空を駆ける天馬、それは正に伝説上の存在であり、それに対する者がいるなどというのは神話上の戦いとなる。
されど、それは過去でも空想でも寓話でも無い、今ここにある戦いで、そこには紛れも無く―――。
「フッ!!」
一矢に魂を込め、射ようとする者がいるのだ。
「(このッ…圧は!!)」
空を駆ける天馬の上、乗るは奇しくも女神にも見える妖艶な女性、メドゥーサでありライダーであり騎乗者でもある英霊だ。
迫りくるは昇る流星、それを避けるは駆ける流星、弓兵としての本領を発揮した衛宮士郎の腕は並では無い、一流としても比類無いその腕前を避けるライダーもまた、騎手として一流なのだ。
「避けたか、
「何故その剣を、いえ、今のは確かに矢だった、刀身を打ち直した矢?何故持っているのです!!?」
「さてな、その質問に応える義務があるとは俺には思えない」
口元に笑みを作り挑発的に誘う俺の一言に、ライダーは顔を険しく歪ませた。
先程から、ライダーは攻撃する機会を得られていない。
衛宮士郎が引くその弓が全てのタイミングを失わせるのだ。
「さて…いつぞや見た天馬の一撃はセイバーのエクスカリバーを以てして撃退したが、今回は攻撃さえさせないで落とせるといいが」
「(やはり読めない、天馬の一撃を繰り出そうとしている事を分かっているとしか思えない攻撃のタイミング―――本当に何者なのか?)」
そう、まるで一度戦っているかのような対応、こちらを知っているとしか思えない。
「
そして、彼の弓兵の手に現れるのは艶の無い漆黒の剣。
「
形を変え、捻じれ細く長く、何かを貫く為に特化した形となったその剣は矢と呼ぶにふさわしい物となった。
その威圧感はかの不死殺しの聖剣に劣らぬ程、ライダーは攻撃することさえ躊躇われた。
視線、ただそれだけを送るだけで俺はライダーの動きを牽制していた。
込めるのは勿論殺意と敵意、射抜くという明確な意思を持ったその瞳に、ライダーの隙が生み出される。
「(撃って…こない?何故?いや、ここは好機と捉えるべき、不気味でこそあるけれども今のうちに一撃を―――!)」
「長いぞライダー、俺に時間を与え過ぎだ」
その躊躇いがもたらしたのは一分にも渡る時間。
射抜かれる恐怖と警戒、攻撃への躊躇いと疑問、それらが一分という時間を生みだした。
そしてそれは、俺にとって攻撃の幅を広げる結果に繋がる。
魔力を込めたその一矢を、
「赤原を行け、緋の猟犬!」
放つ!
着弾までの時間は一秒にも満たない、音速を超えるその速度は風を切り裂くでも無く風の中をまるで影響も受けずに突き進む。
「この程度ッ…!」
対するライダーはその手に持った黄金の一振りを横薙ぎに振るう、明らかに届かぬ距離だと言うにも関わらず、まるで見えない巨人の掌に阻まれたかのようにして矢を弾く。
「正面からの一撃など通用すると思いましたか、アーチャー」
「そんなわけないだろライダー、
弾かれたはずの矢、地面に向けて落ちていくその塊が、赤い輝きを放ち再びライダーへと迫る。
「諦めが悪い、赤銅の矢なんだよ」
そう、贋作だとしてもその武器に宿りし伝説は変わりない。
「厄介な!!」
振るわれる剣に弾かれるが、その勢いを失うことは無い。
「無駄だ、その矢は猟犬、一度放てば獲物を捉えるまで止まることを知らない」
むしろ敵の匂いを覚え迫る猟犬の様に、その精度は段々と上がっている。
射抜かんと放たれた矢が、敵を貫かんと向かう。
当然の光景が当然の如く繰り返される異常な光景がそこにあった。
「なら、矢ごと圧し折るまで!」
ライダーの腕に魔力が集まったかと思えば、金色の剣はさらに輝きを増して威圧を放つ。
音速を超えた一撃に対するは巨大という概念すら超えた黄金の一撃、貫通力と重量の真っ向勝負に天は衝撃を受けて眩く輝いた。
鋼が擦れる音が辺りに響き、段々とその音はか細い物へと変わっていく。
「まだこれでも足りないと言うのですか―――なら!」
更に込められるライダーの魔力、重圧はさらに増し、終には赤き猟犬を圧し折った。
そこに生まれるのは感嘆、あの一撃を退けた敵に対する感嘆の意が俺の心の中にあった。
だからこそ惜しい。
「先程も言ったはずだ、ライダー、俺に時間を与え過ぎだ」
俺にとって、その矢は数ある武器の一つでしか無い。
再度放たれた猟犬がライダーの喉元へと喰らい付かんと迫る。
多くの魔力を使い疲弊し切っている今のライダーに、その一撃を止める術は―――。
「ごめんなさい、
―――無い。
胴を抉られた、未だ生きている。
肩を貫かれた、未だ生きている。
腕を穿たれた、未だ生きている。
足を破られた、未だ生きている。
首を切られた、未だ生きている。
赤原の猟犬は敵の命尽きるまで喰らい付くことを止めない。
故に、音速を超えるその猟犬は、三秒の時間を以て対象を確実に死に至らしめた。
「終わったか」
ビルの上、見れば傷跡がいくつも残っている。
ビルの下、何人もの人がビルを見上げて何が起きていたのかを気にしている。
双方どちらにも、その呟きを洩らした人影は既にいなかった。
新都に降りた闇の帳が噂話の花を咲かせる。
曰く、ビルの上で花火が上がった。
曰く、美しい女性が天馬に乗っていた。
曰く、黄金の輝きが空を包んだ。
曰く、まるで何かが失われたかのように、一筋の流れ星が空を走った。
答えを知る男は唯一人、自宅への帰路に付いた。
「これで、桜は敵じゃない、桜は日常の中に帰ってくる」
自身の行動に理由を付けて、正当化しながら自宅へと。
まだテスト期間だけど投稿するあたり本当に意思が弱い人間だと自分で悲しくなります。