Fate/Endless Night   作:スペイン

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第七話 その意思は―――

 扉を開いた。

 

 冬木教会、荘厳な作りと言う程過度な装飾はされておらず、光も暖かさを感じさせるオレンジライトだと言うのにも関わらず。

 扉から一直線に伸びたカーペットの先にいるあの男が全てを冷たい何かに変えてしまっている。

 

 そして、その一言は俺に対するもの。

 

「ようこそ衛宮士郎(・・・・)、いや、私の最後を看取った男よ」

 

 いや、未来の俺を指した一言だった。

 

 

 

「まさかとは思うが、言峰お前」

「入り口で語るか?せめて扉を閉めるくらいはしたらどうだ?」

 

 その指摘に腹立たしさを覚えるが扉を閉めて言峰の眼前に移動する。

 その間も奴は後ろ手に腕を組んでこちらを見据えたまま、余裕の表情だ。

 

「さて、衛宮士郎よ、お前の疑問に答えてやろう」

「あぁ、教えてもらうぞ」

 

「私は貴様に敗れ、その後気が付けばこの教会にいた」

 

 語り始めた言峰の言葉を遮らず、俺は睨み続けた。

 

「記憶も勿論保持している、いや、正確には私はこの輪廻に囚われた存在だ」

「…どういうことだ?」

 

「私はお前がどういう存在であるかも知っている、それどころか、私がこの後辿る運命すら理解している」

 

 俺とは違うのか?

 

「私はこの世界にいる言峰とは別の存在、納得のいかないことが多くあるが、私の役目は如何ともし難い物でな」

 

 ゆっくりと後ろ手に組んでいた手を前に持ってきたかと思えば、言峰は握り拳を作って俺に殴りかかって来た。

 にも関わらず、何故か俺は何の危険も感じていなかった。

 

「ぐっ…ふ、やはりな」

 

 理解を示す言葉を吐きながら、言峰は俺の眼前で止めた拳を再度後ろ手に組んだ。

 

「まぁ、今ので理解したかとは思うがこの私はお前を害せない、腹立たしいことに、お前に対して敵対心を抱くことも不可能な様だ」

「そういう態度には見えないけどな」

「そう言ってくれるな、むしろ私に残る記憶はお前と争った物ばかりなんだ、いきなり友好的に接しろと言う方が無理というものだろう」

「そういう腹芸は得意なタイプだと思ってたけどな」

「一時ばかりの自身の苦悩は受け入れようとも、しかしその先に面白みも待っていないのでは意味が無いのでな」

 

「なら聞くが、俺はお前が孤児達を生贄にしていたら―――」

「馬鹿を言うな、今の私はそのようなことさえも出来ないのだ、子供達は今頃別の街だろう、聖杯戦争が始まろうと言うこの街に置いておけるはずもない」

「なら生け贄分はどうした?」

「害が出ない程度に街の人間から回収していたさ」

 

 なるほど、と納得するには情報が少なすぎる。

 つまりコイツが言いたいことは、『俺を害することは出来ないし敵にもなれない』ということだ、だがそれはつまり、何もしてこないというだけじゃないのか?

 だとしたら疑問が一つ残る、何故コイツは今ここで俺を待っていたのか。

 

「ほぉ、やはり私の知る衛宮士郎よりも頭の出来は良い様だな、そう、お前が疑問に思っている通り私がここで待っていた事には意味がある」

「その意味ってのは?」

 

 

「私がこの腐りきった輪廻から解き放たれる為の条件、それは衛宮士郎、お前がこの聖杯戦争を勝ち抜くことだ」

 

 

 俺の勝利が、こいつの救いだと?

 

 

「何を考えているのかは分からないが、どうにもソレが世界の意思の様だ」

「どういうことだ…?」

「分からないか、私はその理由までも知識として持っているが、お前にも分かるはずだ」

 

 俺がここで勝ち抜いた先に待つ未来で、世界が得をすること…?

 

『―――いいか。誰が何をしようと、救われぬ者というのは確固として存在する。お前の理想で救えるものは、お前の理想だけだ。人間に出来ることなどあまりにも少ない。それでも、一度も振り返らず、その理想を追っていけるか』

 

 可能性の中、時に諭し、

 

『―――そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた!

 故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない、これを偽善と言わずなんという!

 この身は誰かの為にならなければならないと、強迫観念につき動かされてきた。

 それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた!

 だが所詮は偽物だ、そんな偽善では何も救えない。

 

 否、もとより、何を救うべきかも定まらない―――!』

 

 時に激昂の中で自らと戦い、

 

『正義の味方なんてものは、

 起きた出来事を効率よく片付けるだけの存在だ』

 

 時に、自らの憧れた夢にすら絶望した男。

 

 あの未来に至ることを、世界が望んでいる?

 

「あ…」

「どうした、恐れを抱いたか?私も見てきたさ、衛宮士郎、お前が辿る血に濡れた正義の道程を」

 

 心の何処かに埋め込まれた(おれ)の破片が鼓動する、その光景に苦しみを叫ぶかの様に―――。

 

 だけど、

 

 恐れを抱いているのなら、燃え上がる様なこの感情は何だ?

 

『―――体は、体は剣で出来ている』

 

 剣の破片であれど、骨子に刻み込まれたその可能性(きおく)

 

『お前には負けない。誰かに負けるのはいい。

 

 けど、自分には負けられない!』

 

 そうだ、その瞬間、砕けた(おれ)もいた、しかし、その先へ進んだ(おれ)もいた。

 

『誰もが幸せであって欲しいと。

 その感情は、きっと誰もが想う理想だ。

 だから引き返すなんてしない。

 何故ならこの夢は、けっして

 

 ―――――決して、間違いなんかじゃないんだから……!』

 

 俺には分かる、世界が望むその未来は、確かに苦しさも空しさも絶望も孕んでいるのかもしれない。

 だけど、俺は折れない、そうやって、苦しさも空しさも絶望も経験してきた剣の破片が集まって可能性(おれ)という存在がいるんだ。

 

 ならば、折れてはいけない、折れるわけがない、地獄の中で造られたに等しいこの(おれ)が折れようはずが無い!

 

「言峰、恐ろしくなんて無いさ」

「ほぉ、ならば何を思う」

 

「苦しさも、空しさも、後悔を感じさせる瞬間も絶望を思わせる展開も正義を疑うその場面さえもこの先、俺に襲い掛かってくるだろう」

 

 戦場における死が例え視界の全てを埋めようとも、

 

「あぁ、その通りだ、そして弓兵は折れた」

 

 苦汁の決断に己の存在を疑おうとも、

 

「そうだな、弓兵は折れた、だけど俺は弓兵じゃない」

「ならば何だと言う、剣士か?贋作者か?」

 

 

 汚れようと、穢れようと、欠けようとも錆びようとも炎の中に身を晒そうとも―――

 

 

「違うな、俺は剣士ですら無い、贋作者であれどこの思いは受け継いだものだ、その願いを抱いた者が俺にとって正義の味方であった以上、この思いが偽りであるハズも無い」

 

 その剣は折れない。

 

「ならば、何だと?」

 

「俺は『衛宮士郎』だ!

 

 ―――正義の味方であり、

 

 ―――剣であり、

 

 この先に待つ苦しさも空しさも後悔も絶望も―――それら全てを切り裂く剣だ!」

 

「この先にそれらすべてが待ち受けていようともそこに進むと?」

「あぁ、そこに迷いは無い、そこに苦難はあれど切り開く」

 

 

「ふっ、ふはっ、ふはははははははは!」

 

 途端、言峰は笑い声を抑えずに教会に木霊した。

 

「面白い、それだけの絶望に折れぬと言うなら、その生涯に興味が湧いた」

 

 そして、何処かいつもとは違う笑みで、言峰は告げた。

 

 

 

「良いだろう、衛宮士郎、お前の未来へ繋げよう、私の力を貸してやる」

 

 

 


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