言峰教会…改め冬木教会、ここには二人の男がいるはずだ。
高校二年生の春、俺は散り始めた桜の美しさの中で毎朝の修行に励んでいた。
これまでの葛木との修行でようやく、
「ようやく初歩を踏襲したか」
と言われることが出来た。
今の修行スタイルは
さて、観察をされてもそこまで凄いことはやっていない、その場にある物をいかに利用して戦うかの稽古だ。
思えば可能性の中でも地下や室内、時には住宅街で戦うことがあったにも関わらず俺は愚直に敵に向かっていくことばかりをしていた。
今考えれば戦い方はいくつもあったはずだ。
「来い」
稽古の始まりはいつもそれだけの言葉、どちらが先に動くかを牽制しあいながら、互いに自分に有利な立ち位置まで持っていく。
だが、葛木はこの立ち位置でも工夫を教えてくれた。
『相手の姿を見据えることの意味は相手の出方を窺う以外にも自分の認識の齟齬を無くす意味合いも持つ、例えば』
両の脚は上半身よりも後方に、バランスは悪いがこれでは相手の上半身だけを見て戦うと簡単に距離感を変えられてしまう。
『この様に相手が立つ位置だけを見ていても意味は無い、重心の置き方にも注意しなければ不意を突かれることもある』
大事なのは相手を見据え、出方を見据え、全体を見据えること。
そしてこの路上を想定した稽古では、それがかなり重要となってくる。
周囲にある物を確認する。
ポリバケツに形だけの電信柱、ゴミ袋もあれば積まれたビールケース、資材の搬入の途中で置かれたままの鉄パイプまで捨て置かれている。
勿論、これは全て再現しただけの物であるが路上と言うよりも路地裏という言葉が脳裏を掠めるのも仕方がない事だろう。
不意に葛木が右腕を後ろに引いた。
何度喰らったか分からない掌底の構えだ。
攻撃の最中に繰り出される掌底と違い腰溜めの状態から放たれるあの掌底は油断できない破壊力を備えている。
さらに厄介なのが、葛木の持つしなやかな筋肉から繰り出されるあの技は縦横無尽であるということだ。
正面からの攻撃に対して突き出す様な掌底も出来れば、以前は竹刀による上段の攻撃を避けた後に下から突き上げる掌底を顎に喰らい気を失った。
だからと言ってこちらが身を低くして突きあげる攻撃を放てば掌底で以て防がれたり弾かれたりをして防御に応用してくることもある。
唯一有効なのは遠距離攻撃だが、それではあの掌底をやり込めたと言うよりも別の手段に打って出たという形になり克服することは出来ない。
堅牢なる掌底の構え、俺が苦手とするスタイルだった。
それでも動かないワケにはいかない、深く踏み込んだ俺は葛木の頭部目掛けて比較的素早く行えるフックを以て攻勢に出た。
身を屈めることで避けられるが、葛木が膝を小さく曲げた時点でフックを途中、身を屈めた事で当たらなかった葛木の頭部、その上は頭上でフックを止めてハンマーを振り下ろすかのようにして攻撃を続ける。
これだけの近距離、頭上からの攻撃であれば見えるまいと考えたが突きあげる掌底が振り下ろした俺の腕、肘の部分を捉えた。
だけどここまでは予想済み、捉えられた腕に力を込めて引き寄せられない様に注意をしながら肘を捉え伸ばされている葛木の右腕を俺のもう片方の手で掴み半ば力づくでサイドステップをして電柱にその腕をぶつけようと試みる。
しかし葛木が一枚上手、サイドステップをした俺の脚が何かに躓いて体勢を崩し、掴んでいた葛木の腕が移動しようとして方向に振るわれた。
力づくで行うとしていたことも相まってそのまま地面に倒れ込んでしまう俺に葛木の突き刺さる様な刺脚が迫るも地面を転がり避けることで何とか凌ぐ。
立ち直した俺に対して葛木が言うのは一言。
「上半身に集中し過ぎだ、私が伸ばした脚に気付いてもいなかっただろう」
途中で躓いたのはやはり葛木の脚か、確かに注意されたとおりだ。
言うべきことは言ったとばかりにゆったりとした歩き方で接近してくる葛木に対して、俺は電柱の影に半身を隠した。
「成程、確かにそうすれば遠心力を用いた攻撃は打ちにくくなる、しかし」
言葉が切れたかと思えば、葛木の姿もまた電信柱の影に消えた。
「半身を隠すということは視界を半分殺すということ、その対応策はとれているか?」
残念だがとれていない、攻撃の選択肢を減らすという目的しか無かった。
しかも葛木はこちらの視界を完全に把握しているのか完全にその姿を電信柱の影に隠してしまった。
俺もまた電信柱に全身を隠し、今度こそ全体を見据えた。
電信柱の傍には住宅の衝立を模したコンクリートブロックの壁がある。
空いている隙間は非常に狭いと言えども通路側と壁側、電信柱のどちらから出てくるかは分からない。
「さぁ衛宮、相手がどちらから来るか分からない状況、お前はどうする」
考えろ、状況だけで言えばあちらも同じだ。
こちらから相手が見えない以上、同線上にいる相手もこちらを捕捉出来ていないハズだ。
電信柱の影に隠れてはいるが、電信柱からどれくらいの位置にいるかは分からない、さらに言えば、相手の姿が見えないのだから動き出し等も分からない。
不意に、カツンと音がした。
何の音か確かめる暇も無く、続く様にして電信柱横の壁を跳ねて空き缶が飛んできた。
目を凝らして空き缶を見れば上半分がくり抜かれて尖っている、当たれば傷は免れない。
だからといって大袈裟に避ける必要は無い、上半身のスウェーで軽く避けると、視界の端に影が走った。
次に足元に衝撃、強い横からの衝撃に脚を掬われ転倒、地面に身体を打つも敵を撃退すること為にすぐさま自分の体を軸にして手で回転を作り時計回りに水面蹴りを放つ。
影が小さく跳ねたかと思えば脚に走る鈍痛。
見れば水面蹴りが捉えたのは敵ではなく電柱だった。
「痛ッ~~~!!?」
自分で自分を殴りたくなるほどに恥ずかしいミス、俺は悶え転がりたくなるのを抑えてすぐに立ち上がり敵を正面に置いて後ずさった。
そこでも鈍痛。
「痛ァ!?」
考えても見ればその通り、影は電信柱傍の壁とは反対側の通路側から現れ、攻撃を喰らって転倒して水面蹴りをするも電柱にヒット、影はなおも壁とは反対側にいる状態で俺が後ずされば後ろにあるのは壁だ。
「…衛宮、冷静になれ」
とても冷たい目を向けられながらそう言われ、俺は一人落ち込んだ。
「出・来・る・かぁぁあああああ!」
思わず叫んだ俺をおかしな奴だと思わないでほしい、あの状況で葛木がとった行動の意味を教えてもらったのだが、どう考えても人間には不可能だったからだ!
「難しいことか?音を立ててその反響で相手の位置を知るだけだぞ」
「俺の耳は特別製じゃないし蝙蝠と人間のハーフでも無い!」
「それは私とて同じなのだが…」
先程不意にしたカツンという音の正体はビー玉だった。
その小さな音の広がりから俺の位置を捕捉、ポリバケツの中に入っていた空き缶を手にとって形を歪め、電信柱横の壁に跳弾…もとい跳缶させて俺への攻撃の第一手としたらしい。
「一成、お前出来るか?」
「ふむ…無理だ」
何故一呼吸置いたのかは知らないが、だよなと相槌を打つ。
相槌を打ちながらも、練習してみようと秘かに心に決めていた。
そして、もう一つ。
俺には確認したいことがあった。
中にはいたんだ、偶然にもここを訪れて地下室で『聞こえた』
だけど、聞いた後には殺される。
数多の屍の中、俺は生きていく。
呪いの言葉を耳に、責と重苦を味わいながら歩を進める。
何度も訪れようとしたはずなのに、まるで鎖に縛られたかの様にその足はここに至る道程の途中で動かなくなった。最後には気絶して、運ばれて病院で目が覚める。
理由は分からない、
だけど、今俺が行くのは俺の
新しく切り開いていく俺の
そう思えば、不思議と鎖は感じられなくなった。
正直、ここに来るのは遅すぎる。
もう全ての子供たちが命を落としてしまっているかもしれない。
いや、命すら落とせずに悲しみを垂れ流しているかもしれない。
それでも、一人でも救えるのなら―――。
俺は、それが知りたい。
今の俺の手で救えるのなら、救う。
もしも現時点から誰かを苦しめる様な事をしているのであれば――――――。
だから俺は、
新幹線とかいう暇を持て余しながら買いすぎた駅弁すら持て余す監獄列車。
※訂正箇所+謝罪箇所
感想において生贄になった子供たちの部分をご指摘いただきました。
完全に忘れていた為あとから追加で文章に書き足しとなっております。
その後の展開にも上手く絡ませていければと思っておりますが、自分の確認不足で呼んでくださっている方に違和感を与えてしまったかと思います。
本当にご指摘いただきありがとうございました。