「それで、何の御用かしら名門家のお嬢さん?」
眼の前のちびっ子が憎たらしげに挑発めいた言葉を並べてきた。
アインツベルンの城、設けられた客室とも呼ぶべき一室で私はテーブルを間に置いて小さなアインツベルンと直面していた。
「名門家なんて本当に思っているのかしら?家が段々と衰退しているのは気付いているんでしょう?」
「あらそうだったの?身なりが上等だから品格も持ち合わせているんだと勘違いしちゃったわ」
テーブルに足を乗せて鼻っ柱をぶん殴る…なんて出来たらいいのに。
私の傍にセイバーが居てくれる様に、この子の後ろにも二人の侍女がいる。
「…」「ふぁ…」
一人は冷えた視線を送ってきていて、一人は呑気な表情で眠たげにしているけれど…その手にハルバードが持たれている以上油断なんて出来るはずもない。
「身なりで内面を予想していたらいつか痛い目に合うわよ?」
「内面で勝負していたら男は寄ってこないわよ?」
ほ、本当にどうしてやろうかしら…!
「それより本題に入ってくれないかしら?帯剣をした部下まで引き連れて一体何しに来たの?」
「えぇそうね、私もこんなところ一刻も早くお暇したいわ」
私は言いながら、手の甲を相手に向けた、丁度、令呪を見せつける形になった。
「マスターとして、相談があるの」
「…まぁそうでしょうね、いいわ、聞いてあげる」
何でこっちが下手に出ているみたいに話しが進んでいるのかしら…。
「まず自己紹介からさせてもらうわね、私は遠坂凛、セイバーのマスターとして聖杯戦争に参加させてもらっているわ」
「あらご丁寧に、私は…面倒だからイリヤでいいわ」
「私も面倒だから単刀直入に、私と同盟を結ばないかしら?イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん?」
片目を閉じてこちらを値踏みしている眼の前の少女を、お互い様という面持ちでこちらからも値踏みする。
少なくとも、今の私が知っているのはこの会談の場に向かう際にセイバーが言った一言、
『凛、英霊の気配がします』
この子か、はたまた従者である二人のどちらかがマスターであるということ。
そして、この城の中には英霊がいるということね。
「それで、利点は何かしら?」
「潰し合わないって、大事だと思わないかしら?」
正直、この利点は私の方に大きく傾いている。
アインツベルンがどんな英霊を準備してきているのかは分からないけれど、舐めて掛かれる相手では無い事だけは確かだ。
何よりも規模が違う。
国外においても大きな影響力を持つアインツベルンであれば、過去に英雄と呼ばれ知名度も高い英霊を召喚していても可笑しくは無いからだ。
「成程ね、確かにそちらが召喚したセイバー、明らかに並の英霊じゃないものね…」
後ろでセイバーが少しだけ胸を張ったのが分かって可愛いところもあるのねと一人心中で笑う。
「もちろんイリヤスフィール、貴女が召喚したのもまた、並では無いのでしょう?」
「…虚勢を張るつもりは無いけれど、そうね、セイバーにも負けないと断言できるわ」
ガシャリとセイバーが音を立てて一歩前に出たのが分かった。
お、落ち着いてよね、別に貴女を悪く言っているワケじゃ無いのだから。
「それなら、そちらに利点は無いと?」
「実際、そうなるかもしれないわね、私の英霊もタダでは済まないかもしれないけれど、確実にセイバーを倒すことは出来るから」
本当、何処から来る自信なのか自信の元たる英霊に一目お伺いしたいところだわ。
「だけど…そうね、複数の英霊、貴女が何人かのマスターと共謀して私に向かってきたら流石に危険かもしれないわ」
「安心してもらえるかは分からないけれど、この話は貴女にしか持ってきていないことを約束するわ」
「それを証明する物は?」
「遠坂家の名に掛けて」
さて、どうでるかしら?
何かを考え込むように顎に手を当てている眼の前の少女は、その姿だけを見れば幼い小学生程の容姿だ。
だけど騙されないわよ、相手はアインツベルン、どんな秘術でその身を維持しているのか分かったものじゃないもの。
「お帰り、頂けるかしら?」
「…同盟は無しってこと?」
しくじった…ここで同盟を結んでおけば最大の脅威は後回しに出来ると踏んだのだけれど。
「…いえ、その同盟受けておくわ、ただ一つだけ」
「何かしら?」
何よ、受けるならさっさとそう言いなさいよ!
「同盟の期限は十二日間、これだけは守って頂戴」
十二日?
…分からないわね、何か特別な意味合いを持った日にちだとしたら何があるかしら?
魔力の充填期間?
いえ、そんな大規模な魔術を発動するのだとしたらここで明かすのはおかしな話になるわ。
視線を送り、何か表情の変化は無いかと少女の顔を窺い見る。
ダメ、読めないわ。
「理由は…教えてもらえそうには無いわね、分かったわ、十二日間の同盟、結びましょう」
「えぇ、これを受け入れてもらえて良かったわ」
イリヤが柏手を打ち、侍女が部屋の扉まで向かい開き私に目線を送った。
あーもう、はいはい、出て行けばいいんでしょ出て行けば。
「それじゃあ精々お元気で、アインツベルンのお嬢さん」
「あら、そちらこそ、遠坂家の御淑女さん」
もう絶対に来てやらないんだから!
――――――――――――――
柳洞寺の一室、二つの人影が向き合い、言葉を交わす。
「キャスター、そのやり方には賛同しかねる」
提案された案件、戦い、生き抜くために街の人々の精気をわずかずつ吸い取りたいという物だった。
確かに、彼女が戦い抜くにはそれは必要なことだろう。
しかし、
「そのやり方を、快く思わない者が知り合いにいてな、御前の存在の維持の為に魔力とやらが必要ならば」
かつて、あの男が語った夢物語、きっと街の人々を危険に晒せば、あの男は何が何でもそれを止めようと足掻き、もがき、いつかは辿り着くだろう。
あの命は私の物と違い、一瞬の中に散らせるには惜しい。
「私から取れば良い、生憎と魔術回路とやらは私には無いのだろう?ならば、私の命をお前に分けよう、そうすれば戦い、生き抜くことが出来るだろう」
初めて持った弟子だ。
私らしくも無いが、人であればこの様な感情を親愛と言うのだろうな。
「ですが、それでは宗一郎様のご負担が…」
「願いは…御前の願いは、純粋な物なのだろう?」
私には分からない、願いという物が何から生まれるのか、故にキャスターが持つ願いさえも評価は出来ない、だが、美しいと思った。
その願いの形は、当然のことであって、美しく、叶えられるべき願いだと思った。
「ならば、そこに不純物はいらない、自らの夢を血で染めるなキャスター」
「はいっ…!」
――――――――――――――――
衛宮家のリビング、ショッピング雑誌を読む間桐桜は没頭しかけていた文章から目を放して唐突に顔を上げた。
「あ、火を切っておかなきゃ沸騰しちゃう」
いつもの日常、いつもの光景、いつもの私。
ライダーを失ってしまったことは悲しいけれども、先輩と一緒にいられる今の日常。
私が先輩の家でご飯を作って、藤村先生と一緒に食べる光景。
そこにいる事を許されている私が、何だか嬉しい。
「ちょっと煮だっちゃったかな?」
味噌の香りを楽しみながら、先輩の帰りを待つ。
来年には学校から先輩がいなくなってしまうと考えると、この日常がいつまで続くのか心配になってしまう。
「お肉の解凍も…まだね」
先輩は今、マスターとして頑張っている。
私はまだ、先輩に自分がライダーを失ったことを話していない。
もしかして、失望…されちゃうかな?
それは…嫌だな。
耳に聞きなれた音が聞こえた、家の戸を開ける音だ。
先輩、帰って来たのかな?
迎えに行こうと少し小走りになる自分が恥ずかしいながらも、誰かを迎えるという立場が何だか当然のことの様に感じられて、嬉しい。
だから―――。
「誰、ですか…貴女は」
「我か?そうさな…滅びゆく貴様に、機会を与えてやろうと思ってな」
―――もしも、この日常を守ることが出来るなら、その願いを、何かに託すことが出来るなら。
私は。
私は。
―――――――――――――
「まさか、街中で遭遇するとは思ってもみませんでしたよ」
「そうですか?同じ街中なのです、こういうこともあるでしょう」
誰もが行き交い、誰もが会話し、誰もが日常を楽しむ街中の一角。
スーツ姿で長身の女性と、緑のコートにクリーム色のマフラーをした衛宮士郎が対面していた。
「成程…ランサーが今しがた教えてくれました、貴方から英霊の気配がする、と」
「…バゼットさん、正面から戦いませんか?弓兵の身であれば奇襲が常套、されど、貴女とランサーに対しては真摯にありたい」
「戦いを、求めますか…」
女性の傍ら、空間に何かが舞い、いつの間にかその中心に男性が現れていた。
「いいじゃねぇか、マスター」
蒼き風体に紅き双眸、笑みは獰猛に言葉は軽さを見せる。
「戦ろうぜ坊主」
「待ちなさいランサー、今日はダメです、未だ日も沈んではいませんし場を設けて戦いましょう」
「ハッ、勢いに任せて風に乗るのが人生だぜ?そのままだと結婚出来ねぇぞ」
「いっ、今は関係ないでしょうそんなこと!」
「それで、いつやるんですか?」
唐突に始まった夫婦漫才に辟易しながらも俺は問うた。
「この街にある埠頭、そこで明日の夜、人払いの魔術を仕掛けて安全を確保して私達は待っています」
「いいんですか?待たれていれば俺から狙撃されてしまいますよ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、弓兵と槍兵の戦いなんだ、テメェの持ち味活かせなくて負けましたなんて悔み言、残したか無ぇだろ?」
その言葉に納得し頷き、その場を後にする。
あぁ、明日の夜か。
身体の内側から何かが、熱の様で、マグマの様で、昂った感情そのものとしか表現できないソレが溢れようとする。
「待ち遠しい」
戦いが待ち遠しい、まるで恋焦がれる乙女の様な気持ちだ。
さぁ、その時まで存分にこの身を昂らせよう。