深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase32:「少女」

 今日も今日とて午前中はフェイトとの鍛錬に時間を費やす。

 基本的に内容は昨日と同じメニューだ。木剣での模擬戦は毎度のことながら、魔法の訓練も変わらず『フォトンランサー』である。

 今までの傾向からすると、俺は実戦を交えた方が習得速度が速いんじゃないかとも思うが──きっと追い詰められたときの底力的なものだろう──、こうして静かに向かい合うのも大事なのは解っているので、態々今の時間を使って戦いに行ったりはしないが。

 何にせよ焦りは禁物。じっくりやっていこう。

 そして昼を挟んでディレイ明けの午後……って言うか夕方と言うか。

 フェイトの召喚時間が延びているので、2度目の召喚はここのところ午後5時前後になってしまっている。……空の見えない迷宮に居る俺にとっては、その辺の時間感覚が不安定になってしまうのは悩みどころだ。俺は良くてもフェイトはそうは行かないからなぁ。

 それはともかく、フェイトを召喚して、昨日と同じように、出口の扉の前で向かう先を5階に設定。扉をくぐり、その先にある魔法陣を通じて一気に5階へと到着した。

 直ぐに6階へ下り、7階に下りるための階段へ続く道の、道中にある枝道を探索して6階の地図を埋める。

 昨日確認したとおり、6階に下りた直後の場所から左右に分かれる道は、どちらを進んでも7階への階段に到着することができる。

 だがこの階は、マップで言うと丁度中央辺りに馬鹿でかく地底湖が広がっているため、本ルートから伸びる枝道は然程数も距離も無いようである。そのため左右に1時間ずつ、計2時間ほどで6階の地図を埋めることが出来た。

 念のため『フィールド・アナライズ』を使ってマップを確認。踏破していない場所がないかを確認したが、問題は無いようだ。

 

「じゃあ、後はここだね」

 

 そう言ってフェイトが指差したのは、地底湖を示す空間の真ん中辺り。

 昨日フェイトと共に……と言うか、フェイトに抱えられてと言うか、ともかく地底湖の上を飛んでいるときに眼下に見つけた、祭壇のようなものがある小島だ。

 残りの召喚時間もあと2時間はあるし、小島を調べる時間としても充分だろう。

 そう考えたところで、俺の後ろに回ったフェイトが、抱きつくように腕を回してくる。

 昨日も体験したことだけれど、後ろから抱き締められているようで、何とも言えない気分になってくるな……なんて思ってしまうのは不謹慎か。

 

「行こう」

 

 フェイトの言葉に頷くと同時、俺の身体が彼女と共にふわりと浮かび上がった。

 昨日フェイトに「飛翔魔法を覚えたい」って言った時に思っていたのは、彼女と一緒に、彼女と並んで飛んでみたいって気持ちがあったからなんだけど、よく考えてみたらこの迷宮探索に置いても充分有益なんじゃないだろうか。

 例えば今のように、本来であれば何か専用の移動手段が無いと行けない場所に行けるとか、先日エルヘイトと戦ったホールみたいな、天井の高い部屋であれば緊急避難的に上空に逃れる、と言うことも出来るだろう。落とし穴みたいな罠が有った場合、それの回避も出来るだろうし。

 そんな事を祭壇の島に向かう最中にフェイトに話して見たところ、「うん、いいかも」と同意するフェイト。とは言えまずは習得途中のフォトンランサーを、しっかり覚えてからだけど。

 飛び続けて5分程。祭壇の島が近付いてきたところで、フェイトが徐々に高度を下げだした。

 その時ふと……本当に何となく下を見た俺は、一瞬自分の眼を疑った。……何か巨大な影が、俺達と並ぶように水中を移動しているのが見えたからだ。しかもそれは、徐々に大きくなっていく。

 

「フェイト、加速!」

 

 背筋に感じる凄まじく嫌な予感。大きくなっていく影から容易に想像できる悪い未来に背中を押されるように発した、唐突にも程がある俺の指示に、疑問を返すでもなく応えてくれるフェイト。

 瞬間的に俺達の身体が加速し、祭壇の島に見る見る近付いていく。

 その時、後ろからザバァッと言う物凄い水音とともに、強烈な威圧感としか表現のしようが無い気配が現れる。

 

「フェイト」

「うん」

 

 フェイトはそのまま島に向かって飛びながら、身体をくるりと反転させた。それによって俺達の視界に、先の水音と威圧感の原因が飛び込んでくる。

 そこにあったのは──

 

「ジャアアァァァアーーーーーー!!」

 

 大気を振るわせる咆哮。

 天を衝くように立ち上がった体躯。

 水面から出ている部分だけでも15メートルは超えているであろう、暗い青色の体躯を持った巨大な蛇のような怪物だった。……あのままの速度で飛んでいたら、今頃フェイトと一緒にあの蛇の腹の中だったかもしれない。

 そして大蛇は、ゆらりとこちらへその鎌首をもたげる。その顔には、大きさ以外にも明らかに普通の蛇ではないと解る、2対4つの眼。

 俺は咄嗟に大蛇へ『アナライズ』を使用──とは言え現状で悠長に情報を見ている余裕なぞ無いので、ウィンドウは直ぐに消したが──その直後、フェイトは再び反転。フェイトとその彼女に抱えられる俺を、彼女の魔力光である金色の魔力が包みこみ、先程よりも更に速い加速でその場を離脱した。

 瞬間的に景色が流れ、俺達は一気に祭壇の島へと到達する。

 俺は直ぐにフェイトから離れて、互いに武器を構えて大蛇へと向かい合うと、丁度俺達が居たであろう空間に大蛇が喰らいつく瞬間だった。

 大蛇は自分の口の中に獲物が居ない事に気付いたのだろう、俺達を捜すような様子を見せる。

 俺達の位置は大蛇のほぼ正面。その4つの眼が俺達を捉えた──かに思った矢先、そのまま気付いていないように大蛇の視線は流れ、そのままザバリと、再び水中へと帰って行く。

 

「……目の前に居るのに、どう言うことだ?」

「解らない……けど、油断しないで。もう少し様子を見よう」

 

 フェイトの忠告に従い、そのまま5分……いや、10分程だろうか、フェイトと背中合わせに警戒を続けるが、あの大蛇が姿を現す気配は無い。

 

「……大丈夫そう……だね」

 

 そう言ってフェイトが臨戦態勢を解いたのを受けて、俺も剣を鞘に納め、ようやく大きく息を吐いた。

 そのままぐるりと周囲を見回す。

 俺達が今居るのは、祭壇の有る小島の5階に通じる階段側の端の方。『小島』と言ってはいるが、直径で20メートル程はあるだろうか。中央が若干隆起して丘のようになっており、その上に石造りの祭壇らしきものがある、円形の島だ。

 島の大きさに関しては、上から見た時の大雑把な目測なので、あくまで大体ではあるが。

 

「さっきの奴、どうして襲って来なかったと思う?」

 

 とりあえず向かうのはあそこかな、と、島の中心部を見ながらふと思った疑問をフェイトに訊いてみると、彼女は「んー……」と少し考え、

 

「状況的に考えるなら……私達がこの島に入ったから、かな?」

 

 俺の隣に立って周囲を見回しながらそう答えた。

 

「私達を見失ったって言うか……私達の姿が見えていなかったって感じだった」

 

 そう続けられたフェイトの言葉に「やっぱりそう思ったか」と返すと、フェイトは「葉月も?」と訊いてくる。

 先程の大蛇の様子を思い返しながら、フェイトに「ああ」と首肯して答え、それに加え、昨日もこの地底湖の上を飛んだことや、今日襲われたのが高度を下げ始めた頃だったことを踏まえて考えるに──

 

「多分、この島の上と、天井付近があの大蛇の知覚範囲外なんじゃないかな」

「だね。昨日天井付近を移動したのは念のためだったけど、結果的に正解だったみたい」

 

 苦笑しつつそう言ったフェイトは、「そういえば」と俺を見上げ、

 

「さっき、あの大蛇に『アナライズ』を使ってたみたいだけど……」

 

 フェイトに言われて思い出した。

 見る余裕が無かったから、すっかり忘れていた事を反省しつつ、『アーカイブ』──『アナライズ』で取得した情報を見ることが出来るスキル──を使う。

 そう言えばこれ初めて使ったな、何て思いつつ、現れたウィンドウに並ぶカテゴリの中から魔造生物(モンスター)を選択。

 ついで表示されたモンスターの名前の中から、見覚えのない名前があったのでそれを選択。そこに表示されたものを見て、思わず眉を顰めた。

 

 

名前:『狂おしき水禍(メイルシュトロム)』クェールベイグ

カテゴリ:解析不能

属性:解析不能

耐性:解析不能

弱点:解析不能

「                                             」

 

 

 俺の様子に気付いたのだろう、「どうしたの?」と問いかけて来たフェイトに、表示された情報を読み上げる。……と言っても、名前しか解らないんだけど。

 多分これは、相手の強さに対して俺の実力が足りないんだろうなぁ。

 

「ごめん、これじゃサッパリ解らないな」

「仕方ないよ。少なくとも名前からして『ネームドモンスター』……強敵だって言う事は解るんだし、あの祭壇を調べたら、一旦どっちかの階段に移動して状況を整理しよっか」

 

 「もちろん、天井付近を移動してね」そう続けてふふっと笑ったフェイト。そんな彼女の様子に俺も自然と笑みを浮かべ、「そうだな」と頷いた。

 それからフェイトを促し、祭壇へと向かう。

 然程急ではないが、登ってみればそれなりに高い丘を登り、頂上にある祭壇に辿り着く。

 それは、4本の石柱に囲われた空間の中に、フェイトの背丈程の小さな祠の前に、その半分程の高さの台座が備えられただけのものだった。

 余計な飾りつけは無く、一見すれば質素とも思えるそれ。けれど近付くほどに、その印象は大きく変わっていく。

 言うなれば、静謐にして神聖。

 祭壇に向けて歩みを進める俺達は、その雰囲気に自然と言葉を噤んでいた。

 そして、石柱に囲まれた空間に足を踏み入れた瞬間、それは起こった。

 四方の石柱が淡く光を発し、それに呼応するように、中央にある祠が下から徐々に光り出す。

 やがてそれが頂点に達し、祠の全体が光を発した直後、石柱と祠の光が、祠の前に有る台座の上へと集っていく。

 唐突に始まったその現象を、俺とフェイトは固唾を呑んで見守っていた。とは言え、不穏な空気は感じず──恐らくフェイトもなのだろう──互いに武器を構えたりはしていなかったが。

 

(葉月、これって……)

(解らないけど、嫌な感じはしないな)

 

 何となく声を出すのが(はばか)られたか、フェイトと念話でやり取りしている間にも、光は集まり、徐々に強くなっていく。

 そしてそれが臨界に──石柱と祠の光が消え、代わりに台座の上の光が強く輝いた、次の瞬間、その光は一つの形を成した。

 

「……え?」

 

 その声を発したのは俺かフェイトか。

 俺達の前に現れたのは、一人の少女だった。

 年の頃は12、3だろうか、シンプルなノースリーブの膝丈のワンピースは、質素で飾り気が無いながらも、その純白の色合いが神聖さを醸し出す。

 覗く素肌は白磁のように艶やかで、緩くウェーブのかかった、腰の辺りまで有る髪は、白雪のようにふわりと揺れる。

 その『白』をそのまま形にしたような少女は、唯一色付く金の双眸を俺達に向け、静かに微笑んでいた。

 けれど。

 何よりも最も異質であったのは、その彼女の身体が透けている(・・・・・・・・)と言うことであろうか。

 少女は俺達を優しげな眼差しで見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

『──────────。─────』

 

 ただ彼女の口が動き、けれどその声は、届く事はなく。

 直ぐに彼女もそれに気付いたのだろう、哀しげな表情を浮かべ、

 

『……──、───。────、────────────────』

 

 声にならない声を発し、祈るように、その手を身体の前に組む。

 

『─────、─────……──────────────。……──────。──────────────────……──────────────。───……』

 

 再び少女が何かを言って、その直後、彼女の身体が淡い燐光を発した。

 そしてその光は帯となり、俺の身体を取り巻いて──それは一本の、帯状魔法陣と化した。

 

「これは……」

「あの時と同じ……【スキル】の習得?」

 

 もしかして、と言う様子でフェイトが言う。

 以前に『記憶の水晶(メモリークリスタル)』を使用し、『アナライズ』の【スキル】を習得した時の光景を思い返したのだろう。

 かく言う俺も同じことを思ったんだが。

 

『……───、─────。───……──、─────。──、────』

 

 そして俺を取り巻く帯状魔法陣がその輝きを強くするにつれ、少女の姿が、その燐光と共に淡く揺らぎ、薄れていく。

 その光景は儚くも神秘的で、俺もフェイトも、言葉も無く見守っていることしか出来なくて。

 

『いつかまた、逢えることを願います──』

 

 最後にそんな“声”が聞こえた気がして、ハッと目の前に視線を送る俺に、静かに微笑む白の少女は、その姿を消した。

 それと同じくして、帯状魔法陣が俺の中へと溶けるように吸い込まれていった。

 確認するように開いた自身のステータスウィンドウに踊る文字。

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

願い(ウィッシュ)』:Unknown。──希望は、願いの先に──。

 

 

 

「……葉月、大丈夫?」

 

 フェイトに声を掛けられて、頬を何かが伝う感触。

 その時点でようやく、自分が泣いていることに気がついて、慌てて拭う。

 

「うん、大丈夫。別に痛いとか苦しいとか、哀しいってわけじゃないんだ。だって言うのに……なんで、だろうな」

 

 話すうちに、再び流れる涙。

 そんな俺を労わるように、フェイトがそっと手を握ってくれた。

 バリアジャケットの手甲(ガントレット)越しだけれど、きっとフェイトの気遣いが伝わってきてるんだろう、それでもとても温かく感じて。

 だけどそんな、優しく穏やかな時間は、

 

「……葉月」

「ああ」

 

 カシャン、と、ガラスの割れるような音と共に、この島を中心に発生した渦巻く水流(メイルシュトロム)によって終わりを告げ、

 

「ジャアアアァァァァアーーーーーーーーー!!!!」

 

 咆哮と共に再び姿を現した水蛇と共に、戦いの時が幕を開ける。




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された『深遠なる迷宮』第三次攻略者。出身世界は『地球』。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。Unknown。前提条件:スキル『リンカーコア』。
『魔法剣士・Lv2』:剣と魔法を駆使して戦う者。『ソード』の扱いにボーナス。魔法使用全般に若干のボーナス。
『討伐者・血染めの赤骨』:ネームドモンスター『血染めの赤骨(スカーレット・ボーン)』エルヘイトを討伐した。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv2』:パッシブ。危機を脱し、生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。各種精神系バッドステータスにかかる確率が減少する。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。特定異世界の魔法を使用することができる。魔法使用全般にボーナス。Unknown。
『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、スキル使用不能時間(ディレイ)が減少する。──重ねた心は力となり、繋いだ想いは強さとなる。それはやがて、未来を繋ぐ翼とならん──。
  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:1時間15分
  【減少時間】フェイト・テスタロッサ:35分
『ミッドチルダ魔法』:アクティブ。特定異世界に属する魔法の一系統。前提条件:スキル『リンカーコア』。
  [念話] [バリアジャケット] [リングバインド] [ラウンドシールド]
『アナライズ』:アクティブ。解析魔法。アイテムやモンスター等の情報を取得する事ができる魔法。術者の能力と、対象の性能や能力によっては、情報を取得できない場合がある。
『フィールド・アナライズ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。術者が居る階層の地図を表示する。但し、術者が移動したことのあるエリアに限る。前提条件:スキル『アナライズ』
『アーカイブ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。『アナライズ』を使用した時に自動取得される。『アナライズ』によって得た情報を閲覧する事が出来る。前提条件:スキル『アナライズ』。
願い(ウィッシュ)』:Unknown。──希望は、願いの先に──。

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