Fate/Endless Night   作:スペイン

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第4話 葛木宗一郎

「稽古をつけて欲しい?」

 

葛木宗一郎と対面した俺は、挨拶も程々に済ませて本題を投げかけた。

それを受けた葛木は眉一つ動かさずに俺を観察するかの見つめてきた。

 

「柳洞にも言ったが私は少々変わった武術を使う、さらに明言すれば武術とも呼べない物だ、私自身、あまり広めたいものでも誇れるものでも無いのだが、それでもいいなら」

 

感情の無い言葉の羅列、しかしそこに含まれた意味はつまり…

 

「稽古を付けてやろう」

 

その一言に収まるワケだ。

 

元より俺は武術を身に付けたいというよりも戦う術を増やしたいというのが本音、さらに言えばサーヴァントすら相手取り一時的とはいえ優勢に回ったその技を身に付けたいのだ。

 

「よろしくたのむ」

「衛宮、敬語を忘れているぞ」

 

む、そうか聖杯戦争(あのとき)は敵だったから思いっきり敬語抜きで会話していたけど、今は違うもんな。

 

「いや、いい、敬まわれる程の人物では無い」

「たすかる、それで稽古は何処で?」

「こことは反対側の離れに道場がある、そこで行うといい」

 

一成の言葉に従って移動を始め、先頭を行く一成の後に付いて俺たちは歩を進めた。

 

「一応聞いておきたいんだけど、えっと…」

「自己紹介は先程しただろう、葛木でいい」

 

との葛木本人からの申し出を受けながらも先頭を行く一成がわざわざ振り返って威圧してくる、分かったよ…

「分かった、葛木さん、ソレはどうやってるんだ?」

 

言いながら指し示したのは足下、音も無く歩く葛木の歩法は気にしなければ違和感を覚えない程に完成されていた。

 

「なんてことは無い、やり方は二つある」

 

そう言うと葛木は一度立ち止まり、今度はギシギシと木鳴りをさせながら歩き出した。

 

「この歩き方で音が鳴る理由は踏み出しの最初に足裏の一部分に重さが集まるからだ」

 

そこまでは理解出来る。

 

「なら、足裏を全て同時に着面させてやればいい、後は一歩を踏み出すときに片足に体重が集中しない様にするだけだ」

「衛宮、出来るか?」

「無理…だな、片足になる時点でそっちに重心が集中する、俺にはむずかしすぎるよ」

 

格の違いを思い知らせながら歩いて行くと、自宅の道場と同程度の広さの場所に着いた。

 

「すまないが衛宮、この袴に着替えてもらえるか?一応だがこの道場を使う際の決まりごとでな」

「あぁ、こっちが無理言って使わせてもらってるんだ、当然だろ」

「ふむ、たすかる」

 

上下紺の袴に着替えて道場にて葛木と相対する。

 

 

 

 

「さて、いつでも来ていいぞ」

「あぁ…」

 

 先手を与えられ、言われて直ぐ様に飛び出そうと思ったが隙を見つけ出せずに踏みとどまってしまった。

 片手を顎前に、もう片方を腰に落ち着けて構えを取って距離を保つ。 

 

 一方の葛木は手は下げているが若干肩の位置が先程よりも後方にある、実際にその姿勢をとってみると分かるが、ただ下げた状態から突きを繰り出すよりも若干肩を後ろに置いた状態からの方が威力も速度も優秀だ。

 

「柳洞はこの状態で飛び込んで来たが…衛宮と言ったな、臆病者か慎重者か、後者であれよ」

「言われずともそうあるさ」

 

会話に見せかけた距離の測り合い、互いにすり足を使って少しずつ動いている。

 

「その上手さ、剣道経験者か?過去、侍の類は刀剣が無くとも戦場で活躍出来る技術を身に付けていたという、まるで侍だな、衛宮」

「そこまで読み取れるのかよ…!?」

「いや、申し訳無くも思うが今のはブラフだ」

「なっ!?」

「覚えておけ、確信しているのであれば言葉に出す必要は無い、それでも言葉にするのであれば確信が無いかその情報が相手を動揺させるに足る物だということだ」

 

 駆け引きも上手い、やはり…強い。

 

 俺達の距離も段々と詰まり、一歩踏み出せば互いに攻撃を当てることが出来る位置まで近づいた。

 そこで、葛木が構えを取った。

 左腕をくの字に曲げたボクシングのフリッカーを彷彿とさせる物だが、フリッカーの様なしなやかさは無い、固く構えられている。

 

「行くぞ」

 

 始まりを告げる言葉は短く、その動きは流動的であるが川の流れを出すに引き合いに出すには激流を持って来なくてはならない。

 つまり、流れる様に鋭い。

 

 それでも俺の眼は捉えていた、狙いは肩、貫手での刺突による攻撃だ。

 腰に添えていた手でそれを払うと、貫手の形から葛木の手が絡みつく様に払った手を取った。

  

 そして捉えた手を思い切り引っ張られたかと思えば、それに対して踏ん張ろうとする力を利用して身を硬直させられ腹部にもう片方の手で打撃を入れられた。

 

「ぐぅ…!?」

 

 後方へ仰け反る俺の左手は未だに葛木に掴まれたままだ、そしてそれも、仰け反ったことで腕が伸ばされた形になっている。その伸びた腕、関節に当たる肘の部分に下から突き上げられた膝が叩きこまれた。

 

「がぁッ!?」

 

 掴まれていた腕は離され、追撃の正拳が胸へと迫る。

 ガードの為に身体を動かそうとするが、先程の攻撃で片腕が痺れていて防御に回せない、喰らう―――!

 

「っは…ぁ!?」

 

 正拳を喰らったことで後退、そこで葛木からの連撃も一段落付いた。

 

「ほぉ…衛宮、お前見えているな」

「げほっ…え?」

「私自身、少し加減を違えたかと思ったが丁度良かった様だな」

「あぁ、温いよりは厳しくしてくれた方がこっちもやりがいが出る」

「そうか」

 

 区切られた言葉、動き出した身体、葛木は床を踏み鳴らすことなくまたも流れる様に接近してきた。

 手を見れば掌底の構え、もう片方の手はわざと空けているのだろう。

 

 あの絡み取る様な動きは攻防多彩な転換が可能だ、掴まれるとそこからの連撃を止める手立ても無い、なら、フェンシングの様にヒットアンドアウェイを主として戦うのが正解だろう。

 

 掌底を避ける為に葛木を中心に時計回りに移動を始める、移動の度にキュッキュという肌が木を撫でる音が響き折角背後に回ってもその音で葛木には完全に位置がばれている様だった。

 

 だからといって動きを止めれば掌底の歓迎が待っている、この状態から地道に打撃を叩きこんでいくしかない。

 

 アウトボクサーのステップを参考に葛木の周囲を回りながら比較的に内臓器官にダメージを与えやすい部分を狙っていく。

 しかし、狙えども肘で、脚で、時に掌でそれさえも防がれる。

 

 こちらの腕を手元に戻す時、油断するとすぐに腕を絡め取られそうになるので注意をしながら続ける。

 

「なるほど、戦いに慣れている動きをする」

「―――ふっ、ふぅ」

「その戦い方、体力の消耗が激しいハズなのによくやる、しかし、弱点がある」

 

 そう言うと、葛木はただ歩いた、構えながら、その場を少しずつ動き出した。

 周囲を動きながら戦っていた俺はそれに合わせて立ち位置を調整していくのだが、これが上手くいかない、何度も足を止めての攻撃に転じようとしたが、葛木の一撃が重く、動いていないとまともに入れられてそこで終わる。

 

「動きながら戦うと言うのであれば流れを自分の物にしなければ苦行を積むことに他ならない、やるならば――」

 

 葛木の頭部を刈り取らんばかりの回し蹴りに思わず屈んで避けることを選択してしまった。

 そして、葛木は動き出した。

 

「このくらいやらねばな」

 

 立ち上がり接近してくる葛木へと繰り出したストレートの拳は避けられ、反対にガラ空きになった胴に小さく拳を入れられた。

 

「ぐっ」

 

 そのまま俺の脇を通り抜けて後方へと回った葛木を追う様に俺も身体の向きを変える、そして直後に頬に衝撃を覚えた。

 

「がっ…!?」

 

 張り手、いや頭突きか…?何にせよ少し三半規管がやられた、方向が上手く分からない。

 

 そんな状態の俺の耳にキュッという肌と木が擦れ合う音が聞こえ、反応してそちらを向きながら回し蹴りを放つ。

 何かを捉えた感触は無く、背中に強い衝撃を感じたかと思えば頬に冷たい感触がした。

 

 俺は倒れているのか…!

 床の冷たさだと気付くのに数秒、何が起きたかを理解するのに数秒を要して立ち上がると、目の前に葛木がいた。

 

「今日はこのぐらいにする、柳洞、夕飯だが…衛宮の分もお願いできないか」

「う、承った」

 

「俺はまだ―――!」

「戦える…か?何を言っている、これは戦いでは無い、稽古だ、実戦に近い感覚でやるのは構わないが学べる物が手元にある内に学んでおけ」

 

 つまりは、今日の稽古の中での反省点を見つけろということか…。

 

 俺は袴から中学の制服に着替え直しながら反省点について考えていた。

 

 一番の反省点は対応策として逃げを選んでしまったこと…か?掴まれるならば掴み返すとかそういう手段を選べば良かった。

 戦いであれば同じミスを繰り返すのは愚の骨頂だが、先程のは稽古、同じミスを繰り返してそのミスをしない様に上達すればいいだけだ。

 にも関わらず、俺は上達よりも現時点で通用する技を使うことを選んだ。

 

 稽古に臨む姿勢じゃ無かった…な。

 

 ともかく次はしっかりと稽古に臨む姿勢でやろう。

 

「衛宮、夕飯の支度が整ったぞ」

「あぁ、今行く」

 

 一成に呼ばれ、脱衣所を後にする。

 縁側を歩きながら食事を頂く広間へ向かう中、ふと空を見上げた。

 

 幾つもの星々が瞬く中で、一つの星だけがとても光っていた。

 

 思わず、手を伸ばす。

 

 連想した、あの輝きを。

 恋い焦がれた、あの輝きに。

 

 気が付けば握り込んだ拳の中には何も無い。

 何も無いが、それでいい。

 

 まだ、届かなくていい。

 このくらいであの輝きに届いてたまるか。

 

 だから目指すんだ、あの輝きを―――。

 

 そして、俺が望む可能性(せいぎのみかた)を―――。

 

 


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