Fate/Endless Night   作:スペイン

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第三十話 謀【はかりごと】

 バゼットに処置(・・)を施した士郎は一人、家路に就いていた。

 先の戦い、英霊という存在の強さを実感させられる物だった。

 

 しぶとさだけじゃない、対策したにも関わらずあそこまで戦闘が長引き、こちらも疲弊させられるとは思ってもみなかった。

 

「(慢心か?)」

 

 己の身体を通じて溢れる魔力に過信を抱いていたのかと疑問を持つが、すぐさま振り払う。

 

「(今は慢心でも良い、自信に変えて行けば)」

 

 何も、自分の成長はここで止まったわけでは無い、衛宮士郎の眼には強くならんとする意思が確かにあった。

 

「(強く…)」

 

 何処か、忘れかけている何か、暖かいハズの場所。

 今という、夜という時間がそれを思い出せと語りかけてくる。

 星の煌きが、記憶の蓋をこじ開けようと語りかけてくる。

 

 しかし、それを意思の力で止める。

 

「(…何かを、忘れているのか俺は)」

 

 それは、聖杯戦争の勝利(きっかけ)を得るまでは思い出さないはずの物。

 それを思い出してしまえば、歪な今の自分が更に歪になってしまう、そんな気がして。

 

「(思い出すのは、今じゃ無い、今の俺にとって大切なのは、聖杯戦争に勝利することだ)」

 

 確かな変化、そういっても過言では無い。

 

 記憶の片隅に確かにその思い出の蓋は用意されたのだ。

 

 その蓋を開けばバラバラになった記憶の破片が溢れ出す。

 

 今の衛宮士郎はただ目的を果たす為だけに、聖杯戦争における勝利の為だけに動く機械の様な物だ。

 

 鍵があるとすれば、それは聖杯戦争における勝利、そして唯一、その人物の味方になろうと平行世界の衛宮士郎が誓った存在、間桐桜にあるだろう。

 

――――――――――――

 

「さて、凛よ」

 

 夜の闇も深く、街灯に虫が集り羽音が歪なリズムを刻む時刻。

 

「何かしら綺礼?」

 

 遠坂邸の一室、磨きが掛けられた木製のテーブル、そこにティーセットを置いて二人は談笑…そう呼ぶには雰囲気がいささか似つかわしく無いものだが、言葉を交わしていた。

 

「聖杯戦争、君の家系の悲願とも呼ぶべき闘争が始まったワケだが、進捗はどうだね」

 

 そうやって平然と問うこの男こそ、前回の聖杯戦争で遠坂の悲願を阻んだ張本人なワケだが、そんなことはこの男にとって愉悦の一皿を食す為の調理過程に過ぎなかった。

 

 そして、問われた少女、いや、少女から女性への階段を上る過程に身を置いていると表現した方が適切か、少し大人びた様子を魅せる『凛』と呼ばれた少女だ。

 

「進捗も何も、私自身は未だそこまで活動してないわよ、それとも何かしら?私のあずかり知らぬところで何かしらの進展でもあったの?」

 

 その傍らにセイバーは居らず、別室にて待機している。

 セイバー曰く、

 

『あの男とは出来るだけ会いたくないのです』

 

 との事だ。

 凛はその意見を尊重する事にして、出迎えから応対まで一人で行うことに決めた。

 

「進展…まぁ、そうだな、クラスが二つ消えた、そう告げておこう」

 

「!」

 

 凛は思わず座っていた椅子から立ち上がり、机を叩いた。

 

 そういった突発的な行動を取る奇特な趣味と言うワケでは無い、それほどまでに衝撃的な事だったのだ。

 

 クラス、サーヴァントに割り当てられたそれぞれの兵種、職業、立ち位置、得意項目、生い立ちから決められる七つのクラスの事だ。

 

 それが二つ消えたということは、二人のサーヴァントが聖杯戦争から身を引いた、または何者かにやられたということになる。

 

「それは、本当なの?」

 

「信じるかどうかは任せるが、もう一つ情報がある…が」

 

「っ!」

 

 懐疑的な姿勢を見せる教え子の様子に笑みを作り、それに気が付いた凛は落ちついて椅子に座りなおして、流し眼でこちらを見やる綺礼に手で続きを促した。

 

「話では、その二つのクラスは同じ人物によって倒されたという」

 

「同一人物って…まだ始まって五日と経ってないのよ?どうやって見つけたっていうの?余程マスターが優秀なのか、それとも…」

 

 凛が行き着いた答えは真実とは異なる物、しかし、それは魔術師であれば、聖杯戦争に関わる者であれば行き着くのもおかしくは無い答えだった。

 

「まさか、キャスターだっていうの?」

 

 答えを求めて綺礼へと視線を投げると、綺礼は短く息を吐く様に笑い、肩をすくめた。

 

「そこまで言うことは出来ん、だが、気を付けろ」

 

 それだけ言って、綺礼は遠坂邸を跡にした。

 

「(ほとんど答えじゃないの…もしもキャスターで、探索に優れているのだとしたら、いや、探索だけじゃ無い、優れているのは戦闘という部分においてもってことになるわね、厄介…ううん、いずれ倒す予定の相手の中でもキャスターが強いって分かっただけでも儲けものだわ)」

 

 どの様な相手なのか、可能性を考えては新たな可能性に展開させ、最悪の場合を想定にいれる。

 

「(戦うにしろ、戦わないにしろ、こちらの位置を知られているかもしれないっていうのは考えておくべきね、相手がキャスターとなると魔術に強いセイバーがいる分こっちが有利、ともとれるけれど、マスターが探索が得意でサーヴァントが協力だった場合は?マスターを倒す事を第一に動くだけね、サーヴァントはどちらにせよセイバーに任せるしかない、か)」

 

 その日、遠坂邸の一室は灯りが消える事は無かった。

 

――――――――――――――――

 

「宗一郎様、許可を」

 

 柳桐寺、その離れの一室、キャスターは己のマスターである葛木 宗一郎に頭を垂れて許しを得ようとしていた。

 

「私が危険なだけならば別段問題視せずとも良い」

 

 意中の相手がそうはいえども、いや、意中の相手がそう言うからこそ、キャスターは尚の事危険を排除しようと考えた。

 

 しかし、表立って動けば勘付かれてしまう。

 

「(危険分子は排除しなくちゃ…いけないわよね)」

 

 衛宮士郎が眠りに就く頃、聖杯戦争はその闘争の形を確かな物としていった。


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