女がしてくれていたように。

 

「大丈夫だよ」

 

 一瞬途惑った様子を見せたフェイトだけど、直ぐに俺が何を言いたいのか解ったのだろう、淡い笑みを浮かべる。

 

「俺にはこんな……言葉を掛けることしかできなくて……君の“その場”に着いていくこともできないけれど」

「……ううん」

「だからせめて……ずっと祈ってるから。フェイトにとって良い結果が出る事を。フェイトの“これまで”がちゃんと報われて、フェイトの欲しい“これから”に繋がる未来になることを、願ってるから」

 

 だから、きっと大丈夫。

 俺がそう言葉を続けるのと同時に、フェイトは顔を伏せた。

 ぽたりと、フェイトの手を握った俺の手に落ちる、温かな雫。

 その直後、距離を詰めて、俺の胸に飛び込んできた彼女は、「ちょっとだけ、ごめんね」と呟くように口にする。

 もちろん俺に否は無く、しばしの間、彼女が落ち着くまでそうしていた。

 

 

 その後一度送還し、少し時間を置いてから再召喚したフェイトは、最初に召喚した時よりもどこかスッキリとした顔をしていた。

 「迷惑かけてごめんね」と謝る彼女に、「気にしなくていいよ」と返す。

 ……そもそも迷惑だなんて思ってないのだから、ごめんも何も無い。それに、どうせ言われるのなら「ごめん」よりも別の言葉がいい。

 そう言うと、彼女はくすりと笑って、俺が聴きたい言葉を言ってくれた。

 

「ありがとう」

 

 

◇◆◇

 

 

 裁判所へ向かう道中、隣を歩いていたフェイトが突如立ち止まったことに気付いたリンディは、どうしたのかと視線を向ける。

 フェイトに続いてリンディも立ち止まったために、少し前を歩いていたクロノとアルフもまた立ち止まり、振り返った。

 そこにあったのは、眼を閉じて両手を胸の辺りに寄せ、まるで大切ななにかを抱き寄せるように、想いをかみ締めるフェイトの姿。

 その姿を見たリンディ達は、言葉をかけることも(はばから)れて、フェイトが再び視線を上げるまで静かに見守っていた。

 やがて眼を開けたフェイトは、皆が自分を見つめながら待っていてくれたことに気付いて、少し恥ずかしげに笑いながら「ごめんなさい」と謝って小走りに追いついた。

 そのフェイトの表情からは、それまで僅かに覗かせていた不安や緊張といった様子が抜け落ちていて──

 

「フェイトさん、何かあったのよね? 歩きながらでいいから、良かったら聞かせてもらえる?」

 

 リンディに問われたフェイトは、一度頷いて、今しがた流れてきた“記憶”を語る。

 葉月が緊張していた自分を元気付けてくれたこと。

 自分にとって良い未来になることを祈っていてくれることを。

 それだけで──温かな記憶と想いをくれた、ただそれだけで、驚くぐらいに心が軽くなったことを。

 

「……そう。フェイトさんは、本当に葉月さんのことを信頼してるのね」

 

 リンディの言葉に、フェイトは嬉しそうに笑って頷く。

 

「はいっ。えっと……リンディ提督と同じぐらいに……」

 

 少しだけ恥ずかしそうに、それでもしっかりとリンディの眼を見て、柔らかな笑みを浮かべて言われたフェイトのその言葉に、リンディは一瞬面食らったように眼を見開き──

 

「あら……ふふっ、ありがとう、フェイトさん」

 

 今のフェイトと同じように──否、それ以上に嬉しそうな笑顔を浮かべて、優しくフェイトの頭を撫でた。

 穏やかな空気と穏やかな時間。

 それはその後も変わることなく、その日、フェイトとアルフには晴れて保護観察処分の判決が下り、彼女達は改めてリンディ達ハラオウン家へと身を寄せることになる。


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