「宗一郎様!」
私は内心、怒りと焦りが混同していた。
マスターの危機に駆け付けることが出来なかった自身への怒り、そしてマスターが敵と遭遇したという焦りだ。
「心配ない、私に怪我は無い」
「…ですが、いえ、それよりもあの男が何者なのかを突き止めましょう」
魔力の水晶球を作り、そこに使い魔から送られてくる視界を投影する。
男に付けた鳥型の使い魔は魔力の反応を感じさせない様に目元と脳に洗脳に近い魔術を用いた自然の鳥を使っている。
聖職者たる男は先程の戦闘の痛みをまるで感じさせない足取りで住宅街を進んで行く。
忌まわしき男、どの様に殺してやろうか…
「水晶で見ていたのか?」
「はい…いえ、正確には不思議なノイズが走ってしまって見れたのは最後だけなのですが、冬木の街中には私の眼が百程飛ばしてあります」
高層ビルの上から、住宅街の屋根の上から、草むらの中にも下水の中にも、私が忍ばせた眼は大量にいる。
魔力障壁に似た邪魔があるとノイズが走ったり会話が聞こえなかったりするが、逆に考えればそこには魔術師との関わりがある何かが居る、または在るという証拠だ。
「あの腕で何者かの駒だ、敵対するならば覚悟しなくてはなるまい」
「…そうですね、余程の者が上にいるかと思われます」
魔術の組織、そこに組みする者が全力を以て聖杯を狙いに来ているのだとしたら、実に厄介だ。
早めに潰さなければそれだけ増援を許すことにもなり、相手に時間を与えることで対策を取られてしまう。
何より、何処から情報を得たのかは分からないけれどもあの聖職者は宗一郎様のお顔を知っていた。
こちらの情報は既に漏れている。
「好きに動くといい、そこに私が何か協力出来るのであれば遠慮無く言うと良い」
「ですが…危険です」
宗一郎様を危険に巻き込む訳には―――。
「私は、御前のマスターだ」
――――ッ!
「分かり、ました」
溢れ出そうになる涙を堪えるなんて、一体いつ振りだろうか。
これ程まで感情を揺り動かされるのは、どうしてだろうか?
ただ、これだけは分かる。
この方がマスターで、本当に良かった。
―――――――――――――
監視、されているな。
いや、行わない理由は無い。
私は何気ない足取りで目的地へと向かう。
それにしても
時が時ならば世界に名を馳せる武道家に成り得る男だ。
暗殺に特化しているワケでは無く、相対しても充分に強い。
いや、充分に強いからこそ暗殺においてその真価が発揮されるといったところか。
この聖杯戦争を理解し、望みの為に動く様になればあれ程厄介な男もいないだろう。
そう、それこそ衛宮切嗣の様に―――。
「ククッ」
何故今になってあの男を思い出しているのだ私は。
衛宮士郎は順調に聖杯戦争を勝ち抜こうとしている。
あの男は今、自身の夢に蓋をして平行世界の自分が背負った後悔を果たす人形に成り果てている。
もしも、本当にただ聖杯戦争における勝利を求めるのであれば…あの男は最強だ。
衛宮切嗣が強かった様に、手段を選ばなくなればあの男に宿った無限の魔力とその能力、これ程恐ろしい物は無い。
思考を中断、目的地に着いた。
ドアノッカーを響かせて自分が来た事と相手に用があることを告げる。
「こんな時間に誰かしら?」そんな事を言いながら玄関に向かってきている事が想像できるのは関係性の長さからか。
開け放たれたドア、先制の言葉を投げかけるのは私だ。
「夜分遅くの来客を待たせるとは、あまり褒められたことでは無いぞ、凛」
さて、開かれたのはドアか、劇幕か。
―――――――――――――――
「それでは、私はこれで」
「あぁ、今宵は良き契約が結べた、我の力、存分に振るうが良い」
これで良い、この娘からは原典に近い何かを感じる。
何度も見てきた破滅へと向かう薄幸さも感じるが、それを我が物とする強さも感じる。
万の雑種から一の宝を見つけ出す事は我からすれば容易き行い、難を要するのはそこから我の手の内に収める事だ。
人の世は思うがままに進むことは難しくあれど、それは難しいというだけで不可能では無い。
ならば可能、にとって難とは愉悦の一つであり、それを超えた先に宝があるのならばその宝の価値は難を凌ぐ物となる。
この娘がいかな未来を目指すのかにも興味はあるが、まずは聖杯。
邪悪のみを詰めたあの箱から溢れだす物で俗にまみれたこの世界を浄化せねばなるまい。
そうすれば残るのは宝だ、万の宝が残り、それらを全て我の統治下に置いてやらねばなるまい。
「ギルガメッシュさん、貴方が目指す場所が私と違うことは分かっています」
「ほぉ」
「だからこそ、私は貴方を
我を…従えるだと?
小娘ごときが我を?
苛立たしい…この場で我と同じ空気を吸っている事すら僥倖と思うべき存在が何を…!
「私の目的はあくまでも先輩にあります、その信念と違える場所に貴方がいるというならその時は」
「令呪を以て、貴方を殺す」
色狂いが…!
…まぁ良かろう、それは我が口に出した文言に
怒りはあるが我も、小娘も、互いを利用し合う関係にあるということ。
面白い…我が行く道の果ては見えぬ、こうした寄り道もまた興という物よ。
――――――――――――――
「遠…坂?表札のまま読むなら遠坂、名前は今しがた口に出した通り『凛』ね」
「遠坂か…名家と聞いたことがある、魔術の世界でも名家なのやも知れぬな」
見つけた…宗一郎様を傷つける様に指示を出したマスターを。
絶対に、許さないわ。