Fate/Endless Night   作:スペイン

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第二十九話 偽装剣

 薄れゆく意識の中で、バゼットは目の前の光景を焼き付けんとした。

 

 しかし、その目線の先に移った光景をなんと文字に起こした物か。

 

「(誰にも、誰にも信じてもらえないかもしれないけれど、私が将来この光景を書き記すなら、一つしかない…私は)」

 

 

 地上に咲く、花火を見た。

 

 

 

 

 右から迫る横薙ぎの朱槍、防ぐは翼にも見える白き剣、まず起きるのは接触による火花。

 

 まるで最初からそこにあったかのようにいつの間にかランサーの手元まで槍は戻っており、鋭い突きが放たれる。

 

 未だに先程起きた火花すら散り消えぬというのに、新たな火花が二つの影を照らし出す。

 

 黒き翼が振るわれ、槍がそれを防ぐ。

 白き翼が振るわれ、槍がそれを防ぐ。

 双翼が段々とヒビ割れ、槍がそれを―――砕く。

 

 砕かれた破片は火花を映し、辺りをより一層輝かせる。

 

 こちらも同じ、まるで最初からその手に持っていたかのように、砕かれた双翼とは別の、新たな双翼が振るわれる。

 

 火花散り、翼は砕け、花火を映す。

 

 その火を灯すは命の炎、段々と削られているのだ、命の蝋燭が。

 

 一見すればお互いにどこに打つのかを示し合わしているとしか思えない、それ程の速度で行われる攻防は何処かリズミカルな剣戟を奏でていた。

 

 それは同時に意味する、そのリズムが崩れる時、戦いが傾きを見せるのだと。

 

 

 

「ハァ!」「シャァアッ!」

 

 

 

 吼える、吠える。

 

 互いの想いを口に出すのではなく、互いの拳に想いを載せるでも無い、二人は残す、互いの身体に自分がいたというその証拠を―――!

 

 突きが速度を増す。

 防ぐ双翼もまた、タイミングを変えながら確実に防ぐ。

 

 どちらが優勢なのか、それを聞かれれば答えは明白。

 今、現在優勢の者がどちらかで言えば。

 

 

射出(バレル)開始(アウト)!」

 

 

 双翼をその手に猛禽類を思わせる鋭い眼光で敵を射る、衛宮士郎の方だ。

 

「―――ラァッ!!」

 

 足元から射出されたいくつもの剣、それらをクー・フーリンは構えていた槍を反時計回りに回すことで防いで見せた。

 そこへ檄を交えていた士郎の莫邪の一振りが肩口を切り裂いた。

 

「浅いぞ坊主!」

 

 攻撃を受ける事など慣れている。

 そう言わんばかりにクー・フーリンの神速の突きが繰り出され士郎もまた肩口を抉られる。

 

 両者の身体は満身創痍、刺さった個所は何箇所か、裂かれた部位は何箇所か、それを両者、互いに把握しておらず。

 それでも互いの顔に浮かぶは笑み。

 

 互いに強者であることを認め合った、武者震いと同様の強者を讃え、自身を振るわせる喜びにも似た笑みだ。

 

「やるじゃ、ねぇかよ坊主…ここまで強くなっているたぁ以外だったぜ」

「大英雄様にそう言って貰えるとは僥倖だ、ただ、ここまで(・・・・)じゃないぞ、クー・フーリン」

「ハッ!そりゃ楽しめそうで何よりだ!!」

 

 ランサーは踏み出した―――のでは無く、槍で、地面を突いた。

 狙いを推測しようと頭を働かせるが、それよりも速くランサーの足が眼前を通過した。

 

 地面に埋め込まれた槍に手と片足を掛け、身体を回転させて蹴りに来た。

 まるで、ポールダンスを踊るかのように美しく、獣のようにしなやかさを持っているからこそ出来る戦い方。

 

「俺も行くぜ?クー・フーリンとしての戦い方ってやつをよぉ!」

 

 指先に魔力が集まり、指先が空中に文字を描く。

 何と書いてあるのか分からないが、間違いなく何かしらのスタートサインだ。

 

 途端、辺りに火の手が上がった。

 瞬時に理解する、ルーン魔術だと。

 

 だとすれば、一番厄介なのは重ねられること、一つの文字だからこれで住んでいるが、言葉の強さというのは全ての世界、全ての言語で変わらない。

 

 言葉は、複数の単語を用意することでいかようにも意味を変え、いかようにも長く多くの意味を含んだ文章になり得るのだ。

 

「オラ!この熱の中、集中を失えば魔術の発動も出来ねぇぞ!!」

 

 再度襲い来る蹴り。

 

 あぁ、確かに熱いな。

 

 だけどな、クー・フーリン。

 

 俺はもっと熱い地獄を知っている!!

 

 

 

 

 舞った。

 

 

 

 

 翼が舞い、血が舞い、そして、脚が舞った。

 

 白き翼が見せたその舞いが、クー・フーリンの足を夜闇に舞わせた。

 

「ギッ…!?」

 

 苦しさからの悲鳴を呑みこんで、クー・フーリンは槍を引き抜いて支え棒代わりにしてこちらを見据えた。

 

「おいおい、確かに直接的じゃねぇ熱だったとはいえ動揺を欠片もしないってぇのは、坊主、てめぇ何処か壊れてやがんな」

「さぁ?俺はただそれ以上の地獄を知っていただけだ、熱だけしか無いのならその地獄には程遠いからな」

 

 人の死と、焼ける匂い、コンクリートが燃え、大地が焼け、涙さえも熱に攫われる、そんな悲しみさえ許さない地獄を俺は知っている。

 それにくらべれば、風呂にでも浸かっている様な気分だ。

 

「だがよぉ、確かに俺の足はやられたが別段、治せないワケでも無いんでな」

 

 自身の足に指を置き、その指先が魔力の集中によって輝きだした。

 

「こいつは魔力の消耗が激しいもんであんまり使えないんだがよ」

 

 書きだされたのは稲妻の文様、数字の『1』を左右反対にした文様、そしてアルファベットのPに似た文様だった。

 

 斬り飛ばされた足が粒子になり、クー・フーリンの損失した足へと収束していった。

 

「ランサーとしてじゃなくクー・フーリンとして戦うってんならルーン魔術も使わせてもらうぜ」

 

 ルーン魔術、二十四の文様と一つの(ブランク)から成る神秘の体系。

 クー・フーリンにとって、全ての師匠と呼んでも差し支えのない人物から教えてもらった持てる技巧の一つだ。

 

「そんでもって、言っておくが坊主、こいつを使わせたからには俺は負けるわけにはいかねぇってプライドも背負わせてもらうぜ」

 

 自身の胸に記すは小文字のnに似た文様。

 

「何をしてるのかって面ぁしてるんで説明させてもらうとよ」

 

 何かが来る。

 

 そう直感した士郎は二刀を構えて防御に移れる体勢を取る。

 

 否、その行為は無意味。

 

 何故なら、その構えを取った時には既に、朱槍は士郎の腹部に突き刺さっていた。

 

「ゴ…ゴフッ!?」

 

 一歩、踏み出し、右の手で槍を突き出した姿勢で停止しているクー・フーリンが先程の言葉の続きを音にする。

 

「力のルーンだ、こいつが秘める神秘は『成長』、ただただ戦うんじゃあ俺には勝てないぜ、気張れや坊主、俺の槍を超えると言ったのはお前ぇだろ!!」

 

 痛む腹部からの叫びを無視して、士郎もまた、負けじと自身に対して強化の魔術を施す。

 

「忘れていた、そうだったな、手負いの獣程恐ろしいとはよく言ったものだ」

「ハッ!別段出し惜しみしていたわけじゃ無いんだがな、あんまりにも久しぶりに使ったもんだから正直上手くいってホッとした、ぜ!!」

 

 荒々しく、そして雄々しく大地を蹴った蒼き獣の振り下ろしの槍技が襲い掛かる。

 

「ハァァア!!」

 

 気合いを込め、情報から降りかかる暴力を刃の腹を使って上手く受け流す。

 

 受け流され、体勢を崩した蒼き獣は槍の持ち方を変える、片手はそのまま柄に残し、もう片方の手を石突に置き、その手を進めることで槍を地面へ突き刺し受け流されたことによって生まれた勢いを殺しすぐさま槍を引き抜く。

 

 その間、両者は互いの眼を見ていた。

 次の一手を見逃さない為に、相手の意図を読み取らんとしてた。

 

 次に攻めたのは士郎、力強く振るわれた干将の一撃の衝撃を柄で受けるも僅かに後ろに後退させられ、続いて襲い来る莫邪を上体を逸らすことで紙一重で避ける。

 二刀を用いた果敢な攻めに後退を余儀なくされ、クー・フーリンは縦横無尽に動き避け続けた。

 

 ただ一刀、それまでの愚直にも見えた攻めの中に仕込ませた士郎による足元から自分の腕に剣を射出させることで成し得たフェイントによって、クー・フーリンは腹部に強力な蹴りを入れられてコンテナの群れの中へと吹き飛んだ。

 

 煙晴れぬ中、士郎の追撃がクー・フーリンを襲った。

 

「クッソ…がぁ!!」

 

 風切り音と共に振るわれた横薙ぎを柄で受け、お返しとばかりに空いた土手っ腹に蹴りを叩きこむ。

 

「ぐ…」

 

 士郎もまた、コンテナの中、煙に晒されながら立ち上がった。

 

 まだだ、まだ終われない―――!

 

 英霊の戦いと呼べるものなのか、手負いの獣同士が互いを噛み殺さんとする戦いは、未だ続く。

 

 

 

 

 

 二時間が経った。

 

 

 

 

 

 士郎は魔力はあれど、スタミナが限界に近付き。

 クー・フーリンもまた、スタミナも限界に近く、魔力も宝具を残り一度使えるかどうかというところまで減っていた。

 

 決着の時は近い。

 

 そして、決断を下したのはクー・フーリンだった。

 

「(コイツを、コイツを使わずに勝利して、それは俺の戦いだって言えるのか?)」

 

 一番の想いは、悔いを残したくないと言う純粋なモノ。

 

「(見てみたい、コイツをどう防ぐのか、この俺の一撃を―――!)」

 

 クー・フーリンの姿勢が低くなる、一本の足に力を集め、槍をこれまでよりも強く握りしめる。

 莫大な殺気が俺の肌を貫き、死の予感に身震いすら覚えた。

 

「(宝具―――!)」

 

 士郎は瞬時に理解する。

 

 来る。

 

 心臓を穿つ紅の一撃が!

 

 素早く動きながら、投影した剣を投げつけ、何とか阻止せまいとする。

 

 矢除けの加護の恐ろしいコト、それらを受けてなおも軽々と避けられる。

 

「(あるいは、ここを耐え凌げば!)」 

 

 そして同時に、自分に解析を掛けて投影の準備をする。

 

「こいつを使うしか、無ぇみてぇだなぁ!!」

 

 高く跳び上がったクー・フーリン、異様な(プレッシャー)を放つ槍がより一層にその存在感を高め、紅の身体から霧の様な煙の様な、はたまた込められた怨念が、信念が具現化した物を立ち上らせた。

 

 正直、完全に賭けだがやるしかあるまい!

 全身を切り裂かれ既にボロボロなのはこちらも同じ。

 

 しかし、ボロボロであろうとも勝利をもぎ取る為に幾らでも足掻く!

 結果が生み出される前に、この行動を終わらせなければならない!

 

投影開始(トレースオン)!」

 

「坊主!コイツが俺の、最後の一撃だ!!」

 

 残る魔力の殆どを費やした、全身全霊全力の一撃。

 間違い無く、こいつをぶつけて俺は消えちまうだろうけれども、この戦いに、悔いは残したく無い!

 

 

 

「喰らえ、我が朱槍の真価、刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)!」

 

 

 

 ここで投影したのは『剣』、しかし、ただの剣では無い。

 その構成物質は非常に歪、とても剣を構成するものでは無い。

 

 その外側を鉄で補強しただけの、剣とは呼べぬグロテスクな代物だ。

 それは、衛宮士郎の心臓の構成物質から投影された剣、そこには衛宮士郎の経験が詰め込まれている。

 

 

 

 そして、朱槍の真価を受けて、その剣は次の瞬間には砕け散った。

 

 

 

 

 いや、その剣だけが、砕け散った。

 

 

 

 

 

 存在そのもので言うのならば衛宮士郎の心臓と同じもの。 

 槍の一撃は、確かにそれを砕いたのだ。

 

 

「テメェ、くっそ…そんな防ぎ方があるなんざ、聞いてねぇぞ」

 

 

 自身の一撃を予想だにしない方法で回避され、クー・フーリンは驚きを顔に張り付けていた。

 

 

「あぁ、俺も半信半疑だった、だが、お前と出会ったあの日からこの歪な剣の投影を練習していたんだよ」

 

 

 最初は剣にすらならなかった、そこで衛宮士郎はまず、自分の血液を剣に染み込ませてそれを投影するところから始めた。

 次に皮膚、次に舌の一部、そうやって段々と心臓に近いものへと変えていき、最後には心臓の様に脈動し刀身に血を巡らせる剣を投影することが出来るまでに至った。

 

 しかし、本来は衛宮士郎が得意とはしない様な投影。

 いくら魔力が無限に引き出せるとはいえ、その魔力は衛宮士郎の身体を経由して世界へ影響する。

 

 その為、莫大な魔力を一度に身体に受けた衛宮士郎の肌はまるで浸食を受けたかの様に所々が褐色に、髪色も端から白い色を覗かせていた。

 

「事前に俺と戦うと思って準備していたってか?会った時に?」

「あぁ」

「は、ハハっ、あッはッはッはッは!そりゃ凄ぇ!ははっ!成程な、事前に取った対策が役に立ったって訳か」

「勉強家なんでな、こういう方法を取ってでも、勝ちたいって意思を評価してくれ」

「おう!こいつぁちっとばかり予想外だったが、そこまで警戒してくれてたってなりゃむしろ光栄だ!」

 

「それよりも」

 

「おう、続ける…か…?」

 

 

 スタミナも限界、あとは、泥の様にどちらが勝利するかを争うだけ―――。

 

 そう思った士郎の眼に、映しだされた。

 それは、結果を告げていると同義だった。

 

 クー・フーリンが構えを解いたのを見て、士郎もまた構えを解いた。

 

「チッ、時間が来やがった」

 

 最後の一撃、あまりにも力を込めすぎた。

 原因は、ただそれだけ。

 

 

 

「終わりだクー・フーリン」

 

 

「へっ、俺の負け…だな」

 

 

 

 

 クー・フーリンの身体が、段々と光の粒子に変化していく。

 

 宝具は使わずとも、ルーン魔術を使い過ぎた。

 ルーン魔術さえ使わずにいれば、あと五回は朱槍による一撃を放てたはずだ。

 

 しかし、そこに後悔は無い。

 

 すがすがしいまでの笑顔をクー・フーリンは見せていた。

 不意に、口を開いた。

 

「悪いが、バゼットの野郎にあの嫌な感じがする剣をブッ刺しておいてくれ、俺がいなくなって狙われる様になっちまえばいくら強いアイツでも一人じゃ危うい、どうせアレは断ち切る様な感じのやつなんだろ?」

「気付いていたのか?」

「まぁな、勘でしか無ぇが嫌な感じがしたんでな」

 

 どこまでも恐ろしい男だ。

 

「アンタはどうするんだ?戦闘続行のスキルがある以上、まだそれなりに動けはするんだろ?」

「馬鹿言うんじゃねぇよ、流石にこの段階まで来ちまったらもう無理だ、それによ、こんだけ痛め付けられりゃ長くは無ぇ、ったく、まさかテメェに負けるとはよ」

「そうは言うが、撃とうと思えばまだ宝具は使えるんじゃないか?」

「出来るっちゃ出来るがよ、それをするには俺の体内にある魔力だけじゃ足りないからバゼットから持ってくる必要が出てくるんだよ、無理は、させたく無ぇんでよ」

 

 身体から光の粒子がより一層立ち上り、ランサーがこの世に限界していられる時間が長くは無いことが分かる。

 

 自分の透け始めた手を見て悲しそうな眼をして、ランサーは天を仰いだ。

 そこには、どの場所で見ても美しい星空が広がっていた。

 

「なぁ、坊主…」

「どうした?」

 

 自身に勝った勇敢な男に対して、ランサーは送る。

 

 最後の言葉を。

 

 

 

「勝てよ、この先」

 

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

 残されたのは、衛宮士郎だけ。

 勝利を拾い、過去、ランサーに殺された自分の後悔を捨て去った衛宮士郎だけ。

 

 嬉しいはずなのに、不思議な喪失感を覚えた。

 

 

 

 


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