Fate/Endless Night   作:スペイン

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第十九話 瞬く程の時間も無く

 一月三十一日。

 

 遠坂凛のセイバー召喚を以て、聖杯戦争は開幕した。

 

 そんな中で、冬木市は日常を送る。

 

 学生は学校へ、社会人は勤務場所へ、主婦は家事をし、幼き子は公園を駆け回る。

 

 それをビルの上から眺める男がいた。

 

 衛宮士郎、貯水タンクに腰掛けて街全域を眼下に収めるその男は、遠坂の邸宅から漏れた淡い輝きを確認し口元に笑みを浮かべた。

 

「いくらなんでもセイバーと一戦を交えるには早いな、だが…」

 

 右手を空に遊ばせ、そこに魔力を集める。

 

「開幕の合図だ、受け取れセイバー」

 

 漆黒の弓がその手に形成され、空いた左手に鋼色の宝具が創られる。

 

「我が骨子は捻じれ狂う―――」

 

 投影するは偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)、しかし、真名解放を行うことはしない。

 この投影のスムーズさに自身の成長を感じながらも、弓を引く。

 

 錬鉄可能条件は最大…とまではいかないが神域の手前まで来ている。

 平行世界が蓄えた知識、この世界で自身が努力の末に身に着けた魔術の知識、自宅にある鋳造所において自身で刀剣の作り方を一から把握したことによる経験、それらによって今の俺はA+までの宝具なら易々と投影できる。

 

 視線の先、遠坂邸に狙いを付けて、

 

「―――フッ!!」

 

 放つ!

 

――――――――――――――

 

「聖杯の導きにより参上いたしました、貴女が私のマスターですね?」

 

 遠坂邸の一室、本来であれば弓兵が召喚されズタボロになるハズの一室に青と銀の鎧に身を包んだ女性が召喚されていた。

 

 金色の髪に蒼い双眸、眼に宿る意思は並の者では無いことを示している。

 

「えぇ、よろしくねセイバー、少し召喚に手違いがあったみたいだけど、身体は大丈夫かしら?」

「手違い…?そういえば記憶が何処か曖昧に感じます、得られるはずの情報が遅れてやってきている?と言いますか、言葉にし難いですが数刻も経てば平気かと」

「それは良かったわ、私は遠坂凛、貴女のマスターで最強の魔術師よ」

 

 自信満々と言った様子で胸を張る自身のマスターにセイバーは強気な笑みを浮かべながらも心強さを覚えた。

 

「納得です」

「納得?何がかしら?」

「貴女が最強であるが故に、最強の英霊である私が召喚されたのだと確信しました」

 

 互いに目を合わせ、口元に笑みを作って認め合う。

 凛もセイバーも、この相方となら上手くやっていけそうだと幸先の良さを感じていた。

 

 しかし、その和やかな空気も一筋の流星に妨げられる。

 

「凛!伏せてください!」

「へっ!?えっ、ちょっとぉ!!?」

 

 突如として壁を蹴り破ったセイバー、その行動に度肝を抜かれながらも言われたとおりに近くにあったソファーの陰に身を隠す。

 

 闇夜を切り裂く風切り音が聞こえたかと思えば、次に聞こえたのは鉄が何かを弾く音、そして見えたのはセイバーが眼にもとまらぬ速さで剣を振り上げていた所だった。

 

 上空に跳ね上げられた何かは霧散し、残されたのは何者かの攻撃を受けたという事実だけだった。

 恐ろしくもあり、始まりを感じさせる一撃。

 

「恐らくはアーチャーでしょう、この場所を既に知っているとは、凛、心当たりは?」

「ありすぎて困るくらいね、冬木に少しでも詳しい魔術師だったら遠坂の家系は聞いたことがあるだろうし、この家の場所だって昔から変わっちゃいないわけだから知られていても不思議じゃないわ」

 

 平然とした顔で受け答えをする遠坂にセイバーは懐疑的な視線を向ける。

 

「凛、何故それほどまでに堂々と?まだ敵が何処から狙っているのか分からないのですよ!?」

 

 それを受けてもなお、遠坂凛の表情に変化は無い、咄嗟に隠れたことで乱れた髪を丁寧に直しながら、流し眼をセイバーに送り応える。

 

「そりゃ堂々としてられるわよ、私には最強の騎士が付いているんですもの」

「…成程、期待に応えないわけにはいかなそうですね」

「そゆこと、さーて、ぱっぱと修復して学校に行くわよ―!」

 

 青と赤、二つの影が仲良下げに片付けを行う様子を、遠く離れたビルの上から橙色の髪をした男が眺めていた。

 

―――――――――――――――――――

 

「アレを弾くか、流石はセイバーと言ったところだな、二人の関係も良好の様だし、何よりだ」

 

 柔らかな笑みの中に、かつての衛宮士郎を見ることが出来る。

 出来るが、今それを見る者はいない。

 

「さて、戦いたい所だけど、まずは他のマスター達がどう出るか様子見をさせてもらおうかな」

 

 

 

 様子見をする。

 

 そう決めた士郎は一人、自宅へと戻り制服に身を包むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しーろーうー!朝ご飯まだー!?」

 

 そんな聖杯戦争の中でも確かな日常は存在する。

 藤村大河、衛宮士郎にとって家族に等しい存在の姉は今日も朝ご飯を食べに訪れていた。

 

 その裏でとある神父が苦労していたことも知らずに、衛宮士郎は黙々と調理を進めていた。

 

「ちょっと待ってくれ藤ねぇ、いくらなんでも朝早すぎないか?」

「えー、だってだってー、言峰さんが変なこと言って私のこと心配させるんだも―ん」

 

 言峰?

 

 何故藤ねぇが言峰と?

 

「どんなことを?」

「んっとねー、士郎が一人になりたいーって言ってるみたいなこと、そんなことより今日桜ちゃんは?桜ちゃんはまだ来てないの?」

 

 不意に疼いた胸に疑問を覚えながらも、次に提示された間桐桜の話題に転換していく。

 

「何言ってんだ、桜は今…」

「んー?」

 

「桜は…」

 

 桜?

 

 桜はどうしてここに居ないんだ?

 桜は、確かにこの日常の中にいたはずだ。

 

 なら、どうして俺は桜を敵だと認識したんだ?

 桜は敵なのか?

 

 いや、マスターであれば敵だ。

 マスターであれば桜は敵だ。

 

 英霊を召喚したマスターで、ある、なら…ば?

 そうか、英霊を、倒せばいいんだ。

 

 英霊を倒して、桜を…

 

「明日には、一緒に飯も食べれるさ」

 

 

 

 様子見なんて辞めだ。

 戦おう、英霊と。

 

 取り戻そう、桜を。

 

 


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