遠坂邸、セイバー召喚から三日が経って、私は学校へと通う日常生活とマスターを警戒し街中を見回る夜の生活の両立も取れてきた。
今の所、私が把握している情報はアーチャーがこちらの所在を知っている事、これだけだ。
「まぁ、下調べは済ませてあるし、ある程度ここにいるっていうのは予想してるんだけどね」
「…というのは?」
「セイバーを召喚した日に宝石魔術で作成した使い魔を放っておいたのよ」
「成程、正直、私にも何箇所か心当たりがあります」
英霊は召喚された際にその時代の基本的な知識を得ると聞くけれど、魔術の知識は基本的な知識には含まれないだろうし、だとすれば何故知っているのだろうか?
尋ねるべき?疑問に思ったことは早めに解消しておくべきだということは分かるけれど、変な軋轢が生まれてしまっては今の良い関係が無駄になってしまう。
「(いえ…むしろそこで信頼関係に疑いを持っちゃダメね、ここは聞いておきましょう)」
「セイバー、そういえば貴女は何処かこの街について詳しそうに見えるけれどもどうしてかしら?」
「あぁ、それでしたら私がこの地で行われた十年前の聖杯戦争にも参加したからですよ」
「十年前の!?」
十年前、最後に父の姿を見たその時、あの人は聖杯戦争に参加した。
それからは姿を見ることも無くなった。
思い出されるのは親しき人の姿、遠坂時臣、そして間桐雁夜、二人の親しき人と会うことが無くなった十年前の思い出だ。
雁夜おじさんが何故いなくなったのか、私はその理由を知らないけれどもこれほど姿を見ないとなれば自然と予想は付く。
十年前、きっとあの人も参加したのだ、この闘争に。
「はい、十年前、私は衛宮切嗣をマスターとしてこの聖杯戦争に参加しました」
「…ちょっと待って、衛宮?」
「そう…ですが?何か引っ掛かることでも?」
「…まぁね、少し確認しなくちゃいけないことが出来たわ」
その名前に、一人の少年の姿を思い出す。
夕暮れの校庭でひたすらに挑み続ける少年の姿、ひたむきに努力をするその姿勢に、心奪われた事を―――。
「ふん!!」
「凛!?どうしたのですかいきなり壁に頭突きなどして!」
「なんでもないわ、それよりも十年前の聖杯戦争からの推測で、何処に敵がいそうなのかを教えて頂戴」
「はい、まずは過去に私が拠点としても使用していた場所」
「アインツべルンの城です」
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冬木市郊外、鬱蒼と茂った木々は道を閉ざし、歩み入れば帰りは保障されないと思わせる圧迫感を持っていた。
「ここがアインツベルンのいる城…に続いているっていうこと?」
私の横にはセイバーが、剣こそ構えていないが武装しており、いつ何時敵に遭遇しても良い様に備えている。
「はい、結界が貼られている為、魔力を纏って通らなければ何も見えないままになります、そして同時に魔力を纏って結界内に入ることで敵に位置を知られてしまいます」
「厄介ね…セイバー、私を抱きかかえて全速力で行けるかしら?」
「…はい、その方法が最も手っ取り早いかと思います」
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「あら?誰かしら?」
アインツベルンの城、その最上部に近い部屋で私は水晶に映る人影に視線を移した。
赤い服を着た女性が、青い騎士に抱きかかえられてとてつもない速さで移動している。そして、その移動速度が衰えることが無いというのならば、もう間もなく。
「邪魔するわ!!」
階下から聞こえてきた威勢の良い声に思わず笑みが零れる。
何をしに来たのかは知らないけれど、ここまで正面から堂々と来られると驚き以上に感心を覚えてしまう。
「まぁ、迎えにいかなくちゃ行けないわよね、お客様だもの」
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そして、一人の男が―――。
「座して待つも興かと思ったが、確実に寄り代を手に入れておく方が良いか…」
金の髪を持つ男が―――。
「いや…それよりもスペアの確保を優先するか…」
教会から足を伸ばす。
聖杯戦争は動き始めた。
例えそこに主人公と呼ぶべき誰かがいなくとも、事態は動き続ける。
「桜、今日は日曜日なのにどうしたんだ?」
「えっと、ご迷惑でしたか?ずっとホテルの一室にいるというのも時間を持て余してしまって」
ライダー戦から一日、桜はマスターとしての機能を失いこそしなかったが契約は一時解除された様だ。
この危険な戦いから身を退いて日常に戻ってきてくれて本当に嬉しく思う。
「いや、全然構わないよ、もし良かったらお昼に作ろうと思っている料理の手伝いをしてくれないか?藤ねぇがどうせ一杯食べるだろうし」
「はい!分かりました!」
花の様な笑顔にこちらも頬が緩む。
日常の風景の中に自分がいる、それがとても安心を与えてくれる。
闘争の中にいる自分と日常の中にいる自分、その二つの自分を両立出来ている事が、この上なく嬉しい。
マスターであり英霊である以上、この先も戦いは避けられない。
日常の流れの中に確かに入りこむ異常、それに今は気付いていない。
「それじゃあ俺はぱっぱと買い物してきちゃうから先に卵とか溶いておいてくれ」
「任せてください!」
この選択が、更なる破滅への序曲である事に、今は気付いていない。