「それにしても衛宮君が英霊とはね、セイバー、勝てるかしら?」
夜の住宅街を歩く二人の女性、そのうちの一人が言葉を響かせた。
「愚問ですよ、凛、私は貴女に召喚された最強の英霊、その私が勝てない理由などありません」
返す言葉には自信が込められている。
信頼に足るその言葉に凛と呼ばれた少女ははにかむ笑顔を抑えながら歩幅を広くした。
――――――――――――
同刻、柳洞寺山門階段の最下段にて
「帰宅の所、失礼致します、葛木宗一郎さんで間違いございませんか?」
笑顔の男が私に語りかけてきた。
いや、貼り付けた笑顔でと言い直した方がいいだろう。
「間違いございません、私が葛木ですが」
そうした偽の笑顔であっても返せるといいのだが、生憎と笑顔というものを浮かべるのは苦手だ。
衛宮にも言われて何度か練習したが…あぁ、偽物よりも偽物っぽいと言われてしまった。
メディアにも同じことを言われたな、笑わなくても素敵ですとは…何とも可笑しなことを言ってくれる。
「そうですか…間違いございませんか」
それにしてもこの目の前の男は?
背丈は私と同等、いや、少し向こうの方が大きいか?
格好だけを見れば神父だが、あまりにも目が暗い。
そう、幼少の頃より見慣れたあの目に等しい。
「貴方は?」
「私、ですか…?私は、そうですね…」
――――重心の移動、来るか。
鞄を投げ出して膝を深く曲げて上体を後ろに大きく反らし、まるで風の様な流れる蹴りを避ける。
「…勝たせる為に動いている、と名乗っておこう」
「それは名乗りとは言わんな」
そこに敬語はもう存在しない、襲いに来た者と襲われた者、二人の関係性は確定した。
二人の間を静寂が流れるが、それは音だけの静寂、殺気と敵意が辺りを包みこんでいた。
まずいな、明らかに武道の経験者の動きだ。
私の様な暗殺術も嗜んでいるかもしれない、あの足運びは―――中国拳法か。
攻め、守り、どちらにも転じられるスタンスを取りながらの移動、夜の闇で視界が悪い状態、本来であれば暗殺術に長けているこちらに利があるが…
「これが、聖杯戦争という物か」
魔術師が参加しているという聖杯戦争、勝てば願いが叶えられる…、そこに参加する魔術師となれば、こちらの技が通用しない者が居てもおかしくは無い。
「なるほど、厄介だな」
と、ぼやきながらも繰り出す右のストレート、避けられるが腕を身体に戻す際に後頭部への打撃を試みる。
が、避けられる。
「随分と卑劣な真似をするな、教職者」
関節に手を置かれ続く攻撃を封じられ、踏みつけるかの様にして足元への打撃を繰り出してきた。
足を下げて避けるもその一撃をステップに変えて繰り出される蹴り、
「破壊僧…聖職者の場合は何か言葉はあるのかね?」
「さぁ?知り合いからはクサレ神父とも呼ばれるがね」
ピッタリだ。
繰り出される右蹴り、こちらが返すは左の蹴り、互いに打ち合いその反動で回転を身体に、回し蹴りを繰り出すがこれも相打ち。
互いに距離を取って一度息を落ち着かせる。
「貴様もマスターという存在なのか?聖職者」
「いいや、私はマスターでは無い」
…何?
マスターで無い者がこの争いに参加しているのか?
「私は勝たせたい者がいてね、その者の為に動いていると認識しておいてくれ」
成程、手駒というワケだ。
厄介だな、こういう手合いを出されると大元を潰すのが手っ取り早いが…魔術の組織など知らぬからな、困ったものだ。
「成程な、しかし私も負けるわけにはいかない」
「ほぉ?何故だ教職者?」
何故も何も、理由は実に下らないものだ。
「私も、勝たせたい者がいる――、願いなぞ知らぬ身であったが、叶えてやりたいと思ってな、その者が持つ願いを」
結局は私の欲だ。
私は私の欲を果たす為に、この戦いを降りるわけにはいかない。
「変わっているな葛木宗一郎、それが貴様の願いというわけか?」
「これを願いと呼ぶかは知らん、だが現状で分かることはある」
「それは?」
「貴様が敵だということだ、聖職者」
奴への距離はおよそ5m、歩幅を乱雑に、身体をしならせ、自身のリズムを自身で崩す。
「受けに回ればやられそうだな」
相手も素人では無い、こちらがその動きを何度も行えば主導権を握られると感じたのか迫ってきた。
だが、それは罠。
こちらから近付き、
「―――
鋭い突きを躱して背後へ、
「
裏手は屈んで避け、
「
腰、膝を曲げて脳天へと落下してきた拳を流水の如き動きで躱す。
そして、相手の足の内側に自分の足をやり、膝を曲げて相手の足を掬い、片方の手を用いて相手の頭部を掴み、
「―――眠れ、聖職者」
固いコンクリートブロックの道路へ、叩きつける。
衝突の反動で少しだけ聖職者の頭が浮かんだところを、もう片方の拳を突き刺す。
鈍い音が周囲に響き、聖職者の口から血とも唾ともとれない液体が漏れた。
最悪、死すら在り得るな。
「さて…魔術とやらを使ってこなかったことを見ると、鉄砲玉の様な物か?」
「いいや、私はただの使いだ」
冗談、そうであればどれだけ良いのか、あの衝撃で意識も飛んでいないとは…。
「魔術師とは皆、そうも固いのか?」
「ふっ、はははははははは!起き上がってきた死者に対して問い掛けがソレとは、葛木宗一郎、貴様も中々に壊れた人間だな」
歪に笑う聖職者を前に、背中に悪寒が走るのを感じた。
本気を出していなかったのか、この男。
「何、魔術師というのは何も炎を出したり水を出す曲芸師では無い、私の様に身体を用いて戦う物は皆、強化を施し頑強に、剛腕に、俊敏になる者ばかりだ」
メディアも言っていたな、魔術には強化が存在し、戦う時は彼女がそれを使うと…。
「まだやるか、聖職者」
「いいや、今宵はここで退かせて貰おう、貴様には一役買ってもらわねばならぬのでな」
一役…だと?
私に劇でも演じろというのだろうか?
…深く考えるな。
「退くというのなら追いはしない、だが聖職者よ」
「何だね教職者」
「次は逃さん」
「ふん、次は逃げんよ」
―――――――――――
存外、良い勝負をするやもしれんな。
そうなると、ここで中国拳法を見せたのはハンデになるだろうか?
いいや、向こうには最良の英霊がいるのだ、このぐらいが丁度いいだろう。
さて、虚偽の事実を流すとしよう。
すまないが道化を演じてもらうぞ、キャスター。
主演を演じてもらうとしようか、私の師匠の残した私の弟子に…